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レヴァーレストへの帰り道

「まあ、あまり怒るな。全て私のためにしてくれた事だ。な、ハルト」


 ソニアは椅子を近付けて、肩を抱いてくる。


「むむむ……」


 不機嫌だ、すごい不機嫌な顔になってる。どうしてくれるんだよ……。


「では、私はそろそろ行こう。明日も早いのでな」


 そう言うなり立ち上がり、僕の額に口付けする。あ、と声を荒げたマリエラには頬に口付けた。それで黙らされている。


 そして妖艶に微笑んだ。


「ではまたな、二人共」


 颯爽と去って行く後ろ姿を僕らは見送る事しか出来なかった。


「完全にサキュバスだ。私までどきどきしちゃった……」


 呆気に取られたのか怒りも静まったようなので、その隙に僕らもお開きにしようと提案すると受理された。支払いはお祝いに持ってくれるそうなので、礼を言ってご馳走になった。


 外に出れば真っ暗で、篝火がぽつぽつと焚かれている。その灯りに照らされながら、今日の宿へと向かって歩く。


 マリエラが手を引いて行くので、またもお任せ。大きなテント内をカーテンで仕切る宿で二部屋を取り、隣り合わせに部屋へと入った。そして唐突に、間のカーテンが取り除かれる。


 カーテンだもんね、簡単に外れるよな。全くこの子は……。


「ね、さっき話してた水の魔法見せてよ!」


 小声でひそひそと話す。ああそうか、マリエラは炎術と水術が使えるんだっけね。それなら僕より使いこなせるんじゃないかな。


「何作って欲しい?」


「じゃあ、湯浴みしようよ」


「浴槽っすね……」


 もう僕の運命は見えたよ。マリエラは、しようよって完全に誘ってるんだもの……。


 足元は剥き出しの地面だから、シートを一枚広く敷く。その上に広い浴槽を作った。


「これがそうなんだね! うわ、すごい……」


 シートを触り浴槽を触り、見て回して納得したのか一つ頷く。


 それから中に水を入れて、炎術で沸かした。


「さ、入るよ」


「お先にどーぞ」


 最後の抵抗を試みる。ブーツを脱いでベッドに座り、背をむけた。


 するとぎしっとベッドが音を立て、重心が後ろに少しずれる。そして耳元で囁く声が聞こえた。


「見慣れてるでしょ?」


「慣れてない慣れてない」


「良いから。遺跡での疲れ、解してあげるって」


 癒術があるから、疲れなんて残ってないんだよなあ。何て思っている間に服は脱がされていた。彼女はもう脱ぎ終わっていて、そのまま抱き上げられて浴槽に連行される。


 でかいのが目と鼻の先にある。と言うか完全に当たってる。マリエラは本当、全く抵抗無いのね……。







 翌朝は二人で朝食を食べ、特に用事は無いとの事なのでレヴァーレストへ帰る話になった。


 荷物は魔道具のショルダーバッグに変えた。軽いしかさばらないし、それでいて大容量。素晴らしい。首からは懐中時計を下げて、チュニックの内側に入れている。この世界では時間が正確にわからないから、これも助かる。


 帰りの道では、マリエラ個人の話を少し聞いてみた。


「マリエラってさ、魔術使えるよね?」


「魔眼持ってるんだから、気付いてたんだね」


「うん。紅色の靄が見えて、最初は何だろうと思ってたんだけどね。色々わかってきて、そうなのかなって」


「私の魔力は、そんな風に見えるんだ? 面白いね。ハルト君のは?」


「僕のは青く光る風だよ。多分見せられるよ」


 強く魔力を集束し、指先の周りをくるくると回して吹かせる。マリエラはそれを感嘆して眺めていた。


「こんな事出来るの? 何だかハルト君、魔法の発想すごくない?」


「遺跡の中で見てきたものを参考にしてるだけだから、実際にはそんな事も無いよ。これは中枢で見た魔力を真似てるだけ。昨夜の水術は途中の仕掛けにあった、魔力を固めて作った壁にヒントを得たものだし」


 それだけ、あの遺跡が特殊だったんだろうね。




 それからは、僕と別れた後にどうしていたかを話してくれた。


 マリエラは父親のエルフ、セルニス・ブラックロードに頼まれて、村で使う物資を届けていたらしい。このところ不作の兆しが見え始めていたそうで、その応急処置と調査に使う資材などをハンドバッグに入れて持って行く途中で僕に会った、というわけだった。


