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半獣人の女性

 雨は本格的に降り始めていた。灰白色のクロークに、容赦無く降り注ぐ。前をしっかり閉じてクロークの温度を調節、少し上げて温かくした。ああ、便利だ。信じらんないくらい素晴らしい。


 それはともかく、今日は一泊決定だな。宿を探さないと。


 ひとまず表通りに出て、その周辺で……はいかがわしいかもしれないからやめておいて、西側に向かって歩いた。雨音がすごくて今一音が聞き取り辛い。風術の感知に音のセンサーも入れておこうか。それで、急激な音だけ拾わせよう。警戒にはそれで充分だ。


 ……何で警戒してるんだ? 何だか、当たり前にやるようになってしまったな。でもこうなってしまうと、警戒してないと落ち着かないんだ。嫌な習性が付いてしまったなあ。


 げんなりしつつ歩いていると、後方からの争うような物音を拾った。この界隈だとある程度何が起きてるか絞れちゃうけど、それなら行かないわけにもいかないか。


 水術で滑って向かう。速いし、雨の日なら蒸発させる分の魔力を使わないから消費が軽くて済む。楽だ。


 到着してみると、さっきのさえずり亭の付近だった。クロークを羽織ってフードをかぶった女性の手を一人の男性獣人が掴んでいて、気色悪い笑顔でぼそぼそと何事か呟いている。女性は嫌がって手を乱暴に振り払う。


「嫌だって、言ってるでしょ!」


「そんな事言っていられるのも」


「そこまでにしとけ」


 斜め後ろから膝裏に蹴りを入れ、バランスを崩させて後方に倒れさせた。ごんという音と振動があって、男は後頭部を押さえてのた打ち回って呻いている。


 痛そうだな……。でもまあ、悪い事してたんだから当然の末路だね。


「さ、行こう」


 すぐに女性の手を引いて離脱、通りまで逃げた。




 体力を回復しながら走ったので、二人共息切れしていない。


「ここまで来れば大丈夫?」


「ありがとう……。その、誰だかわからないけど」


「通りすがりの戦士だしね」


 フードを少し上げて、顔を見せる。やっぱり子供だから驚いた顔はされるね。でもそのせいか、少し表情が柔らかくなった。


 さて、何も確認せずに助けちゃったけど、あの男が悪人で良いんだろうね?


「結局、あれは何だったの?」


「無理矢理に迫られてたんだよ。あたしはその仕事してないのに」


「さえずり亭の?」


「あたしは給仕担当」


「納得」


「と言うか、子供なのにわかるの?」


「戦士だからねえ。下品な話の一つや二つはね」


「納得」


 僕と同じように返して、ふふっと笑った。ああ、なるほどね。お綺麗だわ。クロークで種族はわからないけど、この美貌にやられちゃったんだな。


「さて、家まで送る?」


「それじゃ、お願いしようかな。君なら狼にはならないでしょ?」


「ちんちくりんな狼なんて、怖くないでしょ」


 今度は大きく笑って、大輪の花を咲かせた。







 彼女の住処は、街道北側の東にある長屋の一部屋だった。通りから入って少しの辺りで、同じような長屋が幾つか並んでいる。その中の女性ばかりが集まった付近の一室らしい。


 部屋の前でクロークを脱いだ彼女は、半獣人とでも言うような種族だった。頭の側面に耳は無く、上に大きな二つがある。尻にはふさふさの尻尾があり、ゆらゆらと静かに揺れていた。黒い長袖のジャケットに青の長いズボン、革のブーツを履いているのでそれ以上の特徴はわからない。


 いるんだな、半獣人。初めて見た気がする。


「お茶くらい出すよ」


 との事なので、お邪魔させてもらった。脱いだクロークの水を軽く払って、後は蒸発させる。それから中に入ると、彼女はクロークを預かってくれた。


「え、何で? 乾いてる……?」


「水術師なんだ。先月末のレヴァーレストであった魔法組合の発表会でね、新しい魔法が公表されたんだよ。で、これはその一部」


「へー! 君、結構すごい戦士?」


「一応銅級だよ」


 話しながら中に入れてもらって、椅子を勧めてくれたので座る。中には外套掛けがあって、クロークはそこにかけられた。


 長屋の部屋は、本当に一部屋だった。玄関脇の壁際にキッチンがあって、後はキッチン兼ダイニング兼ベッドルームだ。家具はテーブル一つに椅子が四つ、奥にベッドと戸棚が一つずつあって、終わりだ。


 かまどに火を入れて湯を沸かしながらに、話は続けられる。


「ハーフリングだよね? その年で銅級って、結構なものなんじゃないの?」


「どうなのかな? あまりよく知らないんだ。年は二十だね」


「若いわー。あたし、今年で四十九だったかな」


「あれ、案外簡単に教えてくれるんだね」


「まだまだあたしだって若いからね」


 長い黒髪を耳にかけて、赤紫の瞳で笑った。


 かまどの火で温まったのか、ジャケットを外套掛けに脱いでかける。上着の下には白い柔らかそうな毛織りの服を着ていたけれど、少し余っていて線の細さが見て取れてしまう。やつれているわけではないので、細身ってだけだね。


