真相なんてそんなもん
人間が誕生してからある程度の文明が発達し始めるまでの頃、世界の調整を担う六大神とその配下の神々はまだ地上で暮らし世界を見守っていた。主にこの時代を創始神聖期と呼び、人と神々がまだ近しかった神話の時代とも呼ぶ。
リガルダ・バーラス・エルヴィガルナはこの創始神聖期の終期にリガルダ・リリガルド・モルトニーとして生を受けた。リリガルドは彼の真名で、歴史書にも載らない彼と彼の両親のみが知る名であり、モルトニーはこの時代では伝承者を意味する家系の名である。
彼の生家は古代神聖語を伝承する特殊な家系にあった。その為彼は幼い頃から古代神聖語の教育を厳しく受けており、飲み込みも早く一族はかなりの期待をかけて更に厳しい教育を施さんとしていた。
一般的には、古代神聖語は元々神々が操る言語であり、それ相応の資質がなければ、簡単な単語すら覚える事が出来ないとされ、限られた者達のみに詳細は秘匿されていた。
事実、古代神聖語は魂に刻み込む言語であり、元々神力に高い親和性を持つ者や、相応の修行を重ねた者でなければ、習得は困難であった。
創始神聖期の終期とは、神々が徐々に世界に住む生き物に世界を任せようと、地上から去る準備をしていた時期であった。故に、神々の奇跡やその姿を直接体感し、目にする機会も減った人々は、徐々に神力の親和性を落としていった。
それに伴い、生まれた時から神力に親和性を持つ子供も少なくなり、元々術者として修行を課していた家系と、そうでない者達との間に大きな実力の差が出来ていったとも言える。
そんな背景があった為、彼の誕生は古代神聖語の伝承を生業とするモルトニー一族にとってもまたとない行幸であり、彼の教育の力の入れようは、凄まじいものがあった。
しかし、当時のリガルダ少年にしてみれば、年端もいかぬ内から勉強を強いられる毎日に大分嫌気がさしていた。
その上、これとわかる神々の奇跡を見たこともなければ、まだ幼い故に粗相をするといけないからと、神域への参拝にも行った事もなく、神々への実感を肌で感じる事が出来ないでいた。
故に、古代神聖語への興味を感じないまま、流されるままに学んでいたのであった。
転機が訪れたのは、彼が六歳の夏頃である。当時、リガルダの両親含めたモルトニー一族一同は、リガルダが神々を実感できずに、言われるままに古代神聖語を学んでいる事に気づいていた。六歳になり、ある程度マナーが身に付いて来たのを機に、一度リガルダを神域に連れていこうと言う話になったのだ。
彼らの居住は、後にエルヴィガルナ国のサファティガル城が居を構える場所よりもやや北部にあるティルクス山脈の麓に位置する。
このティルクス山脈を越えた更に先に目指す神域は存在する。
年若い者が参拝に連れて行かれない理由の一つに、ティルクス山脈の山越えの苛酷さが含まれる。
故に、万全の準備を行って向かう大仕事となる為、まだ参拝に参加した事がない一族の子供は、纏めて連れていかれるのであった。
普段ならば勉強漬けで滅多に遊びに行けないリガルダであったが、この時ばかりは大人達総出で旅の支度をしていた為、邪魔にならないようにと、歳の近い子供達と遊んで来るように言いつけられたのであった。
滅多にない機会に興奮したリガルダは親戚の子供達に連れられて外へ出かけて行った。彼らの遊び場となっていたのは、ミューティア神もたまに姿を顕すと伝えられている湖の畔であった。
子供だけでは危ないから浅瀬でしか遊んではいけないといい含まれているが、暑い夏には足だけでも冷たい水につかれるこの湖は、お気に入りの遊び場とであった。
彼らの誤算は、リガルダが浅瀬から急に深くなる場所がある事を知らなかった事だ。いつも遊んでいる子供達には当たり前の事も、リガルダにとっては当たり前ではなかった。
遊びに熱中すればするほど、回りへの注意は散漫になる。年長者が少し目を離した隙に、偶々足元を通った魚に気をとられたリガルダはふらふらと付いて行き、深瀬へ足を滑らせ落ちたのだ。
初めて落ちた水の中、衣服を着た状態で上手く上がって行く事が出来る筈もなく、幼いながらに死を漠然と感じたリガルダが最期に見たものは、淡い光の塊であった。
暗転した意識が戻り、目を開けたリガルダの目の前にいたのは、蒼い瞳と髪色を持つ美しい女性であった。彼女の傍らにはこれまた美貌と寡黙さを兼揃えた黒衣の偉丈夫が立っており、リガルダは目を白黒させた。心なしか二人からは神々しいオーラのようなものが放出されているのが見え、事態に付いていけないリガルダはただただ呆けるのであった。
彼らは水の女神ミューティアと闇の男神ナグラ。六大神の内の二柱であった。
偶々、二神がこのミューティア神気に入りの湖を訪れた時、人間の子供達が遊んでいた。こっそり様子を伺っていれば、一番幼い子供が溺れたのが見え、咄嗟に助け出したのであった。
