9 タイミング最悪 殺されかける兄
男同士の裸の付き合いで、兄と弟のように親しくなったサリオスとフェローだったが、流石に寒くなって川から上がる。
絞った服はまとめて干しておくというフェローにそれらを任せ、サリオスはザっと身体を拭くと、そのまま竈の様子を見に行った。
(湯は沸いているし、水の用意もヨシ。彼女たちの着替えの用意もしてあるな。流石はフェローだ)
あの少年は、賢いし真面目だ。サリオスは心中で彼を誉めながら、ふと思い出す。
「そう言えば、あの肝はどうすれば良いんだ?」
干せば貴重な薬になる、とアストリアは言っていた。だから、水に沈めないで置いたのだが。
「ちょっと声を掛けて来るか・・・」
女性が身だしなみを整えるのは、時間が掛かるものだと知っているサリオスだ。覗かないで、声だけ駆けるなら大丈夫だろう。
そう判断して、彼は岩陰に歩み寄った。
その少し前、アストリアとジェラルディーナは、仲良し姉妹のように水遊びを楽しんでいた。
背中を流しあったり、髪を洗い合ったりして、最後は水を掛け合う戯れにまでなってしまう。
けれどやはり、秋の川の水は冷たかった。
「そ、そろそろ上がらない・・・」
唇を真っ青にしてアストリアが言うと、ジェラルディーナもくしゃみを1つして答える。
「クッシュン!・・・流石に冷えたな」
水から上がって洗った衣服を絞りながら、ふと気づいたようにジェラルディーナが言った。
「身体拭く乾いた布が欲しいな・・・フェローに言って、持って来て貰おう」
大岩を回って、少し先にいるであろう従者の少年に声が届きやすいよう、半身を出して声を上げるジェラルディーナ。
「おーーーい、フェ・・・」
その時、運悪くサリオスが来ていた。
「おーーーい、アス・・・」
素っ裸の女と、下帯一つの男が、鉢合わせ。
「ッキャァーーーッ!」
クマ相手でも掛け声一つ上げずに、冷静沈着に対峙した女戦士の口から、悲鳴が飛び出した。
「----ッ」
言葉も出ずに、硬直するサリオスだが、次の瞬間、ジェラルディーナは近くの岩を両手で抱え上げた。
「この出歯亀ーーーっ!」
怒号と共に、岩石が飛ぶ。
「ぅわぁっ!」
ガインッ!
間一髪で避けたサリオスだが、頬を掠めた岩石は、彼の後ろで木っ端微塵になった。
「外したかっ!」
再び岩を抱え上げたジェラルディーナに、アストリアが後ろから抱きついて止める。
「ジェラルディーナ! 兄さんを殺さないでぇ~~~」
これもある意味、修羅場なのかもしれなかった。
フェローが用意した湯と水を浸かって、落としきれなかった脂を拭きとる女性2人だが、サリオスとフェローはそんな彼女たちに背を向けてしゃがみ込んでいた。
背を丸め腕で両足を抱えて座り込むサリオスは、とりあえず予備の服を着ている。その傍で、同じく服を着たフェローが、彼の頬を冷やしていた。
「・・・大丈夫ですか?サリオス様」
「・・・・・・・・・・・」
従者の少年には、それ以上かける言葉が無い。
ジェラルディーナの突発的な怒りは収まっていたが、一言も口を利かず、むっつりと身仕舞を整えている。サリオスが来た事情は解ったが、だからと言って笑って許せるものでも無いのだろう。
確かに不注意だったのかもしれない。
サリオスの方に、妹だからと言う気持ちがあったことは事実だ。いや、妹だから裸を見ても良いわけでは無いが、声を掛けるくらいは大丈夫だと思っていた。
ジェラルディーナという、肉親ではない、妙齢の女性がいることを、うっかり失念していたことが、最大のミスだったと言える。
だが、まさかあのタイミングで鉢合わせしたのは、運が悪かったとしか言いようがない。
アストリアは、やれやれというようにローブを羽織ると、兄に向かって言った。
「フェローと一緒に、木の実でも採って来る。クマ肉だけじゃ、寂しいし」
「えっ・・・いや、それは・・・」
ジェラルディーナと2人だけでは、息が詰まると思うサリオスだ。
けれど、ここは荒療治でも、早く何とかした方が良いと判断したアストリアは、情けない顔になる兄を置いて、サッサとフェローを連れて森へ入って行ってしまった。
残されたサリオスは、気まずさMAXだが、それでも勇を鼓してジェラルディーナに声を掛ける。
「ジェ、ジェラルディーナ・・・その、何度も言うが、すまなかった」
すると彼女は、真剣な顔をして振り返った。
「私の国では、女性の裸を見た男は、責任を取って娶らなければならない、と言う法がある」
「ええええーーーーっ!」
サリオスの叫びが、警告に響き渡った。
子供の頃は顔も知らない婚約者がいたが、諸事情でその話が無くなると、それ以降はなんやかんやと逃げ続けて来たサリオスである。貴公子として、浅い付き合いの女性はそれなりの数はいたが、深い付き合いになったことは無い。奥手なのかと思われがちだが、シスコンゆえだという事は内緒である。
サリオスは、哀れなほど狼狽えた。
(ど、どうすれば・・・いや、男として責任をとらねば・・・ならないのか? ジェラルディーナと結婚?・・・あの女戦士を妻とする?・・・出会って数日の女性を娶る?)
愕然と言うか、呆然と言うか、何とも情けない様子のサリオスを見て、ジェラルディーナはニヤリと悪そうな笑みを浮かべる。
そして笑いを含んだ声で、言った。
「そんな法など、ある訳ないだろ。嘘だ」
ジェラルディーナは、それですっかり機嫌が直ったようだ。
オレンジ色の瞳を輝かせ、声を上げて笑う彼女に、サリオスは小さく呟く。
「・・・あっ、そう」
騙されたという気持ちより、安堵の方が大きくて、怒るタイミングを逃した彼だった。
やがてアストリアとフェローが、山ほどの果実や木の実、茸などを抱えて戻って来る。
簡易かまどから火を移して焚火を作り、夕食が始まった。
塩とハーブをもみ込んだクマ肉と、茸の串焼き。
アケビや柿や山リンゴのデザート。
木の実は、不寝番の時に炒っておくことにする。
4人は素朴だが美味い料理を堪能し、周囲の警戒から戻って来たファルコはジェラルディーナからクマ肉を小さく裂いた物を貰う。4用の馬たちは辺りの青草などをしっかり食べていた。
食事が終わると、就寝準備だ。
アストリアが見つけて来た、獣除けの草をあちこちに焚き、クマの肝を岩の上に干した。
そして交代で不寝番をしながら、一行は眠りにつく。
ジェラルディーナは、上機嫌になっていたが、サリオスは何やら疲れたようで元気が無かった。
その様子に気付いていたが、ジェラルディーナの機嫌が良くなったなら、それでヨシとするアストリアだ。
兄には厳しい妹、と言うのはよくあるのかもしれない。




