[32]小鹿のバンビ [33]僕はこんな朝がいい [34]最強の親分に出会った
[32]小鹿のバンビ
最近、狸狐庵山荘の周りを一匹の小鹿がうろついている。
最初に彼を見掛けたのは、考える村の考堂でボサノバコンサートが催された日であるから、四月の末日ということになる。
コンサート会場からの帰り、妻の運転で、助手席には娘のアイリーンが居て、僕は後ろの座席にいた。
「あーっ、鹿だーっ!」
最初に見付けたのはアイリーンだった。
「本当や!バンビや!」
車内はパニック状態である。
僕も後部座席から、小鹿が林道を横切る姿をかろうじて目にすることが出来たが、尻は広い円形に白く、背中は文字通り『鹿の子斑』で、如何にも幼い感じのする小鹿であった。
その後も考える村では、小鹿の目撃情報が相次ぎ、見た人みんなが、かわいかった、また見たい、と口を揃える。
四国山脈、特に剣山山系では鹿が異常な繁殖をして、餌として樹木の樹皮を食い荒らし、多くの木が立ち枯れする事態が発生しているという。
このため、絶滅危惧種で天然記念物にもなっているニホンカモシカが餌不足に晒されて、激減しているというニュースも耳にした。
では何故これ程にニホンジカが増えたのか。
実はこれ、ニホンオオカミが絶滅したことが原因だと言われている。ニホンオオカミが主に餌としていたニホンジカやイノシシ或いはニホンザルなどが、天敵が居なくなって異常繁殖したものだというのだ。
この食物連鎖を取り戻すため、シベリアオオカミ導入案も持ち上がっているらしいが、ニホンオオカミより大型で力の強いシベリアオオカミが増えたら、今度は人を襲うのは自明の理と言えよう。愚策である。
或テレビ番組で、洋食のシェフが、イノシシやカラス、それに鹿など、所謂増え過ぎて今や害獣と言われる動物達を食材とした料理を試作、試食しているのを目にしたことがある。
これは、ニホンオオカミに代わって人間様が、食物連鎖の頂点として加わることを意味するのかも知れない。
この発想は合理的で、非常に僕好みな選択と云える。
例えば『カラス料理』について云えば、カラスの羽根は非常に臭くて料理すること自体ためらわれるが、肉はそうでもないらしい。それでも多少の匂いはあるため、一日牛乳に漬けておくとそれもすっかり取れて、淡白な味の鶏肉として十分いけるという。
ただ試食した人によっては、味が殆どしないとか、肉の色が紫色で食欲が湧かないと違和感を訴える人もいるが、しかしここら辺は食べ続けることによって、慣れてしまえば、何の問題も無いだろう。
以前に僕は、鹿肉の刺身を食べたことがあるが、馬肉よりも更にあっさりとしていて、こちらの方は直ぐにでも毎日の食卓の上ることも可能と思われる。
こんな感じで、増え過ぎて困った末に人間に害獣呼ばわりされている動物達も、これが貴重な食材ともなれば、乱獲の末瞬く間に減少の一途を辿るに違いない。
これから地球規模での食糧難が予想される中、わざわざ大きなリスクを背負ってまでして、シベリアオオカミなんかを導入してる場合でもなかろう。
前にも話した昆虫食と合わせて、真剣に検討すべき課題なのかも知れない。
その後も僕は、あれから2ヶ月余り経って、少し成長して背中の白い斑点も薄くなりかかった小鹿を何度か見掛けた。
どうやら彼は、母親からはぐれたらしく、「キョーン、キョーン」と物悲しく鳴く声が、狸狐庵山荘付近で、夜昼となく聞こえてくる。
こんな愛らしい動物を食材として見るのは辛い。
しかし四国山脈では今も、増え過ぎた彼らを猟友会のハンター達が、毎日何十頭もの数射殺しているという現実がある。
その一方では、鹿やリス、それに野うさぎたちを餌付けして、野生動物達とふれ合いたいなどという能天気なことを考えてる我々もいる。
世の中視点を変えれば、ひとつのものを見るにしても、色んな景色が見えてくるものである。
[33]僕は、こんな朝がいい
山荘の朝は、曙の薄明かりと鳥の囀りで目を覚ます。
