月夜の見守るその下で
部屋の隅でシャスにガッシリとホールドされているリー君は、内心で苦笑していた。
(儂はこれでも長く王様業をやっておったから、多少の無礼は軽く流す忍耐力はあるのだがのう。)
ガル君にしても、長く生きてるだけあって、年若い者(彼にとっては殆どの人間がそこにあたる)には寛大である。
故に、こんな厳重に捕まえて無くても大丈夫なのだがなと、リー君が思った丁度その時、来訪者が部屋の前に到達した。
「早くお開けなさい。私が来て差し上げたのよ。」
まさかまさかの第一声に、目を丸くするリー君とガル君。
内心で冷や冷やしながら、心なしか二人を抱える腕に力をこめるシャスを背にし、ファルはおどおどと演技をしながら、扉を開けに行った。
扉を開ければ仁王立ちした侍女ご一行が、堰を切ったように口撃を仕掛け出す。
「全く、相も変わらずトロくて暗い方ですわね。」
「ミンフェラーゼ様が、このような場所にお越し下さったのだから、さっさと扉ぐらいお開けなさいよ。」
「全く、これだから下賎の出の者は。」
口々に捲し立てられるが、ここで反撃に移る訳にもいかないファルは、以前のファルシアスのように、ただうつ向いてびくびくしている振りをしていたのだが、内心もびくびくしていた。
(ひぇ~っ何か冷気漂って来てるよ!宥めてー!!)
(無理ー!!!)
こっそり見守る筈の部屋の隅では、非常に直視出来ない冷たい微笑みを称えるリー君が、隠せてない殺気をビシバシと送りつけていた。怒りを表すように波立つリー君の魔力は、覆う表面からジワジワと溢れだし、部屋の温度を徐々に下げていく。
ガル君は殺気を送ったりはしていないものの、非常に厳しい表情で事の成り行きを見守っていた。
何より怖いのは、いつもはふわふわ漂ってお喋りしている精霊達が、ピタリと空中にとどまり、一言も言葉を発していないだけでなく、普段は自由に漂う他の灯火型の精霊達も、それぞれの属性の人型精霊の周りに集結していたのだ。
((うひぇ~っ怖すぎだよ~!))
そんな内心ガクブルのファルとシャスにお構い無く、侍女ご一行は次々と地雷を踏み抜き続ける。
「貴女が、朝から迷惑をかけたせいで、お父様も大変な迷惑をお受けになったのよ。本来なら罰として二、三日食事を抜かすのが妥当でしょうけど、心優しい私が持って来て差し上げたわよ。」
「お優しいミンフェラーゼ様に感謝なさる事ね。」
「けれど、流石に今回の事にはあの生真面目な侍女長でも腹に据えかねたご様子ね。」
「貴女に差し上げる食事は、生の野菜で良いそうよ。」
クスクスと笑いながら告げられる言葉を聞きながら、ファルとシャスはリー君から発せられる殺気が、一言毎に増していくのを感じていた。
(ひぃぃーっ!もう喋らないで~!!)
(何でこの人達平気なのよ~!?)
恐ろしい程の殺気を浴びせられても平然とファルシアスに嫌みを言い続ける侍女達。鈍感にも程があるだろう。
ファルとシャスが頼むからもう帰ってくれと心の中で大絶叫をしている時に本日最大の地雷は踏み抜かれた。
「だいたい貴女、少し顔が良いからと言って生意気なのよ。顔だけで神子に選ばれた癖に。」
瞬間はち切れんばかりに膨らんだ殺気。この発言には、リー君だけでなくガル君と精霊達も堪忍袋が切れた様子で、たちまち部屋の中には物凄い悪寒を感じる程の殺気が漂った。
((……南無阿弥陀仏。))
余りの殺気に、ついついこの世界にはいもしない神仏に念仏を唱えてしまうファルとシャス。脳内にはチーンと効果音が響き渡った。
「私何だか、急に寒気がして来ましたわ。」
「あら。実は私もですの。」
「実は私も。」
流石に鈍い侍女達も異変を感じ取ったようで、口々に悪寒を訴えだした。そして、
「もしや、ネフェルリリー様の祟りではないかしら。」
「あらやだ。怖いわ。」
「こんな所早く出ましょう。」
「そうしましょう。」
かつて、この塔に閉じ込められていた呪われた姫君の祟りだと決めつけた彼女達は、足早に去って行ったのであった。
足早に去っていく侍女達を眺め、ファルとシャスはホッと一息つくが、
「のお。ふぁるちゃん、しゃすちゃん。」
幼児特有の舌っ足らずで高い音質なのに、どこか地獄の底から這い上がって来るような、筆舌しがたい感情の籠った呼び掛けに意識を再び引き戻されたのであった。
「「は、はい。」」
「ここは、さふぁてぃがるじょうじゃよな?」
