謀の末路
翌日僕らはほぼ同時に、抱き合った状態で朝を迎えた。吊した懐中時計が示す時刻は四時半。少し遅い目覚めとなった。
マリエラは目が合うと顔を赤く染めて、それでも逸らす事無く微笑んでまた僕を腕に包む。
「おはよ、私のハルト君」
「お、おはよ……」
何て言葉を不意討ちで言うんだ。僕は気恥ずかしくて、その胸元に顔を埋めた。温かくて幸せを感じられる、その胸元に。
頭上からはくすくすと笑い声が聞こえていた。
朝の食事と支度を済ませてテントを片付けたら、僕らはミリファ様達のいる中央へと向かった。そこで予定の確認を行う。
午前中は負傷者の手当てを引き続き行って、午後からはエルドロードへ引き返す事になったようだ。その理由は簡単な事だ。
「スレイトールを含めたイルゲルドに連なる者共を押さえるわ。あれらは生きる権利を持つ者の当たり前の生を脅かす者達。そして今となっては大罪を犯した者達。捨て置く事など出来ない」
やめてー! 恥ずかしくて死ぬ!
一人身悶える僕と笑いを堪えるマリエラ。感銘を受けたから使ってくれたんだろうけど、本人にとっては悶絶するネタだよ……。
「ミリファ様を狙って襲撃するなど、愚かな事をしたものですな。統治を任された者に弓引けば、それは王国に反逆した事と同じ。我らはあやつらを逆賊として討伐するのみ」
方針は単純明快だ。後は態勢を整えて帰還するだけだ。
昨日に続いて治療しまくって、昼には出発出来る程度で誰もが動けるようになった。殺されてしまった者も多数いたけれど、その弔いもそれまでには終わった。
そうしてさらに翌日の朝には、エルドロードの門へと到着していた。
しかし閉ざされたまま、門は一向に動かない。
「ミリファ・アールガルドの帰還である! 門を開けよ!」
ざわめく気配はあるけれど、カルスさんの声を聞いてもまだ開かなかった。なので、面倒臭いから開けさせてもらおうかな。
門の隙間から水を侵入させ、閂を外す。そして門を勝手に開けた。
「開門に反対した者は捕らえておけ、そやつらは逆賊である!」
「ぎ、逆賊!?」
兵達の間に動揺が走った。目を剥く者、顔を青くする者など、反応は様々だ。
さらに馬上のカルスさんに続けて、その後ろに乗るミリファ様が声を張り上げた。
「スレイトールはアールガルドに剣を向けた! 統治を預かる者に反逆したのだ! それは王国への反逆と同義である! 逆賊の一族郎党全てを捕らえよ! 開門を躊躇った罪は、その行いによって贖いなさい!」
ミリファ様の声に、兵達は大慌てで従う。部隊が編成され、伝令が走り、そして帰還から一時間が過ぎる頃には全てが終わった。
僕らのやった事は、カルスさんの代わりにミリファ様の護衛を務めて館へと同行したくらいだ。そば近くに控えて、恐縮してる間に何もかも片付いてしまった。
スレイトールの当主は最期まで抵抗したらしく、首だけの姿となってミリファ様の前に突き出された。彼の家族はもちろんその親族に至るまで全員が捕らえられ、牢で裁きを待つ身とされた。
そして邸が捜索された事で石化毒が見つかり、彼らへの取り調べで全てが明らかにされ、コカトリスについても彼らの仕業だと発覚した。以上をもってこの一件も終結となり、ミードへ伝令が送られる事となった。赤獅子にも伝わるだろう。
結局カーツィアルさんの睨んだ通りで、彼が僕ら二人を戻した事が事件の解決に繋がった。この事はしっかりミリファ様に伝えておく。きっと手厚く報いてくれるだろう。
「ハルト様にもマリエラ様にも、わたくし達アールガルド家は助けられてばかりですね。このような形でしか報いる事が出来なくて心苦しいのですが、どうか受け取って下さい」
そう言ったミリファ様から手渡されたのは、質の良い絹のような手触りの小袋だ。硬い物が何枚か入ってるぞ……。想像の通りなら、もらい過ぎなんですけど!
