小憎らしい子供
その日の夜、白海豚亭で夕食を楽しむ僕らのところに兵がやって来た。曰く、閣下がお呼びだとか。勘弁して……。
慌てる主人さん達を宥めておいて、僕らは兵士に続いて外へ出る。大通り沿いに馬車が停まっていて、それに揺られて向かうらしい。
そして城に着けば玉座の間ではなくその奥、閣下の居住区である尖塔にあるサロンまで通された。開けた作りのその場所で、ソファに座って待つ事ほんの少し。閣下がばたばたと走って姿を現した。
その様子はレナードさんがいたらはしたないとたしなめたろうけど、そのお姿はさらにはしたなかった。透けてはいないけどネグリジェのような赤い衣服一枚で、僕はおろかマリエラすらも驚かされた。腿のぎりぎりまでが隠れてる。大変危うい。
「閣下! 何て格好してんですか!」
「喧しい! お主はまたとんでもない事を魔法組合に吹き込みおって!」
「ははは、とんでもない事だなんて心当たり無いですね」
「しらばっくれおって……!」
そんな怒る事かね。
隣にどすんと座ったところで話を聞けば、閣下のところにはルーゲル導師が来たそうだ。話の内容自体は、僕がヘルミッドに聞かせた事そのままだった。
けどもどうやらあの馬鹿たれ、閣下に相当挑発的な言葉を投げたようだ。しかも、このやり方を考えたのはさも自分であるかのように話したという。僕のせいじゃなかったね、良かった。
そんなわけで、僕はヘルミッドに聞かせた話をここで、そのままもう一度話す羽目になった。あの野郎、覚えとけよ……。
「魔法組合らしくない考え方なのでな、お主の発案である事は明らかであったわ。しかしやはり、あの者は言い方をわきまえておらんな……! その上妾に嘘を吐くなど言語道断よ!」
一通り話し終えても、まだ閣下の怒りは収まらない。どんな事を言われたのか興味はあるものの、怖ろしくて聞けない。
しかし目のやり場に困るお姿だなあ……。隣でマリエラが、若干不機嫌なのが気になる。
それからは閣下の愚痴に付き合わされ、愛想笑いで引き上げる頃には十九時を回っていた。長いよ閣下。
ただ一つだけ、気になった事があった。警備がいつも以上の厳重さに見えたんだ。こんな時間に伺った事は無いから実際のところは何とも言えない。でも近衛の兵なのか騎士なのか、全員女性だったけど目付きが違う。
僕らも鋭く見られていて、少々居辛さを味わった。どうしたんだろう?
水上レース開催の前日となった。
今日は選手達も軽く流す程度の練習に留めるという事と集中力を高めるという事を理由として、会場は閉じられるそうだ。でも多分、昨日ヘルミッドに教えた事でてんやわんやなんだと思う。開けてたら人手が足りないから、選手だけは入れてもそれ以外は対応出来ないんだ。
街はと言えば明日の話で持ち切りで、朝から何処もかしこも繁盛している様子だった。酒場は満員御礼だし、広場があればたくさん集まって、飲んだり食べたりしながら騒ぐ姿が見える。街角でのお喋りや井戸端会議など、ちょっと立ち寄る場所でも話題になっているようだ。
マリエラと二人で、そんな何処か浮き立ったようなお祭り状態の街を見て歩く。僕らも例外でなく楽しみにしているので、この空気の中にいるだけでも胸が高鳴るようだった。発案者としては、気恥ずかしさもあるけどね。
こう言った規模の娯楽は、これまで無かったんだろう。この世界にとって良く働くか悪く働くか、それはわからない。けれど誰もが笑顔で話しているし、少なくとも今は良かったと思える。今後もこのまま、平和にあって欲しいね。
戦士組合一階の酒場もやはり盛り上がっていた。出場選手の中に戦士が何名かいるそうで、戦士達の関心事は彼らが何処まで駒を進められるかというところだった。
「エスパルーダの奴なら、優勝狙えるだろ!」
「メステーも負けちゃいないぜ!」
「今日は観れねえからなあ。せめて調子がわかりゃなあ!」
などと、誰も彼もが楽しみにしていた。
「ここも今日はこんな感じか」
「考えてる事は、皆同じだね」
練習や模擬戦を公開していたのも良かったんだろうな。早くも贔屓な選手が出来てて、その話題でも盛り上がれる。時には諍いにもなるだろうけど、それも華ってもんだよね。
