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運搬依頼

 世間は、八月の半ばを過ぎていた。この世界では八月から十月が冬だという。もうすっかり冷え込むようになっていて、街行く魔族達は皆冬の装いだ。


 レヴァーレストの冬はしっかり寒くて、雪も積もったりするらしい。そんな時には戦士組合も除雪作業などするそうで、例年は炎術師が重宝されていた。でも今年からは水術師にも出番が回ってくる。魔法組合開発部が水術による蒸発方法を突き止めたからだ。僕もそんな仕事をやる事になるだろうね。


 毎年屋根から落ちる者がいるので、癒術師も忙しくはあるそうだ。つまり僕は、雪が降ったら休んでなどいられないという事だな。報酬次第では稼ぎ時になるわけだし、ありがたいけどね。


 でもレヴァーレストの雪景色は見てみたい。その時には空でも飛んで、閣下には悪いけど城の尖塔の天辺から眺めさせてもらおうかな。




 戦士組合に顔を出すと、ここは熱気がすごかった。さすがは戦士達。そのままでは暑いので、灰白色のクロークを脱いだ。畳んで脇に抱えて入って行く。


 まずは依頼の確認だ。けど、時間は既に九時手前程。わりの良い依頼は既に無かった。もっと早く来なきゃ駄目だね。


 念のため銅級もさらっとだけ覗き見る。すると見た事の無い種類の仕事があった。


「運搬依頼?」


 物を預かって運ぶ依頼だ。その性質上、銅級が最低ラインなんだな。道理で初めて見たわけだ。


 しかしこれ、結構僕向きじゃないか? バッグがあって、馬も持ってる。今見ているものは隣の宿場町、リアスタまで物質を届けるだけの依頼だ。


 手を伸ばして、ぴっと引っ張る。で、それを持って受付へと向かった。


「こっちこっち!」


 おっと、リーシャさんだ。何だか久しぶりな気がするなあ。もちろんそっちに行く。


「久しぶりですね! 聞いてますよ、アールガルド家の騒動に巻き込まれてたんですよね!」


「こらこら、あまりそういう話しないの」


 あら、タニアさんもいるんだ。


「あ、ごめんなさい!」


 思わずふふっと笑う。何だかほっとするなあ。


「この依頼受けたいんだ」


「運搬依頼ですね! 荷物の内容は教えられないんですけど、組合で確認してますから危険な物ではないですよ!」


 ほうほう、なるほど。安全確認はしてくれてるのね。尚更良い仕事じゃないか。


 リアスタの酒場、赤雀のさえずり亭まで届けるらしい。白海豚亭もそうだけど、名前の付け方こんな感じなのね。


 荷物の受け渡しは裏で行うそうだ。なので、リーシャさんに続いて奥へ向かった。


「でもハルトさん、どうやって運ぶんです?」


「このバッグがあるからね。これ、魔道具の大容量バッグだからさ」


「そうだったんてすか! それなら楽々ですね!」


 そういう事よ。


 荷物は一辺が大体一メートル程の立方体に加工されていた。結構重く、持ち上げるのは無理だった。なのでバッグの口を近付ける。すると急速に縮小されて、バッグの中に収まった。よし、問題無し。


「それじゃ、行ってくるよ。多分、そんなにかからない」


「隣ですからね。往復でも二日ですし」


 三時間かからないんだよなあ。




 リーシャさんと別れたところで、レストと命名した白馬をバッグから引っ張り出してひょいと乗っかる。重装備のままだと目立ち過ぎるし危ない事もあるんで、今は外しておいた。


「レスト、速歩!」


 命じると、レストはぱっかぱっかと進み始めた。


 リアスタへは、戦士組合の面している東通りを真っ直ぐ行けば良い。とてもわかり易い。ただ街中で駈歩はさすがに無理だ。出るまでは速歩か常歩での移動になるな。


 通りは、北通りより遥かに賑わっている。その多くは商人や戦士達で、北よりも東側の方が広く、仕事の選択肢が多いんだろう。


 僕は初めて東側から出る。不安も無くはないけど、楽しみの方が大きいかな。


 さて、急ぎで行くかのんびり行くか、そろそろ決めなくてはならないね。あまり早く帰って来ても仕事が出来るわけでもない。ならば駈歩ではなく速歩で充分に思える。


 色々な店が並んでいる中を常歩で歩かせていると、やがて東門が見えて来た。北門よりも明らかに大きい。こちらは内陸向きだし、やはり通りが激しいんだろう。東地区の賑わい方を考えば納得だ。


 様々な種族がいる中を進み、ようやく外に出た頃には五十分は過ぎていた。速歩で往復すると夜になってしまうな。リアスタで普通に一泊するかなあ。


 せっかく別の街に行くのに何も見ずに帰るのも勿体ない。やはり一泊するつもりで行こう。というわけで。


「レスト、速歩で行こうか」


 二時間前後で到着出来るはず。それまでのんびり、景色を眺めよう。







 街道周辺は、原野というような風景だった。植物は疎らで地面は凹凸が激しい。岩なども目立ち、襲っては来ないものの動物のような魔物がちらほら見かけられる。


 北側は、レヴァーレスト寄りには森があるけれど、しばらく進むと土地がせり上がり斜面に、次第に山となっていく。南は原野が見渡す限りに広がっており、時折魔物同士であったり戦士とであったりの戦闘が行われている。


