543.葛藤
543.葛藤
エルがブルーリングへ向かって4日が過ぎた。エルには帰ったら直ぐ、父さんと祖父さんへ今回の成り行きを説明し、先ずは2人の意見を聞いてもらうよう話してある。
早速 収納経由で手紙が来たのだが、父さんの意見は消極的な賛成。要は秘密裡にルイスを助けられるのであれば、賛成と言う事らしい。
逆に言えば、事が明るみに出るのなら反対……言外ではあるが、切り捨てろと言う意味である。
父さんの言いたい事は理解できる。為政者として大局を見るのであれば、1人の犠牲で大勢を守るのは非常に合理的であるからだ。
机の上の冷たい計算ではあるが、理解は出来る。全く納得はできないが……
そんな父さんの意見を聞いた後、エルは祖父さんの考えを聞かせてもらったそうだ。意外な事に、2人の意見はだいぶ違いがあった。
祖父さん曰く、「ワシもヨシュアと基本的な考えは同じだ。だがワシでは既にお前達の底が見えんのも事実……ドラゴンスレイヤーに修羅、しかも使徒で始祖……更に世界の救世主…………今更この老いぼれが口を出すまでもあるまい。何とか出来ると思うのなら、やってみろ。但し、その結果が子や孫に及ぶ可能性があるのは覚悟しておけ」と言われたそうだ。
祖父さんは、後の事に責任を持てるであれば、好きなようにやってみろと言う。
責任……一見、オレ達の背中を後押しするようでありながら、祖父さんの言葉の方が父さんより何倍も厳しい。
恐らく、どんな事態が起こったとしても、逃げずに真正面から受け止めろと言いたいのだろうが……踏ん切りがつかない。
先ずルイスは絶対に助ける。これは決定事項だ。万が一、皆が反対するのであれば、オレ1人ででも実行する。
しかし、魔族とは友好的に対したいのも事実なのだ。そもそも、何でこんな事になっているのだろうか。
オレもルイスだって、ティリシアのマナスポットを修復して、少しでも魔族の生活を楽にしたいだけなのに……
これも全部、現ミュラー家当主の伴侶であるクエン=フォン=ミュラー。お前が全ての元凶だ。
「マナスポットを修復できる魔法具がある」と嘘を吐いていた責はあるとしても、1年以上もルイスと接していれば、アイツの人となりは分かるはずだ。
それを無理矢理 権力闘争に巻き込むなど……いっそクエンを秘密裡に殺せば、全てが丸く収まるような気さえしてくる。
「アルド、殺気が出てる……」
「え? あ、スマン……ちょっと考えが迷走してた……」
「ボクは何があってもアルドに付いて行く。きっとオリビアとライラもそう言う。だから迷わないでほしい。アルドはいつも真ん中を歩いて来た。これからもそれで良い……ううん、アルドはそうじゃないとダメ」
「アシェラ……お前……」
そうだ……その通りだ。オレ達は何も悪い事なんてしていない。だったら正々堂々と事に当たるのが正解のはずだ。
事の重大さに、大切な事を忘れていた……アシェラの一言でそれを思い出せた。
「アシェラ、ありがとな。お陰で吹っ切れた。そうだよな、オレ達は何も間違った事なんてしてないよな」
「うん! それでどうするの?」
「これからミュラー領へ向かおうと思う。それで正面からクエン=フォン=ミュラーってヤツを訪ねて、ルイスを返してもらえるよう交渉する」
「分かった。ボクはどこまでも付いて行く!」
これで方針は決まった。向こうがどう出るかは分からないが、真正面からぶつかってみようと思う。
そこからは具体的な方法を考える事にした。ここティリシアでは、オレはただのEランク冒険者に過ぎない。
カナリス伯爵へ相談した所、「それであれば私が紹介状を書きましょう。ルイスベル君の一件で、疎まれてはいても、会う程度は出来るでしょう」と言って、紹介状を書いてくれると言う。
