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裏で動いていた謀

 七時にミードの野営地を出た僕らは、二頭の馬の駈歩によって昼過ぎの十一時を少し回った頃にエルドロードへと帰って来ていた。四時間と少しかかったか。まあ、これくらいは誤差だ。


 外から見た街に特別異常は見当たらない。まだ何も始まっていないのか? いや、何かあると決まったわけでもないか。とにかく入ろう。


 北門で簡単なチェックを受けて、僕らは街中へと馬を進める。さて、何処から当たるべきかな。


 戦士組合にこんな話を持ち込んでも仕方ないだろうし、領主の館に向かったとして僕ではミリファ様に会う事も出来ない。そもそも確証の無い話なんて聞かされても困るよなあ。


 うーむ、僕に何が出来る? ひとまず噂話を集めてみるか。今現在のエルドロードを把握しないと、何か判断するにも困る。噂話を聞くなら酒場かな、やっぱり。主人さんを当たれば、ある程度は聞けるだろう。


「そんなところで構わない?」


「うん、良いよー」


 マリエラも同意してくれた。




 そんなわけで、僕らは酒場を訪ねて回る事にした。まずは一番大きな店に向かう。街の中央にある丘の西側に構えたその酒場は、昼から盛況らしく賑わっていた。僕らは二人なので、テーブルではなくカウンターを指し示される。


 何人かの客が座る間に二人で腰かけて、早速何か注文しようとしたところで真横からこちらに驚いたような声が聞こえた。


「貴様はあの時の!」


「そう言うあんたはアールガルド家の」


 レヴァーレストのアールガルド邸で、シェラさんに怒られていた私兵の一人だ。短い金髪に黄緑色の目の男性エルフで、まだ年若いのか少し幼さの残る顔付きをしている。今日は私服なのか随分と楽な服装で、非番なのだろうと察せられた。


 僕を隣から見下ろしていたけど、その視線はゆっくり上がってマリエラに向けられた。見惚れて頬を染め、目を丸く見開いていく。


「な、何と美しい……!」


「ありがと。でも駄目だよ」


 マリエラは、早速左中指の指輪を見せる。黒い輪の上に大ぶりの白い宝石がきらりと煌めいた。


「いやいや、あなた程の方であれば誰しもが放っておかないだろう。良い伴侶と出会えたのならば、それは素晴らしい事だ」


「ハルト君、良い伴侶だって! 良かったね!」


 ちょっとは伏せてよ! また面倒な事になるじゃないか!


「ま、まさか……!」


「この指輪は彼が用意してくれて、ここに通してくれたの!」


 うわこれ、恥ずかしいなんてレベルじゃないな。耳まで熱いよ……。


 私兵の彼は信じられないものでも見るように僕を凝視している。そしてまた指輪を見、またまた僕を凝視した。何だよ。


「いや、いやいや、しかしこれは……! この指輪は、この光沢の無い黒は黒ミスリルを極限まで精錬したものだろう!? それにこの白く透き通る宝石は聖石の一種では!? これ程の物、かの侯爵閣下ですらお持ちかどうか……!」


 何だいそれは? 黒ミスリル? 聖石? 聞いた事無いな。でもこれ、地術で作ったんだよね。その二つが大地から採れる物なら、可能性としてはあり得る。


 驚き方が半端じゃないけど、どっちもすごい物なのかな。


「それを用意出来るくらい、ハルト君はすごいんだよ」


「この年でか!? しかし、シェラ様も相当評価していた人物なのだし、あり得ない話でもないのか?」


 困惑しつつも、自分の中で答えを得たのか落ち着き始めた。忙しない奴だね。


 ところで、彼は詳しいのかね。見ただけでそんなものが思い浮かぶなんてさ。まあ、それはいいや。


 ちょうど良いから、彼にここ最近のエルドロードについて聞いてみようかな。


「最近エルドロード、と言うかアルグリッドはどうなの? 順調?」


「先日コカトリスを見たとの報告もあったが対応は出来ているし、他に大きな問題も無い。ミリファ様がレヴァーレストへ昨日出発されたが、護衛の兵が少々減った程度でこれも問題あるまい。順調と言えるだろうな」


