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 本編。

「あれ、学校に持って来ちゃったんだ」

 朝、勇がいつものように教室につくと、友人二人が朝の短い時間を利用してゲームをプレイしていた。

 各々デバイスを持ち、やっているのは同じソフト、魔法のマジックヴィレッジだ。

 勇も最近始めた。

「おお、勇、おはよ。今パーティプレイ中さ。勇もやるか?」

 二人の片方が応えた。このゲームは複数台持ち寄れば、一緒に遊べるのだ。

「ぼくは持ってきてないよ。大丈夫? 見つかったら怒られない?」

 さすがに学校にまで持ってこようとは思わない。昔からあまり規則を破ろうとは思えなかった。ゲームはとてもしたいけれど。

 高校生になっても、まだまだそういう遊びからは離れられない。むしろ、好みの度合いが強くなった気さえする。

「平気だって。見つかって没収されても、すぐ返してくれるさ」

「おい、そっちいったぞ。今のうち罠張っとく」

 ゲームに集中していたもう一人が声をかけた。罠といっても、自動発動の魔法陣みたいなものだ。

「オーケー。うまく罠にかかるように動くよ」

 話していた彼も画面に目を戻した。ちらりと横からみてみると、可愛らしい服装の少女が、魔法を駆使しながら素早く動いているのが見える。

 奥にはその少女と比較してかなり大きい獣のようなものが、咆哮を上げていた。

 勇はその場で見ていてもよかったが、やはりプレイしたくなってしまうのでその場を離れ、自分の席に着く。

 家に帰ったらすぐに起動しよう。

 もやもやとした気持ちのまま、ゲームのことを考える。

 勇が魔法の村のことを知ったのは一週間ほど前だ。先程話した友人二人に勧められて、興味を持った。格好いいというより可愛いタイプのキャラクター達が、好みに合っていた。

 勇自身も、周りからは可愛いと言われてしまう。そちらについては高校生男子としては複雑だが、仕方のないことだと諦めている。女子に間違われることも、ままあった。

 ……それは置いといて、既にデバイスは持っていたので金銭的にも無理なくゲームを始めることができた。

 魔法の村のタイトルの通り、キャラクター達は魔法を使う。一言で表してしまうと、魔法少女だ。

 ほとんど文明の進んでいない村、それでも少女達の服装はひらひらとしていて手が込んでいて、一流のデザイナーが作ったかのようである。

 魔法で作られ、魔力を高めるという設定だが、柔らかそうな布を纏って強大な魔獣と戦うさまはなかなかのギャップを感じてしまう。

 村の周りの魔獣を倒し、少しずつ村の外に足を伸ばし、やがて隠された真実を知る――。

 そういうストーリーなのだが、まだ勇はそこまで到達していない。

 今日はどの魔獣を倒そうか。どの魔法を強化しようか。ストーリーを進めようか。

 若干上の空のまま授業を終え、勇は帰路についた。


勇の家は何の変哲もないマンションの一室である。