 届けた後は手伝っていたようで、久しぶりの土弄りが楽しかったと笑顔で聞かせてくれた。あのバッグの中に、汚れても構わない服とか入れてあるんだろうね。また黒なのかな。


 それで、村の仕事が終わったところで組合に向かったら僕がちょうど出てきた、と。


「何かさ、運命みたいだよねー」


「さらっと言うね……」


 こっちが気恥ずかしくなるって。




 日が暮れ始めたところで、野営地に着いた。戦士達の大規模な一団が既に野営の支度に取りかかっていて、結構な賑わいとなっている。僕らは隅を少し使えれば充分だし、そちらへと適当に向かった。


 僕は既に作り出す物の算段に思考を割いていたせいで気付かなかったけど、マリエラが声を上げて誰かと話を始めていた。


「あれ、ジブ……」


「ストオオオップ! マリエラ、それ以上は血を見る事になるわ……」


「ごめんごめん、レベッカだっけ。支部長が何してるの?」


「へ? レベッカさん?」


 知った名前に思わず振り返る。そこには見慣れた褐色筋肉だるまが科を作って立っていた。


 ああ、レベッカさんだ。


「ハルトちゃん、会いたかったわ! 聞いたわよ、二人で踏破したんだって? もう、危ない事するんだから!」


 昨日の今日でもう聞いているという事は、早馬でも出したのかな? それに道中出くわした、そんなところか。


 実際わりと危なかったんで、言い返す言葉も無いな。


 彼がいるという事は、この一団は調査隊なのか。案外早くないか?


「遺跡の調査に行くんだね?」


「そうよ。あまり触らず帰って来てくれたんでしょ? 嬉しいわ」


「書庫があったからさ。楽しみに行くと良いと思うよ」


「何ですって!? 読めるくらいに残ってる事は少ないんだけど、それでもたまにはあるのよ! 素敵な情報ありがと!」


 投げキッスが飛んで来たんで叩き落とす。べしっと。


「酷ぉい!」


「喧しい」


「うう、ずるい。何でこんなに仲良くなってるの?」


 いやまあ、否定出来ないけども。何と言うか、絡み易いんだよね。色々お互い話した間柄でもあるし。


 おおっと、そうだ。


「これ、受け取って来たんだけど」


 特別昇級証明書を差し出す。すれ違ってたら渡せなかったな。いや、それでも別に構わないんだけどね。


「あらあら、少し待ってね。署名だけしちゃうわ」


 レベッカさんは自分のテントへと戻り、署名を済ませて帰って来た。見れば達筆の上に筆記体で、全く読めない。良いのかこれで。


「読めない……」


「大丈夫よ。こんなサイン書けるのはあたしくらいのものだから」


「それもそうか」


 後はこれをレヴァーレスト支部に提出すれば良いそうだ。あまり気は進まないけど、上げておいてやるかね。


「ハルト君、もう銅になるの!?」


「らしいけど、今一よくわかってないよ」


「私も早い方だったけど、それでも二年はかかったよ!?」


「嘘!? すごい目立ちそうじゃないか! お断りしても良い!?」


「駄目よ。あなた特例なんだから」


 何でそんな事になってるんだよ……。


「重傷者複数名の完全治療、遺跡解放への参戦、遺跡踏破への参加どころか達成の立役者。これだけの事をあなた、半月で揃えているのよ? そんな戦士を級無しになんてしておけるわけ無いでしょ。観念なさい」


 並べられると確かに説得力があるな……。特に半月ってのがやばい。そうか、まだ戦士組合に所属してそんなもんなのか。でも半分くらい遺跡の中にいたよね? 実感なんて湧くはずないよ。


「重傷者複数名の完全治療? ハルト君、そんな事もしてたの?」


「癒術師の募集してたからさ、日銭稼ぎのつもりで受けてみたんだ」


「それがすごかったのよ。報告書を読んで患者にも会って、この目で確認してもまだ信じられなかったわ。あたしも癒術を使うもの。あの患者達は正直、手の施しようが無かったのよ。傷に異物が入り込み過ぎていたり損傷が大きかったりで、誰も何も出来なかった。でも、この子が彼らを助けてくれたのよ。皆泣いて感謝していたわ」


 地術で石を引き付けて取り除いて、水術と炎術で作った湯で洗浄しただけなんだよなあ。全部を一人で使う必要なんて無いんだから、それぞれの魔法使いを四人揃えれば良いだけじゃないか?


 そう簡単な話ではないのかね? よくわからん。


「そっか。ふふふ、師匠として鼻が高いよ!」


「あ、そうよそれ。どうして二人が一緒にいるのかと思ってたら、ハルトちゃんはあなたの弟子だったの?」


「そうだよ!」


「その上恩人なんだ」


「色々納得したわ。マリエラの弟子だったのね……」


「でももう抜かれそうなの……。ハルト君は魔法の考え方がおかしい!」


 酷い言い草じゃないの。


「ところで、ジブ……って何?」


「それ以上はね、ハルトちゃん。喘ぐだけじゃ済まさないわよ……」


「おっと、この話はここまでだ」

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