トラブル発生
「黒ミスリルはね、ミスリルの中でも希少な材質よ」
レベッカさんから聞かされた黒ミスリルについての話は、それはもうとんでもないものだった。
ミスリルと同じ鉱脈から採れるそうなんだけど、一つの鉱脈で一欠片見つかるかどうかというくらいに希少であるらしい。しかも鉱石の段階でその大きさなものだから、製錬や精錬する過程でさらに小さくなってしまう。
そして精錬を進めていくと、最終的には光沢が無くなる。そうなった黒ミスリルは、光を魔力に変換する性質を持つのだという。
僕は思わず指輪を見つめた。
魔眼で確認すると、レベッカさんの言うように魔力の流れが生み出されていた。指輪は光を変換したその魔力を使って、僕が込めた魔法を発動させているようだ。
という事は、だよ。これ、本当に黒ミスリルなんだ……。何て事してくれてるんだ、地術よ!
僕はただ、真っ黒な指輪にしようと思っただけなんだよなあ。それが、黒ミスリルを使う原因になったわけか。確かに真っ黒だ。想像通りの素晴らしい黒だ。
もうね、黒ミスリルの性質が便利だしこれで良いや!
「聖石は、黒ミスリルのような性質は持ってないけど、単純に美しいから高価になった石ね。希少性も高いし、しかもこの大きさなら金貨二十枚は下らないはずよ」
「ほー。すんごいんだね」
「興味無さそうね、あなた……」
何の性質も無いという時点で、興味は失った。本物かどうか調べられないし、それなら単に綺麗な宝石だというだけの物だ。そもそも僕の地術で作った物だからね。
なんて思っていたけど、マリエラによる訂正が入った。
「違うよ、レベッカ。聖石は、近くで発動された癒術の影響を強めてくれるんだよ」
「その話、本当なの? あたしでも聞いた事が無いわよ?」
ちょっと試してみようか。マリエラのそばで指先に魔力を集め、癒術に変換する。すると、確かに変換効率が上がっているのが魔眼を通して把握出来た。
これも本物だ……。ちょっと地術すご過ぎない!?
「うん、確かに変換効率が上がってるよ。マリエラの言う通りみたいだ」
「……尚更に、その指輪の価値が上がったわね」
マリエラが満面の笑みで僕に抱き付く。喜んでもらえて嬉しいけど、色々まずいな地術は。
そんな特殊な性質を持つ材質があるこの世界のせいだと思っておこう。
「それで、やっぱりテトの遺跡にあったのかしら?」
「ふうむ……まあ、いいか。レベッカさん、秘密は守ってよ。ついでに何かあった時の口裏合わせと誤魔化しよろしく」
後半が狙いだ。こっちに巻き込んでやる!
黒ミスリルの性質がわかったから、僕も指輪にして付けたい。というわけで、目の前で真っ黒な指輪を一つ手の平の上に作って見せた。
「そんな、まさか! ハルトちゃんあなた、何て事を……! これは恐ろしい事だわ……」
「レベッカには教えておくの? まあ、何かあった時に頼れるか。レベッカ、よろしくね!」
「巻き込まれたわ、完全にしてやられたわ……」
ふははは。まだまだこれからよ!
「この指輪は、風術で防御の膜を張るようにしようかな」
「何よそれ、どういう事なの?」
「ハルト君は、魔道具を作れるんだよ」
レベッカさんの空いた口は塞がらない。そちらは放っておいて、魔法を込める作業に移る。
「飛来するものをやんわり受け止める障壁を展開する魔法にしようと思うんだけど、ちょっと水術を撃ってもらっても良い? 速度は手で投げるくらいで」
「わかった、行くよー」
「……お、これくらいでちょうど良さそうだ。次は……」
などと実践しながら完成させた。マリエラから水術と炎術で作り上げた真紅の宝石を渡されたので取り付ける。色は違うけど、マリエラの指輪とそっくりに出来た。
「私が通してあげる!」
「は、恥ずかしい……」
「いちゃいちゃしてるわね……」
おっと、復活したか。
「一つ聞かせて、ハルトちゃん。あなた、これから魔道具をたくさん作っていくと思うんだけど、どの程度拡散させるのかしら?」
「いや、そのつもりは無いよ」
レベッカさんの言葉を即座に否定する。それに対して、彼もマリエラも驚いた顔を見せた。
「どうして? 売ればお金に困らないし、便利な道具は社会も豊かにするわよ?」
「お金は生きるに足りるだけ稼げれば良いからなあ。それに魔道具って、便利な反面怖いと思うんだ。こんな物を作れる力なんて個人で持つには過ぎたものだし、貴族や王族に知られたら身柄を狙われる事になる。その結末は、二人なら想像出来るでしょ?」
レベッカさんの師である魔眼の魔法使いの最期は、悲惨なものだった。それを聞いた僕としては、誰にも知られたくない事だ。でも、レベッカさんには知っていてもらいたいと思った。
それにはもちろん打算的な考えも含まれている。でも彼なら、魔眼の師を殺されてしまった彼なら、徒に漏らす事などあり得ないだろう。信頼出来る協力者になってくれる。そんな信用があるから話せた。
それに何より、聞いて欲しかったんだと思う。それくらいには、僕はレベッカさんを気に入ってるんだろう。
「だから、自分で使う以上に作る事は無いよ。レベッカさんも漏らさないでね」
「そう、それなら大丈夫ね。あなたが控えめな子で、本当良かったわ。試すような事を聞いてごめんなさいね」
大きな手で、頭を撫でられた。力加減は絶妙だ。閣下とは違うな!