「ハルトさん、マリエラさん、ちょうど良かったわ」
そこへタニアさんが話しかけて来た。どうやらまたも、レベッカさんが呼んでいるらしい。支部長室へ案内されてみれば案の定出資の話だった。
「うちにはヘルミッドが来たわ。面白い事考えたわね、ハルトちゃん」
「レベッカさんにも見抜かれてるのか」
「ヘルミッドがあなたの発案だって話してたわよ?」
「あの野郎、余計な事を……」
口止め、忘れた。
戦士組合は出資してくれたそうだ。感謝。
「旨味は正直ほぼ無いわよ? でも体面的に出さないわけにもいかないじゃない」
「うん、知ってた」
「やっぱり!」
「え、そうなの!?」
そりゃそうですよ、マリエラさん。
「名前が知られてる者や組織程、出さないわけにはいかないんだよね。閣下がリヴァース主導で大いに盛り立てて行くと宣言してるし、そこに出資しないなんて選択したら評判に傷が付く……とは言い過ぎだけど、体裁は悪いからさ」
つまり、最初から出資が見込めていたんだ。ヘルミッドがどれだけ理解していたかわからないけど、もしかしたら今頃拍子抜けしてるかもね。
「小憎らしい子供よね、全くもう」
「はっはっは」
否定は出来ん。
正直に言えば、出資額は閣下と戦士組合、商人組合、職人組合の四者だけで充分のはずだ。そしてこの四者は出資がほぼ確定で見込める。だから全く心配してない。僕が心配なのは、それだけの金を握った魔法組合の動向くらいのものだ。
でも、それを制御するのは閣下達リヴァース侯爵領の面々さ。僕は出来る限りの助言をした。一個人にこれ以上を求められてもね。なので、後は楽しませてもらうだけだ。
「ハルトちゃんがどうやってこんな事思い付いてるのか、物凄い興味あるわ……」
流し目で見るな。絶対教えない。
このやり方自体は、商人組合でも過去に行われた事があるそうだ。しかし、それなりに大きな規模でないと成り立たないやり方なので、あまり効果が上げられずに終わってしまった。そのため、近年ではほとんど採用されていないらしい。
でもこの競技は違う。リヴァース侯爵領を挙げての事業になる。名を連ねる事を選ぶ者は多いだろう。特に名声を求める傾向にある者などは。
「商人組合や貴族にも出資を募りに向かってるのよね。大丈夫なの?」
「助言はしたよ」
商人組合については、売店などの出店で利益がより出せるよう調整する事を交渉の材料にする方針だ。具体的には出店料の引き下げや客が寄り易いよう立地を整えるなどか。
また、会場に行かなくとも賭けが出来るようにするために、その場所を商人組合に用意してもらう計画を持ちかけてもらう。詳しい事は調整しながらとなるのですぐには決まらないだろうけど、きっと食い付く。
こんな策を弄しなくとも出資はしてくれるだろうけど、額に響く。そして今後の付き合いにも。なので商人組合にはしっかりした見返りを用意するんだ。その分頼りにさせてもらえば良い。
逆に、貴族に対しては無理に売り込む必要は無いとした。訪ねて話は通す。けれどそれ以上粘って募る必要は無い。何故なら彼らには派閥があるからだ。閣下に賛同する者達はそれだけで出資するだろう。けれど反対の閣下に対抗する者達は、出資させるのに相応以上の見返りを用意しなければならない。しかしそれでは、恐らく赤字になってしまう。そんな要求をされるだろう。だから貴族に対しては、積極的に売り込まない。
魔法組合は、ただでさえ貴族との関係がデリケートだ。なのでその程度の関わり方で充分だ。
そんな事も、ヘルミッドに渡した白いメモ書きには書いておいた。
「本当、子供らしくないわよね。どうなってるのよ」
「ちょっと怖い」
「あははは……」
笑って誤魔化すしかないな。
こういう商売が絡む話になると、どうしてもシビアにならざるを得ないんだよな。金銭、利益、立場、周りとの関わりや繋がりなど、世知辛いものと無縁ではいられない部分だ。
この世界でも、商人や貴族ならこれくらい理解しているだろう。それは問題に当たらない。この事を知らず彼らと対する事が問題なんだ。だからヘルミッドには知ってもらえるよう書いて渡した。そこまでにしとくけども。
仮に失敗に終わっても、これ以上は知らん。もう充分教えたからね!
