最初の人
馬を走らせ、僕らは再び西への街道を進む。今度は馬車もあるし、引くのは普通の馬だから急げない。ただ、仮に走れたとしても意味は無かっただろう。何故なら、向こうからやって来たからだ。
それは私兵の一団だ。通常、兵士達の武装は共通化されている。その理由は当然身分や所属を見てわかるようにしたり、統一する事でコストを削減したりするためなわけだけど、私兵についてはこれがまちまちだ。雇い主次第で、統一させていたりバラバラのままだったりだ。ただ、基本的には統一した物を用意し、支給する。それが財力や権力の証になるから。
アールガルド家の私兵はと言えば、やはり統一されていた。はっきり聞いたわけじゃないけど、幾つかのパターンの中から自分に合う組み合わせを選び、支給を受ける形であるようだ。と言うのも、鎧でも胸当てでも似たようなデザインだったからだ。そしてそこに、統一のマントを纏う。だから、アールガルド家の私兵は一目瞭然だ。
今目の前にいる連中は統一されている。けれどそれはアールガルド家の私兵の物でも護衛の兵士の物でもない。つまり、敵だろう。
「ハルト様、わたくし達はあの者達に襲われたのです! あの、スレイトール家の私兵達に!」
「真ですか、ミリファ様! スレイトール家と言えば、アールガルド家の信頼する右腕ではありませんか!」
なるほど。信頼する右腕ね。
「ペリダル。それはいつのアールガルド家の話?」
「いつのだと? 当然……はっ、そうか! ではスレイトール家は、先代のイルゲルド様の!」
そういう事だな。ミリヘルド様が死なず、イルゲルドが極刑に処された。イルゲルドの一派であれば、納得なんて出来ないだろうさ。
「忌むべき心眼の娘が生き長らえ、我らの主が不当にも殺された! ミリファ・アールガルド、いやミリファ・セリルローズ! アールガルド家を汚せし貴様をスレイトール家は許さん!」
「不当だと?」
身体の血液が逆流したように、沸騰したように感じられた。
何だこいつらは。ミリヘルドは死んで当たり前だと、イルゲルドの犯した罪は罪でないと、そう言うつもりなのか。
「子殺しの犯罪者の扱いが不当だと、生きる権利を持つ者の当たり前の生が不当だと、そう言うのかあんたらは」
体温が急速に上がり、蒸気でも噴き出してしまいそうだった。あまりにも理不尽な物言いに、腹の底がぐらぐらと煮える。
こいつらは、ミリヘルド様の悲しみの一片すらも思えないのか。あの時イルゲルドが娘に見せた醜悪な眼は、僕ですらとても忘れられるものじゃない。では睨まれた本人は? それは語るまでもない事だ。
「心眼を宿した者は、生かしておいてはならない。それがこの世の掟だろう! 心眼は災いを呼ぶ、必ず滅びを生む! そう語り継が」
「うるせえ」
それ以上、聞く意味も価値も無かった。徒に、身の内に燃え盛るこの炎に油を注ぐだけだ。これ以上は堪えられない。
魔力が溢れて力を形成し、強く青に輝いて吹き荒れる。それはただ魔力だけで、初めて魔法を使った時の砂浜を滅茶苦茶にしたあの風と同じ。感情の爆発によって発生した、抑制出来ない魔術だ。
レストを前に進ませれば、恐れからか奴らは後退りする。
あの時は嬉しくて、楽しくて舞い踊った。けれど今は憤りと、怒りによって巻き起こっている。奴らを許すなと、魔力が訴えているようだ。
「あんたらの言い分はもうたくさんだ。自分の親に憎しみと殺意を向けられたミリヘルドの気持ちなんて、あんたらには他人事ってわけだ。語り継がれているんだからお前は死ねって? そりゃあんたらの身内が死ぬわけじゃないんだ、どうでも良いんだろうよ」
じりじりと、レストは足を進めて行く。進めば進むだけ、奴らは退く。
腹の中で渦巻く炎はまだ収まらない。言葉を吐き出す度に炎は勢いを増して、まるでこの身体をも焼き焦がさんとするようだった。
青の風はより強く光り、何もかもを吹き飛ばす時を今か今かと待ち受けて、力を溜め続けている。
「それじゃあ、問題でも出そうか。あんたらは、俺にとって何者か? 当然わかるよな、言うまでも無い。全くの無関係、ただの他人だ。あんたらがここで死んでも、俺にとってはどうでもいい事だ。認められない奴は殺す、あんたらと同じにな。ただそれだけの事だ」
