545.クエン=フォン=ミュラー part2
545.クエン=フォン=ミュラー part2
ミュラー家当主の伴侶、クエン=フォン=ミュラーに付いて行く事、数分。コイツは2階にある変哲の無い部屋の前で足を止めた。
『ここがルイスベル君の部屋です。香を焚いているので少々匂いますが、何不自由なく過ごして頂いていますよ』
香だと? 確かに部屋の前に立つだけで、何やら甘ったるい匂いが漂ってくる。
クエンは訝し気にするオレを一瞥した後、ノックしながら扉越しに声をかけた。
『私だ。クエンだ。入るぞ』
『く、クエン様……は、はい……どうぞ』
不思議な事に部屋からはルイスでは無く、妙齢の女性の声が帰ってくる。
『では入りましょう、アルド様』
『はい……』
クエンがそのまま少し乱暴に扉を開けると、中からムワっと濃い香の匂いが漂ってきた。
むぅ、これは……部屋の中は全てのカーテンが閉じられており薄暗い……灯りは幾つかの魔道具が淡い光を出しているのみである。
そして部屋の中心には大きなベッドが置かれ、半裸の女性が2人ベッドの脇に立っていた。
この部屋は……まるで娼館じゃないか……
未だに行った事は無いものの、この光景はルイスから聞いていた話と酷似している。
『ルイスは? 一体どこに……』
『ルイスベル君ならベッドで休んでいますよ。ほら、そこにいるではありませんか』
確かにクエンが指さす方向にルイスはいた。オレに全く気が付いた様子も見せず……首には魔食いの首輪を着け、トロンとした目で虚空を見つめている。
……………………ハッ、あまりの光景に意識が飛んでしまった……何だこれは…………何なんだ! これは!!!
この瞬間、オレから特大の殺気が吹き上がる!
「アルド、ダメ! コイツを殺すのはマズイ! 我慢して!」
「くそぉぉぉぉぉぉ!!! ルイスは!! 良いヤツなんだぞ!! 努力家で、仲間思いで、尊敬できるオレの親友だ! それが何で……こんな事に……オレを探しにティリシアまで来てくれたんだぞ……ちくしょう……ルイス……」
心からの叫びを吠えるが、アシェラの言う通り、この場でクエンをどうする事もできるはずも無い。
徐々に小さくなっていく声と同時に、オレはとうとうその場で膝をついてしまう。
「アルド!」
「何でこんな事になってるんだよ……ここに連れてこられて、まだ1週間じゃねぇか……」
「アルド、ボクは何が起きてるのか分からない。でも多分、ルイスの様子から薬が使われたと思う」
「薬って……」
「お母さんから回復魔法を習う時に一緒に教わった。良い物を知るためには、悪い物も知らないといけないって……口を割らせるのには2種類の薬がある……1つは痛みや苦しみを与える物。もう1つは麻薬を使って情報を取る……」
「麻薬……コイツはルイスに麻薬を使って、全ての情報を聞き出したって事なのか? は、はは……はははは………………アシェラ、オレはコイツを殺すぞ……」
「アルド! ダメ!」
「分かってる……今はダメって言うなら我慢する……だけどな、いつか絶対に殺す……絶対にだ!!」
「アルド……」
アシェラはどうして良いのか分からないのだろう。何も言わずオレの隣に寄り添ってくれている。
数分が過ぎ、やっと少しだけ落ち着いてきた所で、クエンに向き直った……腸が煮えくり返っているが、努めて冷静に話しかける。
『クエン卿、これは一体どう言う事ですか?! ルイスはフォスターク貴族の子息です。しかもカナリス卿の客人でもある。そんな相手にこの仕打ち。何をどうすればこうなるのか。答えて頂きたい!』
クエンは訝し気にオレを見て、心底 意味が分からないとばかりに言葉を吐いた。
『アナタ様が何故そこまで怒るのか……私には理解しかねます。そもそもルイスベル君は、ここ数年に渡ってここミュラーの街とカナリスの街を行き来していました。その中でも彼は看過できない振る舞いをしていたのをアナタ様は知らないのですか?』