 いつものように両親は働きにでていて家には誰もいないので、持ち歩いている鍵で中に入る。玄関を抜けると廊下があり、部屋がいくつかとリビング。

 自分の部屋に入りカバンを置いて制服を着替えてゲームを起動するつもりだった。

 しかし、家に入ったところで声が聞こえた。

 中には誰もいないはずだ。

 微かに聞こえるそれは、なぜだか小さいはずなのにまるで耳元で囁いているように感じる。

 背筋がぞくりとしてしまいそうな現象だが、勇はむしろ声に集中した。

 助けて……と言われた気がしたからだ。

 声はあちらの方から聞こえる気がする。自分の部屋の方だ。

 だんだんと離れていくような、急いで追わないと消えてしまいそうな声。

 部屋にはいると、机の上に置いてあった例のデバイスがまっさきに目に入った。画面がぼんやりと光っている。

 デバイスを手に取り、よくみてみると画面には魔法の村のタイトル。

 スイッチを入れっぱなしにしていた憶えはないんだけど、と考えたところで、勇の意識は閉じた。


「ひゃあわ」

 そんな素っ頓狂な声が聞こえたと思ったら、そのまま勇は一瞬落下する感覚の後、柔らかい物に包まれた。

 ふわふわとした布、その奥にある弾力と温もり、頭に響く心地良い香り。

「あ、あのー」

 言われて勇が顔を上げると、目の前に女の子がいた。押し倒している格好になっている。

 しかも先程まで顔を埋めていた場所はどうみても胸だった。

「うわっ」

 とっさに離れる。今までほとんど女の子と接したことがないのに、この不意打ちは気恥ずかしい。

 自然と顔が熱くなるのを感じながら、あたりを見回す。当然自分の部屋には女の子なんていないはずだ。

 しかしうすうす感じていたとおり、どうみても自室ではなかった。

 壁も屋根も木材でできている。壁は丸太を積み重ねたような構造、屋根は骨組みの上に藁や木の皮が乗っている。

 床ももちろん木製で、獣の皮らしきものがじゅうたんのように置いてある。

「なにこれ……」

 呟きつつ皮の手触りを確かめる。

 勇が腰を下ろしたまま驚いている前で、相手の少女もまた驚き勇を眺めていた。

 茶色で男子にしては長めの髪、どこにでもありそうなブレザーの制服、春だったので長袖だ。

 どこにでもいるであろう高校生の男子生徒。

 それでも珍しそうに少女は勇を見ている。

 そんな少女は、セミロングの赤い髪でやや内ハネ。優しそうな顔立ち。服装は……、まるで魔法の村のキャラクターのような赤を基調としたゆったりとしている物。手首には飾り。そして童話の少女が履いていそうな靴。

 コスプレにしてもよく出来過ぎている。まるで本物だ。

 よく思い出してみればこの場所も、なんだか魔法の村に出てくる施設のようだ。

 そう、魔法少女が変身した状態で瞑想して、己の魔力を強化する場所。

 振り返ると、その考えがより固まった。

 その大きさ、台の上という位置、そして勇の姿勢から見上げる形になる。

 女神像だ。祈るように手を合わせ、背中の羽は慎ましくたたんであり、思わずこちらも手を合わせたくなる像。

(まさか、ここは……)

