疑惑のコカトリス
魔力は充分、体調も少し怠い程度で問題無し。テントに籠もっているにも限界があるし、仕事に復帰しようと考えた。
厄介なのは、石化を治療した事で目立ってしまった事だ。外に出れば、その話を散々に振られるかもしれない。それは面倒臭過ぎるから勘弁願いたい。
サラダを口に運びながら回避方法を考えていると、来客があった。
「マリエラ、起きてるか?」
「どうぞー」
マリエラの返事を待って、カーツィアルさんとユーリさんが扉を開けて入った。おはよう、と挨拶を交わす。
「お、これがハルト君お手製の料理だな? なるほど、聞きしに勝るな」
「今朝はサラダにトマトソースのパスタとコーンスープか。肉が少なくないか?」
「言われてみればそうかも。マリエラ、お肉食べたい?」
「私は特にー」
「あらそう」
などと話しつつ、二人の分の椅子をバッグから出すふりで作り出す。
「ありがとう。お邪魔させてもらうよ」
「それで、今朝はどうしたの?」
そう聞いておいて、マリエラはコーンスープを掬って口に運ぶ。話しながらの食事でも構わないよね。僕もそうさせてもらおう。
「二人の様子を見るついでに、少し話をしたい。ハルト君が石化から救った彼とその仲間達から話を聞いたんだが、どうにも不可思議でな」
と話すカーツィアルさんの目線は、僕のパスタに向いている。フォークを出して手渡せば、くるくると巻き取り頬張った。
トマトが利いたこのソースはどうだい?
「……美味いな。済まないが、スープも良いか?」
「良いけどさ。はい、スプーン」
マリエラがカップ二つにポットから茶を注いで、二人に出す。何だろうな、真面目な話のはずなのに……。
「こちらも美味い。やるな、ハルト君」
「カーツィ、話を進めろ」
「おっと、そうだったな」
さっとナプキンを敷けば驚きつつもそこにフォークとスプーンを置き、カーツィアルさんは話を続けた。
「彼らは、コカトリスを見ていないのだそうだ」
「まさかでしょ? コカトリスって、それなりに大きいはずだよね?」
「ああ、その通りだよ。石化させられている以上、見ていないはずはないんだがな。彼らは口を揃えて見ていないと言うんだ」
どういう事だろう? ただ、あの石化は間違い無く毒によって引き起こされていた。断言出来る。何故なら、体内から毒物を除去する方法で治療したからだ。だとすればそれは石化毒であり、コカトリスの毒だろう。石化毒を調合出来てしまうなら、その限りではないけども。
けれど仮に彼らが本当にコカトリスを見ていない、コカトリスに遭遇していないなら、それは事件だ。石化毒を何者かが、あの男性エルフに使ったという事になる。
そしてそれがコカトリスでないなら、コカトリスがここにはいないのだとしたら。一番始めにコカトリスの情報をもたらした者は、何を見たのだろう。いや、これは……。
「コカトリスなんて、始めからいなかったのだとしたら……?」
コカトリスが現れた。そう報せがあれば、戦士も領軍も動く。そして裏付けるように石化された犠牲者が出た。これは間違い無いと、腰を据えての捜索が始まる。
それこそが、何者かの狙いなのだとしたら。
「やはり、そこに辿り着いたか」
カーツィアルさんも同じ事を考えていたようだ。ハーブティーの香りを楽しみながら、カーツィアルさんが自身の考えを話し始める。
それは些か突飛ではあるものの、無いとは言い切れない内容だった。
「エルドロードの戦力を一時的にでも減らすための策かもしれない」
「そんなまさか」
それはさすがに行き過ぎだと思った。エルドロードの戦力を削いでどうすると言うのか。攻め込むのか? しかし防壁もあって見晴らしも良い立地だ。戦士を含めたとしても二百足らずの戦力を余所へやった程度じゃ、とても陥落出来ないだろう。
さらにはレヴァーレストからの援軍だって来るはず。そんな作戦は自殺行為でしかない。
そう話せば、カーツィアルさんも同意らしく頷いている。
「そうだ。だから戦力を減らすための策だとしても、これはエルドロードに攻め込むためのものではない」
「だとしたら、何のためなのさ?」
「それはわからん。情報が無い上に、これはまだ疑惑の段階の話だ。性急に事を想定するのは危険であるし、避けるべきだろう。だが、誰かが調べなければならない事だと思う」
そこから先は予想出来た。こんな話をわざわざここに持って来たんだから、カーツィアルさんの考えている事は一つだ。
「それを僕らに調べて欲しいんだね?」
「話が早いな。……子供と話している気がしない。どういう事だ?」
頷いて僕の予想を肯定したけど、カーツィアルさんと彼の正面に座るユーリさんは二人して困惑気味だ。彼女の隣では、マリエラがくすくす笑っている。
中の人はおっさんだからね。子供なのは外側だけだ。
「それで、受けてくれるのかな?」
