[29]昆虫記[30]ナンパ好きな『くまん蜂』くん[31]季節は一塊で移ろう
生き物編(後編)
[29]昆虫記
昆虫記と言えば、ファーブル先生を思い出す。
僕は、個人的にはその神秘さと手軽さゆえに、鳥類や爬虫類等の他の種類よりも昆虫類に興味があって、子供の頃にはファーブル先生みたいになれたらいいな、と夢見たこともあった。
地球上には、未発見のものも含めて1000万種以上はいるであろうと云われる昆虫は、地球上の動物種の実に8割以上を占め、そんな『昆虫惑星』に居て、我々ももう少し彼らに興味を持つべきなのかも知れない。
というのも、推定で1000万種のうち我々に種別されているのは僅か80万種というから、その数自体は十分多いものの、全体の僅か8パーセントという率の低さには少々驚かされる。
「ねえ、デッキの下のこの辺、ああ、いたいた。こいつがねえ、ずーと朝からここら辺の見張りをしててねえ、他の虫とか蝶々なんかが近付いて来ると、追っ払うがよ。何しゆがやろ、ここを自分の縄張りと決めちゅうがやろうか」
僕が言うと、妻もその黒いブドウのようなお尻の昆虫を興味深げに見ながら
「へー、そうなんだ。多分ここら辺に巣が有るんじゃない?雌が卵を生んだりしてるかも」
僕は、女性の発想の独自性に触れた気がした。
「そうか、成る程ねえ。こいつ、ヤマガラが近付いて来ても追っ払おうとするんやけど、どうなってるんかねえ。逆に喰われるよこいつ。でもそこで、他のうるさい虫どもを追っ払って貰ったら、こっちも助かるねえ。・・・・しかし、こいつ自身がうるさいか」
「そうねえ。音が大きいもんねえ」
確かに、彼の羽音は他の虫たちのそれの比べて低音で、しかも大きく迫力がある。
元来虫たちの羽音というのは、例えそれが小さくても、人間にとっては余り心地いい音ではない。視界外であの音に出くわすと、思わず首をすくめてしまうし、ましてやそれが低音で大きい音ともなると、本能的に逃げ腰になるほどである。
ためしに僕がその昆虫に近づいてみた。
羽音があちこちと移動しているようだが、僕には彼の姿は見えなかった。
「パニクってる、パニクってる。ほら、どうしていいかわからなくって、うろうろして、パニクってるよ」
妻が楽しそうに囃し立てた。
その後何日もの間、その昆虫はデッキの下の僕の背の高さくらいのところを、ヘリコプターがホバリングするのように、空中の一点に停まったままで監視を続け、その大小に拘わらず飛翔物が近づけば必ずや、追っ払うようにして追跡する。
その追跡距離は2,30メートルにも及ぶこともあり、飛行のスピードは弾丸のように速い。
しかも昼間ずーとそうやっているのだから、その体力にはホトホト感心するのみだ。
そんなことが何日も続くと、人間というものはその事が気になって仕方なくなるものである。
ネットで調べようにもその昆虫の名前が判らない。
おおよその見当をつけて『ハチ類』で探してみたが、どうも似た写真に行き当たらない。
ところで僕が昔、松葉川温泉の露天風呂で、ある昆虫と出くわしたとき、ちょうどその場に居合わせたおじさんが、昆虫のことにやたらと詳しくて、僕が『昆虫博士』と名付けていたのだが、その彼が「あっ!クマバチだ!」と云って、いきなりお湯のなかに潜り、しばらくの間水面上に浮上して来なかった。
その時以来、クマバチとはそれほどまでに恐ろしいハチなんだと思うようになった。
その時目にしたクマバチの姿をふと思い出し、それがどうやらデッキの下の用心棒に似ているような気がしだしたのである。
ネットで『クマバチの生態』を検索してみて、僕は意外な事実を知ることとなる。
(次回に続く)
[30]ナンパ好きな『くまん蜂』くん
ネットで『クマバチの生態』を検索してみた。
デッキの下の用心棒は、まさしくクマバチの雄だったのである。
『クマバチの雄は、春になると縄張り行動を示す』
まさにその通りであるが、その目的がふるっていた。
