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エルドロードの街

 アルグレッド子爵領は、緑の多い土地らしい。リアスタ周辺からこちらへ来るに従って草木が増え、原野は草原に変わっていた。北の山岳地帯も緩やかな斜面となって木々に覆われ、その南からぐるりと街道の南までに見渡す限りの草原が広がる。


 街道の先にはエルドロードの街が緑の海の上に浮いていて、小高い丘の上に作られたのか大きな領主の館が高い位置にあった。


 街を覆う防壁はかなりの規模で、広さとしてはレヴァーレストより若干狭い程度か。高さはそれ程でもないけど、飛び付いて登ったりは到底出来ないくらいには高い。


 門をくぐって街中に入ると、赤獅子は戦士組合へと向かった。西門近くのかなり広い敷地に二階建ての組合はある。街の中心部に向かって伸びる通りの北側を占有しており、レヴァーレストの組合同様に訓練場や厩舎などを設けている。


 馬車は厩舎の近くに停められた。そこに一旦預け、副長のユーリマーナさんが組合内へと連絡や情報収集に早足で向かう。その間は、他の面々は待機だ。


 今日はいわゆる、冬の寒空だった。雲に覆われて日差しは届かず、流れる風は冷たい。レストに跨がったままでいる僕を後ろから抱き締めて、マリエラは暖を取っている。僕の体温は高いらしい。


 鞍の温度は上げてあるから、そこまで寒くないはずなんだけどな。僕の服も同じように上げている。おかげで寒くない。


「ねえ、ハルト君。その服ももしかして?」


「そうだよ。色を染めるための染料を手に入れてね」


 でも地術で鉱物の類いも扱える事がわかったから、今はそれで色を付けられる。石灰岩から白は調達出来るし、青ならラピスラズリから作れるだろう。マリエラが好きな黒は黒曜石や黒鉛から得られるな。


 名前がわからなくとも、鉱物類を使った色なら一度見てしまえば再現出来るし、それで赤や黄色や緑も既に押さえられている。だから現状、色に困る事はほぼ無くなった。魔法は本当に、便利だけど恐ろしい。


 そうして温め合っている内には、ユーリマーナさんが帰って来た。彼女が聞いてきた話によればエルドロードの支部でも戦力を集めていて、既に第一陣が出発しているという。ミードからの報せを受けた時に掻き集めていて、数としては二十を超える程度のようだ。


 現在第二陣は明日の朝の出発で、赤獅子はこれに合流して欲しいと組合から頼まれたのだとか。


「あちらはあちらで馬車を出すそうだから、私達はただ後に続けば良いとの事だ」


「それなら、今日は休むとしようか。済まないがユーリ、宿の手配を頼むよ。マリエラ達もそれで構わないか?」


「二人部屋を一つ頼んじゃって良い? お金はちゃんと払うから」


「師弟は同室で良いのだな? わかった、任されよう」


 当たり前に一緒だ。まあもう、何も言うまい……。


 ともあれ出発は明日だ。赤獅子はそのまま組合内にある酒場で英気を養うらしい。僕らは軽食を摘まむ程度に済ませ、一度街の外へ出て魔法の事を話すつもりだ。


 食事のついでに近況報告などもしておいた。マリエラが聞きたがったし、別れてから色々あったしね。


 魔法組合との一悶着やヘルミッドとの事、アールガルド家の騒動、閣下との関わりくらいか? ああ、リアスタでの事もあったな。それから新しい魔法を使った競技も出来たと聞かせた。物凄い食い付いた。







 街の外、防壁の周辺は広く草が刈り取られていて、土が剥き出しの地面になっていた。平らに均されていて、人の通りが無い分街中を通るよりもこちらを通った方が他の門まで速く行けそうだ。


 そんな広場へと、マリエラに新しい魔法を見せるため二人でやって来ていた。


 食事中にこの話をしてからは、彼女はもう待ち切れない様子だった。楽しみを焦らされる子供のような眼差しで、無言で僕を急かした。そうしてようやくここまで来て、今か今かと目が爛々としている。


