魔法組合
レヴァーレストへ帰って来て、マリエラは早速僕の手を引いて戦士組合へと連行した。放置しようかな、なんて考えも頭の片隅にあったけど、これじゃ逃げられないな。
あまり昇級したいと思っていない事を察しているのだろうか。
マリエラの表情は、嬉しそうな笑顔を形作っている。そこまでは考えてなさそうだな。何か良い事でもあるのかな?
組合に着けば、受付へと連れて行かれる。そして急かされる。
「わかったわかった」
証明書を渡すと、既に話を聞いているのか受理は早かった。戦士の証となる木製の札が付いた首飾りを返し、代わりに銅製の首飾りを受け取る。
形状は同じ。縦三センチ横二センチ程の大きさで剣と盾をデザインした紋章を描いた銅の札の付いた、銅の鎖の首飾りだ。
それを受け取って、組合員から祝福の言葉をいただいた。登録した際に担当してくれた、茶虎の猫獣人の女性だ。
「おめでとう、ハルトさん。でも支部長から聞いて驚いたわよ。半月で銅級なんて異例過ぎて、逆に最短の記録として残らないのが残念ね」
「残らなくて良いよ。あんまり目立ちたくないし」
「それは諦めた方が良いわ。魔法組合からお呼びがかかってるしね。子供でありながら銅級になれる程の魔法使いという事で、既に目を付けられてるみたいよ」
いきなりな話に、げんなりした表情を浮かべてしまう。面倒事の臭いしかしないね。
「放置じゃ駄目?」
「別に大丈夫よ。強制力なんて無いもの。なのに呼び出しなんてするような連中だから、戦士組合とはわりと仲が悪いのよね」
ほうほう。それなら放置決定だな。
……あれ? 魔法組合?
「魔法使い組合とか術師組合とかじゃなくて、魔法組合?」
「ええ、そうよ。魔法使いを支援する目的の組合じゃないの。魔法の研究や開発、記録なんかを行っているのよ。だから市井の魔法使いにとっても縁遠いわね。魔法について色々教えてくれるけど、代価は高額の情報料。だから普通の魔法使いが利用する事はほとんど無いわ」
要らねえ……。利用する予定は無さそうだし、関わり合うのもやめておこう。
戦士組合での用事も終わり、マリエラは再び僕の手を引き白海豚亭を目指した。その道中、魔法組合について少しだけ話してくれた。
魔法組合はその組織の役割上、国と密接に結び付いている。そのため貴族達との関係が深く、どうしても横柄な者が増えてしまうそうだ。それは貴族達に侮られないためでもあり、力に増長してしまう事ばかりが原因ではないという。
けれどそんな態度で誰もに対応していれば、印象が悪くなるのも当然の事。事情があるとは言え選んだ対処による反応なのだから、その責を認めて改善するなり評判を甘んじて受け入れる事しか出来ないだろう。
だから彼らは、甘んじて受け入れる事を選択したんだ。それはそれで立派な事だと思う。だからと言って関わりたいと思うかと言えば、そんな事は無いけど。他者との関係が悪化するとわかっていて選んだんだ。それは方針通り、粛々と受け入れてもらわないとね。
そんな話をすれば、マリエラは苦笑いだった。
「本当子供っぽくないよね、ハルト君って」
「案外子供じゃないのかもよ?」
記憶が無いという話は既に聞かせている。ソニアと一緒に話して聞かせたあの時だね。だから年齢も本来は不明で、見た目で十歳程度と考えているだけなんだ。
「でも、こんな見た目の大人が人間にいる?」
「人間を見た記憶が無いからね」
「あ、そっか」
話を聞けば、僕の前世の記憶にある人間と変わらないようだった。もちろんマリエラの知識も伝承によるものだ。見た目通りなら、やっぱりこの身体は十歳かそれより若いだろう。ま、中の人が僕だからね。子供じゃないのは確かだ。
