5-6 潜入前の準備は、やはり変装から
翌日の早朝、ジェラルディーナとアストリア、そしてサリオスも、レジネッタに向かう馬上にあった。
鷹のファルコは、既に飛ばしている。
「お前の主以外の人間には、絶対に近づくな。危険を避けて、彼を見つけたら私のところへ戻ってこい」
ジェラルディーナは、ライ・カルストンの事を案じていた。
カルストン公爵家は、跡取り息子が王女の婚約者でもあり、由緒ある家系でもある。有力貴族の筆頭と言っても過言ではない。
「クーデターを起こすにあたって、カルストン公爵家をどうするかは重要事項よ。王宮を制圧すると同時、いいえそれより前に、何らかの手を打っていると思う」
アストリアは、ジェラルディーナにそう言っていた。
「ああ・・・」
ジェラルディーナは、キュッと唇を噛み締めた。
ライ・カルストンは、彼女の一番の理解者で、好敵手でもある。王女の身でありながら武者修行に出たのも、彼を越えたいと言う気持ちがあったからだ。双剣と剣という模擬試合では、たまに勝利を得られると言う程度の実力差があった。
そんな彼が、そう簡単に命を落とすはずがない。
そうは思っていても、やはり何があるか解らない今の状況なのだ。
「でもきっと、ライさんは無事でいると思う。だってファルコが、いつも通りだから」
あの鷹の真の主はライで、ファルコはその命でジェラルディーナの傍にいる。もし彼に何かあったのなら、ファルコはそれを察するのではないかと思う。
根拠がある訳では無いが、動物と人との絆を信じているアストリアなのだ。そしてそれは、ジェラルディーナも同じだった。
それらの事も含めて、先ずはレジネッタ王国の現状を、詳しく知らなければならない。
けれどきっと、国境を越えてレジネッタに入るのは困難だろう。何しろジェラルディーナは王族で、噂が本当なら唯一の生き残りになるのだ。正体が解れば、速攻で捉えられるか、その場で命を取られるだろう。そう簡単には、いかないかも知れないが。
国境近くまで来た3人は、街道沿いの小さな村へ入った。
馬たちを休ませ、水や飼い葉を与えながら、ジェラルディーナは愛馬フォルテヴェローチェの首を撫でながら話しかける。
「フォルテ、ここからが正念場だ。頼りにしてるぞ」
漆黒の軍馬は、任せて下さいと言うように、顔を主の方へ向ける。静かな気迫と決意が、その瞳に満ちていいた。
傍にいたヴェルトライゼンテとマイネレーツェルも、ジェラルディーナにそっと鼻面を近づける。
自分たちもいますよ、と言いたげな仕草にジェラルディーナはフッと顔を綻ばせる。
「そうだな、お前たちもお前たちの主も、掛け替えのない仲間だ。その信頼に、応えなければならないな」
無鉄砲に、感情に任せて突っ走ってはいけない。
そうなりがちな自分を省みて、肝に銘じる。
とは言っても、情けないが自信は無い。けれど突っ走りかけた時に、思いとどまれるかも知れない。今までの旅の中で、成長した部分はあるはずなのだから。
ジェラルディーナは、大きく深呼吸をする。
(真実が解ったら・・・私は何を為すべきか、何がしたいのかを、しっかりと決めなければ)
そしてアストリアから言われたことを、もう一度胸の中で反芻した。
アストリアとサリオスは、村の中を回って噂を集めて来ていた。
「やはり国境から先は、それなりの数の兵士がいるようだ。目的は多分、ジェラルディーナだと思うぞ」
「大がかりでは無いにしても、あちこちに人を派遣して、どこにいるかを探ってる可能性もあるわよ」
この村に滞在するのは、避けた方が良いだろう。アストリアはそう言って、真面目な顔で続けた。
「街道を通らないようにして、見つからずにレジネッタに入るのは当然だけど、今後の事も考えて、ジェラルディーナは変装したほうが良いと思う」
燃える様な赤い髪の王女。
漆黒の馬に乗る双剣使い。
はっきり言って、ジェラルディーナは目立つ。
見かけもそうだが、堂々した立ち居振る舞いも人目を惹く。
隠せない部分もあるが、それでも遠目には彼女だと解らないような工夫は必要だろう。
先ずは、一番目立つ赤い髪だ。
アストリアは古着屋で買って来た黒いストールを裂いてターバンを作り、ジェラルディーナの頭に巻いてその中に髪を押し込む。
服は同じく古着屋で調達した物だが、派手な色合いで露出度が高めだ。
ひと通り着替えが終わると、ジェラルディーナは思い切り眉を顰めた。
「これは・・・何だか、心許無いのだが」
首と肩がむき出しで、ついでに腹も丸見え。頭のターバンも相まって、ジプシーか南方の踊り子のようだ。
「それに色も、派手では無いか?かえって目立つと思うのだが」
双剣さえも外されているジェラルディーナは、かなり不服そうだ。けれどアストリアは、あっさりと却下した。
「派手な方が良いのよ。先に身体に目が行けば、顔を見るのは二の次になるでしょ。それにジェラルディーナは、体術だって凄いんだから、武器無しでも大丈夫よ。戦い、と言うか、今はちょっとした争いも、目立つからしない方が良いんだし」
そしてアストリアは、最後の仕上げにと化粧道具を広げる。
「村で買って来たんだけど、質も品ぞろえも良くなくて・・・ごめんね。ちょっとジッとしてて」
てきぱきと作業を進めた結果、ジェラルディーナの顔の印象は驚くほど変わった。
きつめの眼差しとはっきりとた眉。頬には微かな雀斑を入れ、唇には真っ赤なルージュ。
パッと見は、南方系の色っぽいが激しい女性だ。
手元が寂しければ、マラカスとかタンバリンやカスタネットでも持てば良いだろう。
踊り子に見える。
「誰かに絡まれたら、逃げることに専念ね。私もついでに、少しお化粧しておくわ」
アストリアは、おまけに貰った白粉を、自分の顔に叩く。
「家出して以来だけど、勿体ないから使っちゃうわ。どこかで楽器の1つでも入手出来たら、旅芸人だってことにすれば良いわよ」
歌も楽器も、幼少期の教養だとして習わされたことはあるが、それ以降は教師に匙を投げられた過去がある兄と妹である。
それでも実際に芸を披露することも無いだろう、いやそんな機会は絶対に回避するつもりだ。
能天気なアストリアの背後で、こっそりと心に決めるサリオスだった。




