明けぬ聖堂で捧ぐは祈り
ミーティア神への祈りを捧げに本殿へ向かったファルは、なるべく気配を消してスルスルと進んでいく。
ファルシアスにとって本殿に一歩足を踏入れると言うことは、敵地に足を踏入れる事と同義である。
最も、夜番の警護を担当させられる神殿騎士は、アルギア副主教の派閥に入っていない下っ端騎士が多いため、ファルシアスにわざわざ嫌な思いをさせに来る人間などほとんどいないのだが。故に彼女はなるべく警護が交代する前に済ませようとしているのだ。
そんな、副主教派に目をつけられると危ないため、ファルシアスには一見して興味の無い表情を作り、黙々と警備を続けている夜番担当の騎士達ではあるが、祈りの場である聖堂内、及びその入り口の警護の取り合いは、毎回接戦が繰り広げられていたりする。
何故なら、教会内でファルシアスは、神力の放出量が少なく、役目を碌き果たせない落ちこぼれと呼ばれてはいるが、祈りを捧げる姿は美しく幻想的で、見るものを圧倒させる気配を醸すからだ。実際、祈りを捧げる前と後では、何処と無く聖堂内の空気が違い、感覚の鋭い者は放出される神力量の増幅を感じ取る事ができる。
幸い副主教派に属すと明らかにわかる教会騎士には、夜番を奪ってまでファルシアスに嫌がらせをしに来る者はいないため、朝の祈りは比較的平穏に終わる場合が多い。最も隠れ副主教派が何処に居ないとも言い切れない為、ファルシアスに話し掛ける者は誰もいないが。
それほどアルギア副主教の権力と影響力は大きかったりする。
さて、なるべく気配を消して本殿を進むファルは、警護にあたる教会騎士達に気づかれぬように一瞥ずつだけ視線をやりながら、一つの確証をしていた。それは即ち自分に悪意を向けて来る人がわかるといったものだ。
切っ掛けは、昨晩ミンフェラーゼを筆頭に侍女達に嫌がらせを仕掛けられた事にある。彼女達を見た時に、ファルとシャスは纏う魔力の色が他の人間よりも、暗い色をしているように感じたのだ。
纏う魔力の色は、一人一人個性があるようで、実際に直接目にしたのは四人分(内二名は幼竜)だが、それぞれ違う色をしていた。
その為、多少他者に比べてくすんでいる様に見えても、そういう物なのだろうと結論付けたファルとシャスであったが、侍女達が二人に向けて嫌みを言う度、悪意を向ける度に、纏う魔力の色は暗さを帯びて若干空気中にも黒い靄の様なモノが霧散していた。
まだまだ検証の余地のある推測だが、この先、アルギア副主教を筆頭に、ファルシアスに悪意を向ける人間に出会えば自ずと分かりだろうと、一度検証に区切りを着けたファル。
(それにしても、今日の担当の人は当たりっぽいな。)
今の所悪意を向けて来る人間はいないようである。てっきり昨日の騒動で、此方の監視を朝から付けて来ると考えていたファルは、若干拍子抜けをした。
しかし、考えても見れば、幽霊騒動など普通はあり得ない物だ、当たり前だが幽霊を出す祝詞も、幽霊を再現する祝詞も存在しない。神子は投影を使うが、適正のある祝詞ですらまともに扱えないファルシアスに、出来る筈がないと決めつけられている。
実際は精霊達から得た古代神聖語の知識を使ってオリジナルの祝詞を創る事も投影を扱う事も出来るのだが、教会側が知るよしもない事である。
若干名、ファルシアスが扱える属性の多さに頭を痛めている御仁が、まさかなと思っていたりするのだが、これ以上増やしてくれるなと言う切実な願いがファルとシャスに届くかは謎である。
さて、そうなって来ると此度の騒動は、二つの原因が推測されるであろう。
まず一つ目は侍女達の狂言である。侍女の中にアルギア副主教の娘であるミンフェラーゼがいる為、全く信じられないと言う事は無いだろうが、騒げば騒ぐ程疑わしくなるだろう。
そして、二つ目は本当に幽霊が出たと言う事だ。ただこの場合、いくら曰く付きの塔だからと言って、教会本部のお膝元でそんなモノが出たとなれば、酷い醜聞となるだろう。ミュティヌス教会の評価を気にするアルギア副主教にとって、大きな痛手となること間違いない。
(どちらが原因だと考えても、騒がず揉み消す他なかったんだろうな。)
ファルがそんなことをぼんやり考えながら進んでいると、目的地の聖堂まで到着していた。
