546.クエン=フォン=ミュラー part3
546.クエン=フォン=ミュラー part3
『ここまでやったんだ……もう謝っても許す事は出来ません……アナタに使徒のチカラって物を思い知らせてあげますよ……』
そう言って1歩前に進み出た所で、クエンは少し嘲笑した様子で口を開く。
『フフフ……知っていますよ。使徒とは言え、その武は人から逸脱した物では無い事を。我等 魔族にも始祖様の事は伝わっています。過去の使徒様方が、何故 鬼人の如き働きが出来たのか……それは精霊が矢面に立ち戦ったから。しかし精霊は本質的に人同士の争いには与したがらない。先ほどから見ていましたが、アナタ様の精霊は どうやら特にその性格が強いようですね……』
コイツ……ワザと徐々にオレを煽って、アオの動向を探っていたのか……
何て抜け目の無い。それと同時に、コイツが心の底では、使徒や始祖を大して信仰などしていないのが良く分かる。
しかしオレとクエンの会話を聞いていた騎士達は別だ。見る間に動揺が走っていく。
『し、使徒様だと? まさか、この方が?』『おい、どうなってる……このまま命令通りに動いて良いのか?』『ちょっと待ってくれ……使徒様ってどういう事だ……』
その様子を見ていた執事のグースが、一息に言い切った。
『アナタ達、何をしているのです。使徒様の名を語った不届き者を、クエン様が捕らえろと命じたのですよ。しかし万が一があってはいけません。念のため、決して怪我をさせずに捕らえるのです。良いですね』
グースの「怪我をさせるな」と言う命令に、騎士達は一応の納得を得たようだ。
万が一、オレが本当の使徒であっても、怪我をさせなければ世界が終わる事は無いと思ったのだろう。
騎士達は鞘付きの剣を構える者や、酷い者など素手でジリジリとにじり寄ってくる。
今のオレには騎士程度、10人や20人いても脅威には成り得ない……それが更に尻込みしながら向かってくるなど……バカにしてるとすら感じてしまう。
これ以上、茶番に付き合うつもりは無い。
オレは小さく溜息を吐き、向かってくる騎士とクエンへ一息に言い切った。
『ハァ……使徒が弱いと? 精霊に頼り切った存在だと本気で思ってるのですか? アナタ方の始祖がそんな存在だと、本当に信じてるのですか? だったら……その思い上がり、今代の使徒である私が叩き直してあげます!』
騎士の数は10人ちょっと……部屋の外にはもっといるのだろうが、先ずはコイツ等を制圧する!
力の差を叩き込むため、敢えて素手で相手をする事を決めた。
念のため、チビさんのドラゴンアーマーに軽く魔力を流し、「守りの壁」を発動してから床を蹴る。
一番近くにいた騎士の懐に潜り込み、鎧の隙間を目掛け渾身の拳を叩き込む。
体をくの字にして崩れ落ちるのを放置し、最大のバーニアを吹かした。
騎士達がオレの姿を見失った所で、背後から首筋へ手刀を振り下ろす。
これで2人……そこからも騎士達はオレの動きを捉える事など出来るはずもない。
数分が経った頃には、この部屋に立っている者はオレ達の他にクエンと執事のグースのみであった。
『な、何だ、これは……無手の相手に何も出来ないだと……あり得ない……』
クエンが目を見広げ、驚きの表情で言葉を零すが、今更である。
『アナタは使徒を舐め過ぎだ。私は既に幾つもの迷宮を踏破し、主さえも倒してきました。騎士程度、何人いても私の脅威には成り得ない』
『ば、バカな……伝承では、始祖ティリス様の武は人の域を出なかったと記されていたのに……こんな事……現に使徒の従者であるルイスベル君は、強いと言っても人の枠に収まっていた……しかし、これは……』
むぅ……何かさり気なくディスられてる気がするんですが……微妙な気持ちを抱えつつ、オレは飛び切りの殺気を滲ませながら口を開く。
『使徒が規格外の存在だと言うなら……そんな人外の存在に、アナタは真正面から喧嘩を売ったんですよ』
クエンが青い顔で黙り込んでしまった所で、アシェラが話しかけてくる。
「アルド、魔力がざわめいてるのは治した……でもルイスはボーっとしてるだけで何も話さない……これ以上の治療はボクでは無理っぽい……」
「そうか……分かった。取り敢えずブルーリングへ帰ろう。向こうならドライアドやアオにも知恵を借りられる……ルイスは「睡眠」を撃ち込んで寝かせてやってくれ」
「分かった……」
『クエン卿、今日はこれで失礼します……しかし今回の事、改めて落とし前をつけて頂きますので、ご覚悟を……』
尚も黙り込んで、何も話さないクエンを尻目に、オレとアシェラはルイスを連れて領主館を後にしたのだった。
◇◇◇
ミュラーの街を出て、3時間ほど……オレ達はブルーリングへ帰ってきた。
3時間でどうやって? そう思うだろうが、ミュラーの街から東へ向かった崖の中腹に、運良く洞窟を見つけたので魔瘴石を使って領域を作ったのだ。
やはりこんな状態のルイスが何日も旅など、耐えられるはずが無い。
まともに会話も出来ない以上、食事から下の世話まで当然ながら介護が必要になるのだから。
「アシェラ、オレはルイスを客間へ運んだら、エルとお祖父様へ報告してくる。悪いけどオリビアへ今回の顛末を伝えてくれないか?」
「……分かった」
「嫌な役を押し付けてごめん……でもオリビアも一刻も早く聞きたいだろうから……」
「うん、大丈夫。オリビアにはボクから伝える。それと開拓村に飛んで、お母さんとクリスさんに治療法を聞いてくる」
