[24]考える村、考堂のふたりの美女[25]考える村の人々[26]雲上のドラゴン
[24]考える村・考堂のふたりの美女
考堂のレストラン、いや喫茶兼軽食コーナー、実を言うと何と呼んでいいのか判らないような施設。
それ程に存在感のない施設だったのである。
名前はまだない。
そんなところに送り込まれたふたりの女性。
しかも美人で腕がたちそう。
なんとも絵になる構図ではないか。
何かが起こりそう。
そう、何かをやりそうな予感がした。
名前は、小西と古田。これまでにも何度か登場したふたりだ。
年齢は不詳。
僕は以前にふたりの歳を何気なく聞いたことがあって、一応は知っているのだが、当てにはならない。何しろ考える村内で起こる事象は、うつつを抜かした現実離れしたことばかり、つまり幻想的で興味深いが当てにはならない。言い換えれば狐狸の世界なのである。更に言い換えれば、量子論的な曖昧さや不確実性を持った世界とも言える。
だからあえてここではふたりの年齢は伏せておこう。
以下は、ふたりのうちの小西さんと僕が初めて言葉を交わしたときの会話である。
「家はどこ?何処からここに通ってます?」
「香北町で、アンパンマンミュージアムの近くです」
「アンパンマンミュージアム?えー?そんなに遠くからあー?」
「はい、そうです」
小西さんは背が高い。並ぶと僕より高いぐらいかもしれない。つまり170は越えているということだ。
僕は椅子に座り、彼女は120,30㌢程の高さのカウンターの中に立っているが、カウンターが実際より低く見える。
「通勤は何分くらいかかるの?」
「4,50分くらいです。一時間まではかかりません」
「へー、凄いねえ。そりゃ大変だ。毎日のことだからねえ」
小西さんは平気な顔をしている。
「それでそこにお嫁に行ったわけ?」
「そーゆーことですねえ」
「で、何処から嫁いだの?」
「岐阜県です」
「岐阜県?えー?あの本州の岐阜県?」
「そうです」
「岐阜県のどこ?」
「○○○というところです。山の中です」
○○○というのは、彼女から聞いたその場所が僕の記憶にないということ、いや、聞いたとき知らない地名だったので、記憶に留める意志を放棄したと言った方が適当だ。
「山の中!じゃあ日本のど真中の山の中から、この辺鄙な場所の山の中まで嫁いだってことか」
「そーゆーことですねえ」
「よっぽどいい男だったんだねえ、旦那は」
「はい。騙されました」
他人は、特にこの場合男は、別嬪さんのこんな話を聞くのは嬉しいものだ。
不覚にも、僕も、ご他聞に漏れず、その時心の底から喜んでいた。
「フッフッフッ、騙したつもりが騙されたか、狐と狸の化かし合いやねえ、こりゃあ。はっはっはっ」
「その通りです。岐阜の狐が土佐の狸を化かしたつもりが、気が付いたら、とんでもない山の中にいました」
「はっはっはっ、こりゃーおもろい。はっはっはっ」
何がそれ程おもろいのか。
儂、ひょっとして、『なんちゃって狸狐庵仙人』に似てきた?
ギクッ!