これはさすがに、マリエラにも話せない。信憑性に欠けると言うか、夢物語みたいな話だし。子供の考える、黒歴史になる妄想ネタみたいなレベルの話だ。絶対話せない、恥ずかしくて。
だから記憶喪失で良いのさ。それが一番無難だ。
肌色に包まれて眠った翌朝、僕とマリエラは再び別れの時を迎える事となった。彼女は銀級の戦士として依頼される事が多く、そしてその依頼には銅級の戦士を連れて行けない。だから、一緒にはいられないのだった。
また、そうした依頼というのは緊急性が多少なりともあり、優しい彼女には受けない選択肢は存在しないようだった。
「私も銅級だったら良かったんだけど……」
「まあ、二度と会えなくなるわけじゃないんだから。無理も無茶もしないで、無事に帰って来れば良いんだよ。そしたらまた、吸わせてあげるからさ」
にやにやと笑って、首筋を叩く。すると頬を赤に色付かせて、マリエラも悪戯っぽく笑う。
「気に入っちゃったの? 気持ち良さそうに喘ぐもんねー」
思わぬ反撃に、今度は僕が茹で蛸になる番だった。強ち否定出来なかったりして……。
「まあその、何だ……。お互い元気で、また会おうね」
「うん!」
戦士組合の片隅で、僕ら二人は別れた。マリエラは早速銀級の依頼が持ちかけられたのか奥へと組合員に先導されて姿を消し、僕はそれを見送って組合を後にした。最後に振り返って手を振る彼女に手を振り返して、その後ろ姿が見えなくなった時には少しの寂寥感を覚えた。
今日からは一人だ。自由ではあるけれど、やはり寂しくもある。銀級になれば一緒に仕事を受けられる。けれど僕には、彼女のように忙しい日々は合わないだろう。何せ別れてどうするかと考えた時に浮かんだ事が、レヴァーレストの観光なんだから。
せっかく異世界に来たというのに、街の一つもまだろくに見ていないんだよね。これは勿体ないでしょ。というわけで、僕は街へと繰り出して行ったのだった。
北から来たのだし、まずはそちら側を一通り見るつもりで中央広場から通りを歩いていた。広場は大きな円形で、東西南北の四方と南西の五方向に大きな通りが伸びている。東に戦士組合、西に魔法組合があり、南には通りを挟む形で東側に商人組合、西側に職人組合とそれぞれの建物がある。
マリエラから昨夜の夕食の時、大雑把に地区の話を聞いた。北から東にかけては一般的な住民達の市街だそうだ。住宅や商店街などがあり、レヴァーレストに住む大多数の者がこの地区に居を構えている。
ただ、北東の隅には近付かないよう言い含められていた。そこは貧民街で、いわゆるスラムだった。レヴァーレストは治安の行き届いた素晴らしい街だけれど、それでも貧しい生活を送らざるを得ない者達は生まれてしまうそうだ。彼らのためには、こんな場所も必要なのだろう。
仕事はあるし、食べるに困る事は無い。なのにスラム街はある。その理由は、そんな仕事すら出来ない者達がいるという事だった。性格的に向かない乱暴者や怠け者から重篤な傷病により働けない者、保護者のいない孤児など、社会からはみ出た者、社会から目を向けられない者などが生きて行く場。それがスラム街だった。
そしてそんなスラム街とは、得てして危険なものだ。治安維持には金がかかるが、金がかかれば住むにかかる金も多くなる。そのコストを削減してしまっているから貧しい者でも住める。その代わり彼らは、自分で自分の身を守らなければならない。
危険だからという事もあるけれど、戦士は信用を大切にしなければならない職業だ。スラム街に仕事でもなく立ち入る者には、どうしても醜聞が付いてしまう。スラムに住んでいるのではないか、スラム生まれなのではないか、と。そしてそれだけで下に見る、信用しない、拒絶する、なんて者もいるんだ。特に貴族には多いだろう。これでは昇級など望めないというわけだ。
