護衛依頼の終わり
別れの挨拶と再会の約束を交わして三人を見送ると、玉座の間には僕ら三人が残された。
玉座に不機嫌そうな表情で座る閣下、その前に跪いている僕とレベッカさん。どうしてくれんのよ?
「相変わらずですね、閣下」
「全く、レナードの奴め……!」
くすりと笑うレベッカさんは、ぎろりと睨まれて肩を竦めた。
「それで、お主は何の用で来たのだ?」
「遺跡調査の報告です」
持っていた鞄から数枚の書類を出して、レベッカさんは直接閣下に手渡す。それを特に嫌な顔一つせず、むしろそう聞いて表情を笑顔に変えて、閣下は嬉々として受け取った。そして嬉しそうに目を通していく。
「ふむ。何とも奇妙なものを残してくれたな、人間は。そしてこれをそこなハルトが止めたのだな?」
「ええ、そうです」
「セルニス・ブラックロードから、テトの農地の不作を聞いておる。関わりがあると思うか?」
「恐らくは、と私は思っております」
丁寧なレベッカさんって、すごい違和感だな……。真面目な話してるところで悪いけども。
セルニス・ブラックロードと言えば、マリエラの父親だったな。農地の不作を調査していた、とか何とかって彼女も言ってたっけ。なるほど、こうして繋がっていたわけか。
「止めたという事は、もう大丈夫なのだな?」
「どうなの、ハルトちゃん?」
閣下の前でちゃん付けはやめろ。ああほら、新しい玩具見つけた顔してるよ。
「どうなのだ、ハルトちゃん?」
くそ、女性に言われると良いな、なんて思っちまうな!
「制御に使われていたと思われる緑の宝石を破壊しましたので、その代用品が見つからない限りは二度と動く事は無いかと」
「ふむ、それはご苦労であったな。報奨を出さねばなるまい。何か望みはあるか?」
と、聞かれてもな。
「レベッカさん。こういう時って、どんな事頼むもんなの?」
「好きなように言ったら良いと思うけど。特にレヴィニア様なら。でも困るって言うなら、そうね……」
あ、何か嫌な予感するぞ。相談する相手間違ったか。
「閣下。ハルトちゃんはこれでも結構なおませさんなんです」
「ほほう! ならば抱擁でもしてやろうか!」
「ちょま、手前えレベッカ!」
「時々ヘラルド入るわよね、あなた……」
おっとと。
「閣下に抱擁してもらえるなんて名誉な事よ?」
「そういう名誉は要らない」
「照れるでない。ほれ、近う寄らんか」
結局レベッカさんに連行されて、抱擁をいただきました。ドレスごわごわしてるのかと思ったら、意外にも柔らかでふわふわしてた。でも首筋とか肩とかすべすべで、良い匂いとかしてるもんだからすぐによくわからなくなった。
おまけとばかりに、鱗を一枚手渡された。
「これがお主にとって報奨となるかはわからぬ。だが、これは妾がこの者ならばと信を置いた者にのみ渡しておる。ミリヘルド達にしてくれた事、感謝しておるぞ」
「ですが閣下。僕は守る事は出来ても、止める事は出来ませんでした。だから結局、ミリヘルド様は家族すら信用出来なくなって……」
どうしても、どうにか出来なかったのかという思いが拭えなかった。
僕に出来る事は無かった。そう思う事は簡単で、それは事実で、だから当然の事だ。でも納得出来なかった。イルゲルドに憤って、捕らえて、引き渡して。でもそれではミリヘルド様を救う事にはならなかった。ただ身柄を守っただけで、その心からは平穏が失われてしまった。
それがどうにも納得出来なかったんだ。
「イルゲルドはな、あれは誰にもどうにも出来なかったであろうよ。何かを忌避する心は、一度抱いてしまったらまず戻れぬ。嫌悪し、嫌悪する事を当然と思い込み、自分こそが正しいと凝り固まり、他者のためにと行動を起こす。その結果、待っているのは理不尽な悲劇だけであろう。お主はそれを止めたのだ。お主がいなかったら、ミリヘルドはどうなった? それにな、今ミリヘルドが踏み出した道は、あれが自ら選んだ道よ。お主はその足が歩んで行くのを見守っておれば良いのだ。あれもいつか大きく育つ。身も心もな。その時には、きっとまた変わっておるさ」
なるほどなあ。確かに今はこうなってしまった。でも、ミリヘルド様には当たり前だけど未来があるんだ。その時には、エンゲルド様やミリファ様にまた会って話せるようになっているかもしれない。
思い悩んで今を気にするばかりで、僕はそんな簡単な事を見失っていたのか。参ったな……。
「少し、肩を貸して下さい……」
目を押し当て、じわりと出て来てしまったものを誤魔化す。恥ずかしいったらないね……。
「良い良い。今だけ、特別だがな?」
最初の印象とまるで変わってしまったな。時折お馬鹿なだけで、しっかり良い領主様だね。
「ふうむ。お主、良い匂いがするな……」
え、いきなりだね。マリエラやソニアみたいになるの? 勘弁して?
