544.クエン=フォン=ミュラー part1
544.クエン=フォン=ミュラー part1
執事に促されるまま、連れてこられたのは豪華な客間だった。
お高そうな調度品に、煌びやかな家具、とても冒険者に用意するような部屋では無いのは一目瞭然である。
『主人はアルド様の前に出るため、身支度をしています。誠に申し訳ありませんが、今暫くお待ち下さい』
この態度に扱い……これは如何にもおかしい……これではまるで、オレが使徒だと知っているようでは無いか。
主導権を握られているような感覚の中、軽くカマをかけてみる事にした。
『ドラゴンスレイヤーとは言え、私は一介の冒険者に過ぎません。しかも、いきなり伺うような非礼をしたにもかかわらず、このように遇していただけるとは……ミュラー家の懐の広さに感謝致します』
執事は慇懃な態度ではあるが、何処か含みがあるような声で口を開く。
『アルド様にそのように言って頂けるのは、主人も喜ぶ事でしょう。アナタ様に最大の礼を尽くすのは当然の事。どうぞ暫くの間、おくつろぎ頂ければ……』
どうやらオレが使徒だと言うのは漏れているようだ。そうで無ければ、ミュラー家がここまで人族の冒険者相手にへりくだる意味が分からない。
ルイスがミュラー家に攫われて1週間前ほど……どうしようも無くなって使徒の件を話したのか? いや、やっぱりアイツが話すとはどうしても思えない……もしかして拷問でもされて……
執事の慇懃な態度とは対照的に、オレの中の怒りが膨れ上がっていく。
『安心してください。ルイスベル殿の罪は、既に誤解だったと知れています。今は当家でゆっくりと過ごしておられますよ……後ほどお会いできるよう手配致しますので、もう暫くお待ちください』
オレの纏う空気が変わったからか、執事はルイスの無事を伝えてくるが、コイツ等の言葉をそのまま信じるほどバカじゃない。
しかし、1つだけ分かった事は、ルイスはこの領主館にいるらしい……最悪、オレとアシェラなら騎士程度どうとでも出来る。
妙な安堵と警戒の中、隙だけは見せないよう気を張り、謁見までの時間を待ち続けたのであった。
◇◇◇
30分ほどの時間が過ぎた頃、部屋にノックの音が響き渡る。
『お客様、ご当主様の準備が整いました』
『分かりました。私がアルド様をお連れします。アナタは下がってください』
結局この執事は、この部屋に入ってからずっと扉の横で気配を消し、オレとアシェラを値踏みするかのように立ち続けていた。
『ではご案内します』
非情にやり難い……下でに出てはいるものの、主導権は全て向こうが握っている。
心の底ではどう思っているのか分からないが、表面では友好的に接してくる相手に強硬策など取れるはずも無く……毒を食らわば皿まで……先ずはルイスの安全と身柄を確保する事が最優先だ。
絡め捕られるような感覚の中、執事の後を追ったのである。
『これはこれは……お初にお目にかかります。私の名はクエン=フォン=ミュラー。東の皇家ミュラー家の政を取り仕切っております。以後、お見知りおきを』
豪華な部屋に通されると、中には中年の男が1人座っている。しかし、オレの姿を見ると同時に立ち上がり、直ぐに名乗りを上げた。
コイツがクエン=フォン=ミュラーか……顔には友好的な笑みを浮かべているものの、瞳の奥は笑ってなどいない。
ネットリした粘着質な視線を受け流しつつ、挨拶と先に名乗らせた謝罪を述べていく。
『この度は私のような一介の冒険者に、時間を取って頂き誠にありがとうございます。私はアルド=ブルーリング。人族の冒険者をしております。それと先に名乗らせるような失礼を……誠に申し訳ありません』
『そんな事はお構い無く……むしろアルド様の前に名乗りを上げる事が出来てホッとしている所です』
コイツの、この言葉……やはり使徒の件が漏れているのは間違い無さそうだ。
『立ち話も何ですし……どうぞお座りください』
『……分かりました。では失礼します』
促されるままアシェラと共に席に着いた所、コイツは開口一番、確信の言葉を吐きやがった。
『アルド様、アナタ様のお噂はルイスベル君から色々とお聞きしています。幼少の頃から類まれな武を誇っていらした事や、人知を超えた知識を持っておられる事。更にお伽話にしか出て来ない飛行魔法が使える事…………どれも本当に素晴らしい。これだけの才能に恵まれるなど、正に精霊に愛されている証拠です。しかも、それだけのチカラを得ても、傲慢にならず礼節を失わないなど……流石は世界を救うに相応しいお方だ』
『……』
どう返せば良いのか……美辞麗句を重ねた世辞はどうでも良い。最後の「世界を救うお方」……こんな言葉は、オレが使徒だと知らなければ出て来ないはずだ。
しかし、万が一を考えると、オレから使徒の件を口にするのは憚れる。
不自然な沈黙の中、コイツは嘲るような笑みを一瞬だけ浮かべて話し始めた。
『失礼を承知でお聞きします……アナタ様は今代の使徒様でいらっしゃいますよね?』
やっぱり知っていたか……ルイスはどこまで話したんだ……いや、それより何故話した?
気の良い親友の顔が浮かぶが、今はコイツに集中しなくては……ここで答えを間違えれば、後で手痛いしっぺ返しが来るに違いない。
『その質問に答える前に、どうしてそう思われるのかお聞きしてもよろしいですか?』
『フフッ……アナタ様の立場では、秘密にされるのは当然の事。世界を救う使徒は、新しい種族の始祖と同義です。恐らくアナタ様の実家であるブルーリングは、遠くない先にフォスターク王国から独立なさるのでしょう』
コイツ……いきなり何を? もしかしてオレ達を脅すつもりなのか?