「さっきも話したけど、魔法組合の発表会でこの魔法が公開されたんだ。まずは見てて。水術だからマリエラも使える」


 僕は早速滑って見せた。


 ブーツの靴底に滑るための水を貼り付け、その硬軟を操作し、摩擦を変えて滑る。靴底に密着する箇所は剥がれたり潰れて脇に逃げないようしっかり付着させる必要がある。その上で靴底側と接地面側で硬さを変化させて、地面に触れる部分はほぼ水の状態にする。そしてこの水の塊から離れた水は、蒸発するように仕込んでおく。


 これを如何に薄く作るか。ここが魔法使いの技量によって差の出るところだ。僕は残念ながら、厚い。大体一から二センチ程にもなってしまう。


 ヘルミッドは三ミリくらいでやるんだよなあ。ちょっと悔しい。


 マリエラは驚きで目を見開いて、感動で手を叩いた。


「これ、本当に魔法組合が考えたの!? ここ最近ぱっとしなかったけど、良い刺激があったんだね!」


 でもすぐに何か勘付いて、こっちをじっとり半眼で見つめる。


「……ねえ、ハルト君の仕業でしょ?」


「いやいや。僕はたったの一言だけ、波乗りなんてどう? って言っただけで……」


「やっぱりハルト君だー!」


 ばれちまっちゃあ仕様がねえ。でも本当にそれだけで、滑って移動手段にする事も水の蒸発についても、他の何もかもは開発部が考えたんだ。それだけは強調して伝えた。


「ふーん。開発部も頑張ったんだね」


「ヘルミッドなんて、物凄いやる気だったよ。熱意がもう暑苦しい程に伝わって来てさ」


「いざこざ起こした相手だったっけ? すっかり仲良くなれたんだね!」


「師よ! なんて言って、ちょくちょく会うね。弟子にしたつもり無いけど」


 今度はヘルミッドとの事を細かに話した。さっきはざっくり話しただけだったから、ここでは面白可笑しい方向に全振り。


 話してて気付いたけど、僕は奴の事が案外気に入ってるみたいだ。閣下と同じく第一印象最悪だったけど、魔法に心酔してて物事の価値基準が魔法にしか無いだけの男だってわかったからね。


「ヘルミッド……。ええと確か、ヘラルディウス家の方だよね? ルーゲル導師の派閥じゃなかったっけ? あそこには良い印象無いなー」


「マリエラもか。僕も強引な手段取られたしなあ。ヘルミッド個人は気に入ってるけど、印象は良くないね。何かされた?」


「勧誘がしつこかったし、嫌がらせもされたしねー」


「何だと。今度会ったら問い質してやる」


 事と次第によっては戦争もやむ無し。


 それは冗談としても、マリエラに危害を加えていようものならきゅっと捻るどころでは済まされん。


「怒ってくれてるの? ふふ、ありがとね。でも大した事無かったし、もうレベッカが動いて色々してくれたから大丈夫だよ。閣下に働きかけてくれたりね」


「そう? マリエラがそう言うなら、問い質すだけで済ましておくけど」


「問い質しはするんだ……」


 当然!




 新しい魔法については、マリエラはあっさりと修得した。もちろん僕よりも、ヘルミッドよりも上手く使っている。運動能力も悪くないのか、まるでスケートの選手のように滑りながら満面の笑顔を見せる。さすがは我が師よ。


 ……あれ、ヘルミッドが伝染したか?


「やっぱりマリエラはすごいな……」


「ハルト君に言われてもねー」


「買いかぶり過ぎじゃないかな」


 ついでに件の競技についても、詳細を話した。するとやはり、彼女も興味津々だった。お披露目には間に合いたいね。


「一緒に見に行こっ!」


「もちろんだよ」


 そんな約束を交わしたところで、練習がてらに二人で防壁の周りを滑って回る事にした。レストはバッグにしまって、のんびりと景色を楽しみながら時計回りに滑る。


 マリエラの魔法には無駄が無く、同じ魔法を使っているのに形状もシンプルで必要最低限。だから魔力消費もすごく少なくて、一向に減っていかないのが魔眼で見て取れた。


 対する僕は厚底ブーツを履いたように身長が高くなり、それだけ無駄が多くて魔力消費が大きい。これが技量の差、修練の差か。


 少し高くなった僕の背丈を見て、マリエラは吹き出して笑った。まあ、これは僕も自分で笑ってしまうから仕方ないな。


「成長したね!」


「成長してたら良かったんだけどね……」


 せめて元の背丈くらいは欲しい。百七十八センチだったかな。今は多分百二十……無いんじゃなかろうか。マリエラは多分百六十くらいだ。元の身長なら横を歩いていても釣り合い取れるよなあ。