「あのー」

 頭の中がごちゃごちゃしたままだが、少女に声をかけられた。勇は振り返る。

「この村じゃ見ない顔だよね。急に降ってきたけど、そういう魔法なのかな」

「えっ。ええと……。どうしてこんなところにいるのか、よくわからないんだけど。ここはどこ?」

「ここはみんな、魔法の村って呼んでるよ。えへへ、そのまんまだよね」

 そう言いながらはにかむように笑う少女は、勇の心を和ませる。

 やっぱり、ここは魔法の村なんだろうか。だとすると、ゲームの中に入ってしまったことになるけれど。

 にわかには信じられない。まだこの子の妄言という可能性もある。というか、そっちのほうが高いだろう。

 だって、人間がゲームの中に入ってしまうなんて、そんな事あるわけないんだから。

「大丈夫? もしかして、記憶がおかしくなっちゃった?」

 うつむいて考え込んでいたら、少女が心配そうに勇の顔を覗き込む。

「こんなすごい移動魔法みたことないもの。何か反動があったのかな」

 どうやらすっかり勇が魔法でここに移動したと信じているようだ。否定しておかないと魔法使いと思われてしまう。

「ち、ちがうよ。気づいたらここにいたんだ。ほんとに。どうしてここにいるのか、僕もわからないんだ」

「え?」

「僕がいたのは、魔法とかなんにも関係なくて、ただゲームデバイスを覗きこんだだけで」

「うーん? そっか」

あっさりと流されてしまった。すっかり相手のペースである。

「何か思い出すかもしれないし、外でよっか。案内するよ」

「助かるよ」

 言いつつ少女は立ち上がる。勇としても、ここがどこだか知るいい機会だ。同じく立ち上がる。

「えっと、名前はなあに?」

 出る前に、そう聞いてきた。そこでふとまだ自己紹介すらしていなかったことに気づく。

「僕は素筆勇っていうんだ。君は?」

「スフデユウ? 変わった名前だねー。私はアロイアっていうの」

「……勇でいいよ」

 それはゲーム内でこのキャラクターを選ぶ時、デフォルトでつけられている名前だった。

 その四文字を噛み締めつつ、少女の背中についていく。


 その小屋のような施設をでて外をみてみると、やはり見たことのある光景が広がっていた。視点が違うので随分新鮮に見える。

 機械の機の字もない自然物を使った家々。花畑を中心にぐるりと円を描くように建てられている。

 そのさらに外側は木々が邪魔でよくわからない。

 女性しかいないだけあって花畑の手入れは行き届いているようだ。

 映画のセットかなにかだろうか、とまだ少しだけ心の中で抵抗する勇。あのゲームが映画化するなんていう話は当然聞いたことがないけれど。

 そんな抵抗も、アロイアが一瞬光りその直後服装が変わるのをみて、もはや虚しく霧散した。

 ぽかんとする勇をよそにアロイアは平然と歩いている。先ほどのメルヘンな衣装とは違い、葉っぱや蔦や皮を使った原始的な格好。随分と別物になった。勿論それも、ゲーム内ではお馴染みの戦闘に行く前の格好なのだが。

 立ち尽くしていると、アロイアがそんな勇に気づいて振り向いた。

「ん? どうしたの?」

 振り返る姿もまた、野性的な服だというのにとても可愛らしい。

「変身……? 本当に魔法使いみたい」

「もー、ユウもできるでしょ? それも覚えてないの?」

 驚き感嘆するように言う勇に、アロイアは照れつつ応えた。

「いや、僕はできないよ。忘れてるとかじゃなくて本当に」

「そうなの? でもさっき急に降ってきたよね。んー。どういうことだろ」

 アゴに手をあて考えこむアロイア。

「おっ。アロ、誰? その人」

 そんな声とともに、別の少女が近づいてきた。格好はアロイアとほとんど同じだが、向日葵のように明るい黄色の髪。短めのそれからは、獣のような耳がピンと立っている。人の耳もちらりと見えているので、飾りか何かだろうか。

 アロイアよりも背が高く、出るところが出ていてスタイルがいい。

(この子も、あのキャラクターと同じだ……)

「あ、リク。こちら、ユウっていうの」

「へー。よろしくな。ぼくはリクリだ」

「う、うん。よろしく」

 にかっと気持ちのいい笑顔で挨拶されたというのに、またもや見たことのあるような子が現れて、戸惑ってしまった勇。

 彼女が女性しかいないこの村で、一番男らしい位置にいることも知っている。

「でも、変な服だな。それにこの村の外に人なんていたのか? どっから来た?」

 じーっと勇の全身を見つつリクリは尋ねる。

「それが僕にもよくわからなくて」

「すごかったよー。突然目の前に現れたんだ。リクにも見せたかったくらい」

 身振り手振りで、その時の驚きを表している。

「なんだそりゃ。よくわかんねーけど、それなら婆に相談しとけ。もし行くところがなくて、この村に住むことになったら、その時は歓迎するぜ」

「そうだよね。行こ、ユウ」

「うん」

 そう言ってアロイアは勇の手を引く。その手は温かくて、しっかりと感触もあった。

 頬をつねるまでもない。


 村の中で一番装飾のされている、といっても派手過ぎないものだけど、そんな家に勇とアロイアは入った。

 入ってすぐに広々とした部屋。家具は少なく、代わりに祭壇のようなものが奥に置いてある。電気がない時代によく使われていそうな、油を利用した明かり。外の光が余り入ってこない作りなので、その明かりが頼りだ。