「それじゃ今度は、あたしの用件を話すわね」
そう切り出したレベッカさんの話は、またまたとんでもない事だった。
「ハルトちゃん、あなた閣下に目を付けられてるかもしれないわ」
「は? 目を付けられてるって、どういう意味で?」
「婿に迎えたいと考えている、なんて噂話があるのよ」
「はあ!?」
冗談じゃない! 僕はマリエラにくっ付いて、しがみ付くように抱き締めた。それからふと、自分からこうする事ってあまり無かったなと思う。
マリエラが頬を染めながら、声に怒気を込めた。
「駄目だからね! ハルト君はもう私の旦那様になるって決まったんだから!」
「本気で考えていたとしても、閣下ならあなたから奪うような事はしないわ。そこはわかってるでしょ?」
「ま、まあね……。そうだよね、閣下なら大丈夫だよね」
わりと信用してるんだね。僕はまだそこまで見知ってないから、全然不安なんだけど。
また軽い気持ちで口走ったんじゃないだろうな、あの侯爵……。
「二人の指輪を見れば、閣下も察するわ。それにこれはまだ噂話。閣下からそういう話があったわけじゃないのよ。ただ、話は早い方が良いわ。明日閣下にコカトリスの一件を報告に行くから、二人も当事者として同行なさいな」
「あー、そうだね。謁見出来るなら直接報告出来るし、その方が良いね」
「その時に、向こうから話が無くてもあたしから噂話について触れるわ。それではっきりさせましょ」
頼もしいなあ、レベッカさんは。
待ち合わせは八時、戦士組合一階という事に決まった。そんなところで僕らは退室し、いつもの白海豚亭に泊まるべく南通りへと向かった。
その道中で、青いコートの長い金髪の男が駆け寄って来た。その薄い黄色の瞳や顔付きには覚えがある。
「師よ! レヴァーレストに帰ったと言伝を受け……うお、マリエラ・ブラックロードではないか!」
「ヘルミッドは知ってるんだ? 僕の師匠で、その……恋人だよ」
「な、何と!」
ヘルミッドは目を剥いて驚き、マリエラは僕の言葉に声を上げて喜ぶ。まだはっきり人前で言葉にしてなかったね。でも良い機会だ。閣下の噂話を掻き消すためにも、ここは僕らの関係を明確にしてやる。
……どうもあの噂話に、苛立ってるみたいだ。余計な噂流しやがって、誰の仕業なんだか。
「はじめましてだよね? ハルト君の恋人の、マリエラだよ!」
本気で嬉しそうね。ちょっと……いや、かなり恥ずかしい。
「で、では師は、ブラックロー」
「その話はまたにして、ヘルミッドさんは用事があったんじゃないの?」
「そうだった! マリエラ嬢よ、しばし時間をくれ。すぐに済む」
「いいよー」
妙な遮り方だったな。でもまあ、ここは気にしないさ。話せる時が来たら、彼女から話すだろうし。気にしても聞いたりしても、きっとマリエラは困る。
それに僕だって、まだ記憶の事を話せずにいるんだ。誰にだって話せる事と話せない事はある。そんな事を敢えて突っつく必要なんて無いし、それこそ厚かましいと思う。だからそっとしとくさ。
「さて師よ。話というのは例のレースの事だ。開催や運営については閣下が派遣して下さった方に滞り無く進めていただいているので問題は無く、参加者も思った以上に集まってこれも問題が無い。しかし、競技のルールを把握していないのかわざとなのか、模擬の段階でも破る者が続出しているのだ」
「嘘でしょ!? 滅茶苦茶単純なルールにしたのに!?」
「周回数を間違えるなどは想定の範囲内で、それも鐘を鳴らして最終周だとわかるように対策を取って解決出来た。だが、まず水術以外の魔法を禁止している事をよしとしない者が多い」
「……馬鹿なの?」
「自分の力を勝利のために使って何が悪い、などと言うのだ。何のためのルールなのかを理解しない」
本気かよ……。正直魔族舐めてた。まさか競技を、自分の力を誇示するためのものだと勘違いしやがるとはね。
「しかしそれはまだ良い方でな。魔法で攻撃する者もいるのだ」
「それ、普通に罪だよね?」
「もちろんだ。既に十を超える数で収監されている。奴らの言い分は、魔法の力を競う戦いなのだから使っても良いだろう、だ。さすがに頭が痛くなったぞ」
はあ、困ったもんだね。荒っぽいにも程があるっての。
どうするかな……。