[27]BBQ は、めんどくせー!? [28]妻の鬱屈(うっくつ)
[27] BBQ は、面倒臭せー!?
狸狐庵山荘で月の大半を過ごすようになって初めてバーベキューなるものをやった。
そもそも妻はあまり乗る気ではなく、僕がやってみようかと言うと微妙に顔を歪めた。
元来彼女は余り気の進まないことやどちらかというと好きではないものに対してはっきりと、Noとは言わない。
「君はゼリー系のお菓子は余り好きじゃないよねえ」とわざとらしく訊いてみると 、
「いや、嫌いじゃないよ。でも積極的には食べないだけよ」と言う。
「じゃあ好きでも嫌いでもないってことね?」と言うと、「そうねえ。でも積極的には食べない」と言う。
僕の知ってる限り彼女がゼリー系のお菓子を食べてるのを見たことがない。どうやら彼女はゼリーが嫌いなんだ、と僕は結論づけた。
彼女は「嫌い」と言う代わりに「嫌いじゃないけど積極的にはやらない」と言う人なんだと。
但し、僕の知ってる限り一つだけ例外があった。マトン、つまり羊の肉だけははっきりと「あ、それだめ。臭いがだめです。マトンは嫌い」と言う。よっぽど嫌いなんだと思った。でも、それでもである。「絶対に食べない?」と訊くと、「でも、どーしても食べろと言われれば、食べないこともない」と言う。彼女は負けず嫌いなんだとも思った。
話は戻るが、何はともあれ山荘でバーベキューをやった。
ここに越してきて1ヶ月くらいの頃から何回かに分けて、そう5、6回くらいに分けてホームセンターから色んな色の煉瓦を全部で20個くらい買い集めていた。つまりこの日の来るのを予測していたわけだ。
この山荘を訪れる人々、特に若い人を中心に「ここでバーベキューやったらいいねえ」と口を揃える。だから当然近いうちにはやるものだと覚悟を決めていた。バーベキューをやるための炉を作るのだから当然耐火煉瓦を買うべきところ、値段が倍くらい掛かるため、耐火でないいかにも脆そうな、すぐにでも壊れそうな安い煉瓦ばかりを買った。ついでに炭も一番安いものを買った。
ところが、炭を段ボール箱から取り出すときに気付いたのだが、『屋外使用専用』と書いてある。
「ねえ見てこれ」
「ほんとだ。ヤバイい」
妻は棒読みのような台詞を吐く。
ふたりを『ダイオキシン』という見えない恐怖が襲った。これはきっと狂暴化した猪よりも怖い筈だ。しかもどの炭を取っても枝のように細いものばかりで、安価の持つリスクがここまで歴然としたものも珍しい。
最近テレビでよく見かける武田教授の「炭を燃してダイオキシンがいっぱい出るなら、焼き鳥屋のおやじは全員がとっくにガンで死んでるよ」という台詞を思い出す。情報が入り乱れて何が真実なのか判らない。
煉瓦を積み上げ金網を2枚セットする。一枚は焼肉が乗りもう一枚は炭が乗る予定だ。
炭の火加減の微妙な調整で、両者をセットする間隔が難しそうだ。いずれにしろ今日がお試しだから試行錯誤の連続である。ダイオキシンを気にしつつ、と言っても何をどのように気にしたらいいのか判らないが、なんとか着火はしたものの思うような火力が出せない。
妻はデッキのうえから、太平洋の景色と僕のBBQ の手際を代わる代わるに眺めている。
僕が焼けたものを箸で手渡すと、彼女は皿を差し出しサンキューと言いながらそれを食べるだけ、いや片手にはグラスに入ったビールが揺れている。
彼女がバーベキューに乗る気でないのは最初からお互い知ってのことだから、この状況も当然のこととして認めざるを得ない。
最初にそれを宣言することで、彼女は特権階級となってしまうのだ。世の中割合単純な構造だとも言える。
そのうち周りがうす暗くなってきた。焼肉の材料はまだ半分以上も残っているというのに火力は未だに上がらない。僕も時々は焦げかかった焼肉や野菜の切れ端を口に放り込み、それを流し込むようにして生ぬるくなったビールを飲む。
すべてが終わったあと僕は溜め息をつきながら言う。
「バーベキューは駄目だねえ。ホント、わし何食ったかわかんねえ。ただ疲れるだけだ」
「まー、あなたも私の影響をうけてそんなこと言い出して」
「いやー、わしも特権階級になりたくて」
「なんのこと?」
「いや、別に。でもなんだね、やってても何にもいいことないね、ただ面倒くさいだけで。若い頃はバーベキューって楽しかったんだけどなあ」
「そうそう、年と共に嗜好が変わったのよ」
「家の中で電気プレートの鉄板焼やった方が、まだましやろ」
「そうそう、それがましまし」
妻は特権階級が増えるとも知らず、同調者ができて満足げだ。