 それからも雑談を続けた。


 彼女はニースと言う名で、種族としてはエルフと狼獣人のハーフなのだそうだ。エルフの方が色濃く表れ、今のような半獣人になってしまったという。珍しくはあるけどままある事のようで、避けられたり虐げられたりとまではいかないらしい。


 彼女自身は結構気に入っているみたいで、母親似の容姿も大好きなんだと笑顔で話す。そんな時の彼女の尻尾は楽しそうに揺れていて、とっても可愛らしい。僕の視線がそちらに向いたのがわかると、わざわざノリ良く振り回してくれる。


 明るい性質の女性らしく、一緒にいて気楽と言うか、面白い。


 湯が湧いたところでお茶を出してくれた。良い香りがしていて、結構良さそうな品だ。


「これ、高そうだけど……、良かったの?」


「そうなの? もらい物だし、気にしなくて良いよ」


 お客さんからか? それ、貢ぎ物じゃない? 綺麗だからなあ。


 二人で仕事やリアスタの事など話が弾み、気が付けばもう夜になっていた。雨はまだ止まず、長屋の屋根を強く叩いている。


「止まないね。泊まってく?」


「え」


「君なら大丈夫そうだしね」


「狼にならないでよ?」


「半分狼なんだけど?」


 正直助かる話だった。この雨の中宿を探すのは、相当に骨が折れるだろう。それなら夕食くらいこっちで振る舞うか。


「本当に良いの?」


「良いよー」


「それなら、夕食は僕が用意するよ」


「本当? でも、今ろくな物無いかも」


「それは大丈夫。ここに入ってるから」


 バッグをぽんぽんと叩いて見せる。するとニースは首を傾げる。あら、彼女は知らないのか。


 今日のメニューに使う食材を次々にテーブルへと並べて見せる。するとがたっと退いて驚き、食材とバッグの間で視線を彷徨わせた。


「すっごい……!」


「驚かし甲斐があるね、ニースさんは」


「それも魔法!?」


「これは遺跡にあった魔道具って呼ばれてるバッグなんだ。いっぱい物を入れられるんだよ」


 滅茶苦茶目を輝かせていて、物凄い可愛い。何この子、面白い。




 夕食は野菜のトマトスープにハンバーグ、焼きチーズのニョッキを作ってみた。アールガルド家で滅茶苦茶料理したからな、スキルが相当上がったぜ……。


「美味しーい!」


「それは良かった」


 この三つはあちらでも作ったけど、今日の出来は一番だな。トマトスープの野菜には葉物と根菜を細長く切って入れて、しっかりじっくり煮込んだ。


 ハンバーグはファミレスで見た奴を目指して作った。玉葱を刻んで炒めて、味付けは塩と香りが強く辛味のある香辛料。胡椒に近いけど、これは香りがもっと広がるように強い。少量でも効果抜群なのでお気に入りだ。


 ニョッキに使うチーズはチェダーのようなものを選んだ。しっかりした味のあるチーズを焦げ目が付く程度に焼いて溶かす。薄味のニョッキにはちょうど良かった。ちなみに焼く時は密かに炎術を使った。便利。


「ハルトは良いお嫁さんになるね!」


 お嫁さんはなるんじゃなくて、迎えたいんですが。この世界じゃ、難しいけどね。




 眠るためにかまどの火を落とすと、今夜はぐっと冷え込んだ。僕はバッグから引っ張り出す体で作った水術の、橙色に染めた毛布の温度を少し上げて温かくしてるから大丈夫だけど、ニースさんはベッドで少し寒そうにしていた。時々身体を震わせるようにして、毛布を巻き付けている。


 毎年冬はこうして寝てるのかな。見るからに凍えてそうで、辛い生活を送っているのだと想像に容易い。


 そしてどうやら、眠れていないようだ。


「大丈夫?」


「あんまり……。リヴァースって、結構冷えるんだね」


 おや、余所から来たのか。


「南に住んでたから、全然知らなかったよ」


「今年初めて、ここで冬を迎えるの?」


「そうだよー」


 なるほど。それじゃ対策も不充分なわけだ。今日は雨のせいか、ぐっと気温下がってるしね。


「でも、ベッドと毛布はこんなものだと思う。もっと着込んで寝た方が良いね」


「明日からそうするよ。だから今日だけ、添い寝して?」


 さすが半分狼さん、破壊力抜群なおねだりだな! ベッドの中から綺麗な女の子に上目遣いでこんな事言われたら、落ちない男なんていやしないぞ……。


 でも君のベッド、シングルサイズなんだよ。まあ完全に子供扱いだろうし、気にし過ぎても変になるか。


「仕方ないねえ」


 ロングブーツを脱いで、ベッドにお邪魔する。毛布は上から僕の奴をかけて、二枚重ねにした。それで潜り込めば充分温かい。


「これ、温かいんだけど……」


「自分で素材取ってきて作ってもらった特注品なんだ」


 という事にしておこう。


「やっぱりすごい戦士なんじゃん」


 そんな素材、無いからなあ。迂闊な事は言えないね。


 それから程なく寝息が聞こえ始め、愛らしい寝顔を拝見出来た。ほっと一息。こんな時はこの子供の身体も役に立つなと実感する。子供が襲おうとするなんて、まず無いからね。安心させられるなら、これ以上の事は無いな。


 さ、僕も寝よう。明日にはレヴァーレストへ帰らないとな。


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