「いつでも遊びにいらして下さいね。お二人なら大歓迎です」
ミリファ様から面会の許可が出た。以降は彼女になら会いに来れる。何か伝えなきゃならない事が出来た時には、遠慮無く訪れよう。ベリダルやカルスさんにでも話を通せば、面会出来るだろうね。
最後に捕虜達の水術による拘束を解いて収監を手伝い、僕らはエルドロードを後にした。
こうしてコカトリスから始まったアルグリッドの事件も、無事に一段落を迎えた。
二人でレストの背に揺られながら、レヴァーレストへの帰途を辿る。速度は一応速歩だ。何故って、水上レースが始まってしまうかもしれないからさ!
「絶対見たいもんね!」
「まだ始まってないと良いんだけど!」
そんなわけで、日が暮れるより前にはレヴァーレストへと到着した。
まずは魔法組合に顔を出した。受付の女性に声をかける。
おや、初めて来た時のラミアさんだね。
「水上レースって、もう始まった?」
「あら、ハルト様。お久しぶりですね。水上レースはまだですが、今月十日に開催される予定ですよ。その事で、ヘルミッドが探しておりました」
「そっか。今日からしばらくはレヴァーレストにいるから、伝えておいてもらえるかな」
「構いませんよ。よろしくお願いしますね」
笑顔で快く言伝を引き受けてくれた。そうしたら今度は戦士組合だな。
レヴァーレストの戦士組合は、相変わらずの賑やかさだ。帰って来たと実感する。それはマリエラも同じなのか、表情が安堵したように緩んでいた。
ひとまずゆっくりしようかと併設されている酒場のスペースへと向かおうとする僕らに、茶虎柄の人影が近付いて来た。言わずもがなの、タニアさんだ。
「二人共、支部長が探してるわよ」
「レベッカさんが?」
何を答える暇も無く、タニアさんに手を引かれて僕らは支部長室に連行された。強引過ぎやしませんかね。
三階まで上がって支部長室と札の貼り付けられた部屋まで来ると、タニアさんはいきなり扉を開ける。
「ノックくらいしなさい! レディの部屋よ!?」
「誰がレディだ!」
「あら、ハルトちゃん! それにマリエラも一緒なのね! 元気そうで安心したわ」
「レベッカさんも変わり無いみたいだね」
「そ、それじゃ後は任せますね支部長」
タニアさんは笑いを堪えるようにしながら退室し、戻っていく。ボケとツッコミがそんなに効いたのか?
「まあ、レベッカにあれだけ辛辣に言うのもハルト君くらいだしね」
見送るマリエラから、意外な話が聞けた。支部長だし、思い切り突っ込むのも気が引けるのかね? でも、ノック無しにいきなり開けるのも大概だとは、僕も思う。
「タニアから、何か聞いたかしら?」
「いや、何にも」
「あの子は……。まあいいわ、別に大した事でもないし。まずはコカトリスの一件について、報告を聞いても良い?」
「そうだね、聞いてもらおうか」
という事で、僕とマリエラ二人で事の顛末を報告した。結局イルゲルドの一件から繋がってたんだよね。僕は全くの無関係ではなかったわけだ。
この件で蹴りが付いたと思いたいけど、心眼と言ってたか。生かしてはおけないと言われるような体質だ。ミリヘルド様はまだまだ安全と言い切れない状況だよな。
どんな眼なのか気になるけど、こういう事を調べるのって何だか気が引ける。ミリヘルド様本人が話してくれたら、それが一番なんだけどな。
「ところでマリエラ。あなたその指輪……」
「これ? えへへへ……」
僕の思考とは関わりなく、話が一段落したところでレベッカさんの興味はマリエラの左中指にあるそれへと移っていた。黒い輪に白く透き通る宝石の指輪。
図らずも僕が婚約のように送った、体調を整える魔道具だ。
「相手はやっぱりハルトちゃん?」
「わかる? わかっちゃう?」
「もちろんよ! おめでとう、マリエラ。あなたにもとうとう旦那様が出来るのね」
「ありがとうレベッカ! 私、すっごく幸せ!」
て、照れ臭い。にやにや見やがって……。
「ところでそれ、もしかして黒ミスリルに聖石なの? ハルトちゃん、何処で手に入れたのよ?」
「その黒ミスリルと聖石って、何?」
今更だけど、やっと聞けるタイミングが来た。なので、しっかり聞こうと思う。