「美味そうな匂いだ……」
「食事的な意味!?」
出ていた涙も引っ込んで、わたわたと慌てる。けれど強く抱き締められてて逃げられなかった。
上げた顔の頬にべろりと長い舌を這わされる。肌が粟立ち、思わずか細い悲鳴が喉から漏れ出てしまう。
そこで突然閣下は吹き出し、くつくつと笑い始めた。今度は逆に僕の肩を顔を埋めて、身体を震わせて笑っている。
「冗談だったのだが、何だお主のその反応は!」
「閣下あ!」
弄ばれた……。
こうしてアールガルド家の一件は幕を閉じた。家族が離ればなれになってしまうのは止められなかったけど、きっと閣下の言う通りで見守っている事しか僕に出来る事は無いんだろう。
案外しっかりしているし、きっとミリヘルド様は自分で何とか出来る。だから彼女がどうなって行くのか、少し楽しみに思った。
そう言えば結局、忌避される程の彼女の体質って一体何だったんだろうな?
その日の夜、僕は久しぶりに白海豚亭へと宿泊にやって来た。何と言うか、すごく帰宅したような感覚に陥る。結構泊まってるし、慣れ親しんでるのかもね。
早速一部屋をお願いして入った。そこで報酬の確認のために、受け取った革袋をテーブルの上に並べた。
別れ際にミリヘルド様から渡された小さな物が一つ、組合からの報酬としてまた小さな物が一つ。レベッカさんから遺跡探索の報奨として、大きな物が一つ。
開けてみると、まず組合からのは依頼書通りに銀貨十枚だった。
続いてミリヘルド様からの袋を開ける。中にはきらりと光る一枚が。
「ききき金貨!?」
どうするんだよ、これ! もらい過ぎでしょうよ! 返される事を避けるために、別れ際に渡したんだな……。もう、ありがたく頂戴しとくよ!
今度覚えておけよ……。
で、レベッカさんからの袋はと言うと、銀貨の詰まった上にきらりと金貨が。マジでか……。銀貨は数えると五十枚あった。一気に増えたけど、金貨なんて使い難いな。ばっと何か買ってしまおうか。
とりあえず金貨二枚はミリヘルド様からの袋にまとめて入れた。銀貨はせっかく五十ちょうど入る袋だし、そっちはそのまま入れておく。十枚は元々持ってた分と合わせておいて、全部バッグにしまえば整理完了。
夕食、食べに行くか。
本日のメニューは根菜と腸詰めのポトフと濃厚トマトソースのショートパスタ、ハーブとオイルのドレッシングで食べるサラダの三品。それに飲み物として果汁のジュースが付いてきた。
根菜はしっかり味が染みてて熱々のほくほく、トマトソースは本当にトマトが凝縮されてて美味。ドレッシングにはオレンジのような果汁が使われてて、甘酸っぱい中にハーブがさっぱり香る。
ジュースは薄味にしてあり、口の中をリセットするのに適している。
今夜も美味しくいただいた。
しっかり湯浴みしてさっぱりしたところで水術の寝巻きに着替えてベッドに横たわる。そろそろ馬に名前を付けたい。モデルはクレストクレスちゃんだから、彼女から名前ももらおうか。
それならクレスにしようか。でも、クレストクレスちゃんが多分愛称クレスだよな。そうなると少し変えたいね。
ふうむ、レスト、ストク、トクレ……。レストが良いか。
よし、レストで決定としよう。決まった決まった。
翌日はいつまでも同じ服でいるのも切ないんで、替えの服を用意する事を考えた。けれど、ただ服を買うのも今となっては面白くない。なのでここは顔料や染料の類いを手に入れて、水術に混ぜて製作する方法を選択した。
早速色を各種揃えるために街を探して回る。最初に訪れたのは、以前耳を尖らせるための肌色を買った店だ。今度は様々な色を購入しておく。さらに別の店を探して手元に無い色を買い足して、と繰り返す。
そうして夕方を迎える頃には、充分な数の色を揃えられた。銀貨は十枚以上消えた。
それからは宿に籠もって実験の日々を送った。色を混ぜると、基本的には透けなくなるので問題は無い。多少透けても細かく模様を入れて遮ってしまえる。ただ、当然だけどこれによって色の印象が変わった。
そうして色々遊びながら試し、納得した頃には六日が過ぎていた。
色無し模様のみの肌着に白でタイトなタートルネックの長袖と黒で丈の長いベストを着て、灰色のズボンと膝上まである黒のロングブーツを履いた。ショルダーバッグを袈裟がけにして灰白色のクロークを羽織ったら、出かける支度は完了だ。
黒い手袋も付けておいて、主人さん達に挨拶したら宿を出る。
お金は一気に増えたけど、仕事しないと色々鈍るからね。今日からまた、戦士業再開だ。