オレが何も返さないのを警戒していると取ったのだろう。クエンは余裕の笑みを浮かべて、更に口を開く。
『安心してください、私は敵ではありません。むしろ、アナタ様の協力者と言って良い』
コイツの思惑は何処にある……何が目的なんだ。
今までの生きて来た中で、オレが使徒だと明かした者は沢山いる。しかしその際には、全て事前に覚悟が出来ていた。
ルイスやネロ、ジョー達にアオが見つかった時もそうだ……既に空間蹴りの魔道具を貸出してあり、信用できる者に見つかっただけの事。
どこかで、最悪は知られても良いと思っていた。
しかしコイツは違う……そもそもルイスを攫ってネロ達に怪我をさせた、オレにとって敵と言って良い相手だ。
クエンはオレが一向に信用する素振りを見せない事に、小さく肩を竦めて困ったように口を開く。
『そうですね……確かにアナタ様が警戒されるのも無理は無いのでしょう。ルイスベル君とは行き違いがあったのは認めます。お仲間を追い込むような命令も下してしまいました。それついては、正式に謝罪致します。しかし、私もミュラー家の政を任された身。アナタ様も貴族家に生まれたなら分かるでしょう。いきなり現れて王都のマナスポットを修復する魔法具があるなど……しかも手元に、現物は無いときた。新手の詐欺と断じても致し方無いのでは? それでも数年はカナリス卿の推薦とルイスベル君の人となりを見て、何か理由があるのだと、説明してくれるのを待ったのです。それでも彼等は結局、懐を開いてくれる事は無かった……』
コイツの言い分は分かる。確かにマナスポットを修復する魔法具などあるはずも無く、嘘を吐いていたのはこっちだ。
それでも数年も待ってくれたのは事実なのだろう。しかし、だからと言って犯していない罪を捏造し、罠に嵌めるなど看過できる物では無い。
『アナタの言う事は分かりました。コチラに落ち度があった事も否定はしません。ですが、やはりルイス達を一方的に嵌めて攫った事に納得は出来ません』
『そうですか……残念です。ですが、それではどうなさるおつもりですか? 聞けば、アナタ様は本当にティリシアのマナスポットを修復する術をお持ちなのだとか。しかも、それを望んだのはアナタ様の精霊だと言う。更に言えば、私はミュラー家の政を取り仕切っていますが、元は北の皇家ブリンガー家の出です。申し訳ありませんが、実家には書状を送ってある故、当然 皇帝の耳にも入るでしょう。既に事は動き出してしまった……今更、全てを無かった事になど出来るはずも無い』
クソッ、既に自分の実家へ話を上げたのか……この事実だけ見ても、コイツは恐らく相当 優秀なのが分かる。
だからと言って、全てを言われるがままになど……しかし真正面から喧嘩して良いはずもなく……クエンもそれは同じなのか、この場は不自然な沈黙に支配されていた。
そんな中、魔族語が話せず、終始 蚊帳の外にいたアシェラが口を開く。
「アルド、どうなったの? 交渉決裂ならルイスを攫って逃げた方が良い」
そうだ。この場で全てを決める必要なんて無いんだ。今はルイスの身柄を確保して、ブルーリングへ帰る事に専念するべきだ。
それからの事は……帰ってから皆と相談しよう……
「そうだよな……今はルイスを助ける事に注力するべきだよな。ありがとう、アシェラ。お陰で吹っ切れた」
言われた当のアシェラは、オレの言葉にキョトンとした顔で首を傾げ、何の事か全く分かっていない。
そんな可愛らしいアシェラから視線を切り、改めてクエンに向き直った。
『クエン卿、アナタは私を使徒だとおっしゃいました。そうであれば、何故この場にミュラー家当主が現れないのですか? 申し訳ありませんが、当主の伴侶に過ぎないアナタと交渉は出来ません。改めて御当主殿と交渉したいと思います。それと、先ほどのお話では、ルイスに対する疑いは晴れたのですよね? であれば、即刻 身柄を明け渡して頂きたい……』
クエンは痛い所を突かれたのか、一瞬だけ苦々しい顔を晒したのをオレは見逃さなかった。
『これは失礼しました。確かにミュラー家の当主は私の伴侶であるジェシカが務めています。ただ彼女はただいま、体調が芳しくないのです。ですので現在ミュラー家は、私が家の一切を取り仕切っております』
『そうですか……では、尚更 後日にでも出直そうと思います。今回の件、私とアナタは当事者です。頭を冷やす意味でも改めて御当主を訪ねさせてもらいます』
少しの沈黙の後、クエンは小さく肩を竦めてから口を開く。
『どうやら使徒様に嫌われてしまったようですね。分かりました。ティリシアのマナスポット修復は色々と手続きが必要です。今更 急ぐ意味も無いですし、ゆっくり交渉していくとしますか』
『ではルイスの身柄を……返してさえ頂ければ、私は直ぐに立ち去りますので……』
『ふぅ……分かりました。では、こちらへ……』
完全に敵対はしていないが、やっぱりコイツは信用できない……上手く立ち回って利益だけを掠め取ろうとしている気がする。
日本でも、この手合いは沢山いた……部下の手柄を奪う上司や他人に仕事を押し付ける同期。
利益を追求する姿勢が悪とは言わないが、物事には加減が必要だ。
その配慮がコイツからは感じられない。自分の利益だけしか考えていない気がする。
オレとアシェラは、そんな信用できない相手に促されるまま、後を付いて行くのだった。




