誕生に立ち会う
鋭い爪と牙。流れるように並ぶ青褐色の鱗。頭を下に屈めていても圧倒される質量を誇る巨体。
扉を開けた先に佇むのは、屈んだ状態ですらサファティガル城の中腹程の身の丈のある古代蒼竜であった。
いや、正しくはその死骸であった。
身動き一つしないドラゴンをいぶかしんだシャスが恐る恐る近づき、その瞳を覗き込めば、そこには生気のない淀んだ色を写すのみであった。
(ビックリしたー。心臓が止まるかと思ったよ。)
このような所で地上最強の生物に出会うとは思っていなかったシャスの心臓は、バクバクであった。
しかし何故このような所にドラゴンの、それも古代に栄えたとされる巨竜種の死骸があるのか。
(まさか、エントランスを飾る剥製の置物として置かれているわけではないよね…。)
そんな事は無いだろうとは思いつつも、ドラゴンの頭を下に屈めるこの姿勢は、扉から入ってきた人間にお辞儀をしているように見えなくもない。そして自然死にしては不自然な格好であるし、何より死骸が綺麗すぎる。正に、鑑賞の為に手を加えられているかのように、生前の迫力そのままの状態に保たれていた。
(古代人の家ではこれが普通なのか、リガルダ王の趣味なのか…。)
謎は深まるばかりであるが、どうせこちらの理解の範疇を越える理由だろうと、シャスは考える事を放棄した。
その考えは正しくもあれど、その判断は最適ではなかった。主に彼女が自身の精神の平穏を願うならば。
そうとわかるのは、いつも事が終わってからである。問題事は勝手に用意されているのだから。
さて、あれこれ考えるのを止めたシャスは、またとない機会だと、エンシャントブルードラゴンを矯めつ眇めつ見ていた。
(ひゃー。かっこいいなー。)
小動物好きではあるが、前世は男兄弟の影響で、怪獣やらロボットやらの特撮ものも大好物のシャスであった。巨大化にはロマンが詰まっている。かつての兄の言である。
触ってみようか、やっぱり止めた方がいいかなと、一人悶々と葛藤していたシャスは、ふと気づいた。いつも騒がしい精霊逹が妙に静かにしている事に。
シャスが彼らの方に視線を向ければ、何故か心持ちワクワクした様子で凝視してくる精霊逹と、ばっちりと目が合ったのであった。大変怪しいことこの上ない。
何か企んでます感満載な精霊逹。一体何をやらかそうと言うのか。いぶかしみつつも、シャスは自然を装いつつ鎌を掛けた。
「ドラゴンも堪能出来たし。そろそろ塔に戻ろうか。」
==ええー!?==
どうやらドラゴンに何かあるらしい。
「どうしたの?」
――どうしたのー。じゃーないよー。シャスちゃんー。――
――こだいのーきょりゅーしゅーなんだよー。――
「そうだね。」
――めったなーことではーおめにーかかれないんだよー。――
「うん。凄いよね。」
――そーなのー。すごいのー。――
――こんなーまたとないーきかいならーふつーはー、――
==よじのぼってーせいはーすべきなのー。==
「うん?」
いきなり精霊逹から、そこに山があるから的な発言を受け、シャスは目を点にしたのであった。
確かに、ドラゴンの背に登るなど、滅多な事では経験出来ない事である。しかもこの巨竜は今は絶滅したとされるエンシャントドラゴンの一種。興味をひかない訳ではない。
しかし、このエンシャントブルードラゴンは、背中の頂まで目算でおよそサファティガル城中腹の高さがある。普通の人間はこの高さを見て登ろうと言う気は起こらないであろう。さらに言えば生きていない。死体に土足でよじ登るのも気が引けるものだ。
やはり、精霊の感覚は予想の斜めを行くな、それともリガルダ王は登っていたのだろうかと思いつつも、薦められると多少登ってみたい気もしてきたシャスであった。
(ぱっとみツルツルしてるんだよね。)
滑らかな輝きを持つ鱗は、慎重に登らなければ落ちてしまうだろう。まあ、落ちたところで空を飛ぶ事の出来るシャスには問題ないのだが。
リスクが少なければ少ない程、挑戦してみようかという気持ちに傾くのが人間である。
(でも、やっぱり登るのはな~。)
やはり登るのは気が引けるシャスではあったが、触るぐらいは大丈夫かと、ドラゴンの顔に手を伸ばすのであった。
背後で何かを見逃すまいと、ばっちり待機している精霊逹に気づかずに。
そっと伸ばされた手がドラゴンの鼻先に触れた瞬間、指先を通して鋭い刺激を感じると共に、物凄い異物感をシャスは感じた。
((なっ…!?))