「「はい。」」
「みずのおうこく、えるう゛ぃがるなじゃよな。」
「「…はい。」」
「かみをしんぜぬばんぞくに、くにをのっとられたわけではないよな。」
「「………はい。」」
ズモモモモッと効果音が出そうな位溢れ波立つ魔力を見ながら、ファルとシャスは次の言葉を固唾を飲んで待っていた。今のリー君は、ぶっちゃけ魔王様降臨みたいな感じになっている。
そんな若干脅えているファルとシャスの様子に気づいたリー君は、いかんいかんと気持ちを落ち着かせたのであった。
「すまぬの。ふたりをこわがらせたかったわけでも、せめているわけでもないのだよ。あまりのくにのかわりように、すこしわれをわすれてしまっての。」
そう言って優しく微笑むリー君を見てファルとシャスは胸を撫で下ろすのであった。
「しかし、いったいどうしてこうもひどいあつかいなのだ。いくらじだいがかわっても、みこのひつようせいはかわらぬであろう。むしろ、かみがみがさったいまでは、よりひつようとされているだろうに。」
そう訪ねるガル君に、ファルとシャスは困惑しながら答えた。
「それが、私達にも良くわからないんです。」
「なにぶん、生まれが辺境の農民ですので、今の時代の神子の扱いが、どのようなものかもわからなくて。」
「元々神子としての力は低かったんですが、色々あって力も増したので、少しずつ勉強して見返してやろうとしている最中なんです。」
「ひくいというが、ふぁるちゃんとしゃすちゃんはいまいくつになるのだ?」
「「十六です。」」
「「じゅうろく!?」」
「じゅうろくで、そこまでうつわをひろげておるのか。」
「さぞ、つらいしゅぎょうをしたのであろうな。」
何やらファルとシャスに同情し始めた幼竜コンビ。前世との融合という、正に棚からぼた餅的に神力の放出量を上げた二人としては、何か勘違いされてそうだと思い、これ迄の経緯を話したのであった。
「ふ~む。そういうけいいでぶんれつをはたしたのか。」
「ゆうごうしたさいに、しんりょくをうけいれられるうつわがひろがったのかもしれぬのお。」
普通はどの神子も、徐々に神力を受け入れる器を広げていき、馴染ませ放出できる神力の量を増やしていくそうだ。大体平均で百年~百五十年ぐらいで、一人前とされ、二百年くらいまで広がり続けるそうだ。あれ、神子って長生き?とファルとシャスが思ったのは余談である。
因みに今のファルとシャスは、其々一般的な神子の三~四倍近い神力を放出しているとの事であった。更に、分裂体として安定して其々神力を使い、まだ徐々に広がっているそうで、分裂を解除したら相乗効果で面白いことになりそうだのという、全然笑えない、むしろ恐ろしいお言葉を頂いたのであった。
思わぬ所で自分達の出鱈目さを把握させられたファルとシャス。
実は、神力を視認できる前は、神力を感覚で捉えることが苦手だった為に、自分がどれ位の量の神力を放出していたのかを、きちんと把握出来ていなかったのだ。
故に前世との融合で、総量も二倍ぐらいになっているかもと、気楽に思っていたファルとシャスは、まさかの分裂体一体あたりで平均の三~四倍。魂の融合は、どんだけ荒業なんだと、人知れず冷や汗を流すファルとシャスであった。
そんな感じで説明がてらに和やかに会話をしていた四人の元に、突然絹を裂いたような悲鳴が五つ程届いた。
「「「「「キャーーーーーッ出たーーーー!!!!」」」」」
突然届いた悲鳴に驚愕し、しばし固まっていたファルとシャスは気づいてしまった。あれほど存在感を出して佇んでいた精霊達が残らずいない事に。
そして、リー君とガル君が満足そうにニヤニヤ笑っている事に。
((あーーー…。))
何となく起こったことを察したファルとシャスは、力なく諦めた。起こってしまった事はもう仕方がない。
==かたきは~とったど~!!!==
叫びながら部屋に流れ込んでくる人型精霊八体と、色とりどりの無数の灯火型精霊達。そして、そんな精霊達を称賛する幼竜コンビを眺めながらファルとシャスは溜め息をつく。おそらく明日は幽霊騒ぎだと。
((明日は面倒臭い事になりそうだなあ…。))
そっと窓の外の月を伺い見れば、相も変わらず美しい輝きを称えて佇んでいた。
((果たしてこれは無事に終わったと言えるのだろうか。))
一難去ってまた一難。中々ファルとシャスの心の平穏は遠いようである。