『看過できない振る舞い? ルイスが一体何をしたと言うんです。このティリシアの事を思い、必死に説得に尽力していただけでしょう。それがどんな罪になると言うのですか!』
クエンは小さく溜息を吐いた後、まるで小さな子供に言い聞かせるように話し始めた。
『ハァ……良いでしょう。彼がここ数年、何を行ってきたのか、それをお教えします。彼はここティリシアの東部で、各貴族家へ直接 王都のマナスポットの修復に協力するよう訴えたのです。しかも最近になって、南部と西部の貴族家へも手紙を出し始めた……何度も慎むよう話したのですが、彼は頑なに止めなかった……本人がフォスタークの貴族家に連なる者、更にカナリス卿からの後押しもあり、私も東部だけであれば目をつむっていましたが、流石に南部と西部の貴族家を巻き込むのは看過できません。結局、喧嘩別れのようになり、身柄を抑えるよう動かざるえませんでした』
コイツの立場からすれば、信じていないマナスポットの修復を、東部だけでなく南部や西部の貴族家へ働きかける事は看過できなかったのだろう。
しかし、ルイスの言う事は一部を置いて本当であり、嘘など吐いていなかったのだ。
『ルイスは嘘など吐いていなかった。一部、魔法具の件だけは嘘でしたが……そんな相手にアナタは執拗に追い詰めて、こんな仕打ちをしたのですか!』
『アルド様……それは結果論です。最初から全てを明かして頂ければこんな事にはならなかった。私にはミュラー家の政を取り仕切っている責任があります。本当か嘘かも分からない話を、南部と西部の貴族へ持ち掛けるなど許せる事ではありません』
『それは……確かに全てを話さなかったコチラにも責はあるでしょう……しかし、麻薬を使ってまで無理矢理吐かせるなんて、どう考えてもやり過ぎでしょう!』
『私も最初は身柄の拘束だけのつもりでしたよ……彼の荷物から、あの地図が出てこなければね。あんな物……あれはこの世界全体の地図では無いのですか? ティリシアだけでなく、フォスタークにドライアディーネ、ゲヘナフレアにグレートフェンリルまで…………しかもアルジャナにファーレーン? 私はあれを持ってきた騎士の顔を今でも思い出せます。真っ青な顔で手が震えていました…………ルイスベル君を即座に殺すよう指示しなかった私は、十分理性的だと思いますよ』
くっ……確かにこの世界で地図は最重要の軍事機密だ。それを1つの国だけじゃなく、世界の地図を持っているなど、即座に殺されてもおかしくない。
クエンはオレを値踏みするかのように見つめながら、更に口を開く。
『地図の件をどれだけ尋ねても、彼を口を割りませんでした。少し手荒な方法も使いましたが、答えは「知らない」の一点張り……しかし私には、絶対にアレの出所を調べる責任がある。それで可哀そうだとは思いましたが、薬を使う事を許可したのです……そして、彼から出た言葉は驚愕の物でした……まさか彼が使徒の従者だったなどと、一体誰が分かりましょう。そして彼が「空間蹴り」と呼ぶ空を歩く歩法が魔道具による物だとは…………尤も、肝心の魔法陣は綺麗サッパリ消えてしまっていたので、何も分からず仕舞いでしたが……』
『……』
コイツの話しぶりでは、その魔道具を作ったのもオレだと知られているのだろう。
恐らくルイスが知っていた、ほぼ全てを知られていると見て間違い無い……事ここに至っては、どうやっても言い逃れできるとは思えない。
そんなオレとクエンの会話を聞いていたアシェラだったが、ボツリと言葉を漏らした。
「アルド、話の途中にごめん……でもこの部屋の空気、良く無い。多分、あの香が怪しい……」
そして何の前触れも無くおもむろに、オレに回復魔法をかけてくる。
香だと? まさか今現在も麻薬を?
コイツまさか、あわよくばオレとアシェラも麻薬を使って操ろうとしているのか?
