夜明け前から日は始まる
ファルシアスの朝は早い。むしろ、明け方前の月降三刻(地球換算午前四時頃)には目を覚ましている。
何故なら、彼女の朝一の仕事は、本殿へ行ってミーティア神に祈りを捧げる事だからである。
日が出始めてからだと多数の人間に出会うことになり、嫌みや不躾な視線を寄越される事が多い。その為、夜番の警護しかまだいない明け方前に本殿へ向かうのだ。
因みに、一般教徒へ本殿が開放される日昇三刻(地球換算午前十時頃)から日降二刻終わり(地球換算午後四時頃)までは、何があっても搭から出る事を固く禁じられているファルシアスである。教会外では病弱で通っているための措置であろう。実際は教会の実情を隠したいだけなのであろうが。
最も以前のファルシアスならば、そんな人が沢山いるような場所には、言われなくても恐ろしくて行けなかったのだが。むしろ、用事がなければ搭の外から出ない引きこもりである。
さてはて、こんなご老人並に早起きなファルシアスであるが、実は、夜は遅かったりする。
その理由としては、水神ミーティアが、月神ファルテナの配下の属性にあるとされているからである。
月属性の配下属性とされるのは水・闇・風の三属性である。故に、この三属性の神々を祀る神殿では、同時に月神ファルテナを祀っている所が殆どである。
一日の中でファルテナ神の加護が一番強いとされるのは地球で言う午前零時頃。月が一番高く昇る頃である。この時間帯を月神来臨と呼び、各神殿で祈りが捧げられるのだ。
最も、毎日深夜まで起きて祈りを捧げる事は難しいので、実際には当番制で交代してこなされているのだが。
因みにファルシアスは此処に連れてこられた際に、嫌がらせとしてだろう、絶対に忘れてはいけない務めだと教えられて、律儀に搭から祈りを捧げていたりするのだが、恐らく言った本人は忘れているであろう。
そんな、夜遅く朝早い生活を続けているファルシアスであるが、少ない睡眠時間だと言うのに、本人は至って元気である。流石は神子と言った所であろうか。
まだ日の昇らない暗い空を眺めて、ファルは昨晩の騒動を思い出す。果たしてどんな難癖をつけられるやらと。自分の担当になっているガルディア司教長にもそっと心の中で謝罪を送っておく。
(あの人も苦労性だよねー。)
(その内、剥げそうだよね。あの顔で若禿は可哀想だね。)
(お詫びに育毛剤でも開発しようか?)
(確か髪に良い成分の植物もあったねー。)
自分達が主な原因を作っているのを棚に上げて、何やら企み始めた二人。多少現実逃避に走っているのかもしれない。
「さて、朝のお勤めに行ってきますかね。」
「いってらっしゃい。気を付けてねー。」
――ボクもいくー。――
――ボクもー。――
本殿に向かうファルを水の精霊と月の精霊が追いかけて行く。まだ日が昇るまで時間があると言っても、ぐずぐずはしていられない、何せ下に降りるのにも時間がかかるからだ。
長い螺旋階段を下りながら、ファルは前世での鍛練を思い出していた。良く祖父と父に神社や寺に連れてかれていたなあ。うさぎ跳は辛かったと、若干意識をあらぬ方向に飛ばしかけつつ、一段飛ばしで駆け降りて行く。
ここの警備担当はガルディア司教長の手の者の様だし大丈夫だろうと、早くも二日目から吹っ切れてガンガン飛ばして行くファルであった。
さて、ファル達を見送ったシャスは残った者と植物園に自由市で売るものを物色していた。
ファルシアスが生家で作っていた、シシルの実、モブル芋、メルトの花を中心に、教会で出された食事に入っていたルコンの実とラプスの実、さらに昨夜夕食として出されたギルグとサリチェ、ラッシュを次々と収穫していく。
侍女の嫌みと共に置いていかれた生の食事は、実に料理の汎用性の高い野菜達であった。
具体的に述べると、人参のような仄かな甘味を持つ白色の根菜であるギルグに、玉葱を赤く染めて横長に引き伸ばしたようなサリチェ、サラダにするとシャキシャキとよい歯応えのするラッシュと言った、実に料理のしがいのある食材であった。
侍女長は一度植物園に足を踏み入れているため、それを踏まえて今回の食事を指示してくれたのだろうと、予想するファルとシャスであった。
勿論その旨はしっかりと、精霊達と幼竜コンビには説明してある。勘違いして侍女長にも復讐しに行ったりしたりしてはたまったものではない。
一般的に食されている植物を収穫した後は、目玉となる植物の選別に取りかかる。
リガルダの森で採れた植物は、はっきり言って希少素材の宝庫である。その為、知識検索で市場で売られているのを目撃された頻度が高い物から、良さそうなのを選ぶ事にしたのだ。
旅の準備にいくらかかるかわからない上、余ったら先生役をお願いする際に渡す手土産も、きちんとした物が買えるかなと考えているため、なるべく詮索されない範囲でそこそこ高価な物も売りたいシャスであった。
故に、頑張って考えているのだが、上手くいっているかは正直シャスにはわからなかった。何故なら元にする知識は精霊由来の物であり、なるべく最近見た記憶のある植物を選んではいるが、ご長寿の精霊達の最近とは、果たして何処まで入るのやら。
最近まで自宅である意味冬眠状態であったリー君とガル君も、この手のことはわかる筈もなく、相談できなかった。
選んだ植物が、今も出回っていることを切実に願うシャスであった。
そんなこんなで収穫を四半刻(三十分)程で手早く済ませ、朝食を作っている頃、ファルから緊急の心話が届いた。
(助けてシャス~!!ヤバイよ~!ガルディア司教長は神力の多さを把握できる人だった~!!)
(え、えぇ~!?昨日そんな素振り見せてなかったよね?)
ガルディア司教長には分裂前の、前世との融合直後に出会っているファルシアス。
一般的な神子より神力の量がかなり少ないとさていたシャスが、いきなり推定で一般の六~八倍の神力を放出していても何の素振りも見せなかったと言うのに。中々に侮れない鉄面皮加減である。
最も、神子の放出量は、一般的には扱える祝詞のレベルに比例すると考えられているため、神力を扱うのが下手くそだったファルシアスは、言われる程放出量が少なかった訳ではないとも考えられるのだが。
(『どうしてそんなに神力が減っているのか?体調が思わしくないのか?』だって~。昨日は増えた理由は聞いてこなかったのに~!!!)
(あららー。ま、頑張って笑って誤魔化してよ。)
(薄情もの~!!!)
(頑張れ~!朝食の準備して待ってるよ~。)
(うわ~ん!!!)
朝から厄介事の絶えないファルとシャスであった。まだまだ暗い空を見てシャスは一人ごちる。
(今日も濃い一日になりそうだなあ。)
まだまだ本日は始まったばかり。