「僕は構わないけど、マリエラはどうする?」
「もちろん一緒に行くよ!」
「決まりだな」
二人は茶を一息にあおって立ち上がる。話は以上らしい。戦士側の指揮を執る二人だし、忙しいのだろう。
「俺達は引き続き、いるかも怪しいコカトリスの捜索を続ける。ただの疑惑だけで動いてもらう事になってしまうが、よろしく頼む」
「このような策を弄するような手合いなら、相応に危険だろう。二人共、気をつけてな」
「お互い、何事も無く済む事を願ってるよ」
「またね!」
見送ったら、僕らは手早く朝食を済ませる。そしてエルドロードへ戻る支度に移った。
エルドロードまでは、徒歩で三日の距離だ。レストが駈歩で向かえば恐らく四時間弱。休憩入らずって、こんなに速いんだな。比べてみると歴然過ぎて、自分で引いた。
しかし、二人乗りで駈歩は危険だろうか。速歩で行くべきかな。
……あ、もう一頭作れば良いのか。そうと決まれば話は早い。テントの中の全てをバッグに入れてから、テントの影で馬を一頭作った。
今度は黒馬だ。マリエラが黒大好きだからね。瞳はレストと同じく炎の赤だけど。モデルも同じくクレストクレスちゃん。だから造形も全く同じだ。名前はレストから発想してブレイク。英語で休憩って意味もある単語だ。
鞍はマリエラ用に横座りでも安全に乗れる形だ。背もたれに肘掛けを用意しておく。衝撃や揺れも吸収出来るよう弾力のある鞍にしているから、襲歩は厳しいだろうけど駈歩なら大丈夫のはず。
それからマリエラにもう一つプレゼント。黒い輪に白の宝石を付けた指輪だ。これには、癒術で装備者の体調を整える魔法を込めた。体力の回復や乗り物酔い、長時間の乗馬による疲弊などの悪影響からマリエラを守ってくれるだろう。
「ありがとう……!」
物凄い喜ばれた。大袈裟じゃね?
……いや待て。指輪を送るって、そういう意味じゃないよ!? と言うか、この世界でも指輪にそんな役割あるの?
「どの指に通してくれるのかなー?」
おいおいおい。わかんないよ僕は! 左の薬指は、やっぱり避けたいよね。んじゃあ、隣の中指にしようか。ついでにサイズも合わせておいた。
「中指に付けてくれるんだね、嬉しい!」
「えっと……。ど、どんな意味があるのかな?」
「永く共に」
一番長い指だから、そんな意味になったのだそうだ。もちろん地球での左薬指に近い意味合いを持っていて、そこに指輪を付けていたら決まった相手がいると判断される。マジかよ、すごい恥ずかしい。
ちなみに、左右に意味の差は無いらしい。右利きだったり左利きだったりするから、わざわざ分けないんだとか。
ちなみのちなみに、薬指は友好を願うという意味になるという。これは付けてる本人の意思を表すそうで、つまり友達募集中という事だ。戦士であれば仲間を探しているという意味になるから、わりと声をかけられるようになるらしい。
さらについでに人差し指だとおまじない的な意味になるとの事だ。幸運や目指している事の成就などを願う場合に、人差し指へ指輪を通すそうな。正解はここだったか。
親指と小指には、特に意味は振られていないみたいだ。ただし男性が小指に、女性が親指に付けている際は、大切な相手を亡くしている場合が考えられるという。指のサイズの関係で、それが相手の付けていた形見の指輪である事がままあるらしい。
「もう外さないよ!」
「ちょ、本気?」
「良いでしょ? 男除けにもなるしー」
「そういう使い方なら、まあ良いか」
この子、何処まで本気なんだろうね。人間なんて、百年生きるかどうかなのにさ。しかもそれだって、日本での話だ。この世界の人間が百年も生きられるかなんて、怪しいだろう。精々、五十年か六十年と言ったところか?
いやいや、僕ら知り合ってまだ半年すら経ってない。そんな先の事は考えてないか。先走り過ぎだな。これだから三十路の魔法使いは……。
テントもしまって、二人でそれぞれの馬に跨がる。
「マリエラは、乗馬大丈夫?」
「これでも戦士だからね。スカートでなければ全速だって出せるよ」
「心配するだけ失礼だったか。それじゃ、行こうか」
まずは速歩でミードの西側をぐるりと進む。そして南への街道まで抜けたら、そこからは駈歩だ。マリエラは指輪の力で、僕は癒術を使いながら身体の負担を軽減させつつ二頭を走らせる。
何事も無ければ良い。何事も無いのだと確かめるために、僕らはエルドロードへと急ぎ向かった。
仮想敵の考えそうな事は何だろう。エルドロード攻略は、カーツィアルさんとの話の中で否定されている。けれど他に兵を、戦力を減らす必要のある目的って何だ?
逆パターンで、エルドロードから攻められる事を回避するため、とか。そうなると、相手は魔物の勢力だよな。無くはないか。
ともあれ、カーツィアルさんの言うように情報が無さ過ぎる。戻って調べてみないと、何とも考えようが無いな。