最近、特に6月に入った頃から、朝白む時間がどんどん早くなって、ふと目が覚めてまだ薄明かりだったりすると、鴬どんはまだお目覚めではないかな、などと気になったりして、つい聞き耳をたてることがある。
そんなとき、鴬どんも僕とほぼ同じタイミングで目覚めることが多いのか、間髪を入れずに「ほー、ほ、ほ、ほ、けきょ」とやってくれる。
この鳴き方は、今一まだ調子が出てないときのようで、取り敢えずは一度これで周りを威嚇しておいて、一呼吸ついてから、「法ー、法華経」と、メスの気を惹くのである。
「小西さんに会いそうだねえ」
僕と妻は、狸狐庵山荘からヤッシーパークに続く、葛折で、しかも大きな波のうねりのようなアップダウンが繰り返し続く林道をホンダフィットのハイブリッド車で、燃費を気にしながら走っている。
葛折はいいにしても、鬱蒼と木々の繁る崖の中腹付近を切り開いて造られた林道は、出合い頭の行き違いが、可なり際どいタイミングで咄嗟の出来事のようにしてよく起こる。
今日も時間的に、途中で小西さんと多分出合うであろうという予測のもとに、やっぱり出合って、尚且つお互いに急ブレーキ踏んで胆を冷やすのである。
小西さんも何度か市の担当者に陳情し、カーブミラーの設置を要請したそうだが、交通量が余りに少ないから予算が付かないと却下されたらしい。
「今日もお二人でゴルフですか?」
行き違ったついでに、お互い車の窓を開けて、朝のご挨拶である。交通量が殆どない林道だからこそ出来る、長閑な風景だ。
僕と小西さんの距離は、ほんの1メートル足らずである。
「いや、今日はごみを捨てに行きゆう。今日はこっちに居るき、お昼、行こうか」
「んー、どちらでも。何時ごろになります?」
「12時?12時半?」
僕は妻を振り返った。
「そうねえー、窯入れの都合があるから、またあとで電話します」
林道の登り口にあるゴミの収集場所に、市の指定した有料のゴミ袋に入ったゴミを出したあと、ヤッシーパークにある喫茶店でモーニングセットを食べた。
ここのモーニングセットは、コーヒー、トーストとジャム、サラダ、味噌汁、茹玉子、デザートの果物、後でお茶と、内容が完璧に取り揃えられていて、一点の隙もない。
これがいいのか悪いのか、僕には判断しかねた。
朝の喫茶店にモーニングセットを食べに行ったら、いつもそこは熟年者のパラダイスである。
日本の、特に地方都市や田舎の典型的な朝の風景と云える。
僕はこの風景に自分が加わるのは余り好まないが、それを見る度に、仕事の第一線からリタイヤした人びとの、決して優雅とは言えないが、平和な一時を垣間見たような気がして、何故か安心するのである。
その後ヤッシーパークの道の駅で、メロンを二個、うちの嫁の兵庫の実家に、お中元用として県外発送してもらい、僕の好きな枝豆をたんまりと買い込んで山荘に帰った。
人間、生きるということは中々大変なことである。
出来ればしがらみのない人生をのんびりと過ごしたいものであるが、子供なんかを作れば、中々そうもいかないようだ。
妻が考える村の小西さんに電話をかけたみたいだ。
当然なこととして、小西さんの声は僕には聞こえない。
妻の話す内容と彼女の事後報告から推測すると、概ね次のような会話がなされたようであった。
ー 次回に続く ー
[34]最強の親分に出会った
(前回からの続き)
妻が山荘の小西さんに電話をした。
「12時半に、お昼、行きますので、よろしくお願いします」
「はい、分かりました。先程、林道でふじとうさんたちに会った時にですねえ、私、ふじとうさんがランチに行こうかって言ってくれたときに『どちらでもいいです』って言ってしまって、そのことが私、ずっと気になってるんです。
あのとき、私、ランチのメニューとかデザートに古田さんが新しい種類のケーキを焼いてるからふじとうさんたちに試食してもらいたいとか、色んなことが一辺に頭に浮かんで、頭が混乱して、わけのわからん返事をしてしまって、本当にごめんなさい。ずっと気になってます」
