市で出会うは品物だけに非ず
エルヴィガルナの市には大まかに分けて二種類ある。一つは出店出来る者が制限され出店料のかかる規定市、もう一つは誰でも出店でき出店料のかからない自由市である。
規定市は、主催によって出店出来る者の条件が異なる。例えば国が主催を行えばエルヴィガルナの国民が、都市が主催を行えばその都市に住む住民が、職業ギルドが主催を行えばそのギルド員がといったように様々である。
規定市はスペース毎に出店料がかかるが、その分警備や売り手と買い手をある程度守るための規約、品物の相場が存在する。
それに対して自由市は出店に何の資格も費用もかからない、まさに誰もが自由に取引出来る市である。
ただし、市専用に警備が配置されていたり、規約や相場が規定されているという事がほとんどないため、場合によっては売り手と買い手のどちらか一方が大損をして、もう一方が莫大な利益を得るといった事もある。
もっとも、利用者の多くは余剰農産物を売りに来た郊外の農家で、国内の相場より少し安い価格で一般作物を販売しているのが殆どである。その為、農家が空いた時間で行う狩猟・採集で得た戦利品に含まれる、自身の知識にはない品々を販売する際に、稀少品を買い叩かれるといった事が稀にあるといった具合であった。逆に形などの珍しさを全面に出して、未鑑定品を大金に変える口の上手い売り手等も存在した。
また、国の法律に反する取引は重く罰せられるため、市では抜き打ちで国による覆面調査がされている場合があるため、よっぽど運が悪くなければ危ない目には会わないのであった。
「新鮮な魔兔が一羽でなんと魔貨二枚!お得だよ~!」
「ギーニャの実一個銅貨五枚だよ!まとめ買いなら更に値引きするよ!」
活気溢れるダーラフェルナ自由市を眺めながらシャスとガル君は歩みを進めていた。二人は自身の印象を薄くして、手を繋いで歩いている為、回りには仲の良い姉弟にしか見えない。
「色々あって面白いですね。お金が無いのが残念です。」
「うむ。やたいというのは、いいにおいがただよっていて、しょくよくをそそられるの。」
自身が用意した作物や気になる物が幾らぐらいで売られているのかを耳を澄ませてチェックするシャスと、屋台を中心に売り買いを興味津々に眺めるガル君。投影で回りからの印象を薄くしていなければ、市場慣れしていないのが一目でわかる、正にぼったくり易いカモそのものといった様子で目をつけられていたであろう。
「さあさあ!寄ってらっしゃい見てらっしゃい!ウェルニー未鑑定店の開店だよ~。鉱石から草花まで!珍しい品を取り揃えているよ~!」
「未鑑定店?」
市の中でも一際良く通る声を聞き、思わず立ち止まり通りの向こうを振り返ったシャスは、聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「おや。お嬢ちゃん、未鑑定店を見るのは初めてかい?」
偶々立ち止まった場所で店を構えていた恰幅の良い女性がシャスの溢した疑問を耳にし尋ねてきた。
「はい。そうなんですよ。実は市は初めてで、未鑑定店とはどのようなお店何ですか?」
「ほー。その年頃で初市場とは珍しいねぇ。カモにされないように気を付けなよ。未鑑定店ってのは、その名の通り一般流通していなくて、専門に鑑定して貰わなきゃ何かわからない未鑑定品を集めた店の事だよ。ちょっと待ってな。」
そう言ってごそごそと店の台から何かを取り出す果物屋の女将。
「あったあった。例えばこれらは、一見ただの石ころに見えるが、タラント川の下流で拾った物なんだ。」
「タラント川のですか?」
「ああ。そうだよ。あそこは山々から削られて来た鉱石も流れて来るからね。ごく稀に稀少鉱石何かも落ちている事があるんだよ。といっても鉱石の違い何て専門に鑑定して貰わないとわかる人間は殆んどいないからね。鑑定料が掛かって屑石だと丸損だから、大抵は魔貨一枚~銀貨一枚程度で売っているんだよ。そんな未鑑定品を集めたのが未鑑定店って訳さ。」