==いまここにーいにしえのーめいやくをーはたさんー=
本来ならば壮絶に突っ込みを入れられるであろう問題発言を精霊逹がしているのだが、それに構っていられる余裕がシャスにはなかった。そして、魂を共有して衝撃を感じたファルにも。
シャスとファルは、自身の中に入り込んだ、歪な異物を感じた瞬間、自身の存在を脅かすモノだと直感し、同時に精霊逹に言われたことを思い出した。曰く、二つに離れた魂は、普通は互いを攻撃するのだと。
今自身に入ってきたのが他者の魂だとすると、一つの体に二つの魂は同梱されることはできない。理解した瞬間ファルシアスは、ありったけの力で未知の魂を押し戻した。
((お引き取り願います!!))
押し出された魂は、おそらく入れ物にしていただろうエンシャントブルードラゴンの体には戻らず、空中を漂った。
外に解き放たれた魂の姿を見たシャスとファルは首を傾げた。その形を一言で表すならば横にしただるま型。二つの球体を無理矢理くっつけたような不思議な形であった。
そしてその魂は、内部で何かが暴れ回っているように、ボコボコと表面を隆起させていた。まるでファルシアスの魂に向けた攻撃性を、そのまま自身に向けているように。
==シャスちゃんーファルちゃんー。ぎゅーっとしてーぱかーよー!!!==
突然大音量で指示されて、咄嗟に従ったシャスとファル。
ギューーーーーーポンッ!!!
物凄い抵抗感のある手応えの後、栓の抜けたような音が響き渡る中、目の前に現れたのは…。
真ん丸な二つの卵であった。
「え?」
(え?)
何で卵がと疑問に思う間も無く、二つの卵にはピシピシとヒビが入っていく。
(え、ちょ、もう生まれるの!?)
(早いよ~!!!)
思考と心の準備が追いつかない内に殻を割り始める二体。
「「キュウッ?」」
そこから出てきたのは、すべすべキラキラに輝くの水色鱗、真ん丸くりくりの金の瞳。サイズはすっぽり腕に抱えられる程の可愛らしい幼竜であった。
==うまれたー!==
――たんじょーだー。――
――おめでとー。シャスちゃんーファルちゃんー。――
何やらまるでシャスとファルが生んだかの様なとんちんかんな事を言う精霊をスルーしつつ、この子達は一体どうすればいいのかと、相談し合っていたシャスとファル。彼女逹の思考は突然停止させられた。
――は~。死ぬかと思ったよ。――
――結構ギリギリだったな。――
外見に見合わぬ物凄く渋い声逹によって。
――まあ、まずはそちらのお嬢さんにお礼を言わねば。――
――確かにな。――
そう言って二体はシャスの方に向き直り、話始めた。
――お初にお目にかかる。麗しい白銀の乙女よ。危うい所を助けて頂き、誠に感謝に尽きぬ。儂はリガルド・バーラス・エルヴィガルナと申す者。気軽にリー君と呼んでくれ。――
――同じく。助けて頂いたこと誠に感謝する。我はガルガラルド・ウェルンと申すしがない老竜の成れの果てだ。ガル君でよいぞ。――
何を言っているのか良くわからない。脳味噌が考えるのを放棄したシャスとファルであった。
==リーくーん。ガールくーん。ひーさしーぶりー。===
――おー!風のに大地の!久しぶりだなー!――
――お主らは変わらんの。――
思考停止したシャスとファルを余所に、何やら再開を喜び合う四体であった。
彼女逹が事の真相を知るのはもう少し先ではあるが、これだけは言えよう。
((はぁ。また精霊逹に良いように振り回されたのね。))
ガックリ疲れたシャスとファルであった。




