幻影
連合暦20年8月16日
シェリルの話を元に、カイン王は作戦の修正を行った。
それは救出の開始を玉座の間への突入と同時に
開始することであった。
その間、レミューズとバーバラは予てから用意してあった
魔法陣の描かれた魔法紙を貼り付けて行く。
そして、一通りの準備が終わると西側の扉を開け、
レミューズが聖なる水を流し、
ドレアルが光を飛ばし、
バーバラが所々に魔法紙を張り付けながら
無言でゆっくりと進む。
最初に見えた扉の前でカイン王は一度立ち止まり、
その扉をじっと見つめた。
そして、今は無い左腕を右手で掴もうとする。
バーバラがその右手にそっと手を添える。
カイン王はちらっとバーバラを見た後、
思い直したように右手を戻すと無言で歩を進めた。
長い通路をゆっくりと進む間、
肌を刺すようなピリピリした空気が辺りを漂う。
無言が更なる緊張を呼んだ。
そして、緊張は極限まで高まった、
その重圧にエッグ王子は耐えられなかった。
エッグ王子:((それにしても、広い通路だ。
そして、左右に見える扉も巨大だ。))
キャスバル王子:((それだけ、ここに居る魔獣が
大きいという事なのだろう。))
ドレアル:((あまり不安を煽るではない。
巫女が言っていたように、それこそが魔獣王の
狙いじゃからな。))
キャスバル王子:((そうでした。))
エッグ王子:((申し訳ありません。))
しかし、エッグ王子の発言が緊張を少しだけ和らげた。
キャスバル王子は先ほどから疑問に思っていた事を口にした。
キャスバル王子:((ところで、マスターレミューズ。
先ほどから貼り付けている魔法紙は
何なのですか?))
レミューズ:((これか?
面白い余興を用意した。
その為の準備だ。))
エッグ王子:((余興?))
レミューズ:((細工は流流仕上げを御覧じろというところだ。))
キャスバル王子:((なるほど。
見るまでは秘密という事ですか。))
カイン王とバーバラはこの会話を聞き、心の中でレミューズに
感謝した。
秘密の余興。
それは張り裂けんばかりの緊張を和らげるのには十分だった。
秘密と言われれば、それが何かを知らない者は、
必然的に考えたくなる。
その一瞬の考えが張り詰めた緊張を一気に和らげる。
バーバラがすぐに言った。
バーバラ:((警戒を怠らないように。))
その声に反応するように、緊張が高まった。
しかし、先ほどとは違い適度な緊張であることが見て取れた。
しばらく進むと通路は左へと曲がっていた。
曲がろうとしたその時。
突然、サールが声を上げた。
サール:「うぁ。」
声のする方を見ると、サールは顔の前、頭の上の何かを
払いのけるような仕草を繰り返している。
シェリル:((どうやら始まったようですね。))
シェリルはサールに近づくと、魔法を唱え、声をかけた。
シェリル:「しっかりしなさい。
それは幻影です。」
この言葉にサールの動きが止まった。
サール:「あぁ、シェリルさん。」
バーバラ:((サール、何があった?))
サール:「えっ、あっ。」
サール:((突然大きな虫に襲われたんです。
皆さんは大丈夫でしたか?))
バーバラ:((それは幻影だ。))
サール:((えっ、幻影?))
シェリル:((それにしても、
これほど早く始まるとは思ってもいませんでした。
幻影について少し話しておきます。
気が付いていないかもしれませんが、
既に多くの者が幻影の初期段階にあるはずです。
まずは、進んできた通路を見て見なさい。))
全員がその言葉に後ろを振り向き、
カイン王、バーバラ、ドレアル、エッグ王子が驚いた。
ドレアル:((なんということじゃ。))
進んできた通路が真っ暗闇に覆われている。
ドレアル:((明かりを灯してきたはずじゃが、
真っ暗闇とはのぉ。))
シェリル:((幻影や幻聴は個に対する精神攻撃であると
思ってください。
私が唱えた魔法は、鎮静の魔法です。
ご存知と思いますが、
鎮静の魔法は光属性の基本魔法です。
幻影や幻聴は闇属性の上位の範囲魔法であり、
闇耐性の低い者を惑わすのです。))
サール:((んー。
鎮静の魔法が効果があるというのは、
精神を落ち着かせることが有効という事ですか?))