「なるほど~。」
女将の説明を聞きながら石を覗き込むシャス。色も形も違う不揃いの石達を眺めていると、一際小さく白い石ころが神力を帯びているのに気付き、知識検索を行ってみた。
(うわ。これって…。)
それは、大分神力が抜けて輝きは薄れてしまっているが、昨日話題に出ていた月光輝石そのものであった。
(聖地から大分距離があるのによく流れて来たなぁ。しかも、こんな稀少で小さな物を拾うなんて、相当運が良いんだなぁ。)
ここで会ったのも何かの縁だと思い、シャスは女将さんに助言を試みる事にしたのであった。
「女将さん。」
「どうしたんだい?」
小声話し掛けるシャスに首を傾げながらも、釣られて小声で答える女将。
「この白い石なんですけど、知り合いが似たようなものを持ってまして、家宝にする程価値がある見たいですよ。」
「これがかい?」
半信半疑な様子な女将に思わず苦笑を漏らすシャス。それもそうであろう。未鑑定店すら知らない世間知らずの言うこと等、疑わしいに決まっている。
「私もじっくり見たわけではないんですが、とても似ているので一度鑑定してみた方がいいですよ。かなり価値の有るものだと思います。」
「へー。これがかい。わかった。考えてみるよ。」
「鑑定される場合は、くれぐれも信用のおける所でファルテナ様に誓って頂いて下さいね。」
「ミューティア様でなくてかい?」
「ええ。その方が効果的ですから。」
困惑顔の女将に対してにっこりと笑みを深くするシャスであった。
シャスの助言を有益なものと考えてくれたのかはわからないが、女将はシャスとガル君が去る際に、チャルの実を二つずつ持たせてくれた。シャスとガル君は二人共チャルの実を食べたことがなかったため、未知の食材の獲得に大喜びであった。
女将の店を去った二人は向かいの未鑑定店を一通り覗き、自由市にある広場で休憩をしていた。ガル君がチャルの実を早く食べたくてそわそわしていたのだ。
「うむ。まったりして、ほどよいあまみで、びみだの。」
大変ご満悦な様子である。
未鑑定店は果物屋の女将が話していたように、未鑑定品が価格帯毎にズラリと並んでいたが、その価格帯はかなりの高額設定であった。
というのも、女将の話では凡そ魔貨一枚~銀貨一枚程度と聞いていたが、この店は魔貨五枚~銀貨十枚あたりまでとかなり強気な値段設定である。このように強気な設定にも関わらず店先には真剣に商品を品定めする学者風、商人風の者達がいる事からも、中々珍しい掘り出し物が見込める店として有名なのかもしれない。
そんな未鑑定店を見ていて楽しかったのは、たまに低価格設定の中にとてつもなく稀少そうな素材が紛れていても、以外と気づかれずにいる事である。
シャスがパッと見で知識検索した所、一角獣の蹄やら、世界樹の破片やら巨大真珠の粉末やら色々とが混じっていた。
寧ろ何処から仕入れて来たのか突っ込みをいれたくなる品々が紛れているのだが、手を出そうとする人間がいない事から、鑑定できる人間がいない程出回っていない素材なのかもしれない。
そんな事を回想しつつチャルの実をかじるシャス。チャルの実は蜜柑程度の大きさで、外見はライチのような殻で覆われているが、中身はバナナのようなまったりとした濃厚な果実である。
チャルの実は一人二つずつ貰ったため、一つはファルの元に転送し、もう一つは広場の噴水前のベンチに腰掛けてのんびり味わっていたシャスだが、ふと、同じ噴水を囲うベンチに座る男女の話し声が意図せず聞こえてきた。
「あ~!本当にこんな所にあるのかよ。」
「文句言わないの。そんなこと言ったって他に宛なんてないでしょ。」