場合によっては使徒の件を話すつもりだと伝えても、カナリス伯爵は「そうですか」と一言 発しただけで、全てを飲み込んでいく。
恐らく、ミュラー家にオレが使徒だと明かせば、カナリス家に「何故、最初に伝えなかった」と苦情がくるのは間違いない。
最悪は責任問題として、何かしらの罰を受ける可能性すらある。
ルイスの件に負い目があるとしても、カナリス伯爵の厚意に心から感謝して、紹介状を書いてもらったのであった。
◇◇◇
ミュラー家に正面から対峙する事を決めて4日が過ぎた。
既に昨日の夜にはアシェラと2人、ミュラーの街へ入り宿屋で旅の疲れを癒している。
「収納経由でエルから手紙がきた。多分、父様からの苦言だと思うけど、読んでみる」
「読み終わったら、ボクにも見せて」
「ああ、分かったよ」
据え置きの机に座り、収納から手紙を取り出した。驚いた事に手紙は2通。1通は予想通りエルからであり、もう1通はなんとオリビアとライラの連名だった。
「オリビアとライラからの手紙もあった。アシェラはそっちを先に読んでてくれ」
「うん、読みたい。シャロンの事が書いてあると嬉しい」
オリビア達の手紙をアシェラへ渡し、オレはエルからの手紙に目を通していく。
手紙の最初には、案の定 父さんが非常に心配している事が書かれていた。
曰く「父様も空間蹴りの魔道具と地図の件もあるので、頭から反対しているわけでは無いのですが……やはり魔族との間に、大きな禍根を残すべきでは無いと思っているようです」だそうだ。
オレとしても、最初から魔族と喧嘩をするつもりなど無いわけで……ただ相手へ一方的に譲歩するつもりも無いだけだ。
そもそも手紙にある通り、ルイスの件を別にしても、空間蹴りの魔道具と地図の類は絶対に回収する必要がある……最悪は敵対するとしてもだ。
であれば、先ずは接触してみて、相手の態度次第でそこからの行動を決めようと思う。
他には、エルフ経由でドワーフに橋の建設を依頼した件の進捗や、獣人族からそろそろもう1つの迷宮を踏破してほしいと打診があった件。
ナーガさんがもうすぐ結婚する件に、母さんを今回の旅に連れて行かなかった事を拗ねている件など多岐に渡った。
「エルの方も色々忙しそうだ。アシェラ、手紙を交換しよう」
「うん。シャロンにレオン、ソフィアも皆 元気だって書いてあった」
「そうか。オリビアとライラに感謝だな」
手紙を交換して読んだ内容は、エルからの物とは全く違い、心がほんのり温かくなるような小さな幸せに溢れていた。
シャロンがお姉ちゃんらしくレオンのご飯を食べさせてくれた事や、ソフィアが熱を出したが、グラン家の医者に診て貰って今は元気な事。
手紙を読みながら子供の成長に笑みを浮かべていると、ライラから1つの質問と提案が書かれていた。
「シャロンはもうすぐ3歳、サナリスは4歳になります。アルド君は「使徒の叡智」をどうするつもりなのか、教えてください。妖精族へ伝えていくつもりなら、分かり易く教えるために教科書を作ろうと思います」
うーん……これはどうすれば良いのか……確かにライラが言うように、「科学」を伝えるのであれば、何年もかけ順序立てて教える必要がある。
しかし、この世界に科学を広めて良いのか? 特にこの世界には魔力がある。前の世界より、ずっと簡単に科学の恩恵を受けられてしまうのだ。
現にオレが開発した「冷蔵庫」に「冷凍庫」、「エアコン」に「コンロ」も……幾ら基礎知識があったとは言え、本来なら長い時間をかけて発電機やモーター、精密部品を開発しなくては作れない物ばかりである。