だからマリエラは、北東へは近付かないようにと言い含めたんだ。でもどうしよう。昇級したくない僕にはお誂え向きなんだよなあ。でもまあ、そこまでしなくとも良いか。
西には貴族達の居住地区がある。海側なんだけど高くなっていて、あちらから街の中心を眺めたらレヴァーレストを一望出来るだろう。
貴族の地区については、マリエラはあまり詳しく話さなかった。本人がよく知らないのかもしれない。面倒事が嫌いな僕なら言わなくとも近付かないだろうとも思ったのかも。だとしたら、その読みは当たりだ。
もちろん貴族の全てが面倒な相手ではないだろう。けれど、触らぬ神に祟り無しとも言う。わざわざ首を突っ込む意味も価値も感じられない。となれば、近付く理由なんてあるはずがなかった。
南西の通りは領主の城へと繋がる。この通り沿いは兵舎や訓練場、武具の工房など、軍事施設が集合しているらしい。基本的には立ち入り禁止とされていて、通りが門で封鎖されていたりはしないけれど兵が立っていて、不審者など警戒している。
貴族地区と城は直接繋がっているそうで、彼らは中央広場を経由せず仕事に行けるらしい。でなければ不便だし、当たり前と言えば当たり前か。
南は商業地区だ。商人の店や職人の工房などが多く軒を連ねている。港もそちらにあるため、朝から夜まで大変な賑わいなのだそうだ。港付近は特にそうで、船に乗る者や下りる者はもとより、商品である荷のやり取りが激しい。
船乗り向けの酒場や宿なども港寄りには多く、その界隈は騒がしくも楽しげなのだとか。本当は見に行きたいけど、このなりじゃ目立って仕方ないだろうな。
北の大通りはこれまでに三回通っていて、でも三回ともゆっくり見る事が出来ていない。なので今日こそと思っていた。思っていたのに、邪魔が入った。
「ハルト・ハナヤマだな?」
質の良さそうな暗い青のコートを纏った男三人が、行く手を遮る。コートの襟元には七芒星の紋章が付いていた。何かの団体だろうか。その内の一人だけ、銅色の縁取りがあるコートを着ている。彼がリーダー格なのか、他二人に脇を固めさせて尊大な笑みを浮かべている。こちらを見下した嘲笑うような顔付きに、僕は呆れてそっと溜め息を吐く。
リーダー格の男はエルフだ。手下の二人はコボルドと巨人らしき巨体の男。何れも野卑に笑っている。何だか、チンピラみたいだな。
「違います」
それだけ答えて、彼らを迂回して通りを行こうとする。明らかに面倒事でしかないからね。わざわざ付き合ってやる必要は無いさ。
想定外の返答だったのだろうか。三人は少し固まって、それでもすぐに再起動して回り込んできた。
「待て待て待て! ハーフリングで銀髪に青眼、子供の戦士など、他にいるはずないだろうが!」
青眼? 僕の目は青なのか。鏡とか見れてないから、まだ知らなかったんだよね。
「やだなあ、探せばいるって。そんな特別な特徴じゃないでしょ」
「喧しい!」
リーダー格のエルフは額に青筋を浮かべて、声を荒くする。からかわれたとでも思ったのだろうか、憤慨した様子で身振り手振りも大袈裟に突っかかって来る。
「とにかく来てもらうぞ! 貴様が魔法によって遺跡踏破の中核を担ったとの話は、俺達魔法組合でも押さえている。その情報を魔法組合にも寄越すのだ!」
情報提供と来たか。確か魔法組合は、高額の情報料を取るとの話だったな。
「質問一つに付き、金貨十枚。もちろん前払いね。それでなら考えなくもないよ」
「金貨十枚だと!?」
後で知った事だけど、魔法組合が要求する情報料って銀貨で十枚くらいなんだって。これじゃ取り過ぎだね。でもまあ気分悪かったし、向こうの自業自得だよね。




