幽霊の正体は
ファルがガルディア司教長に連れていかれたのは、彼の執務室であった。
装飾の少ない機能重視の部屋で、壁には扉と窓の付近を除いて、所狭しと本棚が敷き詰められている。
部屋の片隅に設置された来客用であろう長椅子に座るよう促されたファルは、腰掛けながら部屋周辺の気配をさぐる。
(部屋に三人隠れてるなー。悪い感じはしないかな。)
自身の感覚を信じるならば、隠れている者は敵では無いだろう、恐らくガルディア司教長の手の者か。そう当たりを付けながらファルはしみじみ思う。
(しかし、こんだけ隠密に適した人材を抱えているなんて、ガルディア司教長もただ者では無いよなあ。)
昨日の塔の警備ですら最低十人の人間が動員されていたのだ、中々に侮れない人である。いや、弱冠二十六歳で教会で序列四位の地位に就いている事を考えると当然とも言えるのだが。
そんな事をつらつら考えながらファルは、念のためにとガルディア司教長に目線をしっかりと合わせ、にこやかに微笑んだ。声に出さずに目線で尋ねたのだ。曰く、この部屋では安心して話をできるのかと。
ファルの目線を読み取ったガルディア司教長は、頷いた。
「お察しの通り、この部屋にも何時も私の手の者が常時警護で控えてます。最もこの部屋には、時たま監視が送られて来ますので、何時も安心して会話が出来る訳ではありませんが、その場合いには警護の者が此方にわかるように合図を送ってきますので、一先ずご安心下さい。」
ガルディア司教長の言葉を聞き、ファルはしっかりと頷く。
「それを聞いて安心致しましたわ。此れで気兼ね無くお話し出来ますもの。それで、今回のご用件をお聞かせ頂いても宜しいですの?」
背筋を伸ばしながら微笑んで対峙するその姿は、部屋に入る前の姿からは想像し難い程に凛とし、強い在感を放つ。
ファル自身は何故呼ばれたかのめどは立っていたが、そ知らぬ振りで尋ねる。まずは、司教長の出方を伺っていた。
「お伺いしたいのは、他でもない、昨晩の件です。」
真っ直ぐにファルの目を見てガルディア司教長は続ける。
「率直にお聞きしましょう。昨晩の幽霊騒動は貴女の仕掛けか?」
此にはファルも少々面食らってしまった。まさかこんな率直に聞かれるとは思っていなかったのだ。
「わたくしは何もしておりませんわ。部屋から一歩も出ておりませんし。それは、確認が取れていらっしゃるのでしょう?」
「はい。貴女が部屋から出ていない事は、手の者から報告が上がっています。」
塔の中には数多くの護衛の者の目が存在する。ファルがその事を示唆すれば、ガルディア司教長も同意を示す。どうやら、始めからファルシアスがやったとは思ってはいなかったようだ。
念のためにと確認を取ったのであろう、ガルディア司教長の事をよくよく考えて見ると、ファルは少し罪悪感を感じていた。
恐らく、此度の事の真相の解明をを副主教に命じられたに違いないガルディア司教長。状況的にはミンフェラーゼ達侍女が狂言を吐いた説が、一番有力であろうに、それでアルギア副主教が納得する筈がない。副主教は愛娘であるミンフェラーゼをそれはそれは可愛がっているのだから。
しかも、実際に今回はミンフェラーゼ達の狂言等でなく、精霊達のお仕置きが事の真相である。
教会の面子の為にも、騒ぐ事を抑えられてる彼女達も、濡れ衣に近い扱いをされれば、黙ってはいないだろう。
恐らく、彼女達の気のせいだった事で終わらすのが、最も穏便な解決策なのであるが。
ファルは、さてどの様に侍女達の自尊心を損なわずに気のせいだった事にするかと、思案しながら言葉を紡ぐ。
「わたくしは何もしておりませんが、原因となる存在に心当たりはありますわ。」
なるべく大したことの無いように、のんびりと告げられた言葉。
案の定ガルディア司教長も、何気無く告げられた言葉を理解するのに、しばし時間を要した。実はファルシアスがやったのでは無いかと言う疑惑を少なからず持っていた為、何もしていないと聞き、内心でホッとしていただけに、あっさりと告げられた告白は脳を一時停止させるには十分であった。最も例の如く、顔には一切出てはいないのだが。
なるべく平静を装ってガルディア司教長は尋ねる。
「…と、言いますと、あの塔には実際に幽霊がいると?」
「いいえ、幽霊等はいませんわ。何とはお聞きにならないで下さいませ。わたくしからは、悪いモノでは無いとしか言いようもありませんの。」
「悪いモノでは無い。ですか…。」
返ってきた何とも曖昧な答えに頭が痛くなって来た司教長である。
ガルディア司教長の困惑と疲れを魔力の揺れから感じとったファルは、此度の事をぼかして説明をし始めた。
「此度のミンフェラーゼさん達は、タイミングが悪かったとしか言い様もありませんの。偶々塔にいた、ある力のある存在にとって気の障る言動を取ってしまい、お仕置きとしてからかわれてしまったようですの。」
