11 一計を案じて、逃亡幇助の準備
フェローがケィティを連れて宿に戻ると、そこには全員が揃っていた。
預かり証を貰って、一旦戻って来たサリオスとジェラルディーナは、途中で買って来たワインを開けて昼から宴会状態だ。アストリアも御相伴に預かっているが、顔色も表情も全く変わっていない。かなり酒に強いのだろう。
「ん?その子は?」
早速ケィティに気付いたジェラルディーナが、声を掛けた。
「あの・・・話せば長いことながら・・・」
フェローは持って来た荷物をテーブルに置くと、事情を全て語った。
全てを話し終わった後、彼は深々と頭を下げて頼む。
「このケィティを、連れてゆくことをお許し下さい。どこか、彼女が安心して暮らせる場所までで良いんです。その間、皆さんにご迷惑を掛けないよう、ケィティの世話はオイラがしますから」
そしてケィティも、同じように頭を下げて言った。
「ご迷惑だとは思いますが、どうぞお願いします。私に出来る仕事は、何でもします。得意なのは料理くらいですが、洗濯とかの雑用も出来ますっ」
そんな少年たちの懇願に、反対する者はいなかった。
けれど、アストリアは珍しく表情を引き締めて言う。
「連れてゆくのは良いとしても、状況を整理しないと。その親方が帰って来る夕方までに、サッサとここを出て行くのが一番良いと思うけど、夕方まで馬も無いのよ、私たち」
あ、そうだった、と今更気づくアストリア以外の面々だ。
「親方が帰ってきたら激怒して、きっとケィティを探し回るでしょ?村中を聞き回って、きっとここにも来るんじゃない?ねぇフェロー、ここに帰ってきた時、宿の人に見られた?」
フェローは、ハッとしたように答えた。
「は、はい・・・宿の主人がいて、会釈をしちゃいました。うぅ・・・そうか、失敗した」
アストリアは、少し考えてから口を開く。
「そうしたら、先ずはケィティが帰るところを見せておかないとね。フェロー、こうしてくれる?」
フェローはその説明を聞くと、キッと表情を引き締めて頷いた。
少年は少女と一緒に階下に降り、そこにいた宿の主人に聞こえるように口を開く。
「荷物持ち、ありがとう。お陰で助かったよ。はい、これ約束のお駄賃」
フェローは主人に見えるよう、銅貨を数枚出してケィティの掌に乗せた。
そして扉のところまで行って彼女を見送ると、振り返って声を掛ける。
「仕事もひと段落なんで、オイラちょっと厩で昼寝してくるよ。何かあったら、声掛けて~~」
アイよ、の声を背に受けて、フェローは宿の横にある厩へ向かった。
空の馬房の1つに入ると、そこにはケィティが待っていた。
2人はそこで、上着を交換する。最後にケィティが、フェローの帽子を被り、三つ編みを中に押し込むと、パッと見は解らないくらいの変装が出来た。
「おい、もう良いか?」
そこに、馬房の外から声が掛かる。従者を探しに来たという風の、ジェラルディーナだ。出て来たケィティを見て、彼女はニヤリと笑う。
「うん、まぁ良いか。背丈が同じくらいなのが良かったな。じゃぁフェロー、絶対に見つかるなよ」
そう言って、ジェラルディーナは従者に扮した少女を連れて戻る。少年は自分の愛馬、カスターニョの馬房の奥に潜り込んだ。
宿の中に入ると、彼女は宿の主人に声を掛ける。
「見つかった。ありがとう」
従者を探しに降りて来たジェラルディーナに、主人が「厩にいるよ」と教えたことに対する返事だ。
これで、宿に捜索者が来ても、彼が答えることは1つだろう。
『ケィティは、荷物運びの手伝いをしてここに来たけれど、駄賃を貰って直ぐに帰った』と。
一方、大人たちは、夕方までやるべき事が幾つもあった。
先ず、サリオスが言う。