シェリル少し考えると答えた。
シェリル:((何故ゾンビに対して回復魔法を唱えることで
ダメージを与えられるのかわかりますか?))
サール:((考えた事もかなったですが、
ゾンビが死んでいるから?))
シェリル:((回復の魔法は肉体に作用します。
肉体的に傷の無いゾンビがいないと思いますか?))
サール:((確かにそうですね。
では何故効果があるのですか?))
シェリル:((これを知るには属性を考えなければなりません。
それは属性による相互作用があるからです。
ゾンビは強い闇属性に支配されています。
光属性と闇属性は相対する属性です。
相対する属性がぶつかり合うとその効果は
打ち消されるのです。))
サール:((なるほど。
という事は、回復魔法でも効果があるのですか?))
シェリル:((確かにその通りです。
しかし、魔法の種類によって
効果の強弱は変わります。
最も効果があるものが鎮静の魔法という事です。
幻影や幻聴の魔法は、精神に直接働きかけるため、
防ぐことはできません。
その効果はその個の恐怖心を増幅し、最も弱い部分、
たとえば、恐れている物などを見せるのです。
昔の人は言ったものです。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」
恐怖心がそのような幻影を見せるのです。
幻影や幻聴であることを意識することができれば、
その効果は急速に弱まっていきます。))
バーバラ:((幻影だと認識することか。
簡単なようでいて、一番難しいかもしれない。))
カイン王:((ところで、
巫女は幻影に惑わされることはないのか?))
シェリル:((巫女も同様に幻影の効果は及びます。
しかし、幻獣の力によって、
それはすぐさま解消されるでしょう。))
カイン王:((なるほど。))
シェリル:((サールはお手本となる行動をとりました。
幻影に対して武器攻撃や魔法攻撃を行っていたら、
けが人がでたかもしれません。
この城には私達を攻撃する敵は魔獣の王と門番しか
いないという事を心に刻み込むのです。
門番も守る場所からは移動することは無いでしょう。
つまり、私達を攻撃することはありえません。))
その時、パインの頭の中に声が聞こえた。
シェリル:(((パイン、アリス、聞こえますか?)))
それは、パーティー会話や指輪での会話とは明らかに異なる
感覚だった。
パイン:(((これは、いったい。)))
アリス:(((??)))
シェリル:(((2人が知っているパーティの魔法や指輪での会話は
基本的には同じです。
繋がりの源を通じて会話しているのです。
私はイフリートからシヴァあるいはベンヌを経由して
あなた方と会話しているのです。
その仲介をしているのが精霊であるか幻獣であるかの
違いによるだけです。
精霊の力は弱く、幻獣の力はそれをしのぎます。
この力の差はさまざまな影響を及ぼすでしょう。
この感覚を覚えてください。
これは大きな助けになるでしょう。
パイン、アリス:(((はい。)))
シェリル:(((さて、カイン王には、巫女は幻影や幻聴に
対抗できると言いました。
しかし、パイン、あなたは少し違います。)))
パイン:(((どういうことでしょう?)))
シェリル:(((巫女と幻獣との繋がりは、人の精神の奥底で
繋がっています。
しかし、あなたは指輪で繋がっているのです。)))
パイン:(((??)))
シェリル:(((そうですね。
幻影を冷たい水としましょう。
これを飲んだ場合、身体が冷えます。
精神の奥底で繋がっている場合は身体の内から
温めてくれるのです。
しかし指輪の場合は少し違います。
それは身体の外から温めるのです。
長い目で見た場合、結果は同じですが、
短い目で見た場合、それは大きく異なります。)))
パイン:(((回復時間の差か。
隙が生まれるという事ですか?)))
シェリル:(((そうですね。
魔獣の王が、必ずしも隙をついてくるとは
言えませんが、備えねばなりません。)))
パイン:(((わかりました。)))
カイン王は少し考えると言った。
カイン王:((巫女以外で鎮静の呪文を唱えられる者は?))
その言葉に、ドレアル、バーバラ、レミューズ、サールが
名乗りを上げた。
カイン王:((分かった。
その4人は、特に注意を払うように。))
一通りの確認を終えた後、シェリルを先頭に通路を進み始めた。