「いえいえ、とんでもない、ぜんぜん気にしてませんから、どうぞ気にせんとってください。それじゃお昼よろしくです」
昼過ぎごろ、梅雨の合間の一寸した晴れ間を縫って、僕は妻と一緒に考堂のレストランに行った。
晴れ間と言っても、薄い雲が全体にかかっていて、ところどころに垂れ下がるような分厚い雲が散らばっている。普通なら視界が悪くて、水平線なんか期待できないところだが、何故か今日はクッキリと鮮明に見える。
そればかりか、普段は滅多に見ることの出来ない足摺岬までもが、水平線の上に浮かんだように横たわっている。
考堂のレストランには、小西さん、古田さん、ふたりの美女の元気な姿があった。
いろいろ事情もあって、ふたりが揃うのを見るのも久し振りである。
そこで僕達は、ふたりの美女が我々夫婦のために特別に作ってくれた『スペシャル・焼きおむすびセット』を美味しく頂いた。因みに普通の『焼きおむすびセット』と格段違ったところはないそうだが。
今日はショウガごはんを握ったという、焼きおむすびを頬張りながら、ふとテーブルの横に置いてある花瓶に目を遣るとやまももの枝が差されていて、その枝のあちこちに、巨峰のぶどうよりももっと大きいような、完熟したえんじ色のやまももの実が5つくらい重たそうにぶら下がっていた。
ぶつぶつとしたその表面は、如何にも甘酸っぱい果実の香りに満ちていて、丁度デザートの欲しい僕の食欲を駆り立てた。
「このやまもも、何処にあった?」
食器を下げに来た小西さんに訊いてみた。
「これ、山荘の山田さんのお庭に植わってました。いくらでも取ってもいいって云われて、取りに行ってました。勝手に取ってもいいって言ってましたから、ふじとうさんも行ってみたらいいです」
こんなチャンスを逃す僕ではない。
山田さんの山荘は、まだ新しそうなログハウスで、少しうち上がった崖のうえのようなところに建っている。
山田さんが不在ということは判ってはいたが、ひょっとして居たらお互いビックリしてもいけないから、
「山田さーん、山田さーん、こんにちは、山田さーん」
と、たちの悪い泥棒のように、声を掛けながら山荘の庭の中に入って行った。
やはりログハウスの山荘は、厳重に施錠されているようで、全く人の気配はない。
大きなやまももの木が、山荘の裏手の、なだらかな坂道を上がったところにあって、四角いコンクリートの飛び石が木のところまで、5つくらい等間隔に並べてあった。
その木は沢山のえんじ色の大きな実を枝もたわわに付けていて、樹の下は熟して落ちた実で、足の踏み場もないくらいに一面に覆いつくされていた。
さあ、いっぱい貰って帰ろうかと、僕は飛び石を軽快なステップで渡ろうとしたその時、3つ目の飛び石の上に、何か茶色くて細長い縄のようなものが横たわっているのが目に入った。蛇だった。そしてそれは、割合短く背中には刺青のようなグロテスクな模様が描いてあって、おまけに頭は三角だ。間違いなく、本土最強の蛇、まむしの親分である。
僕は咄嗟に「まむしだ!」と大声を上げた。
後ろの方で、「えー?本当?」という妻の怯えきったような声が聞こえる。
こいつを追っ払わない限り、やまももの木のところには行けない。生憎僕は丸腰である。
そこら辺に投げつける小石がないか物色を始めた。
一方親分は、人間など怖くはないといった風に、落ち着き払った態度で、こちらの方に踵を返し、おまけに尻尾をガラガラ蛇のようにガシャガシャと振っているではないか。
迎え撃つ武器のない僕は、垂涎のやまももを諦めざるを得ず、こけ逃げで坂を降りた。
「見た?まむしが居ったの」
「見てない。怖くて見れん」
こんなことも『好事魔多し』と云うのだろうか。
因みに妻は、やまももは殆ど食べない。
最近、僕のやることは何故か裏目に出る。
しかし、僕自身、こんな日も悪くはない。
トムソーヤのような、少年時代を彷彿させるほのぼのとした一日だった。
今夜は、まむしの親分の夢でも見るのだろうか。
嫌だなあ。
どちらかと言えば、熟して甘いやまももを食べる夢の方がいい。




