好意と戸惑い
早速考え方のおかしい魔法でテントを作る。
テント……テントかな、うん。表面に細かい模様を入れた薄作りで大きな三角柱を四枚重ねにして横倒しにし、左右の入口も同様の作りでもって閉じた。以上!
しっかり中は見えない。色すらわからない。これなら大丈夫だね。
「やっぱりおかしいよね!?」
「何考えたらこうなるのかしら。テントのつもりなのよねこれ……?」
「君ら大概失礼だな」
この状態で、高さは三メートルくらいだ。正三角形なので、幅は推して知るべし。長さは五メートル程。結構ゆったり過ごせる。中には、今はソファとテーブルを置いている。後で浴槽だったりベッドだったりに変える予定だ。
「何このソファ、すごい沈む!」
「ベッドを作るくらいだもの、やっぱり作ったわね」
何故かレベッカさんが居座ってるけど、まあそれは良いか。食事だけは保存食だ。これもその内何とかしたい。
それからはあれが作れるとかこれはどうかとか、たわい無くお喋りを楽しむ。服も見せたけど、やっぱり透けるんだよなあ。色を付けたいね。
この服、二人の食い付きがすごかった。
「あらやだ、ハルトちゃんたら大胆!」
「わあ、すごい! ぎりぎり見えない!? ぎりぎり見えちゃう!?」
「君らな……」
自分で来たチュニックとソニアに作った一式を見せると、興味の矛先はやはり一式の方に向かった。
「これ可愛い! 確かにソニアに似合うね! ハルト君、結構見てるんだー?」
「ノーコメントだ!」
「ハルトちゃん、やっぱり大胆だわね。このズボンは驚いたわ……」
ショートパンツはさすがに無かったか。タイツ合わせたらすごい似合っちゃったんだよな。
そうしてわいわい賑やかに過ごしていれば、たちまち夜は更けてしまう。レベッカさんも自分のテントに戻って行った。次に会えるのはずっと先の事になるだろうな。
ここで偶然会えて楽しく話せたのは良かった。最後にヘラルドさんやエニスさん、レイドさん達会えなかった皆へよろしくとお願いして別れた。
そして夜はまた、静かに大騒ぎだった。もちろんベッドだ。枕と薄い掛け布も用意して、寝支度は万全。寝巻きもさっき作ったチュニックをそのまま残しておいたので、それを着てる。
マリエラも同じ寝巻きを欲しがったんで作る。でも君は、バッグに忍ばせてるんじゃないの?
同じのを欲しがったわりに、後から袖は要らないとか首回りをもっと広くとか注文が入る。
そして、ベッドだ。身体を投げ出すように倒れて、その弾力を全身で楽しむ。身体を弾ませて、子供みたいにはしゃいでいた。
「これ、楽しいね! 本当ハルト君の魔法は変!」
「せっかくの魔法だし、楽しかったり便利だったりした方が良いじゃないのさ」
「うん、賛成!」
よしよし。やっぱりそうでないとね。
僕もベッドに上がる。でも潜り込んで寝る体勢だ。マリエラもいそいそと潜り込んで来る。何また可愛い事してるんだか。
ただ、何となく視線は感じている。時折ちらと、首筋に行くんだ。わかり易いなあ。でも男の視線もそうらしいね。僕も気をつけないと。
こちらに身体を向けて、ぶら下げた暗めな明かりの中で見つめてきている。紅色の瞳が欲しいと訴えかけるようだ。感情のわかり易い子だから、僕でも気付ける。
ごろりと顔を向き合わせ、首筋をとんとんと指先で叩いた。マリエラの顔色が赤くなったのが、察せられる。ついふふっと笑ってしまった。
「良いよ、おいで」
こくんと頷いてそう言えば、マリエラはそっと身を寄せて来た。今夜は覆いかぶさるように上を取ってくる。身体を重ねれば、大きな二つが僕の身体に押し付けられて潰れた。
紅の瞳は僕の目を見つめている。相変わらず綺麗な色だ。いつまでも見つめていたくなってしまう。でも、今日は雰囲気が違っている。熱を帯びているように見えた。
けれど色々考える間も無く催眠術がかけられ、僕の感覚がぼんやりと薄い膜でもかけられたように鈍くなった。
そして顔が近付いて来る。その時、瞳に悪戯な色が見えた。唇が開かれず、牙も剥かれず、そのまま鼻が触れ合う距離になり、やがて接触した。
最初何をされたのかわからず、身構えていた首筋でないところを突かれてしまって呆けた。触れる柔らかな感触、啄まれて重ね合わされ、神経が集中していく。
触れ合っている内側にも侵入者があり、その突然の奇襲に理解が追い付かない。水の音が荒い呼吸の音に混じって耳に届く。微かな喘ぎと甘い吐息が感情を昂らせる。暗闇の中で入口と内側に与えられている感覚が意識の支配を進め、何もわからず何も出来ないままそれは奪われていた。
やがて離れると、彼女は真っ赤な顔で一言だけ謝った。
「ごめん」
とんでもない事をされたけど、嫌だとは全く思わなかった。どちらかと言えばどうやら嬉しくあるようで、今更ながらに早鐘を打つ心臓に気付くくらいに夢中であったらしい。
悪戯を思い付いたように始めたくせに、やってしまってから申し訳なさそうな表情を見せるマリエラが可笑しくて、僕は顔がにやつくのを止められなかった。
「構わないよ。嬉しかったしさ」
「本当!?」
言ってしまってから、今度は僕が恥ずかしくなってきた。そんな事が伝わったのか、彼女も嬉しそうに明るく笑い、もう一度唇を合わせた。