「もうなんだね、バーベキューやりたいひとは場所と道具は貸してやるから勝手にやれってことにしにゃきゃいかんねえ。その代わり後片づけまでちゃんとやってくれってね」
「そうそう、我々は中で鉄板焼よ、絶対に。それならニンニクチップも添えて肉を美味しく食べられるよ」
どこまでも特権階級っぽい言い方をする妻だった。
[28]妻の鬱屈
ムカデ騒動からやっと立ち直った妻が最近再び鬱屈とした日々を送っている。
左の目の上まぶたのところに物貰い(正式には『麦粒腫』バクリュウシュと言うらしい)ができたのである。
「ものもらいができたみたい」
妻は洗面所の鏡に左目を近づけながらまぶたを捲る(めくる)ようにして言う。
「そう。ものもらいの目薬あるの?」
「前に貰ったのはあるけど、お医者さんに行かなくて大丈夫かなあ」
「大丈夫、大丈夫。目薬があるなら、病院に行っても同じことやろ」
「でも抗生剤射っといた方がいいんだよ、ものもらいでも」
彼女は看護師だから薬と注射に対する考え方が我々一般人とはずいぶん違うようだ。特に僕の場合近代医学、特に薬や注射の有効性をあまり信じてないのだ。これらのものは単なる症状の緩和には役立つが治癒作用よりも副作用の方が大きい。個人的見解としたら漢方薬の方に魅力を感じる。ただ、麻酔技術の進歩による外科技術の貢献は認めざるを得ない。
「そこまでしなくても、目薬があるなら大丈夫よね」
「あなたは人のこととなると、すぐ大丈夫、大丈夫っていう。自分が一寸でも具合が悪いと、わあわあ大袈裟に騒ぐくせに」
確かにその通りである。誰でもそんなものだと思いたいのだが、どうやら自分の場合は子供の頃から人よりその傾向が強いようだ。
僕が風邪をひいたりすると、今でも母が面白がってよく言う。
「この子は子供の頃から、熱でもだして寝たりすると、頭元にバナナやらももの缶詰やらの果物を山のように積まんと承知せんかった。まあ、ああやこうや言うて容体ばっかり言うき、容体課長と呼ばれよったぞね」
それを聞いた妻は、「やっぱりそうながや」と納得顔だ。
母の言うことも大袈裟な部分もあるが、あながち嘘でもない。そう言われてみると、そのような記憶は確かにある。でも僕のなかに、当時の風潮として、子供が病気の時はどこの家でもそんなもんだろう、というずれた解釈がいつまでも存在しているようだ。自分で言うのもなんだけど、悪い意味でのボンボンなのかも知れない。念を押しておくが、決してバカボンではない。因みに僕はバカボンのパパが好きで、『それでいいのだ』という台詞は実に意味深いものがある。
母の話を聞いて以来、僕が風邪をひいて寝込んだりすると妻は、僕が寝ているベッドのサイドテーブルの上にバナナとももの缶詰なんかを置いたりする。勿論洒落で置くのだが、何となく容体が良くなるのは気のせいだろうか。
僕の場合、実を言うとそこら辺、つまり自分の具合の悪さをどのように表現したらいいのかが分からないのである。どの程度具合が悪くなれば悪いと言うのか。或いはどの程度悪くなるまでは平気を装うべきか。その判断が僕には出来ない。だから少しでも具合が悪くなると、周りにアピールしまくるわけだ。我慢することが美徳だとも思わないし、その意義も判らない。かといって僕のように滅多矢鱈とアピールしていると、例えばその後直ぐに治ったりすると、まるで狼と少年のように言われる。具合が悪かったのは嘘ではないのだから、実に不本意である。
一方妻は、「あなたの言う『大丈夫』はあてにならないからだめ。明日お医者さんに行ってこようかなー」と言いつつも、翌日になっても、またその翌日も、もうすぐ治りそうだからと言って、ついに病院に行くことはしなかった。
そして一時は快方に向かっていた妻のものもらいであったが、どういうわけかまた腫れがひどくなり、発症から1週間程して過去最大の腫れとなった。その間彼女は外出するにも余り気が進まない様子で、好きなビールも控え、何をするにも浮かない表情で、唯一陶芸だけはその分心血を注ぐいい機会となっているようだった。
「瞼の奥の方から、次から次にものもらいが出てきてるみたい」
彼女は鏡の前で目をいじりながら恨めしそうに言う。
返事のない僕を仰ぎ見ながら更に
「やっぱり大丈夫じゃなかったよ!お医者さんに行くべきだったかねえ」
僕としては、大した違いがあるようには思えなかったが、どちらにしても本人が納得のいくようにするのがベストだったかも知れない。
しかし、確か僕が積極的に引き止めた訳でもなかった筈だから、ただ、そうだねとだけ答えておいた。
今日になってもまだ、妻の目の腫れは引かない。
早く医者にいった方がいいんじゃないのかなあ・・・・。
妻の鬱屈は続く。




