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競技の報酬

 次の日は朝からよく晴れていて、マリエラは外へ散歩に行きたがった。そうと決まれば行動は早い。さっさと支度して、二人で一階へ下りた。


 朝食はしっかりいただいて、いってきますと元気に挨拶。主人さんと奥さんに見送られて、マリエラと二人手を繋いで日の下に飛び出した。




 雲一つ無い青空に、降り注ぐような日の光。マリエラが手を引くに任せていると、その足は北に向いているようだった。珍しく黒のパンツにパンプスのような靴を履いていて、いつになく活動的な出立ちだ。


 上は黒いニットの長袖にコート。ハンドバッグは僕のショルダーバッグに預かっている。だから、マリエラは手ぶらだ。


「今日は暖かいね!」


「冬はまだまだ終わらないよね?」


「うん。年明けまではいつも寒いね」


 今日は日差しが強めで、日向にいるととても暖かい。全身黒のマリエラには、もしかしたら暑いくらいかも。


 中央広場を抜けて北の通りに入り、さらに北門を外に出ると左手側の海岸に水上レースの会場が作られている。海に向かって座れる階段状の観客席や売店などが並び、まだ開催日でないにも関わらず盛況だ。


 売店があって観客席は解放されていて、天気が良くて海を眺めていればレースの練習をする選手達が見られる。ヘルミッドの話によれば模擬戦も行っていると言うし、既にイベントが始まっているようなものだね。


 マリエラは、これを見に来たんだな。


「すごいね! これ、ハルト君が考えたんでしょ?」


「いやあ……、そういう事にしておこうか」


 競艇とスピードスケート合わせただけだからなあ。それを自分が考えたとか、すごく言い辛い。でも説明出来ないし。


「ふーん? そーいう事にしとこーか」


 じっとり見られるけど、口元は笑っている。聞かないでくれるんだね。でもその内話そうかな、とは思ってる。どう話したもんかな? まあ今はいいか。


 飲み物を買いに売店へ並ぶ。ゴブレットなりカップなり自分で用意しておけばそれに注いでくれるようなので、二人分作ってバッグから出してお願いした。一杯銅貨二枚だ。


 色は茶色。香辛料のようなスパイシーな香りのある甘めの茶だった。胡椒などに近い刺激的な香りに砂糖の甘さという、面白い組み合わせだ。甘過ぎない加減のおかげで僕はわりと気に入った。マリエラも大丈夫なようで、ちびちびと楽しみながら観客席の適当なところに腰かける。


 今は選手六人程が練習に励んでいて、綺麗な弧を描いてターンを決めている姿が見られる。足運びがまさにスケートになっていて、やっぱり行き着く先は同じなのだなと不思議なような納得したような、奇妙な感覚に陥る。


「これ、競って滑るんだよね?」


「うん、そうだね。今は練習だから皆穏やかなもんだけど、レースが始まったら見応えあると思うよ」


 思い出すのは水上だけどボートに乗ってないから、やっぱりスピードスケートの方だな。選手達が数人並んで滑って、抜き去る瞬間を虎視眈々と狙う姿はこの競技でも見られるだろう。でも周回数が三周しか無いから、早期に仕掛けないと終わってしまうんだよな。その辺りの駆け引きも楽しみだ。


「浮きを回るのに、結構大回りで行くんだね」


「下が水だから、踏ん張りが利かないんだ。角度があると、その勢いのまま流されちゃうんだよ」


「あ、そっか」


 眺めていると、まだ滑る事に精一杯といったところのようだ。加速や急制動まで出来る選手は見られない。マリエラならわからないけど、さすがにそこまで出来る魔法使いもなかなかいないか。僕も多分無理だし。


 制御が難しいんだよね。水に乗った状態の維持に足の下の摩擦の制御、蹴る際には水の硬化が必要だし、波による変動にも対応しなきゃいけないし。それを左右の足でばらばらに行いつつ、身体も激しく運動する。


 安易に考えて提案した競技だけど、実際にやる選手達はかなりの消耗具合のはずだ。まさにアスリートなんだよね。


 見ていてその辺りまで理解が及んだのか、マリエラも食い入るように見つめている。


「すごいね」


「うん。まだ一ヶ月もやってないはずなのにこれだけ出来るんだから、皆すごいよね」


 こんなに頑張ってやってくれてるんだから、違反行為は何とか止めたいね。わざとやる奴は言語道断だけど、勘違いからやってしまうのだけでも対策して無くしたいな。ヘルミッドからも相談されたし、何か考えてみるかな。







 ふと気付けば、ヘルミッドの滑っている姿があった。あいつ、参加するのか? 開催側じゃないのかよ?


