6 赤毛の女戦士とその愛馬は、とても魅力的
妹と兄は、モンテファスト公国の中を、のんびりと旅して回った。
アストリアは、モスグリーンのゆったりとしたローブと帽子を身に着け、ロッドを持つ。
この世界ではロッドは打撃武器に分類され、魔法は存在しない。なので彼女の場合、豊富な知識を役立てる役割で、応急手当要員である。彼女にとってロッドはせいぜい護身用でしかなく、寧ろただの道具的な扱いだ。
サリオスは生成りのシャツに実用的な革鎧を着け、紺色のズボンとマント代わりに青い布を肩に掛けている。メイン武器は腰に下げた剣だが、愛馬の横腹に槍を装着し、場合によってはそちらも使う。妹を守って愛馬と共に戦う、旅の剣士という役どころだ。
2人はその見かけで経験を積み、半年も過ぎる頃には、斡旋所の低難易度の依頼なら、難なくこなせるまでになっていた。
そのお陰で生活費は困らず、実家への連絡も全くしないで済ませている。
きっと両親は、消息不明になってしまった息子と、彼に付いて行ってしまったと思われる娘を、必死に探しているだろうが、そんなの知った事じゃない兄と妹である。
そんなある日、2人は1つ依頼をこなし、良さげなレストランで食事をとっていた。
「ちょっと手強かったけど、無事討伐出来て良かったね、兄さん。腕を上げたんじゃない?」
「今回は大きめの個体だったから、槍をメインにしてみたんだが、ライゼも良く立ち回ってくれたしな。おびき出しをしてくれたアストリアたちも、良い働きだったと思うよ」
今回の依頼は、害獣退治。
近隣の農家の納屋を荒らしに来る、イノシシ退治が依頼内容だったが、1頭だけだったので、充分対応できた。報酬金もそれなりに高かったので、ちょっと贅沢な食事をしているアストリアとサリオスである。
そんな話をしていると、少し離れたテーブルから声が聞こえてくる。
「・・・良かったら、この後お茶でもどうかな?」
見ればしゃれた身なりの若者が、テーブルに座る女性を誘っているようだ。
「いや、結構」
けれど女性はきっぱりと言って、席を立った。
燃えるような長い赤毛を、細い黒革のベルトで幾重にも巻き付けて押さえている髪型。
黒い服の上に質の良いブレストプレートを付けた姿は、女戦士だからだろう。
スクッと立ち上がった女性の前のテーブルには、空になった皿とテイクアウトの包みが1つ。
彼女はその包みを手に取ると、チャラそうな優男には一瞥もくれず、スッと背を向けた。
「つれないことを仰らず、良い店を知っているのですよ」
けれど男は諦めず、身なりにそぐわない下卑た笑みを浮かべて、女性の腕を掴んだ。
いや掴もうと、腕を伸ばした。
パシンッ、と小気味よい音が響く。
男は軽く払いのけられた手ごと後ろによろめいて、ドスンと尻もちをついてしまった。
そこへ女戦士は、ずいっと顔を近づけて、人が変わったような言葉を投げつける。
「触ンじゃねぇよ! 相手を見てナンパしな。テメェなんかじゃ、分不相応なんだよ!」
一発ぶん殴ってやろうか、とでも言うように拳を見せつけた女戦士に、男は尻で後ずさりながら声を出す。
「すっ、すみません・・・失礼をっ・・・」
女戦士はテイクアウトの包みを持ったまま、フンと鼻で笑って出て行った。
「顔は見えなかったけど、カッコいいなぁ・・・兄さんは、どう思う?」
普段より大きく目を開けて、一部始終を見ていたアストリアが、ドアが閉まると同時にサリアスに話しかける。
「あ、ああ・・・・・・色々と、スケールの大きな女性のようだな」
サリオスとしては、そう言うより他は無い。ああいった女性は、初めて見たのだから。
こんな風に、様々な人間のキャラクターを知ることが出来るのも、旅の醍醐味なのだろうと思っていた。
