10 フライパンの縁
山を越えてエリンコート王国に入ると、季節はすっかり晩秋になっていた。
刈り入れが終わった畑が長閑に広がる景色は、人の営みの暖かさを感じる。
街道に出た一行は、とりあえず一番近いアユサン村へ向かった。
田舎の村ではあるが、この辺りではそこそこ大きな集落らしい。
店や宿屋なども、ひと通り揃っているようで、一行はこの村で休養と補充をするつもりだった。
ひとまず宿を取るが、人数が増えたので、今までのようにはいかない。
結局、サリオスとフェロー、アストリアとジェラルディーナ、の2組に分かれて部屋を取った。
男部屋、女部屋という感じだが、久しぶりの屋根がある部屋と簡素だがきちんとした寝台に、それぞれ楽しく語り合う事も無く、ぐっすりと眠った。
サリオスが、少し寂しかったというのは内緒だ。
翌日は、それぞれがやるべき事を分担する。
サリオスとジェラルディーナは、武器のメンテナンスをしたいので、鍛冶屋に行くことにする。ついでに馬たちも全部連れて行って、蹄鉄の打ち直しなどもしてもらうと言った。
アストリアは、荷物番を兼ねて宿で留守番だ。こう言った宿屋では、荷物を置いて全員が外に出ることは無い。何か無くなっていても、保証制度などはないのだ。
そしてフェローは、1人で買い出しに出ることになった。
ジェラルディーナと2人で旅をしてきた時もずっとそうだったので、それ自体は特に問題はない。けれど今回は、旅仲間の人数も倍に増えているし、荷物運びをしてくれる彼の馬カスターニョも蹄鉄のメンテナンスに連れて行って貰っている。
結局、何とか必要な品々を買い終わった時、フェローの持つ荷物の量は相当のものになっていた。
背中に背負ったリュックはパンパンで、両腕で大きな袋を抱え、その腕には幾つもの手提げ袋が掛かっている。
食料品のセールで張り切り過ぎた、オバちゃんの帰宅姿のようだ。
「やっぱ、買い過ぎたなぁ・・・・」
途中で一度、宿に戻った方がよかったかもしれない、と呟きながら、ふぅふぅと帰路に着くフェローだったが、商店街を過ぎたところで、鍛冶屋の前を通りかかった。
(ジェラルディーナ様たち、いるかな?)
助けてもらえるかもしれないし、と雀斑の少年は、鍛冶屋の中を覗き込んだ。
「お願いします、急いでるんです。親方に、叱られちゃうんです~~」
鍛冶屋の作業場の中から、半泣きで訴える少女の声が聞こえ、中に入ると、困った風の鍛冶屋の主の姿があった。
「だから無理なんだって。馬4頭の蹄鉄と武器の研ぎと装備のメンテナンスが2人分で、夕方まで大忙しなんだ。それにこのフライパン、古すぎて柄が折れちまってるんだから、新しいのを買った方が良いと思うぜ。隣の雑貨屋に行ってみたらどうだ?」
主の言葉に、少女はそれでも言い募る。
「雑貨屋さんには、もう行ってみたの。でも持っているお金じゃ、新しいのを買うには足りないの。夕方まで親方は帰ってこないし、それまでに夕食を作っておかないと・・・」
(ああ、きっとジェラルディーナ様たちが頼んだ仕事だな・・・)
それで、この気の毒な少女が酷く困っているなら、助け舟を出そうとフェローは思った。
「ねぇ、新しいフライパンの代金、足りない分はオイラが出すよ」
鍛冶屋の主は、直ぐにでも仕事に戻りたいだろう。夕方までに仕上がらなければ、主であるジェラルディーナ様もサリオス様も、困るだろうし。
そう思って告げた少年に、藁束のような亜麻色の髪を三つ編みにしている少女は、振り返って尋ねた。
「そ、それはありがたいですけど・・・なんで?」
「イイから、イイから・・・大丈夫、お金には余裕があるからさ」
フェローは少女を急かして、隣の雑貨屋に入り、ピカピカのフライパンを買った。
旅に必要な品を購入する代金は、前もって貰っていたが、それ以外にもフェローは自分の財布を持っている。ジェラルディーナは、彼に従者としての給料をきちんと払っているのだ。さほど大きな金額では無いが、旅の中ではそれを使う機会も殆ど無い。なので、自由になる金は、そこそこ持っているフェローなのだ。
「あっ、あの・・・本当にありがとうございました。今晩、親方が帰って来たら、何とかお金を貰って、お返しに行きますから」
店の外に出て、何度も頭を下げる少女に、フェローは答える。
「返さなくてイイよ。でも、どうしてもって言うなら、この大荷物を宿まで運ぶの、手伝ってくれない? あ、急いで帰らないといけないんだっけ」
けれど少年の言葉に、少女は笑顔を向けて答えた。
「ありがとう、手伝わせて。どうせ親方には、フライパンを壊したってことで殴られるんだし、少しぐらい仕事が遅れても、同じことだから」
「殴られるって・・・」
つい繰り返したフェローの言葉に、少女は彼の荷物を幾つか受け取って歩き出しながら言う。
「いつものことなのよ。親方はケチで怒りっぽくて、一緒に住んでる徒弟さんが3人いるんだけど、皆親方と同じで、怒鳴るし手や足が出るの。でももう4年も働いてるから、慣れちゃったので平気よ」
慣れるほど、殴られたり蹴られたりする生活って、おかしいだろう。
「酷くない? 逃げ出しちゃえばイイのに」
雀斑の少年は、眉を顰めて言う。
「アタシは身寄りも無いし、親方のところで掃除、洗濯、炊事をするしか、出来ることは無いの。親方はこの村で1人だけの大工で、村の中で知らない人はいないから、逃げ出してもきっと直ぐに掴まっちゃうわ」
少女は、そこまで言うと、ふいに俯いて続けた。
「殴られたり蹴られたりは、まだ我慢できるんだけど・・・近頃は親方や徒弟さんたちが、胸やお尻を触ってくるのがイヤ。当たっただけだって言いながら、変な目つきで見るし・・・」
ガキだと思っていた下女が年頃になってきて、そういう目で見られるようになってきたという事なのだろう。この先の事は、容易に想像できる。
そしてフェローは、この少女を助けてやりたいと思った。
「あのサ・・・オイラはフェローって言うんだけど、逃げ出すなら手伝おうか? 主人や旅の仲間に聞いてみないといけないんだけど、オイラたちは明日か明後日にはこの村を出発するんだ。一緒に行って、どこか別の村とか町で、住み込みの働き口をみつければイイんじゃない?」
大工の棟梁の家より、もっとマシな就職先を探そう。少なくとも今よりは、良いところが見つかるのではないだろうか。
そう提案するフェローに、少女は戸惑いながらも、小さく頷いた。
「うん、ありがとう、フェロー。もしダメでも、これから先の事が変わるわけじゃないし、だったらアタシ、このチャンスに賭けてみる。迷惑を掛けるけど、お願いしてもいいかな? あ、アタシはケィティ。ケィティ・ビワンって言います。よろしくお願いします」
ケィティは、真新しいフライパンを、胸に抱きしめて言った。
丸い鼻に愛嬌がある少女は、雀斑の少年との出会いを、これ以上ないチャンスを与えてくれる存在だと思っていた。