雲上びと編
[25] 考える村の人々
「あなたー。ねえ、あなたー」
妻の声だが、いつもと違う。
山荘の二階に居た僕は、ライフワークにいとまがなかった。
妻が僕を呼ぶトーンに、変な違和感を持ちながら階段を降りた。
「こちらねえ、考堂の向こうの山荘に住んでらっしゃる、佐々木さん。ちょっとご挨拶に、ということでお見えになってます」
それだけのことでどうして妻のトーンがずれたのか理解できなかった。何か理由があるのかなあ、と考える暇さえない。
「はーい、これ名刺でーす。私趣味でフラダンスやってるから、ほら!こんなに体が揺れちゃって。まー、ここは太平洋がバーっと見えていいですねー、うちなんてほんのちょこっと。でもうちの主人が壁を直したり、屋根を直したり、日曜大工で、今日も今から壁をペンキで・・・」
こちらが口を挟む暇はなっかた。
しかし妻のトーンがずれてしまった理由は、即座に理解できた。
佐々木夫人は、終始大袈裟な身ぶり手振りを交えながら、いや歌舞伎かいなか芝居の大立ち回りと言った方が相応しい雰囲気で、僕は少々びっくりしながらも、手渡された名刺と佐々木夫妻を慌ただしく見比べていた。
夫人の方は65才過ぎとおぼしき、ごま塩混じりのオカッパ頭で、目鼻立ちは悪くはないが化粧っけはほとんどなく、男勝りの元気そうな女性で、一方ご主人はと言えば、ヒョロヒョロと背が高く人のよさそうな顔で妻の大立ち回りを静かに横で見守っている。
彼らにとってはこれがいつもの日常の景色なんだろう。エネルギッシュな奥さんと穏やかで優しそうなご主人は絶妙のバランスを保っているように見える。
宇宙が存続する上で、バランスはもっとも重要な要素だ。狸狐庵山荘の庭先での立ち話は40分近くに及び、しかし各自の持ち時間はその内の7割位を佐々木夫人が占め、後の3割を残りの3人で仲良く分けた。
その結果、我々の得た情報は次の通りだ。
佐々木夫妻はこの考える村に20年近く住む。住むと言っても年に60日くらいで、いつもは実家のある四万十市の四万十川沿いに常住しているらしい。ここからは車で3時間半以上はかかる筈だ。またご主人の出身は仁淀川上流の仁淀町というところで、四万十川は『日本最後の清流』として、また仁淀川は『仁淀ブルー』で、共に全国にその名を知られている川で、ご主人は生まれてこのかた、ずっと清流沿いで暮らしていること、つまり根っからの田舎育ちだということである。
「ここも自然がいっぱいあるけど、向こうも負けてないでしょう。」
「そうなんですよ。みんなにそう言われます。みんな自然を求めて四万十川に来てるのにどうして?って。西の端から東の端まで遠いところにねえ。物好きなのよ私たちは」
佐々木夫人は西の端から東の端まで、と言うところは大きく両手を広げ、さらに2、3歩足をずらしながら腰を微妙にくねらせた。
夫婦が一枚ずつ自分の名刺をくれたのだが、ご主人の名刺には『自遊人 佐々木恒治』とあり、僕は彼が何かの芸術家なのかも知れないと先程からずっとそればかりが気になって仕方がなかった。夫人のすきを見つけやっとのことで出番を得た僕は、奥さんより半歩下がってニコニコしているご主人に訊いてみた。
「いやー、ただ遊んでるだけだから、そう書いただけで、別に大した意味はないです」
と応えるご主人は、奥さんのテンションに比べ、どうもこちらは盛上りに欠ける。
ただ彼は、僕と同じニューバランスの色ちがいのスニーカーを履いていて、話に飽きてきた僕は彼の足の方ばかりをチラチラと見ていた。
[26]雲上のドラゴン
夜中の3時すぎ、狸狐庵山荘の周りで大騒ぎする雷様の閃光と雷鳴は、朦朧とした僕の意識の中で、徐々にその鮮明の度合いを増して行き、終には僕の現を捉える。
朦朧とした意識の少し前に、僕は夢を見ていて、30万円の値打ちのある一万円の古札で、知り合いの店で、なんだか判らない一万円のものを買っていた。
お互いそれが、自分にとって得なのか損なのかが判らず、迷ってるうちに稲妻が走った。
