7 どうせなら一緒に旅をしよう
愛馬を褒められたジェラルディーナは、近くにいた漆黒の馬を呼んだ。
「この子は、フォルテヴェローチェ」
アストリアたちに紹介する女戦士は、嬉しそうに、誇らしげに馬を撫でる。
白いところなど1つも無い、漆黒の馬体。
黒は身体を引き締めて見せる色だが、このフォルテヴェローチェと言う馬は、それを補って余りあるほどの、堂々とした体躯だ。筋骨隆々としか言い表せない身体と、鋭い眼差しが、彼が軍馬であることを物語っている。
「それから、こっちがフェロー・バブル。従者の仕事をして貰っている」
ジェラルディーナは、パンを全て食べ終わって、口元をゴシゴシを拭いている少年を指して言った。
「で、その馬が・・・って、カスターニョはどこへ行った?」
ファローの馬であるカスターニョが居ない、と尋ねる主に、従者の少年は素直に答えた。
「この奥に小川があったので、そっちで水を飲ませてます」
それを聞いたサリオスは、アストリアに告げた。
「それじゃ、ライゼたちにも水を飲ませに行ってくる。ついでの我々の水も、補給しておこう」
案内するというフェローを先頭に、サリオスと馬たちが木立の向こうへ消えると、アストリアがジェラルディーナに尋ねた。
「レジネッタの方ですか?」
おっとりのんびりと言った口調だが、女戦士は微かに警戒の表情を見せて黙る。アストリアは、それに構わず続けた。
「あ、ごめんなさい。フォルテヴェローチェっていう名前を聞いて、レジネッタ風だと思っただけだから」
この周辺の国々では、言語は共通だが、国ごとに古い言い回しや言葉が存在する。
フォルテヴェローチェと言う名は、レジネッタの古い言葉で、強く速いという意味だ。
詮索するつもりなど全く無いと、顔に書いてあるような笑顔のアストリアに、ジェラルディーナはあっさりと白旗を上げた。
「ああ・・・うん、レジネッタが母国だけど、家を飛び出して来たんだ」
「あ~~~、じゃぁ同じ。私たちも家出してきたの」
兄の方は支援者を探す目的の旅だったが、家を出るなりあっさりとそれを捨てたので、家出と変わりない状況だと言える。
そしてその会話で、アストリアとジェラルディーナは意気投合した。
やがてサリオスたちが馬たちと共に戻ってきた時には、すっかり友人のようになっていた2人である。
「あ、お帰り兄さん。ジェラルディーナと話し合ったんだけど、ここから一緒に旅をすることになったから」
決定事項かよ、と突っ込みたくなるサリオスだが、きっと最終的には妹の希望を受け入れるだろうと思うので、解ったとだけ答えた。
「よろしく頼む、サリオス。お互い特に目的地がある訳でも無いし、冬が来る前に山脈を越えてエリンコートの方へ行こうかと言うところは一致したからな」
ニカッと笑って手を差し出したジェラルディーナに、サリオスはこっそりと溜息をつきながら、その手を握り返した。
するとジェラルディーナは、アッと声を上げる。
「忘れていたが、まだ仲間がいる。もう戻って来ているはずだから」
そして彼女は、指を唇に当てると、鋭く指笛を慣らした。
「ピイイイィィーーーー」
すると呼応するように鳴き声が聞こえ、風を切る翼の音と共に1羽の鷹が飛んできて、ジェラルディーナの肩にとまった。
「辺りを偵察させていたんだ。賢いぞ。名前はファルコだ」
自慢げに言うジェラルディーナに、アストリアがボソッと漏らす。
「鷹・・・ね」
レジネッタでは、鷹の事をファルコと呼ぶ。鷹の名前がファルコなら、馬をウマと名付けるのと同じじゃないかと思うアストリアだ。
「ん?・・・それ以外の何に見えるって言うんだ?」
けれどジジェラルディーナは、寧ろ怪訝そうに言った。
「あ、うん。鷹にしか見えないから大丈夫。ファルコ、よろしくね」
アストリアは、軽く首を傾げて優しく微笑み、鷹に挨拶をした。
秋の山脈を越える旅は、サリオスが思ったよりもずっと楽しかった。
山道で、冬ごもり前のクマに何度か出くわしたが、雌のクマはアストリアの進言で、追い払うだけに留める。
「あの種のクマの雌は、冬ごもり中に出産するの。その為にも、沢山食べて栄養を体に蓄えるのよね」
「妊婦なら、クマでも大事にしてやらんとな」
女性2人の言葉には、逆らえるはずもないサリオスだ。
けれど気が立っていて、既に攻撃態勢に入っている雄のクマは別だ。
山道では、馬に乗ったままでは戦えない。サリオスは、パッと馬から降りて武器を構える。ヴェルトライゼンテは主とアストリアの間に立って、サリオスの様子を見ながら彼の妹を守る態勢になった。
ジェラルディーナは、即座にフォルテヴェローチェの腹を蹴り、森の中に点在する岩の上を跳んでゆく。そしてあっと言う間にクマの背後に回り、そこで愛馬の背から跳び下りながら双剣を抜き放った。
後ろ肢で立ち上がっていたクマは、背後に出現した女戦士に気付くと、バッと振り返って両腕を頭上に翳した。威嚇で体を大きく見せるクマに、女戦士と軍馬の覇気が飛ぶ。
その瞬間、サリオスが踏み込んで初撃を与えた。
ガッ!
クマの脇腹から、剛毛の束と血しぶきが走る。
グァァッ!
比較的柔らかい脇腹を狙ったとはいえ、致命傷にはならない。
クマは、咆哮を上げてサリオスに向き直った。
それを見逃さず、今度はジェラルディーナが跳んだ。
右手の剣で、クマのもう片方の脇腹を割き、身体を回転させながら同じ個所に左手の剣を叩きこむ。
そこから飛びずさって間合いを取るまでの動きは、舞うように滑らかで速かった。
前に剣、後ろに双剣。
クマは翻弄され、剛腕から繰り出すはずの攻撃など、一つも当たらない。
フォルテヴェローチェも、後ろ足の蹴りで加勢し、結局大きなクマは、あっと言う間に討伐されてしまった。
倒れ伏したクマの身体を見下ろしながら、戦士2人は刃を拭う。
そこへトコトコと近づいて来たアストリアが、いつも通りの穏やかな声音で言った。
「お疲れさまでした。命は無駄にしちゃいけないと思うから、持てるものは持って行きましょ」
そして、解体作業が始まった。
「先ずは、肝臓の近くにある胆嚢。『熊の胆』って言うんだけど、干したものは貴重な薬になるの。後は、爪と牙と毛皮ね。素材になるから売れるわ。肉は、数日分の食料になるから、そのくらいの量で」
アストリアの指示で動く、サリオスとジェラルディーナとフェローだが、討伐よりこっちの方が大変だったと言えよう。
「豚の屠殺を手伝ったことはあるけど、これだけ大きいとキツイです・・・」
フェローが、小声で呟く。
「双剣を、こんなことに使うとは・・・なまくらになっちまう・・・」
腹を割いていたジェラルディーナは、つい口調が荒くなっている。
「うぉぉぉーーーー、かっ固い!」
大剣と短刀で爪と牙を外そうとするサリオスも、呻きながら頑張った。
アストリアも、護身用の短剣で少しずつ毛皮を剥いで一緒に作業するが、こっそりと心中で呟いた。
(やっぱり、臭いわぁ・・・)
やっと目的を達した時には、全員血みどろで生臭い姿になっていた。
「どこかで、身体を洗おうか」
誰言うともなく、そんな声が上がった。