「夕方になったら、大工の棟梁の家に行ってくる。様子を窺いに行くんだが、口実はあるから任せてくれ」
次にアストリアが言った。
「うん、お願い。ついでに、村の中の様子も見て来て。ジェラルディーナは、鍛冶屋へ行って馬たちと出来上がった装備の受け取りをお願い。村の出入り口の様子も、見て来て欲しい。私は、荷造りをして、必要な物を作っておくから」
夕方になると、サリオスとジェラルディーナは宿を出る。
直ぐに分かれて、サリオスは真っ直ぐに大工の家へ向かった。
案の定、その家の前は騒がしくなっていた。
「いいか、絶対に探し出して来いよ。見つけたヤツは、ひと晩アイツを好きにしてイイからよ」
怒鳴っているのが、親方だろう。
ケィティに聞いて、想像していた通りの風貌と言動だ。
腕っぷしが自慢の、粗野で怒りっぽい性格。弟子たちを顎でこき使い、勝手にケィティを褒美にしている嫌らしさ。そんなこんなが、顔にも雰囲気にもありありと見えていた。
「忙しそうなところをすまんが、木材を1本売ってくれ」
サリオスは、久しぶりに貴公子然とした恰好で声を掛けた。
白いシャツをきっちりと着こみ、上から旅用のマントを羽織った姿だが、留め金の代わりにジェラルディーナから借りたブローチを着けている。いかにも高価そうなそれが、親方の目を引いた。
「あぁん?・・・あっ、これは旦那・・・ええと、木材ですか?」
かなり身分の高い公子だと判断した親方は、掌を返して、慇懃な物腰になる。
「ああ、木彫りが趣味でな。旅の間の手すさびにと思って、手頃な木材を探している。大工の家なら、木材の在庫もあるのではないか?」
サリオスは、懐から金貨を1枚取り出して見せた。
「ヘッ、ヘイッ!」
侍女探しなど綺麗に頭から追い出した親方は、ヘコヘコと揉み手をして、彼を招き入れた。
やがて夜になり、部屋に持って来た夕食をとりながら、話し合いが始まった。
ちなみに厩では、ジェラルディーナが買って来たテイクアウトの夕食を、フェローが馬たちの傍で食べている。
「親方から聞き出したが、ケィティの話は本当で、アストリアの予想通りだった。今もきっと、男たちが村中を探して、聞き回っているんだろう。あちこちの家のドアを叩いて、怒鳴っている若い男を見かけたよ。捜索者の数が増えてゆくような感じだった」
「夕方過ぎに、徒弟さんだと思うけど、聞きに来た男がいたわ。とっくに帰ったって言われて、直ぐに出て行ったけど」
「フェローには、さっき全て伝えておいた。明日の朝までに、馬たちの準備をしておくようにという事もな。それと、着替えも渡して来た。村の出入り口辺りには、男たちが立っていたな。出入りする人間を、チェックしているんだろう。荷車なんかは、荷を全て調べていたようだしな」
村の人々は、皆1人しかいない大工の世話になっている。
ケチで乱暴者だろうと、彼の頼みを断ることは難しいのかもしれない。
だから、村中で下女を探しているのだ。
「・・・すみません。こんなことに、なってしまって・・・」
申し訳なさそうに身を縮めて言うケィティに、意外にもジェラルディーナが答えた。
「いや、気にするな。実は少し、面白くなってきている。誘拐犯が人質をつれて逃げる、と言うのはこんな感じなのだろうか?」
それに対して、アストリアがいつものように、のんびりと言うが、指が包帯だらけだ。作っておくと言ったものが上手くいかなくて、結局器用な兄にやって貰った結果である。
「誘拐じゃ無くて、逃亡幇助でしょ? うん、でも私も実は、結構ワクワクドキドキしてるかなぁ。早く寝ておいた方が良いと思うんだけど、眠れないかも・・・」
遠足を明日に控えた子供のように、眼をキラキラさせながら言うアストリアに、妙に落ち着いてゆく一行だった。