しかし、この世界なら、「魔法陣」さえ習えば驚くほど簡単に再現できる……出来てしまうのだ。
きっとオレの手から離れた時……科学を広めた瞬間から、加速度的に進化していくのだろう。
それがこの世界にどう言った結果を出すのか……しかし「科学」が有意義なのもまた事実。
直ぐに答えが出ない問題を前に、オレは先送りする事を決めた。
手紙の最後に書かれていた、母さんが毎日やってきて、置いてかれた愚痴を言いながら冷蔵庫を漁っている事など些細な事である。
◇◇◇
手紙を読んだ次の日の朝。オレとアシェラは、ミュラーの街の領主館へとやってきた。
目の前の館は、流石は西の領主を纏めているだけあって、ブルーリングの領主館と比べても引けは取らない様相である。
逆を言えば、1領主に過ぎないブルーリングと同程度なのは、ティリシアと言う国の厳しさを物語っているのではあるが……
そんな領主館の前には門番が4人立っており、冒険者の恰好であるオレとアシェラを訝しそうに見つめている。
『何だ、お前達。ここはミュラー領の領主館だ。お前達みたいな冒険者が来る所じゃないぞ。悪い事は言わん、サッサと立ち去れ』
4人の中で一番階級の高そうな騎士が、鬱陶しそうに声をかけて来る。
しかし、こっちは領主とその伴侶に用があるのだ。「はい、そうですか」と帰るわけにはいかない。
『これはカナリス領の御当主様から、ミュラー家の御当主様に当てた手紙です。お取次ぎをお願いします』
騎士は、オレの足の先から頭の天辺まで舐めるように見つめた後、手紙の封蝋の紋を見て、苦い顔で口を開く。
『確かにカナリス家の紋章で間違いない……だが、何でお前みたいな冒険者がこれを持っている。事と次第によっては帰すわけにはいかんぞ』
『これは私がカナリス卿から直接預かった物です。ドラゴンスレイヤーとして、ミュラー家の御当主に謁見を申し込むために書いてもらいました』
オレの言葉を聞き、4人の騎士は一斉に大笑いを始めてしまった
『ば、バカなのか、お前は……くっくっくっ……ど、ドラゴンスレイヤーとは大きくでたな』
『りゅ、竜種を個人で倒せるはずが無いだろ……あんまり笑わせるな……』
コイツ等……少し笑い過ぎじゃありませんかね? 流石のオレもちょっとだけイラっとしたぞ。
『分かりました。では少しだけ私のチカラの一端をお見せします……』
そう言って騎士達の頭ほどの高さを、数歩だけ駆けてやる。
『ば、バカな……空を駆けた……リベンジャーと同じか……』
『リベンジャー以外にもいたのか……お、おい、直ぐに手紙を御当主様へ届けてこい! 大至急だ!』
どうやらルイスは以前の二つ名である、リベンジャー……復讐者の名で呼ばれているらしい。
フォスタークからオレを探す旅に出た事で、男をそこまでして探すのなら余程の恨みがあるのだろうと、勘違いで付けられた二つ名である。
あー、アイツ訂正しなかったんだ……面倒臭かったのか、勘違いの二つ名ですら利用したかったのか……今となっては分からないが、ルイスが死に物狂いになって動いていたのを感じられて、何故だか目頭が熱くなってしまう。
くそっ、直ぐに助け出すからな!
改めてルイスを助け出す事を誓いつつ、待たされる事、30分ほど。
領主館の扉が開くと、騎士と一緒に執事が現れ、うやうやしく口上を述べた。
『ルイスベル殿より、お噂は兼々聞いております。アルド様でございますね? 私、当館の執事、グースと申します。主がお待ちしております故、ご案内致します』
この態度は何だ……幾らドラゴンスレイヤーとは言え、貴族家の執事がここまでへりくだるなど……
嫌な予感を感じつつ、オレとアシェラはグースと名乗った執事の後を追ったのであった。




