5-7 許嫁を探して
街道を迂回して、人気の無い草原を駆け、森に入って山を越える。
旅人用のマントを羽織った騎影は、誰にも見られずに無事レジネッタ王国へ入った。
王都クラリティに近づくにつれて、クーデターの詳細が解って来たが、噂についてもその殆どが本当であると知らされる。
ジェラルディーナは、かろうじて冷静さを保っていたが、心の中の怒りの炎は燃え盛っていた。
国王夫妻は、宮殿から政治犯を収監するトロットの塔へ移され、形だけの裁判を受けて、その日のうちに処刑されていた。そしてその翌日には、王太子を含めた王族らも同じように首を刎ねられる。
早過ぎるほどの執行は、王都どころか国全体が震撼する出来事であった。
人里離れた小高い丘の上で、ジェラルディーナは夜空を仰いでいた。
「・・・父上・・・母上・・・兄上、姉上・・・」
小さく呟くが、その後の言葉が出てこない。
彼らがどれほどツラく苦しい思いをしたのか、絶望や怒りを覚えたのか。
非の打ちどころの無い王や王族たちであったとは言えないだろうが、無残な死を与えられるほどの非道の支配者では無かったはずだ。
仇を討ちたい。
そうでなければ、収まらない。
胸の中の炎は、消えることなく燃え盛る。
「ジェラルディーナ」
その時、背後から声が掛かった。
「独りでいたいかもしれないけど、少しだけ一緒にいてもイイかな?」
静かに歩みよったのは、質素な女性用乗馬服を着ているアストリアだった。
「ああ、構わない。何か、話でも?」
振り向いて答えるジェラルディーナに、アストリアは静かに星空を見上げて口を開く。
「ジェラルディーナのご家族は、貴女を大切に育てて下さっていたのね。何となく解るんだけど」
彼女が自分らしく育つのを、見守ってくれたのだろう。武芸が好きで王女らしからぬ娘を、窘めたりはしても、最後はそれを受け入れてくれたのではないかと思う。婚約者の口添えがあったにしても、旅に出ることを止めなかったのだから。
少なくともジェラルディーナの口からは、家族の愚痴などは一言も聞いた事が無い。
「・・・そう・・・だな。私は模範的な王女では無かったが、皆それを苦笑いでおさめてくれていた」
だからこそ、そんな家族を殺されて、激しい怒りと憎しみが胸を焦がすのだ。
「亡くなったご家族は、本当にお労しいし、ご冥福をお祈りします。それで今、私がジェラルディーナに伝えたいのは、皆さまが貴女に対して何を思って亡くなったか、という事」
(・・・え?)
ジェラルディーナは、片方の眉だけを顰める。
アストリアは、夜空を見ながら言葉を続けた。
「旅に出ているジェラルディーナが、この場に居なくて良かった、ってそう思ったんじゃないかしら。そして貴女に、生き延びて欲しいと願ったと思う」
せめてもの願い。
末娘、末の妹が、生き延びて欲しい。
そんな肉親の情がある家族だったのではないか、とアストリアは言った。
「・・・だが、私の気持ちはどうなる?」
けれどジェラルディーナは、絞り出すように言った。
怒り、憎しみ、恨み。
それらを捨てて忘れて、のうのうと生きてゆくことなど出来ない。
「ジェラルディーナの気持ち、私に全てが解る訳では無いと思うけど、当然の物だと思う。だから、止めない。でも『生き延びて仇を討って、その後も自分らしく生きて行く』なら、それが一番良いんじゃない?」
果たしたい事柄が、いきなり難易度レベルアップではなかろうか。
だがアストリアが言いたい事は1つだ。
命を大事に。
命を捨てるつもりの敵討ちは下策で、相打ちなど以ての外。命懸けの行動を取るなら、賭けの勝率は限りなく100%に近いものでなければならない。
それの手助けをするのが、仲間たちなのだ。
「私が言いたかったのは、それだけ。明日から、また頑張りましょ」
アストリアは穏やかな笑顔を投げ、ゆっくりと丘を下って行った。
ジェラルディーナは、再び夜空を仰ぐ。
「私は、いつかきっと・・・成し遂げます」
はっきりと言葉にした時、彼女の心はようやく落ち着いていった。
「王都に入るのは、危険すぎる。どうしてもと言うなら、俺一人で行って来るが」
サリオスが言うと、アストリアも口を開いた。
「王都の中の様子は、今まで聞き集めた話とそれほど変わらないと思う。それよりも今は、他の貴族たちの状況を調べた方が良いんじゃないかな。特に、カルストン公爵家とライさんの事を」
放ったファルコは、まだ戻ってこない。
「ファルコは、最初に王都にあるカルストン公爵家の屋敷に飛んだはずだ。ライ以外の者には見つかるなと言ってあるから、彼が出て来るのを待つだろう。暫くそこで待機して、彼がここには居なそうだと判断したら、カルストン家の領地へ飛ぶと思う。そこでも見つけることが出来なければ、王都と領地を往復して探すだろう。それ以外に主が居そうな場所を、ファルコは知らない筈だ」
ジェラルディーナがそう言うと、アストリアが答える。
「という事は、ファルコはまだ探している最中だという事ね。家の奥深くに閉じ込められている場合もあるけど、少なくとも王都や領地の近くには居ないということ・・・」
するとサリオスが、2人に提案する。
「王都に入るよりは、カルストン公爵家の領地へ入る方が楽そうだ。とりあえず、そちらへ向かったらどうだろう?」
ジェラルディーナとアストリアは、揃って頷いた。
カルストン領は、王都から少しばかり離れた場所にあった。王都との間に、2つほど他の貴族の領地がある。3人は人目に付かないよう注意を払って、愛馬たちを駆けさせる。
そして目的の領地内へ入ると、変装を更に充実させてカルストン家の館近くまでやって来た。
「特に変わったところは無いように見えるが・・・」
門前も内部も、物々しい雰囲気は無い。幾分ひっそりとしているように見えるが、館の周りの町にも兵士たちの姿は無かった。
町中で噂を集めても、戦の気配は無い。ただカルストン公爵は、館にいるようだと解った。
「恭順の姿勢をとっているのだろうか・・・」
跡取り息子が王女の婚約者で、有力貴族であるカルストン公爵が、何もせずに蟄居謹慎のような態度をとっているのは解せない。けれど今の状況では、そう考えるのも仕方が無いだろう。
「もしそうなら、館に直接行くのは、止めた方が良いわね。けれどそうなると、ライさんはどこにいるんだろう・・・」
館にいるなら、ファルコは見つけた筈だ。
アストリアは、ふと思った。
(親子で意見が会わず、カルストン公爵が息子を幽閉したとか?)
もう少し調べた方が良さそうだが、町に滞在することは避けたい。
3人は、カルストン公爵家の館の屋根が見通せる、町から離れた草原の一角で野宿をすることにした。