 …………いかん。そんなつもり無いんだから、余計な事考えちゃ駄目だよな。唇を許しておいて今更なのかもしれんけど。でもあれは避けようも無かったし!




 エルドロードの街は、四方に門があった。東と南は他領に繋がっているそうだ。アルグリッド子爵領は大きな領地ではなく、そのために北への開拓を行っているのだろう。


 明日僕らは、この北の道を行く。ミードまでの距離は、レヴァーレストからエルドロードまでと同じくらいらしい。であれば、明後日には到着出来るだろう。


 東はリヴァースとはまた別の侯爵領だ。マールザルツと言うそうで、隣国のヨグルハスト帝国と直接国境で接する領地なんだとか。小競り合いが絶えないらしく、あまり空気は良くないとマリエラが悲しそうに話してくれた。


 大きな戦争はとうに終わっているけれど、お互い牽制し合っているというところか。難儀な話だ。そちらには絶対行かない。


 南はリヴァース侯爵領だ。L字になっているそうで、領都は大きな港のあるレヴァーレストとしているけど、その位置は領地の北西端になるみたいだ。


 アルグリッド子爵領は、元々はリヴァース侯爵領だったとも聞けた。当時のアルグリッド子爵がその爵位を得た際に、リヴァース侯爵から王を経由して任されたとの事。


 リヴァース侯爵位を持つサラダン家とアルグリッド子爵位を持つアールガルド家は、その頃既に付き合いがあったというわけだね。


 リヴァース侯爵の傘下には、他にも有力な貴族がいるらしい。あまりお近づきになりたくないので、詳しくは聞かなかった。ただ彼らは、平時はレヴァーレストに住んでいるようなので、僕としては関わらないで済む事を祈るばかりだった。




 一周を回り終わる頃には日が沈む時間となっていたので、宿に向かう。ユーリマーナさんに教えてもらっていた宿は組合と通りを挟んだ向かいにある大きな建物だ。一階で酒場も営業しているので、そこで夕食も食べられる。


 入ってみれば赤獅子の面々も半数程ここで飲んでいた。カーツィアルさんとユーリマーナさんの姿もあって、僕とマリエラはそのテーブルに手招きされた。


「二人共、こっちに来ないか。ご馳走するぞ」


「本当? それならお呼ばれしちゃおっか」


「僕も構わないよ」


 誘われるままに、赤獅子の集まっているところに座らせてもらった。


「ほれ、詰めろ詰めろ。こっちに座ってくれ」


 わざわざ二人並べるように空けてくれる。カーツィアルさんは隣にマリエラを座らせるけど、その腕をユーリマーナさんが引っ張って自分が座っていた椅子に着かせ、入れ替わってしまった。その理由は、彼女の口からすぐに明らかとなる。


「ありがとね、ユーリ」


「気にする事は無い。酔ったカーツィの手癖は相変わらずでな。その被害を未然に防ぐのは、副長たる私の義務だ」


 セクハラすんのかね。ついじとっと見やってしまう。


「ハルト君、そんな目で見ないでくれ。君も男なら、この気持ちは理解出来るはずだ。マリエラは魅力的過ぎる。そうだろう?」


「手を出す理由にはならんね」


 魅力的過ぎるのは、理解するけども。この悪魔、酒飲ませちゃ駄目じゃないか?


「一度くらい良いじゃないか。ユーリのせいで、まだ尻の一つも撫でさせてもらっていないんだぞ」


「当然だ。私の親友には指先すら触れさせんぞ」


 ただの酔っ払ったエロ親父になってるな。見た目若めの色男なのに、残念な悪魔だ。酔った時限定らしいのが、まだ救いだね。


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