湖上の城であるサファティガル城は、その一階部には豊富にある水源を引き入れて、水路が張り巡らされている。城内は白と蒼を基調とした内装で統一され、日中は射し込んだ日の光を部屋中に反射させて、あたかも水の中にいるような幻想的な空間を作り出している。現在は、その幻想的な空間はなりを潜めているが、それでも暗い空間を灯す仄かな光を反射して、日中にはない雰囲気を醸し出している。
祈りを捧げる聖堂も本殿の一階部に存在している。円柱状に広がる空間で、まず、入口正面の奥の壁一面にミンフェラーゼ神の御本像があり、その前に祭壇が造られている。祭壇を縁取るように細い水路が掘られており、そこから空間の中心まで水路は伸びていく。その先には円状の祈祷場が設けられており、囲むように巡る水路は、祭壇から延びてきた水路を入れて全部で六本等間隔の分岐を持つ。祭壇に続く水路の先には、ミーティア神以外の五柱の大神の紋章が一つずつ刻まれている。そして、中心にある祈祷場には水の大神であるミーティア神の紋章とそれを取り囲むように主神である太陽神ラグアスと月神ファルテナの併合紋章が刻まれ、天井部にはファルテナ神の象徴である月を象った御本像が部屋を見渡している。
かつて、地上にいらした六大神は、この地を去る際に神々との繋がりが強くなる聖地を其々選定されて行かれた。
ここ、サファティガル城もその一つである。いや、正しくはサファティガル城を包むように囲う湖。ミーティア神の居わす湖シャテアミーア。
かつてリー君ことリカルダ王が、幼少期に水神ミーティアと闇神ナグラに命を助けられた湖である。
聖堂の入口に立ったファルはまず、部屋全体に向けて一礼をする。一礼の後、祈祷場の前まで進み出て、祈祷場に刻まれている紋章に向けてまた一礼する。そのまま祈祷場に上り、続けて正面のミーティア神の御本像をまつる祭壇に向けて一礼をし、その場に座して黙祷を捧げる。
本来であれば、捧げるのは黙祷ではなく、ミュティヌス教会教典にのる祈祷文。当然ファルシアスが覚えている筈もなく、今までずっと黙祷を行って来たのだ。
実は、ファルとシャスさ昨晩ファルテナ神に祈祷を捧げる際に、リー君に昔使われた祈祷文を教えて貰っていた。それも古代神聖語で詠まれる祈祷文である。
故に、現在とは多少違うとしても問題なく、むしろ余計効果のありそうな祈祷を行う事も出来るのだが、どこで知ったかを追求されても答えることできない。
ファルは心の中で神々に謝罪しつつ、黙々と心の中で祈祷を詠み続けるのであった。
見た目は何時もと変わらないが、心の中で捧げられた祈祷の効果か、自身から放出される神力が、何時も以上に膨れ上がるのを感じた。
(それにしても疲れたな~。)
聖堂に入って来たときの逆の順番で礼をとりながら退出して行くファルは胸中で一人ごちる。
昨晩知ったことなのだが、祈祷によって放出する神力を一時的に上げるこの行為は中々に精神力を使うようで、終わった後の疲労感は半端ないのだ。お陰で昨夜は心配事があったわりにはぐっすり眠れたのだが。
早く帰って休みたいなあと考えるファルシアスは、聖堂を出てすぐの所で待機していた人物と目が合い、しばし固まってしまった。
「……おはようございます。ガルディア司教長様。」
(どうしてこんな朝っぱらからいるの~!?)
心の中で叫びながら、なるべくおどおどして見えるように挨拶する。
「ああ。おはようございます。祈祷の直後で大変申し訳ないが、至急確認すべき事ができた。ご同行願えるかね。」
「…はい。」
「宜しい。ではこちらへ。」
そう言って歩き出すガルディア司教長に着いていくファル。内心で今じゃなくてもいいじゃんと文句を垂れながらも黙々と歩みを進めるのであった。
(昨晩の幽霊騒ぎの確認かな?朝から司教長も大変だな~。)
歩いてる内に、夜明け前の朝も早くから仕事に駆り出されている教会No.4に同情し始めるファル。昨日精霊達によって散々振り回されたせいだろうか、精神的な回復力が凄く上がっている気がして、嬉しいようなそうでないような、微妙な気持ちになるファルであった。
心の中でふざけてドナドナを歌いながら、割りと呑気に着いていくファルは知らない、これからガルディア司教長による痛いとこついた追求が待っていることを。
果たして笑って誤魔化せるのであろうか。朝からファルの試練は続く。




