決戦2
シェリルは魔獣王を封印する魔法の詠唱を開始した時、
不安と戸惑いがあった。
初めての詠唱でもあり、自身の身に何が起こるのを
知らなかったのだ。
それは思いもよらぬ現象だった。
自分の中に宿るイフリートが急速に膨らんだのだ。
そして、シェリルに収まりきらないイフリートは、
白い霧の様に形を変え身体の外へと出て行く。
痛みなどの感覚はなかったが、脱力感を感じる。
膨らんだイフリートに押し出されるように、
自分自身が流れて行くのがわかる。
行き先はアリスだと感じていた。
まるでイフリートに押し出されアリスに溶け込んで行くような
感覚だった。
そこは光で満たされ、温かく、慈愛に満ち溢れていた。
最初にあった不安や戸惑いが消えて行く。
アリスの考えや思いが理解できた。
この時、アリスは様々な思いが自分の中に入り込んで来るのを
感じていた。
嫌な感じではなく、むしろ心地よい感じがした。
それがシェリルであることは直ぐに理解できた。
自分がシェリルであり、シェリルが自分であるような
不思議な感覚だった。
アリスはこの感覚を過去に経験したことがあった。
初めてシヴァを呼び出したときだ。
シヴァの一部と一つになった、その感覚と酷似していた。
一部というのは、シヴァはあまりにも大きく、
その全てと一つになったら消えてしまっただろう。
広大な海に1滴の絵の具を落としたときと同じだ。
その色はいずれ消え去り何事も無かったようになるだろう。
シェリルの思い、シェリルの母の思い、そして過去に
存在した全ての炎の巫女の思いが入ってくる。
過去に起こった魔獣王との戦いが流れ込んでくる。
その時に起こった様々な思い。
それらが次々に流れ込んでくる。
それらに共感し、涙が溢れた。
シェリルを守らなければいけない、いや、守りたい。
こんな悲しい思いを未来の人にさせたくない。
出来る限り早く止めなければならない。
アリスは、この時強くそう思った。
パイン攻撃は順調であり、確実に魔獣の動きを止めていた。
魔獣の攻撃の大半は魔法だった。
時折見せる物理的な攻撃を避けつつ、
魔法詠唱を渦雷の剣の効果で止める、それの繰り返しだった。
どれぐらいの時間繰り返しているのだろうか?
次第に思考を巡らす余裕も生まれた。
疲労は溜まってきていたが、まだまだ余裕だと感じていた。
パインは巫女同士の会話を使って質問を投げた。
パイン:((後どのぐらいかかる?))
その質問にはアリスが答えた。
アリス:((んー、今の進行状況は、
だいたい半分ぐらいってところかな。))
パイン:((そうか、わかった。))
アリスとシェリルは繋がっていたが、
パインは繋がってはいなかった。
それは、ベンヌが肉体を持ってしまったためだ。
源を離れ、人間界へ移ったベンヌは源との繋がりはあったが、
それはある意味、巫女と同じ立ち位置だった。
源、それは人間界、幻獣界、魔獣界などの六界のことではない。
全てを司る所であり、全ての精神体の源なのだ。
パインとベンヌは指輪で繋がっていたが、
それは血の契約ではない。
つまり、子孫である必要はなかったのだ。
ベンヌを受け入れられるかどうかだけの資質でよかったのだ。
パインが巫女と出会い、そして行動を共にした。
巫女と巫女は引き合う。
それは、シヴァとイフリートの繋がりでもあった。
いずれにしても2人はめぐり合う事になっただろう。
それは幻獣の力であり、
古の計画の一つでもあった。
幸か不幸か、パインは知らず知らずのうちに、
その流れに流された。
アリスと知り合い、そしてベンヌと契約した。
アリスに同調し、同じ使命に立ち向かう事を決めのだ。
これが幻獣の謀であったのかは定かではない。
しばらくした後、パインの攻撃は単調になっていた。
最初の間は、魔法詠唱を止める事のみに剣を振っていた。
これは、戦闘が長引く事を考えた行いでもあり、
体力を温存する考えでもあった。
しかし、今は違った。
それは次第に作業へと変わって行った。
それが疲労からきたものかどうかは判らない。
魔法詠唱だけでなく、通常攻撃にも剣を振るった。
単純な繰り返し作業に変わったのだ。
単調に繰り出される剣。
それが破滅への序曲であるとも知らずに。
レミューズは余裕をもって行動していた。
定期的に補助魔法を詠唱し、魔法障壁の補修*1も行っていたが、
パインが詠唱を止めているため、周りを見る余裕があった。
ジェイルを見る。
ジェイルはまだ最初の一歩を踏み出せずにいた。
続けてパインを見る。
パインは順調に魔獣の動きを止めている。
順調に繰り出される剣。
この時、危険な香りを察知した。
パインの攻撃間隔が明らかに早くなっているのだ。
その原因はすぐに解った。
パインは魔法詠唱以外にも剣を振っている。
レミューズ:((パイン、体力の温存を考えろ。
まさか倒そうと思っているのでは
ないだろうな?))