「確かにアイツの占いは良く当たるけどよ~。普通自由市ではどちらも買えねえだろう。」
「自由市どころか一般のオークションですら普通は出品されないでしょうね。」
どうやら彼らは相当貴重な品物を探しており、更に占いを頼りにこの自由市に来ているようである。何となく興味をそそられたシャスは、こっそりと聞き耳を立てた。
「しっかしあの糞餓鬼も、面倒なもん拾って来やがって…。ユニコーンの蹄に明滅草の新芽なんて今の時代そうそう手に入らねーぞ。」
「そうね…。せめてユニコーンの角ならストックがあったんだけど…。」
「蹄なんて元々需要が殆んどねーものが何処に売ってるんだよ。」
「そうね…。」
かなり疲労感と諦めが漂う男女の会話を聞き、シャスは考える。はて、どうしたものかと。彼らの会話で出てきた二つの素材にはシャスは心当たりがあった。
ユニコーンの蹄は、何を隠そう先ほど覗いた未鑑定店に販売されていた。運が良ければまだ売れずに残っている可能性がある。
そして、もう一方のニーヘルは何を隠そうリガルダの森に自生していたのだ。洞窟などの光が届かない場所に生える植物で、花弁の奥で小さな光を明滅させる幻想的な様子を気に入り、自室に持ち帰り繁殖させている。ファルに頼めばすぐに送ってくれるだろう。
二つの素材について心当たりがある以上、これは何かの縁だと、助言したい気持ちのあるシャスであったが、同時に知らない振りをした方が良い気もしていた。
何故なら先程男性が言っていたように、ユニコーンの蹄は殆んど需要がないものである。この世界のユニコーンは光神ラティリアの眷属で聖獣であり、慈愛と癒しの象徴とされる程、穏やかで博愛の精神を持つ。
その為他種族にも友好的で、出会うことさえ出来れば角を譲って貰えるのだ。故に、ユニコーンの角を用いた特効薬は比較的多く生み出されてきた。
一方、ユニコーンの蹄など、生え変わる事の出来ない部位は、偶々死骸にでも出くわさない限り入手できる術がなく、流通も殆んど無いため、使用法が開発される機会も殆んどなかった。
そんなユニコーンの蹄の数少ない使用法の中で、ニーヘルの新芽を併用するものは、シャスの知識検索には一つしか引っ掛からなかった。それすなわち坑剛石化薬。
この薬、剛石化という、体が硬い鉱石に変化してしまうという恐ろしい症状に効く特効薬である。ただ、この症状は剛石蛇という秘境を棲みかにする巨大蛇の眼から発する特殊な光線を浴びないと発症しない。
つまり、この二人の言う糞餓鬼とやらはそんな巨大蛇がいるような土地に行ってしまうような人物である。
(絶対ただ者じゃないよね…。)
果して、こんな非一般人です感の漂う人達に話し掛けても大丈夫だろうかとシャスは少々の不安を感じたのであった。
(でも、デュニテスは時間が経つにつれて範囲が広がるみたいだしな…よし!)
(ファル~!)
(何~?)
ぐずぐずしていたら人命に関わる可能性があるとわかった以上、知らぬ振りをしては後悔が残るであろう。自信でそう結論付けたシャスは、ニーヘルの用意をファルに頼むのであった。
「ねえ、ガル君。」
「なんだの?」
「ちょっと寄り道してもいいですか?」
「もちろん。おぬしのすきなようにするといい。おぬしらほど、おもしろいめぐりあわせをもつものは、めずらしいからの。そばにいるだけでとてもたのしいものがみれる。して、つぎはなにをみつけたのだ。」
「あはは…。そうなんだ…。ちょっとお小遣い稼ぎながら人助けするだけですよ。」
「そうなのか!ではやたいでかいものができるの!」
「そうですね~。」
ガル君の言葉に苦笑いするしかないシャスであった。
(シャス~!準備できたよー。)
(あ!ファル。ありがと~!)
(どういたしまして~。)
ファルから送られてきたニーヘルを鞄の中で受け取ったシャスは、さて、どうやって切り出そうかと思案するのであった。