――そーそー。そーなのー。――
――ファルちゃんとーシャスちゃんをーいじめるーこはーゆるさないのー。――
今まで黙っていた水の精霊と月の精霊も思わず呼応する。
実は、ファルが精霊達と会話をすると、何も無いところに向かって喋っている風にしか見えない為、うっかり返事をしてしまう事も危惧して、本殿では静かにファルの肩に座って待機している約束をしていた精霊達であった。
しかし、昨晩の侍女達の態度を思い出して、思わず喋ってしまったようだ。
そんな精霊達を可愛いなあと思いつつ、返事をしないように気を付けようと気持ちを引き締めるファル。
一方で、ガルディア司教長は大変困惑していた。ある力のある存在とは何だと非常に尋ねたかったのだが、先に説明しようが無いと釘を刺されている。さらに、そんな存在が怒るような言動とは、侍女達は一体何をしたんだと、頭の痛いことだらけである。
どうしたものかと思案するガルディア司教長をよそに、ファルは話し続ける。
「一番近い真相は、目に見えぬ存在の仕業。となりますが、教会としてもそのような曖昧な存在を認める訳にはいかないでしょう。何も無かった事に出来れば宜しいのですが、あの方達は大変凄まじい悲鳴を上げていらしてましたから、何かがあった事はすぐに広まるでしょうね。」
ファルの言葉にガルディア司教長は苦々しく頷く、如何程の恐怖を味わったかは知らないが、高貴な生まれを自称するならば、もう少し落ち着いた反応をしてくれれば良いものをと、ここにはいない侍女達に内心で毒づく司教長であった。
そんなガルディア司教長の心を知らぬファルは気にせずある提案を出した。
「表向きには侍女達の気のせいだった事にするしかありません。しかし、只単に侍女達の勘違いとしてしまっては、自尊心を傷付けられた彼女達が何を仕出かすかはわかりませんわ。そこで、此度の騒動はわたくしが原因だとしてしまえば良いのですわ。」
にっこりと告げられた言葉にガルディア司教長は呆然としてしまう。
「と、言うことは、貴女が投影か祝詞を使って驚かせた事にでもするのですか?属性はどうするのです?水の属性にそのような事は出来ませんよ。」
心中では大分焦りながらガルディア司教長は尋ねる。もうこれ以上属性を増やしてくれるなと強く願いながら。
「あくまで、対外的な理由です。話を聞いた者が納得出来ればいいのですから、幽霊騒動を起こすのに、投影も祝詞も必要ありませんわ。想像して見て下さいな。
薄暗い塔の中、長い長い階段を下っていく最中に、後ろからある筈もない足音が、ヒタヒタと響いて来る。意を決して振り向けば、灯りにぼうっと照らされた全身真っ白な色の長髪の女が立っている。…ふふふ、普段のわたくしなら立派に幽霊にも見えるのではないでしょうか。」
そうコロコロ笑いながら告げるファルとは対称的に、ガルディア司教長は何とも言い難かった。有り得ると思ってしまったが非常に口にしにくい。
「……。そのような原因にして、侍女達は納得しますかな。」
「しますとも。わたくしが幽霊に間違えられるような不気味な暗い女だと、それは楽しそうに言い触らせるのですから。アルギア副主教も、例え教会内だけに情報を規制できたとしても、ご自身の愛娘と教会の評価に傷が付くよりは、わたくしの評価を下げた方が納得いくでしょうね。」
そうあっけらかんと告げるファルに、ガルディア司教長は何も反対する余地などあるはずもなかった。
「…わかりました。この件は、そのように処理させて頂く。あと、もう一つお聞きしたい。」
「はい?」
「昨日と比べて大分神力の放出が減少しているようにお見受けするが、如何なさったか。体調が悪いようならば、必ず申し付けて頂きたい。」
「!?」
――おー。なかなかーするどいーかんかくをーもってーるねー。――
――さすがはーあるるーちゃんのーしんせきーだー。――
上手く誤魔化せたとホッとした矢先に落とされた爆弾に、咄嗟に奇声を発しそうになるのを堪えたファル。若干精霊達が気になる会話をしているが、今はそんな事を気にしている場合でない。
(助けてシャス~!!ヤバイよ~!ガルディア司教長は神力の多さを把握できる人だった~!!)
(え、えぇ~!?昨日そんな素振り見せてなかったよね?)
(『どうしてそんなに神力が減っているのか?体調が思わしくないのか?』だって~。昨日は増えた理由は聞いてこなかったのに~!!!)
シャスにかいつまんで助けを求めるファル。
(あららー。ま、頑張って笑って誤魔化してよ。)
(薄情もの~!!!)
(頑張れ~!朝食の準備して待ってるよ~。)
(うわ~ん!!!)
しかし、無情にも何とも軽いエールを送られるだけなのであった。
果たしてファルはガルディア司教長を笑って誤魔化せるのやら。まだまだ夜明け前の受難は続く。