「うちもまあ、全く見返りが無いわけじゃないし良いんだけどね」
「何かあったの?」
これは僕からの助言に無い話だな。魔法組合発案か?
「戦士組合所属の魔法使いがあっちを利用する時に、割引してもらえる事になったわ。ハルトちゃんの案じゃなかったの?」
「うん、違うよ。なかなか良い申し出だね。それなら新しい魔法もより早く伝わって来るようになるよね」
旨味はほぼ無い。けど、全く無いわけじゃなかったか。嬉しい誤算だ。となると、案外他の場所でも何かしらの旨味を用意してるかもしれないね。そうして魔法組合の閉鎖的な体質も変わって行くなら、これ以上嬉しい事も無いかも。
……ヘルミッドがすごい頑張ってたりするのかな。
その夜は、今度はヘルミッドが訪ねて来た。夕食をいただいている最中だ。ゴブレットを傾けたところで見えたので、そのまま手を挙げて手招きする。
その表情は明るく、万事上手く運んだのだとそれだけで察せられた。
「さすがだったぞ、師よ! 閣下はもちろん組合も貴族も商人達も、相当な数で出資を引き受けてくれた! 今日明日で、見た事も無い程の額が集まるだろう!」
「声でかいよ、ヘルミッド」
「おっと、これは失礼した」
金の話なんて、大声でするもんじゃない。そういうのは、ひそひそと交わすものだ。
「師の言う通り、選手達にはルールを改めて説明した。もちろん始めに支払いの話を聞かせたぞ。師にも聞いておいてもらいたいのだが、まず銀貨十枚とした。そしてルールを守った者には二十枚を追加とする」
「お、計三十枚だね。よく出せたじゃない」
「皆が努力して、出資者を募った結果だな」
魔法組合も頑張ったんだなあ。
「賞金は五位まで出す事となった。上から金貨で十、八、六、四、二と贈られる」
「良いと思うよ」
金貨十枚と言うと、マリエラによれば強力な魔道具が買える程に高額な賞金となるそうだ。マリエラのハンドバッグが金貨四枚なのだそうだから相当な金額だね。
「これを発表した時の選手達の顔と言ったら、それは良い笑顔だった」
額が跳ね上がっただろうからね。参加しただけでもルールさえ守っていれば銀貨三十枚だ。その上で上位入賞なら金貨をその手に握れる。
頑張り過ぎた事による怪我だけは注意して欲しいかな。
「今日の練習では、違反者もゼロだったそうだ。効果覿面過ぎて笑いがこみ上げたぞ」
「そんなもんだって。やる価値があれば、誰だってやる。ルールを守るのも同じ事なんだ」
「ああ、そうだな。師には教わる事が多くて、頭が下がったまま上げられん」
快活に笑って、そんな事を言う。
良い顔で笑うようになったな……。ほとんど別人だ。影響を与え過ぎたように思うけど、良い方に変わったよね? それなら良いのかな。
「報告は以上だ。最後に、これを受け取ってくれ」
ヘルミッドは、二枚のチケットのような物を差し出す。
「師と師の師二人で見に来て欲しい。これは予約席の券だ」
「そんなものまで作ってたの? ありがとう、使わせてもらうよ」
受け取って、大切にバッグへしまった。これさえあれば、二人でのんびり観戦出来るな。
「ありがとね! 私も楽しませてもらうよ!」
「ああ。マリエラ嬢も心行くまで楽しんでくれ」
握手を交わして、ヘルミッドは帰って行った。
……心なしか、すごい喜んでたように見えたけども。まあ、マリエラだしな。魔法組合でも名が知れてるのかも。ヘルミッドは知ってたし。