稲光は、閉じた目蓋の上を容赦なくひび割れのように走っていて、試しに僕は蒸しタオルを8重にして目の上に載せてみると、それでも稲光は関係なく目蓋の上を駆け抜ける。実際不思議だと思った。
光子は、粒子なのか波なのかという問題もあるが、どちらにしろこれくらいの障害物はものともせずに通り抜けてることがよく判る。
標高300メートルの雲の中で体験する雷は、地上でのそれとはものが違っていて、自分が雷雲の中に居ると想像したらいい。ガラス窓の直ぐそばを稲妻が真横に走り、間髪を入れず空気が裂ける猛烈な音が響く。
僕の脳裏には数匹の竜が、山荘の周りをのたうち回って吠えている景色が描かれていた。
そして僕は、部屋の全てのカーテンを開けて、自らが龍の子太郎になったつもりになった。
山荘から少なくても50メートル以内、ひょっとしたら直ぐ隣の電柱か、木か、或いは山荘に落ちたような、凄まじい音と閃光を3,4回程、自らの目で鮮明に確認した。
普通ならば、山荘の隣の部屋で寝ている妻が、脅えきった顔をして僕の部屋に駆け込んでくる筈であった。
暫くして、僕がトイレに行くと妻もトイレに来て、すれ違い様「凄い雷やねえ」と挨拶するような言葉を交わした。
そしてそれぞれの部屋に帰って、さっさと寝てしまった。
雷も拍子抜けしたのか、段々と遠ざかって行くのが判って、僕の意識も段々と遠ざかっていった。
翌朝、朝ドラの時間になっても妻が起きて来ないので心配したが、意外と普通に、「昨夜の雷は凄かったねえ」
と言いながら自分の部屋から出てくる。
「あれ?平気じゃなかったの?」
「わたしゃ、怖くて、怖くて、枕持ってあなたのベッドの方に潜り込もうかと思ったけど・・・、まあ、凄かったわ。何処かに落ちたんやない?ねえ、あれは落ちたでねえ」
やはり、考える村のあちこちに落ちていた。
先ずは、山荘の水道水が出なくなり、
「お盆休みだから、人がいっぱい来て、また水が足りないのかねえ」
「雷がタンクに落ちたんやない?」
「やろか。そりゃあ大変じゃー」
妻が考堂の小西さんに電話をして真相を確かめようとしたが、タンクの水は満タンにあるらしく、多分電柱に落雷してポンプが作動してないのでは、ということだった。
我々は、出来るだけ水を使わなくて済むようにと、考える村のレストランに昼食を取りに行ってみると、
「どうやら、ポンプの配電盤に落ちたみたいです。業者に連絡を取ったんですけど、お盆休みなのか、出ないんですよ」と小西さん。
「ポンプだけじゃなくってですね、中井さんところはウォシュレットをやられて、田中さんところはテレビが壊れたそうです」
「テレビが雷で壊れたっていうのはよく聞くけど、ウォシュレットって、何それ。中井さんらしいねえ」
中井さんは、大阪の池乃めだかによく似たおじさんと大阪を絵に描いたようなおばちゃん夫婦である。
実は地上にある電気製品全ては、落雷のみならず、誘導雷と呼ばれる、屋外の電線やアンテナに生じた電荷がアース等を通じて地面に放電するときの通り道となるため、その高電圧で電気製品が破壊されるのだという。
そう言えば、山荘のデッキに取り付けてあるソーラー式のLED電飾が、付く筈のない深夜に、雷が鳴る度に不気味に点滅を繰り返していたのを思い出した。
これが正に静電誘導というもののようである。
こうして我々は、ドラゴンの爪痕である断水という試練と今現在も闘っていて、
「どうするが?山を下りてお城下に帰る?」
作陶は遣りたいけど、苦渋の選択といった、情けない顔で云う妻に、
「いや、朝ねえ、まだ水が出てるときに、バケツと風呂に水溜めて置いたき、大丈夫よ。この不便がまた楽しいやないの」
「そうね。これをいい機会に、震災が来たときの訓練をしちょいたらえいか」
とは言え、風呂は水風呂、食器の後片付けやら、水洗トイレを流したり、或いは手を洗うのにもままならぬ不便が待っていた。
水自体は無いわけではないのに、それでもってこの不便さは一体何なんだろうと、はやくも山を下りる算段をする自分が、妻よりも更に情けない。




