8 裸の付き合いも良いものです
サリオスは、クマの血で汚さないよう気を付けて、荷物の中から地図を引っ張り出した。
「ここから下って渓流に出れば、身体が洗えるだろう。今日はいっそ、そのままそこで野宿をするのはどうだ?」
全身クマの血と脂で、真っ赤でベトベトな4人は、馬たちを引きながら森の中を下って行った。
到着した渓流は、思っていたよりも水量が豊富で、狭いが砂地の川岸もある。
鷹のファルコに周囲の警戒を任せて、一行は良さげな場所を選び、荷物を降ろした。
「アストリアたちは、先にあの岩場の陰で身体を洗っておいで。こっちは2人で、火を起こしたりしておくから」
レディーファーストという事なのだろう。女性2人は、ありがたくその言葉を受け取って、大きな岩の陰に入って行った。
フェローに火起こしを任せて、サリオスはクマから剥ぎ取って来た素材の荷を解いた。
先ずは毛皮を持って川に入り、水に沈めて大きめの石で重しにする。そして辺りに落ちている小枝を使って、簡単な籠状の入れ物を作った。器用な彼には、楽な作業だ。そしてその中に、クマの塊肉を入れて水の中に沈めておく。
毛皮の鞣し方や、肉の下処理方法などは、旅の最初の頃にアストリアから教わっていた。
火起こしを済ませ、鍋で湯を沸かし始めたフェローが、手伝う事はございませんかとサリオスの傍に来た。
「ああ、こっちも終わったから、俺たちも身体を洗おうか」
「あ、では服を洗っておきますので、サリオス様がお先にどうぞ」
あくまで分を弁えるフェローだが、サリオスはさらりと返した。
「互いに自分の服を洗いながら、身体も洗えばいいじゃないか。辺りの警戒は、ライゼたちやファルコがしてくれるだろうし」
サッサと服を脱いで下帯ひとつになったサリオスは、着ていた服を持って川にザブザブと入ってゆく。
お言葉に甘えて、とフェローもそれに倣った。
秋の川の水は冷たいが、労働で火照った身体には寧ろ心地よい。
汚れた服を水に沈めながら、2人は水中に身体を沈めて洗い始めた。ざぶざぶゴシゴシと洗う度に、血脂の赤い色が流れに消えてゆく。
「サリオス様は、着やせするタイプなのですね。見事な筋肉がついていて、羨ましいです」
フェローが、感心したように言った。
「そうか? ところでフェローは何歳だ?」
サリオスの問いかけに、雀斑の少年は戸惑う。
「え?・・・はい、ええとオイラ・・・いえ、私は・・・」
「オイラで構わないぞ。少なくともこの旅の間は、気楽に話してくれ。特に今は、男同士の裸の付き合いだしな」
旅仲間だと言うサリオスに、フェローは二パッと笑った。
「はいっ、オイラは15歳になります」
サリオスは手を止めて、彼の顔を見ながら言う。
「だったら、身体が出来上がるのはまだ先だ。意識して鍛えれば、筋肉などいくらでも付くだろう」
サリオスの言葉は嬉しかったが、フェローは素直に喜べない。
「ありがとうございます・・・オイラは農民の出で、ジェラルディーナ様のお屋敷の下働きでした。御目に止めていただいて、旅に同行することになったんです。従者と言う仕事は好きですし、やりがいもあります。でもオイラは、もっとお役に立てるような、強い大人になりたいんです」
戦うジェラルディーナの邪魔にならないよう、そう言う時は離れた場所で待機しているのが常のフェローだ。彼女の戦いぶりは援護の必要も無いほどで、彼が持つショートボウの使い道は、日々の食料を得るための狩りだけである。
「何かあった時に、主を守れるようにって・・・剣とか、習えたら良いなって思ってるんです」
えへへ、と照れたように笑う少年に、サリオスは笑みを浮かべた。
「だったら、旅の間だけでも教えようか?基礎と鍛錬方法くらいなら、教えられると思う」
弟まで出来たような気分になって、そう提案するサリオスに、飛び上がらんばかりに喜んだフェローだった。
一方、岩陰に入ったアストリアたちは、身体を洗うのに丁度良い川の淀みを見つけた。
クマの解体作業中、流石に装備や上着は脱いでいた2人だが、着ていたシャツやズボンは血脂で汚れ、下着にまで浸みついてしまっている。
「う~~~ん、やっぱりここまで浸みこんじゃってるかぁ~~」
アストリアは溜息をつきながら、けれど躊躇いもせずに衣服を全て脱いだ。
「次からは、裸になってやった方が、良いのだろうか?」
ジェラルディーナも、あっさりと全て脱ぎ捨てて、水の中に入ってゆく。
半身まで水に浸かって、服の汚れを落としながら、ふいにアストリアが口を開いた。
「それにしても、ジェラルディーナって、筋肉が凄いわね。腕とか、凄く綺麗に筋肉が付いてるし、腹筋も素敵に割れてるし」
逞しく鍛え上げられた身体は、美しい筋肉の鎧で覆われているようだ。
素直に感嘆するアストリアに、けれどジェラルディーナは、苦笑いで答えた。
「そうかな? だが、女性らしい身体とは程遠いだろう? まぁ、そう言うのに憧れたり、目指したりはしてはいないんだが・・・女性らしい身体と言うなら、アストリアの方だろう。肌は綺麗だし、傷跡も染みも無いし、柔らかそうだ。家出してきたと言っていたが、実は御令嬢だったりするんじゃないか?」
裸になると、遠慮も減じるものなのだろうか。
アストリアは手を動かしながらも、ほのぼのと笑って答えた。
「まぁ、そうね~~~、でもジェラルディーナも、似たようなものでしょ?家を飛び出したって言ってたけど・・・」
ジェラルディーナも服を擦りながら、さらりと返す。
「ああ、まあな。子供の頃から武芸が好きで、こういう性格だったから、武者修行の旅に出るって言って、無理やり飛び出して来た。・・・・あ~~、それにしてもなかなか汚れが落ちないな」
やがて何とか服を洗い終えた2人は、身体と髪に取り掛かる。
「服よりは汚れが落ちやすいが・・・やはりあの作業は、裸でやるべきだな」
ジェラルディーナの言葉に、アストリアは手を止めて彼女を見た。
「・・・でも、そういう状況って・・・どうなの?」
2人の頭の中に、大きな獣の腹を捌いて、内臓を取り出している裸の女2人の映像がポワンと浮かんだ。
そして互いに顔を見合わせて、同じ言葉を発する。
「怖っ!」
ホラーな光景を思い浮かべたが、更にアストリアが言う。
「身体を洗いに行く時も、そのまま歩くのよね・・・」
汚れた身体のまま服を着てしまえば、裸で作業した意味も無くなるのだから。
「・・・誰かに見られたら、怪談話が出来上がりそうだな」
血に濡れた刃を手にしたまま、血まみれの女2人が、森の中を彷徨う・・・と言う怪談。
それは、人騒がせと言う以外にないだろう。
「それじゃ次は、下着でやりましょ」
そう言って締めくくったアストリアだが、下着姿でも結構怖いだろうと言う反論は飲み込んだジェラルディーナだった。