「あのデッキの下で他の虫を追っ払っている昆虫ねえ、クマバチなんだって」
お昼時、工房から昼食の『カトキチの冷凍うどん』を作りに山荘にやって来た妻に話し掛けた。
妻はお洒落な老眼鏡を鼻の先にちょこんと載っけて、そして遠くの方にいる僕を、眼鏡の上の方から藪にらみのようにして見ながら
「えー、怖!刺されたら大変なんでしょう?」
「それがねえ、あれは雄で針はないから刺さないらしい。雌は、産卵管が針になってるから、掴んだりすると刺すけど、性格がスズメバチなんかと違って温厚やから、自分から攻撃したりすることはないんやて」
「へー、そうながや。でも自分の縄張りに入って来た侵入者には追っ払ったりして、攻撃してるよねえ。それでも温厚?」
「それがなんと、あれはナンパしゆうがやて」
「ナンパ?どういうことそれ。他の虫や鳥をナンパしよるの?」
「あんなに、一ヶ所に停まったみたいにホバリングして、縄張り行動しながら飛んでてねえ、クマバチの雌が近づいて来たら追っかけて行って、交尾するらしい。だから他の虫とかが来たら、追っかけて行って、それがクマバチの雌かどうかを確かめてるんやて」
「なんじゃそりゃあ。眼が悪すぎやねえそれって。だって人が近くを通っても追っかける素振りを見せるしねえ」
垂れかけた眼鏡を余計に垂れさせて、妻は納得いかない様子である。
僕としても、ネットから得た知識の受け売りだから、別段確信があるわけでもない。
云われてみれば、確かに行動としては腑に落ちないところがある。
発情してて、いくら血がのぼって目が見えないとは云え、なにもかにもが雌に見えて、蝶々であろうがトンボであろうが、小さな蚊やハエ、更には鳥から人間までもが、遠目とは言え、クマバチの雌に見えて、その個体を猛スピードで追っかけて行き、相手にぶち当たりそうになるまで近付いて確認するなどということは、到底信じがたい話である。
僕が信じようが信じまいが、クマバチの雄はそのようにして交尾を達成し、雌は約8個の卵を巣のなかに産むらしいが、
「クマバチってねえ、英語でcarpenter bee、つまり大工蜂って云うらしい。それも、木を使って家を建てるらしくてねえ、木に穴を空けて、削った木の屑で間仕切りをして、小部屋を幾つかつくってー、子育ての部屋とか、花粉団子や蜂蜜を貯蔵する部屋とか、そんな家づくりをするから、大工蜂なんやて」
「へー、それでもって、性格も温厚なんだ。雄には刺し針もないし。最高の蜂やない?それって」
「誠に!しかもその家は、子や孫に引き継ぐんやて。人間の男共も見習いたいもんやねえ。俺なんか、家は建てれんし、一日中見張りは出来んし、でも、雌を追い掛けてって、交尾くらいは、・・・・」
「・・・・・、ダメじゃこりゃ!」
妻とこんな平和な会話をした翌日、
午前中はデッキ下でいつものようにナンパしていた例のクマバチ君は、昼過ぎになっていくら探しても、その姿は見えず、その後も一切彼の縄張りに現れることはなかった。
クマバチ君、どうやら結婚して新居のリホームに忙しいようである。
[31]季節は一週間の塊で移ろう
山荘の動物達とのふれあいには興味深いものがある。
今までにも、ジガバチが芋虫を運ぶ話や昆虫食、それに妻がムカデに咬まれた話などをしてきたが、その後も季節のうつろいと共に虫たちは色んな姿や生態を見せてくれる。
夏場あれ程怒涛の如く押し寄せ、我々を悩ませた蚊の類いは嘘のように姿を消し、その代わりに頻繁に姿を見掛けるようになったのがカマキリやスズメバチの仲間である。規則正しく時をきざむ自然界の中で、注意深く観察していると、その時々に登場する生き物逹の種類や生態は、おおよそ一週間程を一つの単位として変遷しているのが判る。
一週間というエネルギーの塊は大きいとも言えるし小さいとも言える。僕自身の感覚から言えば結構こまめに変わっている印象である。