 よくみると、老婆が一人、低い椅子に腰掛けていた。

 勇も見たことがある。銀の長髪、長い杖、石や骨を加工したような首飾り。

 プレイヤーキャラクターと違い、色々とアドバイスをしてくれたり、クエストを受けたりする時にお馴染みのノンプレイヤーキャラクターだ。

 しかし、目の前の老婆は確かに生きていた。名前は確か、ジュウガミ。

「ばあや、こんにちはー」

「おやおやアロイア、こんにちは。今日もいい天気だねえ。こんな日は、木の実が沢山とれるね」

 ドアから外が見えたのだろうか。それにしても、晴れた日にこんな薄暗い所にいなくてもいいのに、と勇は思った。

「えへ。ヒイの実とか採れそうだよね、って違うの。今日来たのは相談事があってね」

「もしかしてそっちの子の事かい」

 ヒイの実ってなんだろうと考えていたら、ジュウガミにびしっと指をさされた。これだけわかりやすく突っ立っているのだから、これは当然の流れなんだけど、少し驚いてしまう。

「そうなの。私もまだ詳しく聞いてないんだけど、瞑想していたら急に現れて」

 アロイアが仲介してくれている。

(ちゃんと自分で話さないと。でも、どこから……)

「僕は、素筆勇といいます。多分違う世界から来たんです」

 まずわかりやすく端的に伝えてみた。その結果、アロイアは固まり、ジュウガミは目を見開いてしまったけれど。

「僕がいたのはこんなに木々が立っていなくて、建物が沢山あって、人が溢れるくらいいるのに魔法なんて誰も使えなくて、機械が発達してて」

 意外と今まで住んでいた世界の話をするのが難しい。機械といっても伝わらないか。

「僕はいつも通り学校に通って、それから家に帰って、あ、学校っていうのは子供が知識を蓄える所で、それで」

 ふと気づく。ゲームのことは言わないほうがいいのだろうか。言えば彼女たちが傷つくかもしれない。それにしてもなんだろう。

 こみ上げてくる物がある。僕は帰りたいのだろうか。空っぽの家であれだけやりたかったゲーム。その中に入れたかもしれないというのに。

「それで……」

「ふむ」

 ジュウガミがアゴに手を当てる。その仕草はアロイアにそっくりだ。一方のアロイアは複雑そうな目で勇を見ている。

「ばあや」

「長いことこの村で生きてきたが、こんな事は初めてじゃ。しかし、わかった。その様子じゃ、他に行くところもないじゃろう。何かわかるまで、ここに住むと良い」

「いいんですか?」

「良い良い」

 笑顔でそう言ってくれた。これは素直にありがたい。この村を追い出されたら、行くところがないどころか、生きていくのも難しいだろう。

 だって、この村の外には。

「しかし、何故お主がこの村に飛ばされたんじゃろうな」

 ゲームと照らしあわせて考え込んでいたら、ジュウガミがそうつぶやいた。

「それもわかりません。僕は別に向こうの世界でも、ごく平凡なやつで」

 成績も、交友関係も、才能も、財産も、血筋も、特別なところなんてありっこない。

「あれ、でも、こっちの世界に来る直前、何かを聞いたような」

 ショックで頭にもやがかかったように思い出せない。決して、来た途端アロイアに抱きついてしまったせいではないはず。

「ふむ、まあよい。いずれ思い出すじゃろ。アロイア、今空き家はないから、一緒に住んでやれ。案内も任せたぞ」

「はーい」

「えっ」

 快諾するアロイアをよそに、思わず声がでてしまった勇。いくらなんでも大らかすぎではないだろうか。

「私とじゃ、嫌?」

「いやではないけど、でも」

 突然現れた男子と一緒に住める女子がいるだろうか。それも嫌な顔ひとつせず。

(世界が違うと価値観も異なるのかも)

 拒否しないまま考え込んでいたら、アロイアに手を引かれた。

「じゃあ、行こっ」

 すっかり引っ張られるのが板についてきた。アロイアと共にジュウガミの家をでる。

 その時、

「しかしあれは、この村の問題じゃ」

 そんなジュウガミの声が聞こえた気がした。

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