その言葉を合図に風は巻き上がり、頭上に巨大な青の球を作り出した。
それは領主の館を飲み込んでも余裕がある程に大きく、太陽のように明るく、眩く辺りをその輝きで照らした。
莫大な魔力を注ぎ込まれて作られた、強力無比の魔法。逃れ得ない絶大な力。そんなものが、私兵達の直上に生み出されていた。
見上げる全ての顔は恐怖に歪み、震え、涙していた。だがもう遅いだろう。その愚かしい言葉は吐き出され、そして剣は振るわれたのだ。その所行は明らかで、許し難い行いで、罪人である事は揺るぐ事の無い事実なのだから。
「後は、わかるよな?」
青の球は落下し、鮮烈な光が炸裂した。強く打ち付けるような風が吹き荒れ、響く悲鳴を掻き消してしまう。
閃光によって視界は奪われ風にあおられ、目を開けている事は困難を極めた。そして爆音が轟く。振動が身体の内側を駆け抜け、その芯までもを揺さ振る。
それらは一瞬の出来事だった。
「……何、これ?」
マリエラの、呆然とした呟きが聞こえた。
その眼前には、水の塊に囚われた私兵達。
「いや、やっぱりさ……。僕には出来なかったんだよ」
直前でへたれたんだ。言いたい事を言い切ったら、馬鹿みたいに燃え上がってた怒りも随分収まっちゃって。結局作り出した魔法も張りぼてで、目眩ましにして水術で捕縛したんだ。
何だか締まらないけど、僕には結局無理だった。それだけの事だ。
「もっとしっかり拘束して、連行するよー」
「あ、うん。手伝うね!」
心なしか、マリエラの声が明るく感じられた。
規模を縮小して中身を整理し隙間を埋めて、猿ぐつわなど万全にしたら車輪を取り付けた。レストとブレイクの二頭なら余裕で引けるだろう。
それから、使い過ぎた魔力はマリエラが融通してくれた。この後控えている治療の一仕事も、おかげで何とかなりそうだ。
上面から頭だけ出した状態の私兵達を捕らえるのは、分厚い水の板。左右に三輪ずつ、計六輪の異様な物体を二頭の馬が淡々と引いて進む様は、名状し難い異様さだ。自分でやっておきながら、乾いた笑いが漏れ出る。
私兵達、と考えていたけど、どうやら全員がそうではないそうだ。彼らの派閥に所属する兵や住民なども参加しているようで、ここには八十人程が捕まっている。
全く馬鹿な事をしたもんだ。彼らは当然全員が裁きを受けるけど、それだけでは済まない。その家族はもちろん親類にまで捜査の手は入る事になるだろう。
そしてそれは、アルグリッドだけでは無理だ。となればリヴァースの手を借りる事になる。恐らく容赦無い捜査が行われるだろう。隣の領地とは言え、ここはリヴァース侯爵傘下の土地だ。そこで閣下から任されている立場のアールガルド家に反旗を翻したのだから。
そんな事を思いながらレストに揺られていると、戦場となったのだろう場所が見えてきた。火が焚かれているのか煙が上がり、テントなど立っている姿も確認出来た。無事だった者達が野営しているんだね。
到着してみれば、アールガルド家の私兵達と護衛の兵士達による野営だとすぐにわかった。旗が立てられていて、それがアールガルド家のものだからだ。
「カルス! カルスは無事なの!?」
馬車の荷台から顔を出し、ミリファ様が呼ばわる。すると比較的元気な私兵の一人が中央付近にあるテントに向かって走った。どうやらそちらにいるらしいな。
レストとブレイクを進ませる。この二頭が進むという事は、例の異様な物体も動いて行くわけだけど……。視線が集まってるね。注目の的だ。
テントからはカルスの、緑がかった黄色の髪が飛び出してきた。そしてあの声量で声が届く。
「ミリファ様! ミリファ様! ご無事でしたか!」
「カルス、こちらよ。あなたも無事で良かったわ。最後に見た時は、剣で貫かれていたから……」
「勿体ないお言葉でございます!」
貫かれたわりには元気ね。癒術で治してもらったか。
「カルスさん、お久しぶり」
「おお、ハルト殿! では、ハルト殿がミリファ様をお救い下さったのか! 感謝致すぞ!」
握手を交わすと、まあ強くて痛い痛い痛い!