 しかしやはり、動きは一番良い。フォームはスピードスケートの選手そのままだし、足運びは完璧。魔法の制御も無駄が無く効率的だ。他の選手達が手本としているようで、彼らが滑れているのはヘルミッドのおかげだと気付いた。


 ただ、手は抜いているようだ。速度は然程速くないし、実際抜かれている。あくまでも手本、選手達の技術向上を第一としているらしい。コース取りなんかもヘルミッドがある程度の指針を示していて、なるほどと納得させられた。


「やるなあ、ヘルミッド」


 最早初めて会った時の、あのチンピラのような印象は消え去ってた。こいつは本当に、ただの魔法馬鹿なんだな。今はきっと、魔法技術向上への貢献に邁進してるんだ。


 手下二人も会場の運営に参加しているようで、案内だったり管理だったりに奔走する姿が見えている。この二人は僕がヘルミッドと付き合うようになっても第一印象そのままの粗野な二人組だったんだけど、今は忙しくてそれどころじゃないのか、なりを潜めさせている。


 さて、よくよく考えてみると奇妙な状態だよなあ。魔法組合は魔法の研究、開発、保存を目的とした組合だったはず。この状況は大丈夫なのか?


 特に開発部は、年末に発表会へ行くはずだよね。ああでも、これもその一環になり得るのか。そう考えたらありなのかな。


 そんな事を考えつつも、マリエラと楽しく観覧させてもらっていた。







 僕らのところへ、海から戻ったヘルミッドが向かって来る。見つかっていたらしい。


「師よ!」


 とか言いながら。やめろ、目立つ。


 既に周りの視線がこちらに向いていた。ただ、そのほとんどはマリエラに行ってる。当のマリエラはそんな視線に苦笑いだ。


 ヘルミッドは僕の隣に座った。水滴は既に付いていないね。魔法で落として来ていたようだ。おかげで濡れずに済んだ。


「どうだったろうか、俺の滑りは」


「綺麗だったね。僕じゃもう敵わないな」


「ははは、これでも腕は磨き続けていたからな」


 ちょうど良いので、話すべき事を話そうか。周囲に聞かせたくないから場所を移したいと言えば、ヘルミッドは会場脇にある関係者用の区域に僕らを案内した。


 そこは選手の更衣室だったり組合員の詰め所だったりと諸々に使われている区域で、仮設の小屋やテントなどが幾つか立っている。その内の小屋の一つへ通された。


「ここならちょうど良いだろう。話というのは、先日俺が相談した事についてだな?」


「そうだよ。まず確認したいんだけど……」


 そうして話し合いが持たれた。


 確認したのは、参加する選手達に一体幾ら支払う予定になっているのかだ。参加者の数は充分以上に集まっているという事だったけど、それで一人当たりの支払いが安くなってしまっていては困る。そこは始めに確認しなければならない。


「これについては、戦士組合での報酬を参考にさせてもらった。階級無しの依頼だが、その報酬額はおよそ銀貨二枚。それに銅貨五十枚を上乗せした」


「安い。それじゃ安過ぎるよ、ヘルミッド」


 即座に否定する。まさかここまで安いとは思っていなかった。それでは全く見合わない。最初こそ真新しくて選手も集まっているけど、すぐに駄目になる。そして安過ぎるからこそ、金ではないものを求めてしまって力を誇示する事や勝利への欲に負ける。


「選手達は今練習してるよね? でも本来は、その時間は生業のために使えるはずの時間なんだ。日々の糧を得るための時間を割いて、彼らは来ているんだ。それを賄えないんじゃ、この競技は先細るよ」


「ならば、師なら幾らに設定するのだ?」


「今回はそうだね……。最低二十。銀貨で二十枚だ。これでも少ない。本当は三十と言いたい」


「そんなにか!? 馬鹿な、そんな予算など下りんぞ!」


 魔法組合もけちだな、全く……。


「まだまだ序の口だよ、ヘルミッド。これは参加しただけで支払う金額なんだ。優勝賞金はまた別だ。ただ、ここに関しては閣下と相談した方が良い。指標だけ言うなら、優勝は金貨十枚は欲しいね。もちろんこれでも少ない」


