5-3 やるべき事は、次々と
夜の話し合いは、まだ続く。
笑いがひと段落すると、待っていたように、トゥーレが口を開く。
「申し訳ありません。まだ私どもの方は、仕事が終わっておりません。館内は何とかある程度リストアップしましたが、公爵様の御部屋と厨房がまだです。庭の方は、まだ手も着けていない状況です」
すまなそうに詫びるトゥーレに、アストリアが答えた。
「それは仕方が無いわ。仕事量が半端ないんだから。明日も引き続きお願いするとして、今まで出来た分だけ見せてくれる?」
アストリアは彼が差し出した紙束を受け取り、それを見ながら考えると、やがてフェローに向かって頼んだ。
「明日は、東の町へ行ってくれる?まだ幾つか売れそうな物があるから、それらを売って、買い物もして来て欲しいの」
すると横から、トゥーレが口を挟む。
「では、およその希望売却額を書いておきましょう。そうすれば交渉もやりやすいと思うので」
「あ、そうね。お願い。それじゃ、フェローに買って来て欲しいものは、後でリストを渡すからよろしく」
そしてアストリアは、更に仕事を振った。
「兄さん、取ってあった野兎なんかの内臓類は、見回りに行く時に持って行って、森の中に放り込んでおいて。誘き寄せの餌になるかもしれないから。でも朝になったら、穴を掘って深く埋めておいてね。鳥の羽毛と羽は、明日干して置くわ。リストの中に古いシーツが結構あったから、それを縫い合わせて羽根布団を作る。1枚でも多くあったら、その分病人が助かるかもしれないでしょ」
裁縫が苦手なくせに、そんな事までいうアストリアは、本当に人使いが荒い。けれど次々と繰り出してくるアイデアには舌を巻くし、彼女自身も座る暇さえ無い程あちこちを手伝っているから、どこからも文句は出ない。
狩猟で獲って来た獣の皮は、川の水でざっと汚れを落として干して置く。それも後で、利用する予定だ。全てを無駄にしないことは、労力を無駄にしないことに通じる。そんな精神で、アストリアは行動していた。
(時間を無駄にしないで・・・これは、私にとっても大事な事だから)
彼女は、自分自身をよく解っていた。
話し合いがひと段落したところで、今思い出したと言うように、アストリアはキッツ夫妻に尋ねる。
「そう言えば、お父様は夕食を召し上がったの?」
いつもの時間に、自分たちが食べているものと同じものを持って行くように頼んでいたアストリアだ。
「それが・・・その・・・」
酷く困った顔で、バルクが答えた。
「大層ご機嫌がお悪いようで、スープごと皿を掴んで投げつけられまして・・・」
まぁ、そうだろうな。とサリオスは思う。
美食しか食べてこなかった公爵は、恐らく村が困窮していても、贅沢な食事をとり続けていたのだろう。食糧倉庫にあった食材を見れば、そのくらい解る。現実逃避していても、食事はきちんととっていたらしいから。
するとアストリアは、父親の機嫌などどうでも良いと言わんばかりに、さらりと言ってのけた。
「投げたのは銀食器よね。危ないから、一式全部売ってしまいましょう。お父様の食器は、木のお椀で良いわ。フェロー、明日はそれも持って行ってね」
翌朝、全ては予定通りに進んだ。
村人たちは、昨日よりは少しだけ表情を明るくして広場にやって来る。そして昨日と味付けが違う、普通の具沢山スープをしっかりと食べた。
「あと1週間は、1日2回ここで炊き出しを行う。それ以降は1日1回になるが、当分の間続ける予定だ」
サリオスが村人たちに告げると、一斉にホッとしたような顔になるが、そこで漸く気が付いた。
(この人たちは、誰だろう?)と。
けれど仲間たちはまだ、それに対する答えには口を噤む。サリオスに頼まれていたのだ。父である公爵との話し合いが終わってからにしてくれ、と。
夜明け前に支度をして、フェローはカスターニョに荷車を引かせて村を出た。
館にあった馬車や馬などは、全て無くなっていたが、荷車だけは残っていたのだ。売れなかったのだろう。
東の町までは、往復で2日は掛かる。しかも道中には危険も多い。けれど旅の間に逞しくなったフェローは、弓や剣の腕も上がっており、荷役馬のカスターニョも鍛えられている。彼らのお使いには、何の心配も無かった。
その日も彼らは休みなく働き、出来ることを次々とこなしていった。
そして翌日の昼過ぎ、フェローが買い物も済ませて戻って来る。
「早かったな。明日になるかと思っていたが」
ジェラルディーナの言葉に、彼はにこやかに笑った。その顔はもう、雀斑だらけの少年のものではない。若々しい青年のそれに近づいている。
「カスターニョが頑張ってくれました。夜の間もずっと歩いてくれましたので」
行きは駆け足で荷車を引き、帰りは重い荷物とフェローを乗せて歩いた馬は、流石に疲れているようだ。
「そうか、だがお前も寝ていないんじゃないか?」
彼を気遣うジェラルディーナに、フェローは快活に答えた。
「大丈夫です。ずっと転寝してましたから」
荷車を引きながら歩く馬の背で、転寝ができるのも凄いだろう。
「そうか、だが今日は出来るだけ昼寝をしておけ」
それでも従者を気遣う、ジェラルディーナだった。
それからも炊き出しは続行され、村人は少しずつ体力を回復してゆく。
川に入って魚を獲ったり、食べられる野草を採って来る者も出て来て、提供される料理も種類が増えた。
やがて彼らが森に入れるほど回復したころ、アストリアは兄に告げる。
「兄さん、森に入る時の税を、撤廃しましょう」
その前夜、アストリアとサリオスは、再び父親の部屋を訪ねていた。
幽閉されてから時間が経ったからか、公爵の怒りの癇癪は治まっていた。けれど2人を憎々し気に睨むその眼は、決して息子や娘を許さないと決めているように見える。
けれど2人は、毅然と父の前に立った。
「領地の現状をお伝えします」
アストリアは兄に促されて、説明を始めた。手にはトゥーレが作成した書類がある。
「・・・と言うわけで、この冬を越せるかどうかで、領地の復興が可能かどうかが決まります」
滔々と話す娘に毒気を抜かれたような公爵だが、まだ目つきは剣呑だ。
そんな公爵に、息子は真っ直ぐ彼を見つめて、堂々と宣言した。
「父上、今日ここへ来たのは、領地経営を当分の間、我々に任せて頂くという事をお伝えするためです」