「ミリファ様がレヴァーレストに?」


 何の用事がはわからない。聞いても答えてはくれないだろう。ただ、このタイミングで向かった。これが引っかかった。


「半年に一度だけ侯爵閣下への報告を行うのだが、エンゲルド様は子爵となったばかりだからな。補佐のためにとこちらからの報告も携えられて、ミリファ様自らが向かわれたのだ」


 聞かなくても聞けた。僕だから話してくれたのかな? ちょっと嬉しいね。縁も作っておくものだ。


 しかしこれは問題かも。この情報があったから、今回の事件に繋がった可能性が考えられる。とすれば、時期が気になるな。策を弄したなら、それなりの期間が必要だったはずだ。


「それはいつから決まっていた?」


「先月レヴァーレストから帰る時には既に決まっていたが、どうした?」


 充分な時間はあったようだ。ますます怪しい。


「護衛の兵は何人?」


「通常私兵百と兵士百で二百のところ、今回は兵士を五十として百五十になっているはずだ。コカトリスのせいでな」


 もうこれ、決定じゃないか? このために、ミードへ兵を割かせたのだろう。四分の一の戦力が削がれたんだ。


 疑問は残る。何故ミリファ様の護衛をわざわざ減らした? 街の守りが手薄になるとは言えこちらなら百程度減ったところで誤差だろうに、どうして護衛を減らしたんだろう?


 ともあれ、僕はマリエラと顔を見合わせる。彼女も同じ事を考えているようで、大きく頷いてくれた。


「ありがとう、これで美味い物でも食べてくれ」


 銀貨一枚を置き、急いで酒場を出た。後ろから声が聞こえるけど、構っている時間は無い。


 街中で馬を出しても、出せる速度は高が知れている。二人で西へと通りを滑って進み、門を出てから馬に変えた方が良いな。


「待て! 一体どうしたと言うのだ! 場合によっては、ただでは済まさん!」


「なら追って来なよ。門の外まで付いて来れたなら連れて行ってあげるから」


 そして僕とマリエラは滑り始めた。マリエラが先を行き、僕はその後に続く。私兵の彼は全力疾走で追って来ていた。結構速い。


 それでも次第に差は広がった。でも門を出て、馬を用意したところで追い付いて来た。これは約束通りに、連れて行かないとね。


 レストに跨がったら、彼に声をかける。


「乗れ! 事情は道中で話す!」


「全く、滅茶苦茶な奴だ!」


 後ろの、マリエラ用の鞍へとしっかり跨がった事を確認し、肘掛けを下ろしてやったら出発だ。速度は駈歩。一日遅れでも、途中で追い付けるはずだ。全てが終わっていない事を祈り、僕らは馬を走らせた。







 彼は、名をペリダル・シリエルドと名乗った。男爵位を持つシリエルド家の四男だと誇らしげに胸を張って。


「では、まだ疑いがあるというだけなのだな?」


「何も無ければそれで良いさ。でも、何かあってからじゃ遅い。だから僕ら二人は戻って来たんだ」


 僕の話を聞いて、一応納得してくれた。彼はやはり非番だったそうで、付いて来る事に関しては特に問題無いと話す。


 まだ疑惑でしかない段階でも動いて戻った事については、ペリダルは評価してくれた。


「一番重要なのは、領主であるアールガルド家を守る事だ。民草を蔑ろにするつもりは無いが、順位を付けるならやはりそうなるだろう。貴殿らはそれをよくわかっている」


 愛想笑いしか出来ないな。コカトリスが本当に出たとしても、赤獅子が何とかするし。それなら可能性が少しでもある危険に対処するさ。


 でも、ミリファ様を守ろうという考えも全く無いわけじゃない。あんな風に娘と別離してしまって、後悔の毎日だろう。その上で彼女まで狙われているのだとしたら、あまりにも惨い話じゃないか。


「あんたは、ミリヘルド様の事どう思う?」


「ミリヘルド様か。実は俺は、ミリヘルド様の事をよく知らないのだ。特別な体質をお持ちで、それ故に疎まれたのだとだけ聞いている。だがな、例えどのような体質であろうと命を奪うなど許されん。俺達は私兵だ。主人たるアールガルド家の皆様の身をお守りする事が存在理由なのだ。その相手が例え、身内だとしてもな」