「閣下への相談は、確かに必要だな。しかし優勝は、だと?」


「最低でも二位と三位までは出した方が良いね。参加者の数にもよるけど、十位くらいまでは賞金を出せると理想的かな」


「き、金額はどうするのだ?」


「二位は六枚、三位は三枚という感じで、順繰りに下げて行けば良いよ」


 ヘルミッドの顔色は青い。でも、これくらいしないと駄目だ。


「次回から、では」


「駄目。こういうのは最初が肝心なんだ。この競技は稼げる。そう思わせなきゃ。大人から子供まで、皆が夢見るくらいでちょうど良いのさ」


 懐かしく思い出すのは子供の頃。スポーツの選手に憧れる子が多かったんだ。サッカーでも野球でもテニスでも、毎日テレビで何かしら放送していて、四年に一度はオリンピックが開催された。その度に自国の選手の活躍に一喜一憂して、大いに盛り上がった。


 そこまで行かなくとも、このリヴァースだけでもこの競技で盛り上がってくれたら嬉しいじゃない。


 ちなみに、戦力としての鍛練にも実はなっている。魔法の制御はもちろん役に立つし、激しい運動になるから身体能力の向上も見込める。これからよりストイックにアスリートと化していくなら、その能力は遥か高みに及ぶ事となるだろう。何せ彼ら、魔族だし。


「しかし師よ、何処からその資金を捻出するのだ?」


「まずは閣下を当たって欲しい。閣下がこの競技をリヴァースで盛り立てて行くつもりなら、出さないはずがない」


 閣下は出すだろう。本人が既にこの競技に高い関心を持ってたし。でもそれだけじゃまだ足りない。今後のためにも、他も回ってもらわないと。


「次に金を持っていて且つ、名前が売れている相手に出してもらうんだ。見返りは、出資者の名前を大々的に公開する事。目に付く場所にこれでもかと名前を載せて、訪れた全ての魔族の記憶に残るぞと持ちかける。閣下も出資していると話せば、さらに食い付きが良くなるかもしれない。そうして金のありそうなところや名前を売りたそうなところへ出資を募る。戦士組合や商人組合、職人組合も外しちゃ駄目だ。何処にも言える事だけどね、出資してくれなくとも持ちかける事が重要なんだ」


 ヘルミッドが目を白黒させ始めたので、必要そうな事は文字にして残してやろう。いつも通りバッグから出すふりで水術と地術で作った白く薄っぺらい板を用意した。大きさは縦三十センチ、横二十センチ。二つに折り畳めるようにしておいた。そこに黒で文字を書いていく。


 後で返すよう言い含めておいて、手渡した。


「これを今日明日で、手分けしてやるんだ。正念場だよ、頑張ってね」


 目を剥いたまま書かれている事を眺め、やがてヘルミッドは溜め息を深く吐く。目を一旦閉じ、開いた時には真剣な目付きに変わっていた。


「そこにも書いた最後のところになるけど、選手にルールを守らせる方法に移るよ。まず選手達には、支払いは銀貨十枚だと伝えよう。そしてルール説明の最初に、しっかり守った選手には追加で銀貨十枚を出すと明かすんだ。それによって、ルールを守る事が得になると刷り込む事が出来る」


 この金額については今後見直すよう書いてあるけど、今は説明の便宜上銀貨十枚ずつとした。ヘルミッドは理解出来たのか、納得した風に深く頷く。


 僕の説明もこれで終わりだ。素人が考えた程度の作戦だけど、少なくともヘルミッドは賛同してくれたようだ。


「これも魔法発展のためだ。師よ、俺はやるぞ」


 瞳に炎が見える程の気力を漲らせて、ヘルミッドは力強く宣言する。


 そして急ぎ小屋を飛び出し姿を消した。結構な無茶振りしたけど、何とかやり遂げて欲しいね。


「閣下がハルト君を欲しがった理由、わかったかも……」


「そ、そう?」


 僕は単に、競技の事と参加してくれる選手の事を考えただけなんだけども。


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