 戦士達は狩りをしているようで、倒した魔物を解体する場面なども見る事が出来た。あれは、僕には無理だぞ。売ったり納品したりするのかな。何にしろお金になるわけだよね。


 ……酒場で食べたりしてる肉って、やっぱり? 見た目にわかんないし、大丈夫大丈夫! これ以上眺めるのはやめよう。


 余所へ目を向ければ、戦闘ばかりでなく採集に精を出してる戦士達の姿も見えた。荒れてるように見えても、採れる物はあるんだね。案外良いお金になったし、またその内採りに行こうかな。


 そうして一時間程レストに揺られただろうか。前方で戦闘の音が聞こえた。僕より前に戦士の一団がいるのは目に入ってたけど、彼らが襲撃を受けたようだ。


 でも慣れているのか、加勢する必要は感じなかった。多少手間取りはしたものの、大きな怪我を負う事も無く返り討ちにしている。


 考えてみると、彼らがいなかったら僕が標的になってたかもね。治療くらいさせてもらおうか。


 ぱっかぱっかとレストを近付けて、声をかけた。


「怪我した方、いる? 治療出来るよ」


「本当か! 俺とそっちのオークを頼む!」


 犬獣人とオークの男性二人が、斬り傷と打撲傷を受けていた。そう重くもなく、軽く消毒してからの癒術で完治させる。


「へえ、水術も使えるのか。治療するための適性だな」


「だからこんな事ばかりしてるよ」


「助かったぜ。棍棒で思い切り殴りやがってよお」


 そうして言葉を軽く交わして、僕は馬なんで一足先に行かせてもらう。手を振り合って、極めて友好的に別れた。


 良いね、旅の醍醐味だ。思わず笑みがこぼれた。




 レヴァーレストからリアスタまでの街道は一本道だから、わりと頻繁に追い越したりすれ違ったりする。その度に軽く挨拶など交わしたりして、このリヴァース侯爵領はやっぱり良い土地なんだなと実感させられた。


 そんなこんなでやがて遠くに町が見え始め、程なくリアスタに到着した。







 宿場町リアスタは、街道が丁字路になっているその場所に作られた町だ。レヴァーレストから東のエルドロードまで伸びる真っ直ぐな街道から南に一本分かれて伸びていく。三方から物が流れ通って行くため、宿場町ではあるものの商店なども多い。


 当然貴族などもこの町で一泊して行く。彼らのための区画は街の北側、街道から少し離れた辺りに作られている。中央から北にそこへの道が伸びているため、本来なら丁字路なのだけど十字路になってしまっていた。


 でも町の魔族達はその道を無いものとして扱うのか、丁字路と呼んでいる。紛らわしい事だ。


 例によって、リーシャさんは地図を持たせてくれた。それによれば赤雀のさえずり亭は南東地区の奥まったところにあるようだ。レストを常歩で進め、そちらへと向かう。


 時計によれば時間は十二時過ぎ。まだまだ明るい時間だ。けれど何やら暗い。どうも天気が思わしくないようだ。暗い雲が空を覆っていて、一雨来そうな空気に変わっている。さっさと届けてしまった方が良さそうだ。


 少し急がせて、目的の店を目指す。




 ぱらぱらと降り始めた頃に、目的の酒場は見つかった。赤い看板に可愛らしい雀……じゃなくて艶めかしい雀? 胸があるぞ? もうね、何の店かわかっちゃったよね、こん畜生!


 これ、リーシャさんは知らなかったんだろうな……。知ってたら止めてくれてたよな……。


 ええい、行くしかない! でも正面から行くには、僕の勇気のパラメータが足りない。裏に回ろう。そっちに回ったところで、レストはバッグに回収しておく。フードもかぶって雨を避けよう。


 裏口の戸があったのでノックしてみると、少しして返事があって虎獣人の女性が出て来た。水着みたいな服で露出はすごいんだけど、毛皮あるからあんまり。筋肉がしっかりあるんだけどそれでいてメリハリもあって、魅力的には見えた。


「いらっしゃい! ええと、どちらさん?」


「戦士組合から、荷物を届けに来たよ」


「あらそう! それで荷物は何処?」


「ここ」


 バッグを叩けば、それで理解してくれた。案外知れ渡ってるもんだ。手に入れた戦士が、自慢げに話したり見せびらかしたりしたんだろうな。


「小さいのに、良い物持ってるのね」


「運良くね」


 中に入れてもらって、指示された場所にそっと荷物を出す。女性は感心した様子で見ていて、お礼を言ってくれた。


 受け渡しのサインをもらえば、依頼完了だ。


「お疲れ様、少し寄ってく?」


「いやいやいや!」


「そうだね、ちょっと早いか」


「うんそう、早過ぎるよね!」


「大きくなったらおいで。良い娘、見繕ってあげるから」


「忘れなかったらね!」


 早々に退散させてもらった。


 来ないよ! そんな予定全然無いから!


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