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命名、そして競技開催

 レヴァーレストは九月十日を迎えた。三日連続で続く快晴の下、水上レースがいよいよ始まる。


 開催時間は七時だ。いわゆる開会式が行われる予定で、閣下もそこで多少演説するらしい。その時に、今は暫定で水上レースと呼んでいるこの競技の正式な名前も発表されるそうで、それも何気に楽しみにしている。


 そんな情報が、ヘルミッドから渡されたチケットには書かれていた。チケット兼プログラムになってるみたい。


 レースは四回勝ち抜くと決勝戦となるようだ。一戦を六人で競って上位三名が進出するトーナメント方式なので、選手数は九十を超えている。たくさん集まってくれて、ありがたい限り。


「ああ、当日になっちゃったよ!」


 マリエラは興奮が収まらないようで、今朝起きてからこの調子だ。顔色は上気しっ放しで艶っぽくてやばいし、動きが大きくなってるから胸とか弾み過ぎててまたやばい。


 そばに興奮してるのがいると逆に落ち着くって言うよね。


「当日になっちゃったんだよ! さあ、早く行こう!」


 あれは、僕には当てはまらないらしい。




 二人で興奮したまま会場入りし、チケットを見ながら席を探す。すると魔法組合の発表会の時のような個室の席だった。南北に長い観客席の中央に三階建てで造られていて、その三階の一室を用意してくれていた。


 個室は二階三階に三つの計六つ。入る扉は東側で、観戦するために西側はマリエラの腰程の柵のみ。僕らはその三階の、南側の一室に入った。


 この建物は南北の観客席から独立していて、且つ海側にまた別の観客席が接続されている。そこは背もたれがある個々の椅子であったりテーブルが用意されていたりと立派な作りになっていて、どうやら貴族用らしい。一階には、彼らのための諸々があるようだ。化粧室とか急な来客時の応接室とかね。


 しかしここは、やっぱりちょいと場違いじゃないか? 発案者だし、良い席を用意したかったんだろうな。こんなところだろうとは予想してたけどね。だからバッグには、既に食べ物も飲み物も多過ぎなくらいに完備している。昨夜の内に仕込みまくったさ。


 今日は売店での買い食いなどは我慢して、せっかくの二人きりの観戦を楽しむ方向で行こう。




 個室の中には、ソファとテーブルのセットと椅子とテーブルのセットが用意されていて、好きに利用出来るようだ。ソファだと少々視点が低いので、柵のそばに椅子とテーブルを置いて観戦する事にする。


 早速飲み物を出そう。まずはお茶かな。ポット一つ、カップとソーサーのセット二つを用意し、茶を淹れる。マリエラは嬉しそうに微笑んで、僕の所作を眺めている。喜んでくれてるようで何より。


 甘い香りの温かい茶を二人で楽しんでいると、テーブルに置いた懐中時計がいよいよ開会式の時間である七時を示す。


 その瞬間観客席の両サイドから炎の赤い線が海の中央、僕らの正面に向かって幾条も走る。直後、海上に何本もの水柱が大きな音と共に立ち上った。観客達はどよめき、騒然としている。


 水飛沫が収まると、そこには一つの人影が見えた。人影は一歩、また一歩とこちらに向かって海上を歩いて来ており、その一歩の度に水が盛り上がって階段でも上るように一段一段高くへと上昇した。


 そして海岸の際まで到達したところで、その姿がはっきりと見える。


 日の光を照り返す艶のある青い髪を海風になびかせ、開いた瞳は輝くシアン。透き通るような白い肌を髪と同じ青のドレスに包んで、少し短めの袖とスカートから白い手と足を覗かせる。


 凛と佇むその姿は、紛れもなくレヴィニア・サラダン。リヴァース侯爵領領主に相違無かった。


 つまり、先程の魔法は演出だったわけだ。僕はこういうの見慣れてるけど、皆わりと本気で慌ててたぞ。思い切った事したね。マリエラも困惑気味に、一人で拍手してる僕と向こうの間で視線を泳がせてた。


「皆の者、よくぞ集まってくれた!」


 閣下の演説が始まった。よく通る高い声はさすがの声量だ。


「まずはこの競技の正式名称を発表しよう!」


 やっと落ち着きを取り戻したのか、観客席から拍手が鳴り響き始めた。眼下に見える貴族達も閣下を称えようというのか立ち上がっており、やはり同様に拍手している。


 貴族を見下ろすって、なかなかすごい場所だなここ……。


「諸君も選手達の練習する姿を見ただろう! 抜き去る隙を狙って連なり走る姿は、妾の目には勇ましき竜のうねる様に見えた! よって、魔法組合に託された権利をもってこの魔法を水竜と名付ける! そしてこの水竜による此度の競技を、水竜走と呼ぶ!」


 割れんばかりの喝采をもって、この新魔法の名は歓迎された。口々に水竜と呼ばわる声が聞こえる。


「水竜か。閣下らしい名前だね」


「そうだね! よっぽど気に入ったんだよ!」


 ヘルミッドの喜ぶ姿が目に浮かぶな。それともやっぱり、自分で付けたかったかな?