「それじゃ、今度こそもらうね」
恥じらいながら頷いて見せると、マリエラは首筋へと顔を近付ける。そしてゆっくりと牙を沈み込ませていく。皮膚に穴がぷつんと開き、僕の意識は容易く感覚の波に浚われて、自分のか細い声を耳に聞きながら暗転していった。
後には言い表せない強烈なそれだけが、僕を包む。
日の光を感じて目をぱちりと開くと、すぐ横の間近に愛らしい寝顔が見える。大きな目が今は閉じられ、すっと真っ直ぐな鼻筋が伸びてつんと尖る。その先にある肉厚で柔らかそうな唇に目が留まり、昨夜を思い出して赤面する。
すごい事をされてしまったな。そういう事、なんだよな? 想われてると考えて良いんだよな? さすがにそのつもりも無しに口付けなんてしないと思うし、そう考えて良いんだろうけども。
でも困ったぞ。恋人だとか伴侶だとか、そんな関係にはなれない。彼女も僕より遥かに長く生きるだろう。ソニアに対して思った事と同じで、長くいられない僕なんかよりももっと良い相手がいるはずなんだ。ただソニアと違うのは、彼女にその気があるらしいという事。だから、困った。
まあ、こちらから何か言ったり聞いたりするのはやめとこう。それこそ藪蛇になるし、そっとフェードアウトするつもりで。
でも、何故だ? 何故僕とこんな事を? 理由が全くわからない。何かそんな事になるきっかけがあったのだろうか? マリエラが僕にそういった感情を抱く何かが? 心当たりなんて、まるで思い当たらない。
しばらく考え込んだけど、喉が渇いたんで身体を起こしてグラスと水を作って飲む。それからまたマリエラを眺めた。可愛くって綺麗で気立ても良くて、戦士としての実力も高い。こんな素敵な女性に好かれてしまっては、やはり戸惑いの方が大きいらしい。
そっと手を伸ばして、その頬を指で軽く撫でる。するとゆっくり瞳が開いて、目が合う。起こしてしまったか、失敗した。
マリエラは穏やかな笑みを浮かべて、僕の片手にあるグラスへと手を伸ばす。渡せばその水を飲み干して、喉を潤した。
グラスを脇に置くと不意を突くように押し倒してきて、またも唇を奪う。遠慮が無くなりやがったな。いや、最初から無かったか。
朝から強い刺激を受けて、心臓が一気に目を覚ます。押し付けられたもの越しに伝わっているのではないかと恥ずかしくなってしまう程に、大きく鼓動を繰り返した。視界がマリエラでいっぱいになり、その笑顔に否応無く体温を上昇させられる。
「おはよ!」
元気いっぱいの挨拶にぼそぼそと返事して、恥ずかしくて目を逸らす。にやにやとした笑顔が視界の隅に見えていた。そんな風に見られるのも何やら嬉しくて、でもやっぱり恥ずかしくて、真っ直ぐには目を向けられない。
その視線がすっと首筋に動き、突然出した舌がそこに這わせられる。ぞくりとする感覚とちくりとした痛みがあって、まだ治療していなかったと気付いた。うっかりしてたな。
「少し滲んでたよ。勿体ないから舐めちゃった」
「忘れてた」
さっと治して、傷を塞ぐ。便利便利。
治療を終わらせたら朝食を済ませ、出発の準備だ。着替えて荷物をまとめ、作った物を全て消して。
「消せるの?」
「作ったんだから、消す事だって出来るって」
「普通は消せないんだけど……。あ、もしかして魔術?」
「へ!?」
どうやら魔法は消せないらしい。魔力で作られていても一度作ってしまえば水は水、土は土として安定してしまうのだそうだ。ただし魔力から作られているから、魔力を扱う魔術でなら消せる。消せると言うか、よく意識して見れば魔力に再変換して拡散させていた。
「水でも土でも、作ったら有効活用するのが常識だからね。まさか消せるだなんて考えもしなかったよ」
「魔術を使えるのが僕とマリエラだけなら、そうもなるか」
水なら飲むにも洗濯にも、植物へ撒くにも使える。土なら埋め立てや建材なんかにも使える。それにこれは水も同じだけど、魔力から出来ているのだから作物を育てるにも使えるのかもしれない。そう考えると、確かにただ消してしまうのは勿体ないね。
魔術で消しているのだったら、例えば他者に使われた魔法も消せるのかな。僕だったら魔眼を持ってるから、発動前の魔力の時点で消せたりするかも? 今度試してみよう。
レベッカさん達調査隊は、僕らが活動し始めるよりも先に出発していたみたいだ。テントから出たら誰もいなくなっていた。またその内会う事もあるだろうし、それまでしばしの別れだな。
僕らは反対の南へ、レヴァーレストへと歩き始めた。二人でのんびり、魔法の話などしながら。
ちょうど良いので試した他者の魔法への干渉は、要求魔力が使用されている魔力量と同等かそれ以上だったので使い難いという結果に終わった。ただ、一つの手段として把握しておくのは悪い事ではないので、何かの時の対策に使う事もあるかもしれない。
そうして今度は一度の襲撃も無いまま、日暮れの頃に僕らはレヴァーレストへと帰って来た。
衛兵はやっぱりマリエラの顔を見ただけで通していて、僕だけ簡単にチェックを受ける。不思議ではあったけど、今なら銀級戦士として顔が知れているからだとわかる。特にマリエラは、男にとって忘れ難い容姿の持ち主だしね。
二言三言愛想良く言葉を交わして、僕らは街の中へと入って行った。