夜灯りにあれ程集まって鬱陶しくて堪らなかった蛾の仲間や、家中どこにでもいて僕に『蟻の巣ころり』まで買って来させた蟻たちもスッカリその姿を見掛けなくなった。今思えば、彼らのあの凄まじいばかりの活躍ぶりは単純に冬に備えた行動に過ぎなかったのである。
ナナフシや僕の知らない名前の小さな虫逹もいつの間にかメンバーが入れ替わっていて、どことなく『もののあわれ』を感じさせる。
僕はデッキで、ニトリのキャンプ用品売場で900円で買ったワンタッチで折り畳みのできる非常に便利なイスに座り、tabを片手にこのブログを書いたりするのが趣味で、毎日いや刻々とその表情を変える太平洋を眺めながら長い時間をそこで過ごすことが多い。
真っ青な空に白いチョークで落書きをするジェット機を見付け、のけ反るようにして目でそれを追っていた。
すると、横の方からふわふわとタンポポの綿毛のような、よく見るとそれでもないような、純白の綿の切れ端のような得体の知れないものが漂って来た。
どうやら動物ではないようだが、風というよりも空気の微妙な流れにのってゆっくりと移動している。
すると、僕のすぐ側にデッキをくり貫くようにして植えてある小さな楓の枝の方から、いきなり一匹の蜻蛉が飛び出して来て、その綿毛のところまで来るとそれを目の前にしてぴったりと空中に静止した。蜻蛉は綿毛の前で暫く空中静止、所謂ホバーリングをしたまま、その綿毛が何ものであるのかを間近でじっくりと観察しているようだった。
「なんだ、虫じゃねえのかよー。まぎらわしいなあ、もー!」
そんな蜻蛉君の独り言が、僕には聞こえたような気がした。がっかりしたように蜻蛉君は回れ右をして元の枝の方に戻り、再び待機を始めたようである。
この蜻蛉の一連の動作は、蜻蛉の生態に詳しい人々にとってはそれ程珍しいことではないのかも知れない。
しかしこれ迄にそれ程生き物逹とふれ合う機会の無かった僕には、あの藁のような体をした小さな生命体がとった行動は、その飛行技術もさることながら、意地らしいような親しみを感じたのである。
その他にも、蝶蝶同志二匹が空中でじゃれあう姿やコカマキリの死んだ振り行動などは妻をも大いに驚かせた。
コカマキリと言えば、カマキリにも色んな種類があるようだ。
しかし種類が違っても形状は殆ど一緒で、ただ大きさが少しずつ違うだけである。
ネットで調べたところによると、種類によって丸顔とか面長とかの特徴があるそうだが、僕が見る限りどれをとってもギョロ目で三角顔をしていて、まるで宇宙人か魔女のような風貌に見える。大きさにしても成虫と幼虫との違いがあり、小さいうちの区別は素人には中々に難しい。
ただ完全に大きくなってしまえば、それは迷わずオオカマキリだと判る。
それにしてもカマキリという昆虫は実に獰猛な奴で、相手がどんなに大きなスズメバチであろうが或いは彼らよりはずっと高等なヤモリであろうが、なんにでも食らいつく。多分可なりの自信家なのだろう。特に妊娠中のメスは食欲大勢で、場合によってはカマキリの雄までも食べてしまうことはよく知られている。よくは知られている話ではあるが、やはり何度でも、その残酷な景色を人間世界に投影してしまうのは僕だけではない筈だ。恐ろしい限りである。
それにしても、カラスはうるさい。
日本中何処に居てもうるさいカラスだが、考える村にまで世間から逃れても、それでもカラスからは逃れられないというのは非常に残念である。
彼らは、僕が悦に入って浸る極上な雰囲気をぶち壊しにしてしまう。彼らの、人間を小バカにしたような鳴き声は、兎に角癪に障る。その上午前11時になると必ずと言っていいくらいに正確に、彼らは山荘の前の大きな赤松の木で集会を開く。それもこの10月頃から始まった話だ。凄まじい鳴き声で10分程話し合った後、割合あっさりと解散してしまう。10分くらいのことだから我慢できないこともないが、一体何について話し合ってるのだろうか、ひょっとして秋の陣に向けての朝の朝礼だったりして。
山荘に暮らしていると、話のネタは尽きない。
いつも僕の四方山話に付き合ってくれて有難う。