「ああ、そうだな、頼む。報告が終わったら、オレもアオとドライアドに治療法が無いかを聞いてみるよ」
「うん。皆に診てもらえば、きっとルイスは元気になる。アルドも元気を出して」
「ああ……ありがとな、アシェラ」
アシェラと別れ客間にルイスを運び込んだ後、メイドへ看病を頼んでから執務室へと向かったのである。
「アルドです。お話をしたいのですが、よろしいですか?」
ノックをして扉越しに声をかけた所、直ぐに「どうぞ」と返事が帰ってくる。
今のはエルの声だった。ルイスを絶対に助けると大見得を切った手前、こんな事になった事実に少しのバツの悪さを感じつつ扉を開けた。
「兄さま、おかえりなさい。ルイスは? 無事に見つかったんですか?」
「ああ……一応な。その件で話がある。お祖父様も聞いてもらえますか?」
「分かった。話せ」
「エルから報告は聞いていると思いますので、別れた所から順に話していきます。エルがブルーリングへ向かった後………………」
カナリス伯爵の下でエルからの手紙を受け取った後、ミュラー家を訪ねた事、そしてクエン=フォン=ミュラーとの邂逅を話していく。
途中、エルは何かを言いたそうにしていたが、唇を引き結び最後まで聞いてくれた。
「………………と言う事で、クエンとは敵対したまま帰ってきました……使徒だと知られた相手に、ああまで露骨に見下されたのは初めてです。恐らくクエンは使徒への畏怖の念など持っていないと思われます」
「そうか……」
祖父さんはそう呟くと、目を閉じ何かを考え始めてしまった。
少しの沈黙の後、当たり前のようにエルが怒りを滲ませながら口を開く。
「……兄さま、お疲れ様でした」
「ああ……今回は少し疲れた。しかしクエンのあの態度……アイツの存在があるだけで、正直 ティリシアと良好な関係を築くのは難しそうだ」
「その件は後で話しましょう。それよりルイスの容態は? 麻薬を使われたって……大丈夫なんですか?」
「応急処置でアシェラに回復魔法をかけてもらった……体の方に目立った問題は無かったが、目が覚めても焦点の合わない目で虚空を見つめるだけ……正直、どうすれば良いのかオレにも分からない」
「兄さまでも……それじゃ、ルイスは……」
「分からない……ただアシェラが開拓村に、ルーシェさんとクリスさんを呼びに行ってくれた。それでもダメならアオとドライアドに診てもらおうと思ってる。アイツ等なら、オレ達の知らない知識も持っているからな」
「そ、そうですよね……アオとドライアドなら……」
「ああ。ルイスは魔族の未来を考えてただけだ。何も悪い事なんてしていない。きっと大丈夫……大丈夫のはずだ」
エルとルイスの容態を話していると、唐突に祖父さんが口を開く。
「アルド、ルイスベル君の件はお前に任せる。それより今はティリシアの件だ。そのクエンと言う男に、およそルイスベル君が知っている全てが漏れたと言うのは間違い無いのか?」
「はい……ただどこまでの事が漏れたのかは正直 分かりません。しかしアイツは僕の名前から素性、使徒である事に加えて僕とルイスの関係まで知っている様子でした。恐らくほぼ全てを知られたと見て、間違い無いかと……」
「そうか……しかも空間蹴りの魔道具に加え、世界の地図まで向こうの手にある……か」
「はい……ルイスのベッドの横に置いてあった装備品は持ち出しましたが、空間蹴りの魔道具と地図は取り返せませんでした」
「最悪、魔道具は良い。ルイスベル君が魔法陣を消したのであれば、大した問題は無い。それより問題は地図だ。相手にアルジャナとファーレーンの事も知られたのだな?」
「はい……クエンが2つの国の名を口にしたので、確実に知られたと思います」
祖父さんは小さく溜息を吐いて、絞り出すように口を開く。
「事は一刻を争う。事ここに至っては、手段を選んでいる時間は無い。アルド、エルファス、お前達の覚悟を聞かせてくれ。お前達は将来の世界のために、何の罪も無い人達も含めて1つの街を焼き払う覚悟はあるか?」
祖父さんの真意が読めない……1つの街ってミュラーの街を全て焼き尽くすって事か?
そんな事、出来るわけ無いだろう。あの規模の街に、一体どれだけの人が住んでると思ってるんだ。
「何を言うんですか、お祖父様。ミュラーの街は、ブルーリングの街より大きいんですよ? あそれを焼き尽くすって……1万や2万じゃ足りない人が住んでるんですよ? 出来るわけ無いじゃないですか」
「僕もミュラーの街の前までは行きました……あれだけの街を焼き尽くすなんて……僕には出来そうにありません」
「そうか……では次の質問だ。そのクエンと言う男を暗殺し、地図を奪ってくる事は出来るか? 勿論、顔は隠すにしても、お前達の関与を知られるわけにはいかん。恐らく道中で会った者は全て殺す必要がある」
ちょっと待ってくれ。さっきから何なんだ。そこまでしなくても、打てる手は他にもあるだろう。
まるで今直ぐにでも手を打たないと、世界が滅ぶかのような……
「お祖父様、ちょっと待ってください。さっきから何ですか? ルイスの身柄を確保した以上、そこまで強引な手を打つ必要があるんですか? 使徒の件が知られたからには、カナリス伯爵経由で他の領主に話を通してもらえば済むでしょう? クエンには、ゆっくりと圧力をかけて思い知らせば良いはずです」
祖父さんは小さく首を振った後、真剣な顔でオレとエルを見つめながら、ゆっくりと話し始めたのだった。