「さあて、それでは皆の者! 長々と話す気など妾には無い! この水竜走を共に楽しもうぞ!」


 歓声と喝采を浴びながら閣下は足下の水柱から水平に足場を真っ直ぐ伸ばし……、つまりこちらへと水の足場が伸びて、隣の部屋へと接続された。そこに来るのかよ。


 悠然と歩いて来る閣下と、僕らは目が合う。そしてにやりと笑ったその顔が見えた。来るのか、と身構えるけど、閣下はそのまま隣室へと姿を消す。


 水の足場は短くなりつつ向こう側へと倒れ、海へと帰った。波が少々押し寄せたようだけど、それは海岸だし想定内だろう。


 そうして油断したところでノックが響いた。


 返事したくないけど、しなきゃ駄目よね。隣のマリエラはくすくすと笑う。邪魔されたくなかったのになあ。


「はーい」


「ハルト様、レナードです」


「どうぞー」


 扉が開くと白髪に濃い褐色肌、それと捻れた一対の黒い角が見えた。一礼から上げた瞳は漆黒の悪魔、閣下の側近レナードさんだ。


「誠に心苦しくあるのですが、閣下がどうしてもと……」


「私は構わないよ、ハルト君」


「という事だから、大丈夫ですよ」


「ありがとうございます」


「済まんな、二人共」


「早っ」


 と言っても、壁の陰に隠れてたのは気付いていた。他にも近衛の方が何人か、外で護衛に当たる姿を魔眼は捕捉してる。


 しかし侯爵だというのに、軽いお方だ。こういう貴族らしからぬところは好きだけどさ。


「全く、閣下と来たら……」


 レナードさんは大変そうね。




 閣下はレナードさんに椅子を用意させていて、僕を真ん中に寄らせて座った。両手に花とは言うけれど、僕はマリエラだけで充分過ぎるから何とも。


「重ねがさね済まんな。二人の邪魔をしようと言うわけではないのだが、友人と共に楽しみたいと思うてしまってな」


「大丈夫ですよ、閣下。私達も閣下といられて嬉しく思ってますから」


 マリエラは、閣下にとって友人なんだよな。その辺りも色々聞いてみたいね。またマリエラが恥ずかしがるようなエピソードがあったりするんだろうか。


「ほう。ハルトよ、これは時計ではないか。しかし……ただの時計ではないな。針が、無いのだが……!?」


「魔道具ですしね。おかしくはないです」


「なるほどな。字が現在のものになっておる。そういう魔道具なのか」


「便利ですよね!」


「あげませんよ」


「わかっておる!」


 レナードさんが吹き出した。そんなやり取りをさせられたからね、先手打っておかないと。


 で、その時計が七時三十分を示した。プログラムによれば、いよいよ始まるはずだ。レナードさんまで含めた四人で、身を乗り出すように海上へ目を向ける。するとちょうど選手達が入場して来たところだった。


「おお! 始まる、始まるぞ!」


「とうとうですね! ハルト君から聞いて、私もう楽しみで楽しみで!」


「わかるぞ、マリエラ! 妾もこの予定が決まってからと言うもの、胸が高鳴って収まらんでな!」


 女性二人は興奮し、手を繋いで騒いでいる。仲良いな。


 一方僕は、既に椅子の上に無かった。マリエラのそばに立って柵をしっかり掴みながら眺めて感動している。


 やっとこの時が来た。スピードスケートとも競艇とも違うけれど、似た形に出来たこの競技が、水竜走が始まる。向こうにあったスポーツが融合して、今異世界で始まろうとしている。


 何て瞬間なんだろう。二人に負けず劣らず、僕の感情も昂って爆発寸前だった。選手達がスタートラインに並び立つ姿を見ただけでもう、心臓が破裂しそうなんだ。


 炎術師による秒読みが始まる。その声はここまで聞こえはしないけれど、選手達の構えで大体わかった。炎術師が手を振り上げて、指先に炎を灯す。三、二と数え、一の声と同時に選手達が沈み込むような低い体勢を取る。そして炎が炸裂して破裂音が響く。それが、水竜走の始まりを告げる瞬間だった。


 六人が一斉に水を蹴って駆け出し、観客席からは早くも熱狂したような歓声が轟く。声援、喝采、罵声に怒号。ありとあらゆる声が走って滑る選手達に投げかけられ、しかし彼らは意に介さず自分の持てる全てを出し尽くさんと競技に集中する。


 瞬く間に三周が終わり、勝者と敗者が決して分かれた。けれど敗者も誇らしげだった。練習や模擬戦はあったものの、初の水竜走公式戦に出場したんだ。それが嬉しいのかもしれない。


 マリエラも閣下も顔を紅潮させて、抱き合って喜び楽しんでいる。やっぱりスポーツの力はすごいな。


 ふと見れば、あまり感情を大きく示さないレナードさんすら大きく目を開いて、見入っていた。彼からこれ程の反応を引き出せたなら、大成功と言えるね。


 会場全体も大いに盛り上がっていて、僕は眺めながらこの競技が受け入れられた事に安堵し、そしてこれからを思って期待に胸を膨らませる。新しい滑り方やただ滑るだけでないアレンジなんかも加えられて様々に発展してくれたら、これ以上の事は無いだろうな。


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