5-5 レジネッタ王国からの悲報
サリオスたちの元を訪れた客は、タヤス村の細工師バーグだった。
「久しぶりだなぁ。近くまで来たんで、会いたくなったんだ。ここにいることは、アニス兄弟に聞いたんだ」
朗らかなバーグは、以前と変わらない笑顔で挨拶をする。
「以前フォッシル入りの石を、送って貰ったじゃないですか。あれ以来、世界には自分が知らない石が沢山あるんだなぁって思って、ワクワクが止まらなくなっちゃったんです。それで一旦タヤス村を離れて、旅をしてみることにしたんですよ」
バーグは、ケィティが運んできたハーブティーで口を湿らせると、目を輝かせた。
「おお!これは美味しい・・・カモミールですか?」
ケィテイは、嬉しそうに答えた。
「はい、実はあちこちに自生しているのを見つけたので、作っておいたんです」
「ほほぅ・・・相当に質の良いカモミールティーですよ、これ。売れるくらいじゃないかなぁ」
バーグの言葉を聞いて、その場にいた仲間たちは思わずハッとする。
どうやら、領地から採れるものが売れるという事に、敏感になっているのかもしれない。
するとアストリアが、ふわりと笑って言った。
「纏まった量が作れるようになったら、アニスさんたちに連絡を取ってみましょう。多分、取引して貰えるんじゃないかな」
そしてバーグは、話を戻す。
「旅は先ず、ゲルチュタールの南方へ向かって、南西のレジネッタに入り、そこからフリオン村を経て、ライトフルに行ったんです。アニスさんたちにも、一度お会いしたかったので」
フォッシル入りの石を安定供給する彼らなら、他の珍しい石のことを何か知っているのではないかと思ったのだと言う。
「それで、水晶の話を聞いて、再びゲルチュタールに戻ったんですよ。水晶の加工や細工をしてみたくなったんで、しばらくはバリトンの町辺りに住もうかと思ってましてね。でもお二人の事をあの兄弟から聞いたんで、先にこっちに来てみたというわけです」
するとそれまで黙ってお茶を飲んでいたジェラルディーナが、何気なく彼に尋ねる。
「レジネッタにも、有名な鉱山や貴石や宝石が採れる場所があるが、そっちへは行かなかったのか?」
するとバーグは、サラッと答えた。
「ああ、今レジネッタは国が乱れていて、特に王都の方面は危険なくらいだったんです」
「何だとっ!」
細工師の衝撃的な台詞に、ジェラルディーナは立ち上がった。
「どういう事だ!」
身を乗り出す彼女の声には、不審と不安、そして動揺が滲み出ていた。
ジェラルディーナの正体を知らない細工師は、ギョッとして口を噤み、サリオスとアストリアの顔を交互に見る。
「事情があって、レジネッタ王国とは縁があるのです。知っている事を全て、我々に教えてくれませんか?」
サリオスが答えている間に、アストリアは何とかジェラルディーナを落ち着かせて座らせた。
「噂で聞いただけなのですが、国境を越えて最初の町に入った時から、人々が口々に話していたんです。クーデターが起きた、と」
そう前置きして、バーグは話し出した。
ひと月半くらい前のことだったそうだ。
将軍と呼ばれる貴族が、配下の軍を率いて、王宮になだれ込んだ。かなりの数の下級貴族が仲間になっており、王宮にいた王族貴族はあっと言う間にその手に落ちたという。
その日、王都は収穫祭で賑わっており、王宮でも御前試合が催されていた。
けれど有力貴族たちは、所領での反乱が起きたという知らせに応じて、それぞれ王都を離れていたそうだ。彼らは御前試合に不参加となったが、その隙を突かれたと言えよう。
国王、王妃、王太子やその弟妹は、捕らえられた。
クーデターは成功し、将軍は王宮を乗っ取る。そしてその数日後には、国王夫妻を含めた王族全てが処刑された。
「・・・そ、そんな・・・嘘だっ!そんなことが、あってたまるかっ!」
拳を震わせて声を荒げるジェラルディーナだが、アストリアは冷静に口を開いた。
「その話、どの程度信憑性があるのですか?」
何やらとんでもない事情があるのだと思ったボーグは、額に汗を滲ませながら居住まいを糺して答える。
「その町には、もうその将軍とやらの配下が、軍勢を率いて入っているようで、そこの領主も捉えられて王都に送られたと聞きました。町の中を兵士が巡回していて、物々しい雰囲気だったので、宿も取らずに逃げ出したんです。国境近くのフリオンまで来た時はそんな様子は無くて、でも何となくざわついているような感じだったので、1泊だけして直ぐにライトフルへ向かったんです」
クーデターが起こった事は、事実なのだ。
一同がそう思った瞬間、ジェラルディーナはバッと席を立ってドア向かって走る。
「あっ!ジェラルディーナっ!」
アストリアが叫ぶと同時に、ドア近くにいたトゥーレが動いた。ドアを背中で押さえるようにして立ちはだかる彼に、女戦士が怒鳴る。
「どけっ!邪魔をするなっ!」
掴みかかる彼女だが、ワンテンポ遅れはしたが、サリオスが飛びついて羽交い絞めにした。
「落ち着けっ!ジェラルディーナ、落ち着けっ!」
「落ち着いてなどいられるかっ!父と母がっ・・・兄上や姉上が!」
渾身の力で振りほどこうとする女戦士の力は相当なもので、サリオスでさえ吹き飛ばされそうになる。
「ジェラルディーナ!」
するとアストリアが、彼女とトゥーレの間に身体を入れて叫んだ。
「飛び出して行って、どうするの!」
そしてジェラルディーナの身体にしがみついて、きっぱりと告げる。
「行くなら、私も付いて行くから。足跡を追いかけてでも、付いて行くから!」
「ーーーーっ!」
アストリアの言葉に、ジェラルディーナの動きが止まる。
「馬鹿を言うな。これは私の、王女としての行動だ。アストリアが領地経営を放り出して、付き合う必要などない」
声には、苛立ちと焦り、そして微かな怒りが含まれている。けれどアストリアは怯まなかった。
「それじゃ何で、貴女はここに付いて来てくれたの!」
ジェラルディーナは、ハッとして口を噤んだ。
「だから、私はついてゆくの。冬の間、ここで出来ることはそれほど無い。春が来るまでにしなければならないことは書き記してあるから、それはトゥーレやケィティに頼めば大丈夫。私は、戦う事は出来ないけど、大切な友のために出来ることはあると思ってる」
クーデターの真相を突き止め、レジネッタの現状を把握し、何をするべきかを考えて助言する。
そのくらいなら出来る。
そして追い詰められた精神状態の友を、支えたいと思う。
真剣な瞳で、大きく目を見開くアストリア。
その気迫に満ちた緑の煌めきに、ジェラルディーナはスゥっと身体の力を抜いた。