直ぐに返事は帰ってきた。
パイン:((いえ、そんなことは考えていません。
それに、体力はまだまだ大丈夫です。))
この時レミューズは、初代ルシード王の言葉を思い出していた。
初代ルシード王の過ち、それは過信と傲りだ。
過信と傲り、それは判断を鈍らせる。
根拠のない自信、根拠のない力量判定。
相手を低く見た時点で、実力を発揮できていないのだ。
それが相手の策であった場合、どうなるだろうか?
「獅子は兎を捕らえるにも全力を尽くす。」
という言葉がある。
本能で生きる動物は相手の力量の判断などせずに、
常に全力で獲物を捕らえる。
人間は考えるが故に、力を制御する。
これこそが油断を生む原因なのだ。
初代ルシード王は一瞬の油断で、あのような結果を残した。
それは悔やみきれないことだっただろう。
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最強と謳われる武人の大半は常に隙を見せない。
剣術の腕だけではない。
傲りを捨て、冷静に、全力でことにあたる。
傲る者はいずれ敗北を得るだろう。
陽の目を見ない強者は数多く存在するのだ。
栄光を手にしたとしても、それは過去の栄光でしかない。
一時の光を得る為ではなく、光り輝き続けるために進む、
それこそが最強を名乗る為に必要なことなのだ。
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サールはジェイルに張り付いていた。
一定間隔で巫女達の前の魔法障壁の補修を行い、
その他の補助魔法を掛けなおす。
それ以外の時間は、ジェイルの前に立ち、鎮静の呪文の
詠唱を続けていた。
しかし、ジェイルの脚の震えは一向に止まる気配はなかった。
ここに来てサールも理解した。
ジェイルの精神の最も深いところにあるものが、
魔獣王と戦う事を拒んでいるのだと。
どうすればいい?
ジェイルを押し出す何かが必要なのだ。
サールは考えた。
思いついたのはたった一つだけだった。
しかしそれは、考えてはならないものでもあった。
ジェイルは、焦っていた。
自分の意志に反し両脚が動かないのだ。
たった一歩、その一歩が出せないのだ。
他の者は普通に動けている。
何が違う?
自分に何かが足りない?
いくら考えてもそれを見つける事ができない。
知識なのか?
経験なのか?
覚悟なのか?
それを見つけられない自分が悔しかった。
ジェイル:((くそっ、くそっ、くそっ。))
両脚を拳で殴りながら、涙を流した。
その時、シェリルの声が聞こえた。
シェリル:((呪文の詠唱は完了しました。))
全員がこの時、勝利を確信した。
そして、パインの緊張の糸が途切れた。
この時、パインは暗黒の闇に飲み込まれた自分を感じていた。
本人は気が付いていなかったのだ。
すでに肉体の疲労は限界を超えていたのだ。
本人は自覚していなかった。
それを支えていたのは精神力だった。
魔獣王を倒すという意志、思いがそれを支えていた。
しかし、勝利を確信したことで、緊張の糸が途切れた。
肉体の疲労は一気にパインを襲った。
急速な疲労そして脱力感。
四肢の筋肉がその機能を停止し、立っている事すら困難な事を。
パインはそれに耐えられなかった。
全員がそれを目にしていた。
パインの攻撃が止まり、まるで糸が切れた操り人形の様に
崩れ落ちるのを。
この時、魔獣は静かに最後の魔法の詠唱を開始していた。
*1:魔法障壁の補修
魔法障壁は簡易結界の一種である。
結界は魔法陣を使用して魔法を緩衝し、その効果を弱める。
簡易結界は魔法陣を使用しないが、その効果は極端に弱まり、
結界としての効果は見込めない。
魔法障壁は、簡易結界を一方向に凝縮することにより、
壁としての役割をはたそうというものだ。
しかしその効果は永続ではない。
魔法を受け止めたときにその効果は弱まる。
魔法攻撃を連続して受ける場合等の場合は、
常に詠唱し続ける必要がある。
時間経過でも弱まって行く。
そのため、定期的に魔法の重ね掛けを行い、
効果を持続させる必要がある。