実はこの時、リガルダの心臓は止まっていたのだが、魂がまだ離れていなかった為、ここで出会ったのも何かの縁だと、二神によって蘇生されていたのだ。また、この事により、リガルダは幼くして実体を持たぬものを視る眼を手に入れたのであった。
そんな事は露知らぬリガルダは、湖で遊ぶときは気を付けなければならないと、二神にこってり絞られてたじたじになるのであった。
二神にお礼と感謝を述べ、別れた後、どこかふわふわした気持ちのまま、子供達の所に戻ったリガルダは、彼らから驚くべき事を知った。
曰く、彼らには男女の神の姿など見えてはおらず、リガルダを助けだし会話していたのは、等身大の光の塊だったというのだ。
また、その光の塊とリガルダが喋っていたのは古代神聖語で、彼らには何を話しているかは余りわからなかったらしい。
かの神々の姿を思い浮かべたリガルダは溜め息を付く。何故自分だけが神々の姿をはっきりと認識出来たかはわからなかったが、あの全てを圧倒される存在に出会ってしまえば、傾倒させられるなと言う方が無理であろう。
同時に、彼らと意思を疎通する事ができる古代神聖語を、厳しく教えてくれている大人達に、初めて深い感謝を感じたのであった。
このような感じで、大人達の神域参拝大計画を余所に、リガルダは古代神聖語への意欲を急速に養ったいた。また、リガルダが助けられた一連の奇跡を目にしていた他の子供達も古代神聖語への意欲を刺激されたのであった。
故に、遊びから帰って来た子供達に古代神聖語の勉強をせびられた大人達は、揃って首を傾げたのは余談である。
そんなこんなで、幼い頃から特別な眼を得て、古代神聖語の勉学にも励んだリガルダは、後に世界でも有数の祝詞と魔術の使い手となり、紆余曲折を経て終いには六大王国の一つである水の王国エルヴィガルナを建国した偉人となったのであった。
さて、そんな物凄いリガルダ王の願いとは何かと、ファルとシャスは固唾を飲んで待っていた所、
――儂は一度でいいから自由に空を飛んでみたかったのだ。――
何とも何処かで聞いたことが有るような答えが帰って来たのであった。
リガルダ王曰く、幼い頃から神々の真の姿や神力を目にする事ができるようになった為、神域を訪れては、他の人と比べてより効率的な修行をする事が可能だったそうだ。その為、もともと適性のあった水属性以外の祝詞もある程度扱えるようにはなったのだが、何故か風属性だけはからっきしだったそうである。
――風神ヴェルミーテ様とも何度もお会いしてお話をした事もあっての。仲良くさせて頂いておったが、最後まで才能が伸びなくての。彼の御方も首を傾げておられた。――
そう言った古代の王は、神話の時代を思い出したのか、少し寂しそうな雰囲気を出した。竜体なので表情の変化はわからないが。
――しかし、儂はある時気づいた!ガルと体を交換すれば、儂は夢を叶えられると!――
そして、このぶっ飛んだ方法になるらしい。
自身も空に憧れ、風の神力と相性も良かったため自由に空を翔ているファルとシャスとしてみれば、リガルダ王の気持ちもわからない事もないが、それにしてはぶっ飛び過ぎている。
「と言うことは、ガルガラルドさんの叶えたい願いとは人間になる事です?」
リガルダ王への突っ込みたい気持ちを抑えてファルは尋ねた。
――うむ。そうだの。正しくは、人間の文化を見て実際に体験してみたいと言う願いだが、人間になればそれも容易にかなうからの。あと、我はガル君でよいぞ。――
今の幼い姿に合わせてなのかはわからないが、どうやら呼び方には中々に拘りがあるようだ。この分ではリガルダ王もリー君と呼ばねば注意されるであろう。
――互いの利害も一致して名案だとおもったんだがなあ。――
リガルダ王改めリー君がそうぼやく。
――誤算だったのは我らの魂が微妙に相性が良かった事よな。――
「相性が良いのが問題なんですか?」
相性がいいならば互いを攻撃する事などなく、すむのでは無いだろうかと首を傾げるファルとシャス。
――お嬢さん方のように相性が物凄い良いなら問題はないが、多少良いぐらいならばすぐに反発しあうのだよ。――
――最も、反発しあう事は始めからわかっていた事だ。それを踏まえて魂が近づき過ぎぬよう、互いに逆側から魂を入れ替えようとしていたのだ。――
――なのに、微妙に相性が良いもんで魂がすれ違い様に引き合ってしまってなあ。――
――咄嗟に戻そうとしたが、つられた肉体が融合した後であった。――
「「は?」」
衝撃の暴露を受けて固まるファルとシャス。
シャスがエントランスの置物かと疑惑をかけていたエンシャントブルードラゴンの剥製擬きは、どうやら古代王リガルダと老竜ガルガラルドの融合体であったようだ。
固まるファルとシャスを見ながら、あれはやばかったな等と笑い合う幼竜コンビ。笑い事じゃないと内心大絶叫なファルとシャスであった。