「そ、それでね。捕虜を預かって欲しいんだ。これなんだけどさ」
「な……! 何ですかな、これは」
それきり言葉を無くす。まあ、これはちょっとねえ。犯人僕だけど。
「とりあえず一旦このまま預かってもらって良い? 負傷者の治療に行きたいんだよね」
「ハルト殿は癒術をお持ちでしたな。ではこやつらは確かに引き受けますぞ。治療の方、よろしく頼み申す」
「出来る限りだけどね」
レストとブレイクは回収しておいて、捕虜だけを任せて僕はマリエラと一緒に治療へ向かった。
今はマリエラも、ワンドで治療出来るようになった。新しい事が楽しいらしく、また彼女自身こういう事が好きな性分なのか率先して治療に当たってくれる。
僕は重傷者を中心に治して回り、他の癒術師達の負担を軽くする事に努めた。水術も使うし、密かに地術も使う。そうしてその内には魔力が尽きたので、マリエラに一声かけた。すると彼女も魔力が心許なくなったらしく、二人揃って引き上げる事となる。
野営地の端にテントを置かせてもらって、今晩はそこで休む。疲労困憊だけど、簡単にでも夕食を用意して食べた。それで人心地ついて、ほっと一息吐く。
今日はちょっとハードな一日だったな。今朝はまだミードにいたんだよね、僕ら。頑張り過ぎたけど、救えたものは多い。そう思えば達成感なんかもあったりして、少し頬が綻んだ。
「ねえ、ハルト君。こっちこっち」
マリエラがソファで呼んでる。そっちに行って隣にちょこんと座れば、たちまち両腕に捕らえられた。そのまま押し倒される。
いつも通りと言えばそうか。ワインも飲んでたし、少し酔っ払ってるみたいだし。
「今日ね、ちょっと怖かったの」
酔ってて突然話が始まったけど、これ多分僕の事だな。さっき激怒した時、マリエラを怖がらせちゃったんだね。
「まるで別人だったし、顔は無表情なのにいつもより目尻が下がってて、声も低くて……。でも一番怖かったのは、あの魔法。あれでとうとう殺しちゃうのかなって思ったら、すごく怖かった。ハルト君が変わってしまいそうで……」
いや、あははは。あっちが素だとわかったら、マリエラどうするだろうな……。
この世界に生まれ変わって新しい身体を手に入れて、一人称も僕になってて言葉遣いも合わせて変わったように思う。
そうなんだ。変わったんだよな、僕は。多分、この身体で経験したはずの記憶に無い以前の人生では、こんな風に生きていたんだろう。それが影響してるんだと思う。でも、悪い事じゃない。今の自分も好きだし、だからこそ以前のままでいようと思わず、こうして過ごしているんだ。
花山春人は確かにここで生きているけれど、それはハルト・ハナヤマの一部になったという事なんだ。今の僕は僕であって、俺ではないって事だね。
つまり、逆なんだよな。
「マリエラ。今、僕は変わっているよ。きっとより良い方に変われてる。だからあの時、止まれたんだ。昔の僕なら、多分止まれなかった。でも止まれた、止められたんだ。僕はそれを自分で、良い事だと思えている。だからきっとこのまま、良い方に向いて行けるよ」
まあ、どんなに言い繕っても単にへたれてるだけにも思えちゃうんだけどさ。倒すべき時に倒さないで、殺すべき時に殺さないでいて、いつか後悔するような事が起きるかもしれない。でもどうしても手が止まる、忌避する、そうしてはならないという考えがよぎる。
