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その瞳 煌めく時   作者: 甲斐 雫
第4章 海と新しい出会い

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5-4 領地経営の権利をもぎ取って

 サリオスの宣言を突き付けられて、公爵は激昂した。

「何だとっ!」

 叫ぶなり立ち上がって、拳を握り締めた。


 サリオスは、甘んじてその怒りを受け止める覚悟でいた。

 それが不肖の息子に出来る、精一杯のことだと思っていたのだ。


 けれどその瞬間、アストリアが動いた。

 サッと父親の前に身体を入れ、降り上げようとしている拳の手首を掴む。そして間髪入れずに身体を捌き、父の腕を捩じり上げた。

「うぉっ! わっ、イ、イタイッ! やめろ、イタイッ!」

 背中で捩じり上げられた腕と肩の痛みに、公爵は悲鳴を上げた。


 父親の背後で、彼の動き封じたまま、アストリアは寧ろ穏やかに声を掛ける。

「私でさえ、こうやってお父様の動きを封じることが出来るようになりました。『老いては子に従え』という諺もございます」

 立場の違い、力の差を自覚しろということに他ならない。物言いは穏やかだが、意味は同じだ。


「うっ・・・うううぅ・・・」

 ノイエルング公爵は、唇を噛み締めて唸る。

 アストリアは静かに彼から離れ、兄と一緒に馬鹿丁寧に腰を屈めて一礼すると、サッサと踵を返して出てゆく。

 その後ろ姿を見ながら、漸く公爵は今後の事を考え始めた。


 跡取りである息子は、心身ともに立派になって帰って来た。

 自分の意のままにならないほどの、見事な成長ぶりではあったが。それには、目を瞑ろう。

 確かに年齢的にも、跡目を譲る頃合いだ。他の貴族たちの世代交代を考えると、平均的な時期だろう。

 領地はもう僅かな税され取れないほど疲弊しているし、公爵の地位は名ばかりで、立て直しなど不可能ではないか。


 そして、はっきりと自分の立場を自覚した。

(後はもう、息子に譲って・・・悠々自適な生活を送るのも悪くない・・・)

 息子や娘がどれほど苦労するかには、思いも寄らない公爵だが、それでも今まで通りの生活レベルで生きて行かれるならと、考えを改めてゆく。

(悲惨な食事の幽閉生活が続くよりは、ずっと良いだろう)と。



 その翌朝、サリオスはトゥーレに作成して貰った、正式な統治権の一時譲渡の書類に公爵のサインを貰う。印も押して貰い、堂々と領民に対する税の変更などが出来るようになった。書類にはしっかりとアストリアの名も入れていて、どちらの名前でも執行出来るようにしたことがポイントだ。


 兄妹は速攻で、先ずは森に入る時の税を撤廃した。

 炊き出しで体力が回復した村人は、晩秋の実りを採りながら、冬を越すための薪を集める。サリオスとジェラルディーナは、そんな彼らを守るために森を巡回した。

 冬眠前の最後の腹ごしらえでうろつく熊を、腕の立つ剣士と女戦士が狩る。すでに2人は、単独でも狩猟を完遂することが出来るほどになっていた。


 炊き出しには、肉や魚の串焼きなども並ぶようになり、村には活気が出て来る。

 そして漸く、自分たちの救世主のような人物たちの正体を知った。

「御領主様の息子のサリオス様と、娘のアストリア様かぁ・・・」

「お子様たちがいたことは、村長から聞いた事があったけんど、亡くなられたってことだったよなぁ」

「実はどちらも生きていて、戻って来られて、オイラ達は助けられたんだ」

 口々に噂する村人たちに、村長は白い髭を揺らしながら言う。

「これで冬を越せるかもしれん。じゃが油断は禁物じゃ。お二人の指示に従って、いやそれ以外のことも、しっかりと働かにゃならんぞ」


 人頭税も廃止し、それ以外の税も少なくとも春の作物が縦郭出来るまでは全て免除する。

 そんな宣言を村人たちに告げるサリオスは、必ずアストリアを傍に立たせていた。2人で行っていることなのだと、印象付ける目的だ。

 アストリア自身は、その必要は無いと思っていたが、サリオスは譲らなかった。



 そんな日々の中、アストリアはフェローに勝って来て貰ったハツカダイコンの栽培を室内で行っていた。

 以前エリンコート王国で、興味本位で作った瓶の中のラディッシュ。その時の知識が役に立つ。

 裏庭に転がっていた朽ちかけた飼い葉桶を洗って運び込み、土を入れて種を蒔く。暖炉の暖かさや窓際の採光だけで育つかを試したところ、3週間ほどで充分な大きさのラディッシュが採れた。


「これなら、使えるわ」

 アストリアは早速、大量の種を購入した。価格は、とても安い。

「冬の間、村人たちにも自分たちの家の中で作ってもらいましょう」

 薪が自由に取って来れるようになったので、隙間風で多少室温が低くなったとしても、育つだろうと思う。

 冬の間は、新鮮な野菜が食べられない生活の中で、生でも齧れるラディッシュは、村人たちの健康に役立つだろうと思われた。

 しかも、ハツカダイコンの世話なら、子どもや老人だって出来るのだ。



 やがて霜が降りるようになり、初冬の季節になった。

 薪の備蓄を進めながら、仲間たちと村人は、畑の整備に取り掛かった。

 馬たちの力を借り、岩や木の根を掘り起こして除去することから始める。荒れ果てていた畑は、狭いながらもその作業は簡単ではない。


 馬たちは初めての土木作業に、最初こそ戸惑っていたが、直ぐに慣れた。

 特に荷役馬のカスターニョは、重い物を引くことが得意なので、一番の働き頭になっている。

 春には作付けができるようにしたいと、アストリアも小石拾いに精を出した。


 この地方の冬は、積雪こそあるが、閉じ込められるほどの大雪は無い。けれどやはり移動は不便になるので、サリオスはその才能をフルに発揮した。木製の橇の作成である。旅の間にも何度か役に立ち、スキルを上げた彼は、それ以外にも村人の家屋の修繕も行った。

 手が空けばジェラルディーナも、それを手伝う。

 大工仕事まで行う王女様というのも、なかなか珍しいだろう。



 やがて寒さも厳しくなり、領地は雪化粧を纏うようになる。

 公爵は自由に行動できるようになっていたが、部屋から出てくることは無かった。食事の内容は少しずつマシになってきていたし、何より廊下は寒い。館の中に人がいることは少なく、使用人のキッツ夫妻でさえ最低限の御世話の時に顔を見せるくらいで、領地の様子に関しては完全につんぼさじきに置かれている。

 かと言って何が出来ると言うわけでも無いし、何をする気も起きないので、彼はただ室内で無為に時間を過ごしていた。

 当然、足腰は弱り体力は低下する。一気に老化が進んだ公爵は、やがてベッドで過ごすようになった。


 仲間たちは時間に余裕が持てるようになり、後は冬を越すのに必要な物資の安定供給を行うのみとなっていた。

 そんな時、珍しい客人が館を訪れた。



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