[38]ペタの季節
38]ペタの季節
暑い季節になると、狸狐庵山荘にはヤモリがよく出没するようになる。
僕が東京で過ごした大学時代、ひとりのキュートな彼女がいた。
その彼女は小田原に住んでいて、新宿にある某女子大まで小田急線の電車で通学していた。
ふたりは新宿駅東口から間近い繁華街にある、ちょっと古くて重厚な感じの喫茶店、今はカフェと言わなきゃ妻にシーラカンスのように言われるが当時は茶店と呼んでいた、そんな茶店の二階で僕はそのキュートな彼女と向かい合い、レスカ(レモンスカッシュのこと)を飲みながら話している。
「沖縄旅行はどうだった?」
「ええ、とても楽しかったわ。でもね、民宿みたいなところに泊まったんだけど、ヤモリがいっぱいいてね、そう、家のなかに居るの。天井とか壁を這ってて、それが時々、バタンってすぐ近くに、いきなり落ちてくるのよ。気持ち悪くて、それがちょっとね」
その彼女は、付けまつ毛を着けてるくらいに長くて濃いまつ毛をしていて、少女漫画の主人公のように大きくて潤んだ目をしていた。
彼女の目を見ていると、その瞳のなかに沖縄の青い海と、ちょっと古いが如何にも沖縄っぽく開放的な民宿が映っていて、その片隅にゴムで出来たオモチャのようなヤモリが何匹か能天気に天井を這い廻る姿が映し出されていた。
少し前置きが長くなったが、それが僕のなかでのヤモリの存在の全てであった。
つまり、それから狸狐庵山荘に越してくるまでの数十年間、ヤモリという生物は僕の生活のなかに現実のものとして存在しなかったことになる。
山荘に来て初めて知ったことだが、彼らはキモイとかわいいとが不思議に絡んで同居した、奇妙な生き物であった。
身体中の関節部分が、ヨガの達人のように全くのぶらぶらに出来るようで、昼間なんかは天井と柱の角みたいなところに、その角の形状に合わせたコンパクトな姿になって、まるで空気が抜けて押し潰されたように、ぺちゃんこで眠っている。そして前足の一方がとんでもない方向に曲がっていたりする。
しかも少々の刺激では反応しないため、最初僕は、本当に死んでいるのかしらと思ったこともあった。
夜になると、彼らは実に元気よく活動している。
彼らは大概静止してるか走っているかのどちらかで、走る時は4本の足だけが、まるでゴムの動力で動いてるかのようにパタパタと、あがくように規則正しく動く。それでもって、見事に天井でも何処でも、逆さになって走るのに墜ちないのが奇妙である。しかしそれが、たまに足が滑ってバタンと墜落したりするのであろうか。
当初僕は、彼らの足の指先には蛙みたいな吸盤がついてるのかと思って、だから彼らを『ペタ』と呼んでいたが、実はそうではなく、足の裏側には小さな毛がいっぱい生えてて、それが壁などツルツルに見えても必ずあるであろう細かな起伏を確実に捉えていて、器用に何処でも走り回ることが出来るのである。
やはりこれも『見えなくても、あるんだよ』の世界の出来事なのかも知れない。
今日も山荘で僕と妻は、いきなり現れては我々の胆をつぶしてくれる、得たいの知れない、きもかわゆい爬虫類動物と色んなドラマを繰り広げるのである。