 これは、サラさんとシェラさんを讃えての事だろうか。二人はアールガルド家の私兵を辞め、今はリヴァースの騎士となるべく頑張っているはずだ。


 ペリダルは、あの二人を認めているんだな。なかなか良い奴だ。


「ところで、恐ろしく乗り心地の良い馬だな。鞍も常識外れに良い物だ。一体何処で手に入れたのだ?」


 照れ臭くなったのか、急に話題を変えた。語っちゃったもんな。そりゃ気恥ずかしくもなる。




 道中、前から一台の馬車がこちらに向かってゆっくり進んで来た。幌付きの二頭立て馬車で、御者台の人影二人は商人らしき姿。ゴブリンとオークだろうか。


 速度を緩めてその横を通り過ぎようと近付くけど、魔眼は見逃さなかった。


「マリエラ。その馬車、止めよう」


「わかったよ」


 レストとブレイクに立ち塞がらせて、前を遮る。馬車の馬はゆっくり立ち止まり、御者台の二人は困ったような様子で顔を見合わせている。


「何用ですかな?」


 僕は返事をせず、レストの上に足を置いた。そして大きく跳び上がる。


「な!」


 ペリダルの声を下に聞きながら素早く馬車へと、その幌の中へと飛び込んだ。


「何をする!」


「動かないで! この水の槍が見えない? 下手な真似したら、容赦無く貫くから!」


 今度はゴブリンとマリエラの声だ。脅して止めてくれている。頼もしい事だ。


 時間はそうかからない。樽を一つ開けるだけだからな。


 魔術で丁寧に引いて蓋を開ければ、そこには見知った顔があった。


 まず薄い桃色の髪が見え、そして見上げるようにした瞳と目が合う。その色は髪と同じ薄い桃色。元気とは言い難いかもしれないけれど、無事でいてくれた。


 ほっと安堵し、微笑んで声をかける。


「お助けに参りました、ミリファ様」


「あなた様は確か、レヴァーレストでお世話になった……!」


 魔眼は、彼女の魔力をここに捕捉していたんだ。その弱々しくも暖かい、柔らかな橙色の光を。




 ミリファ様に手を貸して樽の中から救い出す僕の背後では、ゴブリンとオークの二人がマリエラの魔法によって捕らえられていた。水術の幅広い帯が二人をまとめて取り囲み、ぐるりと巻き付いてぴったり密着、拘束した。


 やっぱりマリエラは凄腕だ。もう使いこなしている。あの薄さで暴れても破れない強度。すんばらしい。


 馬車からミリファ様が顔を出せば、ペリダルがレストから下りて駆け寄り跪いた。その表情は笑みに彩られており、心からミリファが救出された事を喜んでいるのだと一目でわかる程だ。


「ミリファ様! ご無事でしたか!」


「ペリダル! よく来てくれたわね。あなたも、ありがとう。それにそちらの方も……あら、マリエラ様?」


「この間会ったばかりですけど、またお会い出来て光栄です」


 エルドロードで仕事したって言ってたね。その時にミリファ様とは会ってたわけか。そう言えば、どんな仕事だったんだろ?


「こちらこそ再会出来て嬉しく思います、マリエラ様。お助けいただき、感謝の念が絶えません」


 そう言うと、ミリファ様は深く頭を下げた。何と言うか、すごい丁寧な対応だ。前回の仕事が、そんなにすごい内容だったのかな? さすがだねえ、マリエラは。




 さて、ミリファ様が捕らえられていたという事は、護衛していた兵や私兵達は無事ではないだろう。行って、助けられるだけ助けなくてはね。


 悩ましいのは、この馬車と捕らえた二人だ。このまま放置にも出来ないし、いっそ連れて行こうか。


 二人には猿ぐつわも噛ませて、何も出来ない状態にしている。荷台の隅に転がしておいた。


 御者はペリダルに任せて、ミリファ様は乗り心地良くないかもしれないけど荷台で我慢してもらう。そして馬車の両側を僕とマリエラで守る。そんな隊列で、レヴァーレストへ向かう道を進んだ。


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