恐らく自分と2人の女達は、耐性薬の類を飲んでいるのだろうが、余りにもふざけている。
オレを使徒だと知って、ここまで舐められたのは初めてかもしれない……殺意の純度が限りなく高まっていくのを感じる。
だが今は、先ずはこの香を何とかしないと……直ぐにでもウィンドバレットで窓と香を撃ち抜いてやりたい衝動を抑えつつ、1つずつ窓を開け香を消していく。
「アシェラ、ルイスに回復魔法を頼む。オレは魔法でこの部屋の空気を入れ替えて、辺りの警戒にあたる。もしそこの女共が何かしてくるようなら手加減しなくて良い」
「分かった」
オレとアシェラが必死になって動くのを、クエンは珍しい物でも見るように見つめていた。
まるで、「ほぅ、何故 香が麻薬だと分かった?」と目が物語っているかのようだ。
このふざけた態度……まるでオレ程度、どうとでも出来ると思っているのがありありと分かる。
『クエン卿……今日の所はルイスを連れて引き上げます。ですが、ルイスへ行った仕打ちを私は決して忘れない。アナタが私を使徒だと言うのなら、その使徒の権威を使ってでも、必ず報いを受けさせる……絶対に! しかとお忘れなきよう……』
クエンはやれやれと小さく首を振り、隣に控えている執事へ更にふざけた命令を下す。
『グース、アルド様は少々ご乱心のようだ。落ち着いて話すためにも、当家に暫く滞在して頂いた方が良いだろう』
『畏まりました……しかしアルド様は、腰にルイスベル殿と同じ魔道具を付けておられます。空を駆けられては私共には為す術がありません。先ずは腰の物を壊す事をお許しください』
『まぁ、あれはアルド様が作られた物らしいからな……壊れても直す事はできよう。多少、手荒になるのはしょうがない。それより確実にお休み頂くように差配しろ』
グースは1つだけ小さく頷いた後、懐から小さな笛を取り出し、そのまま口に咥えて鳴らし始めた。
ピー、ピッ、ピッ、ピー。
これは暗号? 直ぐに領主館の中は慌ただしくなり、部屋には沢山の騎士がなだれ込んでくる。
『あの者を捕らえなさい。但し絶対に怪我をさせてはいけません。それとあの者はルイスベル殿と同じように空を駆けます。先ずは腰の魔道具を壊して逃げられぬように動きなさい』
『『『ハッ!』』』
いきなり何だこれは……これがコイツのやり方か! 恐らくオレを捕らえて、麻薬漬けにでもするつもりなんだろう。
ここまで舐められるとは……コイツからは、使徒に対する畏怖など微塵も感じられない。
『アナタは……自分が何をしようとしているのか分かっているのですか? 全てを分かっていながら、私やルイスの行動を縛ろうとするなど……これはティリシアと言う国への、明らかな背信でしょう!』
『物事には順序と言う物があるのですよ。いきなりマナスポットを修復するなど……北の皇家ブリンガーも東の皇家ミュラーも許せるはずが無いでしょう。しかし、私も魔族の1人として、ティリシアの未来を憂う気持ちは持っています。ですので、しっかりと準備する時間を頂きたい。そして盤石の体制で修復すれば……皇家などと言う脆弱な体制では無く、他国と同じように王政を敷けるはずです』
『……そしてその席には、アナタが座るつもりですか?』
『それは周りが決める事です。尤も、マナスポットの修復の立役者ともなれば、自ずと声が上げるのはしょうがない事でしょうがね』
コイツの性根は良く分かった……稀に見る欲深い男だと言う事が……
こうしている間にも、騎士はオレ達を囲みジリジリと距離を詰めて来る。
「アシェラ、少しだけルイスを頼む……オレはちょっと怒りを抑えられそうに無い……」
「アルド、殺しちゃダメ。後で困る事になる」
「大丈夫……殺さないよ。少しだけ格の違いを分からせるだけだから。念のため、球状に魔力盾を張っておいてくれ。ルイスに回復魔法使いながらでも、お前なら出来るだろ?」
「……分かった」
これでルイスとアシェラは大丈夫のはずだ。コイツはオレの強さを、ルイスと代わり無いと思い込んでるようだが……ドラゴンスレイヤー、いや、使徒のチカラを嫌ってほど思い知らせてやる。
久しぶりに殺意がオレの中を渦巻いている……この感覚はオクタールの街でオーガを相手した以来だろうか……
『ここまでやったんだ……もう謝っても許す事は出来ません……アナタに使徒のチカラって物を思い知らせてあげますよ……』
そう告げながら、オレは前へと1歩を踏み出したのであった。