その時が来たら、その時の事さ。全力で抗って、無理矢理にでも何とかする。それでも尚無理なら、諦めもつくだろうさ。
「良い方に変わってる、か……。そうだね、それが良いね」
マリエラは柔らかに微笑んで、僕をその腕に包み込んだ。そうしておいて頬を合わせ、言葉を僕の耳元で囁いた。
「私ね、君が好き。初めての感情だから自信無いけど、多分恋してる」
その二言で、僕の心臓は破裂しそうな程の勢いをもって跳ねた。
前世でもとうとう言われる事の無かった、愛の告白。それを今、マリエラは口にした。口にしてくれた。
「嬉しいよ。嬉しいけど、でもどうして? 僕はこんな子供だし、大層な者でもないし……」
「確かに始めは私も子供だと思って可愛がったりしちゃったけど、一緒にいると子供だって思えなくなるんだよね、ハルト君って。大人びてるって言うか、時々年上じゃないかと思う事もあるくらいだし」
顔は見せないまま、マリエラは囁き続けている。見えるのは彼女の耳くらいのもので、でもその耳は真っ赤に染まっていて、恥ずかしくてこうしているのだと何となく察せた。
「惹かれ始めたのは、わりと早かったかな? テトで別れた時は人間だからとか心配なだけとか考えてたけど、多分もう気になってた。再会出来た時、嬉し過ぎて強引に誘っちゃったくらいだからね。それからも気持ちは大きくなって、多分これが恋心なんだろうなって思ったの」
そうか、きっかけとかは無いんだな。時が経つにつれて次第に好いてくれたわけか。これって結構さ、一番嬉しいパターンだったりしない? 何かがあって燃え上がるのもドラマチックで良いけど、ゆっくり……ゆっくり? 僕ら出会って二ヶ月くらいだし、ゆっくりと言うには早いのか。
でも僕の事を見て知って、それで好いてくれたんだ。相当嬉しい。
対して僕はと言うと、だ。そりゃ伊達に魔法使い(三十路)なんてやってないよ。初日には惹かれちゃってたね! 我ながらチョロい。
あんな事されてさ、僕みたいなのが気持ちを持っていかれないわけないじゃないのさ。それからも良くしてくれてるし、そもそも彼女は人柄も素敵な女性だ。惹かれないわけがない。
そう思っても、いやそう思うからこそ、また心はブレーキを踏む。いつもの、お決まりの言葉が思い浮かび、それが今は口を突いて出た。
「でも僕は人間だよ? 一緒にいられても精々五十年か六十年か、そんなものなのに」
「私は半分エルフの半分吸血鬼だよ? そんなのとっくに理解してるよ。私より長く生きられるのなんて、それこそ純粋な吸血鬼の母さんくらいだよ。他はどんな種族でも、いつかはいなくなっちゃう。遅いか早いかの違いでしかないんだよ」
「それもそっか……。今更な話だったんだね」
本人だもんな、既に考えてたか。浅はかだったな、僕は。
「後の事なんて考えなくて良いよ。すっごく悲しむと思うけど、その後もちゃんと生きていくからね。だから、私の最初になって欲しいよ」
ここまで言われたら、僕の心も決まった。彼女のそばで、生きれるところまで生きよう。彼女と、最期の最期のその時まで。
はは、伊達に年上じゃないな。
「喜んでなるよ、君の最初の伴侶に。愛してる、マリエラ」