食事を終えたアストリアたちは、町を後にして北の方角へ向かった。
特に当てがある訳では無いが、冬になる前に山を越して、北のエリンコート王国へ入ろうかと話し合っていたのだ。
秋の日差しを受けながら、のんびりと街道を進んでいた2人だが、丘を越えた辺りで、ふいにアストリアが声を上げた。
「あ、あれ・・・さっきの女性じゃない?」
彼女が指さす先には大きな欅の木があり、その根元に赤毛の女性が寝転がっていた。
その傍らには、漆黒の逞しい馬が立っている。
「せっかくだから、ちょっと話を聞かせてもらおうかな」
アストリアは、兄の返事も聞かず、マイネレーツェルの腹を蹴って駆け出した。
知識欲旺盛な彼女だが、旅の間は読書も思うように出来ない。その分、人とのコミュニケーションで、知識を蓄えようとしている。
アストリアは、欅の木から少し離れた所で馬を降り、マイネレーツェルの轡を取ってのんびりと足を進める。すると木陰の女性の近くに座って少年が、食べていたパンを傍に置いてパッと立ち上がった。
肉と野菜がたっぷり挟まったパンは、あの時女性がテイクアウトしていった品だろう。
鳶色の髪に雀斑だらけの顔をした少年は、アストリアの前に駆け寄って来た。
「ごっ・・・御用は・・・(モグモグ ゴックン)・・・何でしょうか?」
慌てて口の中のパンを飲み込みながら、少年はしっかりとした口調で尋ねて来る。
アストリアは、ほわんと笑みを浮かべて答えた。
「お食事中に、失礼いたします。先ほどレストランで、あちらの方をお見かけしていまして、私はアストリア・ノイエルングと申しますが、お取次ぎいただけますか?」
サリオスも下馬してヴェルトライゼンテと一緒に傍まで来ていたが、あっさりと本名を告げた妹に驚いてしまう。
(いいのか?今まで苗字まで、相手に言う事は無かったんだが)
軽く眉を顰めたサリオスだが、彼女には何か思惑があるのかもしれないと思って何も言わない。妹の判断を、信頼しているのだ。
まだ少年の自分に、礼儀正しく取次ぎを頼むなんて、今までは無かったことだ。
少年はパッと目を輝かせて、女性の元へ駆け寄る。
「ジェラルディーナ様、あちらの・・・」
「ああ、聞こえていた」
赤毛の女性は、そう言って立ち上がると、アストリアの前に歩み寄った。
「私は、ジェラルディーナと言う。今は、それだけで許して欲しい」
細く凛々しい眉、勝気そうなオレンジ色の瞳、意志の強そうな口元。
今は穏やかで、品の良さそうな佇まい。
苗字は告げられないという彼女に、アストリアは笑みを深くして、傍らの兄を紹介した。
「こちらは、兄のサリオスです。2人で気ままな旅をしています」
するとジェラルディーナは、驚いたようにオレンジ色の目を丸くする。
「兄妹だったのか。レストランに居たのは知っていたが、旅の恋人たちか夫婦だと思っていたぞ」
(やはり、そう見えがちだよなぁ・・・)
サリオスは、少しばかり困ったような顔になる。近頃、自分のシスコン具合が解ってきている彼なのだ。
けれどアストリアは、ジェラルディーナの言葉は華麗にスルーして、馬たちを紹介した。
「こっちがマイネレーツェル。兄の馬は、ヴェルトライゼンテと言います。ジェラルディーナさんの馬は、素晴らしいですね。さっきのレストランに入る時、繋がれているそちらの馬を見て、凄いと思ったんです。その後、店を出る時には居なかったので、貴女の馬だったんだろうって思っていました。ジェラルディーナさんも馬も、とても素敵でカッコいいと思っていたので、お見かけしてつい、声を掛けてしまったんです」
愛馬を褒められて、ジェラルディーナは嬉しくなり、目の前のアストリアと名乗る娘に好感を持った。




