5-2 公爵と、親子体面
ノイエルング公爵は、サリオスに向かって叫ぶと、その隣にいるアストリアに気付いた。
息子と娘を見て現実に引き戻された公爵は、更に言葉をぶつけて来る。
「役立たずどもめっ!今更戻って来ても、ここにはもう何もないっ!・・・サリオスっ、お前は何をしてたんだっ!アストリアっ、お前が逃げたせいで・・・」
唾を飛ばしてがなり立てる父親に対し、サリオスは何も言わない。
けれどアストリアは、一歩前に出て口を開いた。
「お父様、いえノイエルング公爵、貴方を糾弾するほど私たちは暇ではありません。過去の事を罵られるのも同様です。私と兄上は、自分たちが無責任であったことを重々承知しております。ですから今、出来ることを全力で、迅速に行っています。ノイエルング領を、復興するために」
公爵は、ギョッとして身を固くした。
従順なだけが取り柄の、出来の悪い人形だと、かつての妻が言っていたことを思い出す。
いつも伏し目がちで口数が少なく、動作も緩慢に見えた娘。口答えなどすることも無く、両親に唯々諾々と従っていた彼女は、今目の前にいる女性と同一人物なのだろうか、と。
アストリアは、一呼吸おいて、きっぱりと言い渡した。
「邪魔だけは、なさらないで下さい」
言葉を投げると、彼女はスッと踵を返して扉に向かう。
父親は、そこでハッと我に返り、沸き上がる怒りに任せて立ち上がろうとした。
「待てっ!」
その腕を掴んで、その頬を引っ叩く。
・・・そのつもりだった。
けれど自分の身体は、無様に床の上に転がる。何日も、無為に座っていた公爵の足腰は、相当に弱っていた。
「おっ、親不孝者っ!そ、そこを・・・動くな・・・」
ジタバタと藻掻く父親に、一瞥も投げず、アストリアは兄に言う。
「兄さん、そのソファーを引きずってきて」
妹と兄は、さっさと部屋を出た。彼が引きずり出したパーソナルソファは、扉の前にしっかりと置かれる。
「後は、ゲルダとバルクに任せましょ。大変だろうけど」
父親を閉じ込めたわけだが、これはある意味幽閉かも知れない。
後継ぎが現当主を幽閉したなら、お家騒動で骨肉の争いである。流石にサリオスは、渋面になった。そもそも、公爵位にも領地経営にも全く興味はないのだ。
それに・・・
(アストリアの行動力や決断力は、きっと俺以上だ。知識も豊富だし・・・)
後を継ぐのは、彼女の方が・・・と考えた時、先に行ったアストリアが声を掛ける。
「兄さん、次の仕事があるから、早く来て」
「おっ、おう・・・」
サリオスは、あたふたと階段を駆け下りた。
厨房では、ゲルダ・キッツが追加のスープの鍋を掻きまわしていた。そこにアストリアがやって来て、声を掛ける。
「ひと段落したら、皆の分の食事をお願い。残り物でも構わないから。あ、お父様の分もそれで良いわよ。倉庫の食材も、殆ど無いでしょうから」
公爵でさえも、同じものを食べろという事なのだろう。
そしてアストリアは、サリオスと一緒に広場へ戻った。
村人たちは1杯のスープを腹に納め、家に帰ってゆくところだ。
「アストリア様、配る家を書き留めておきました。人数も集計済みです」
トゥーレがリストを書きつけた紙を差し出す。
「あっ、そうね。それが必要だったわ。ありがとう、トゥーレ、助かったわ」
(初めて、呼び捨てにして下さった・・・)
その瞬間、トゥーレの胸に、奇妙な満足感が浮かんだ。
(ここに来たので、アストリア様は公爵令嬢に戻られたということなのだろうが、それでも良い。お傍に仕える者に、なれたような気がする)
報われない想いだという事は解っている上で、ただ彼女の傍にいることを選んだ。
『アストリア』『トゥーレ』と呼び合う仲になるはずなどないから、せめて彼女の声が呼ぶ自分の名を、胸の中で反芻して夢を見るくらいは許されたいと思う。
ついぼんやりしてしまったトゥーレの手から紙を受け取り、仲間たちは手分けして、それぞれの家へスープを届ける準備に入る。
「・・・あ、すみません。私も一緒に」
それに気づいたトゥーレが慌てて動き出そうとするが、アストリアはそれを止めた。
「やって欲しいことが、他にあるから」
アストリアは、指示を出す。
「ゲルダとケィティは、明日の朝の準備に入って。トゥーレはバルクと一緒に、館の中を詳細に調べて欲しい。中も庭も全部、現在ある食材・換金価値がある物・それ以外にある物をリストアップして欲しい。フェローは馬たちの世話に入って。私と兄さんとジェラルディーナで、配るのはやっておくから」
そして最後に付け加える。
「夕食は厨房にある筈だから、時間を見つけて食べておいてね」
夜になると、彼らは一旦館の中に集まった。
村人へのスープ配りも、広場の火の始末も終えたアストリアたちは、解った事を報告する。
「動けない人々は、老人が多くて、病人も結構いたわ。疫病では無いのだけが救いだけど、栄養失調や怪我で体力が低下しているようね。あと、子どもの数が、凄く少ない」
ケィティとゲルダは、明日の準備は出来るところまで終わっていると報告する。
「でも、館に備蓄されていた食材は、朝夕の炊き出しをすると、あと3日分くらしかありません」
するとサリオスが、手を挙げて言った。
「俺は今晩、村の周りを警備して回ろうと思う。村人から聞いたが、夜になると森から獣が出て来るそうだ。作物の味を覚えたらしいが、もう畑には何もない状態なので、家屋の近くまで来ているらしい。相手にもよるが、倒したらそれも何かの役にやつだろう?」
それを聞いたジェラルディーナも、声を上げる。
「サリオス、交代制にしよう。夜の後半は、私に任せてくれ」
幾ら体力がある2人でも、休息と睡眠は大事だ。長丁場になる可能性が大きいのだから。
そこにケィティが、ニコッと笑いながら言った。
「狐でも狸でも、どんな獲物だって調理します。肉の臭み抜きは得意ですから、美味しい物を作って見せます」
アストリアも笑顔になって、居住まいを糺した。
「今更だけど、私と兄に付いて来てくれて、本当にありがとう。今は何もお礼が出来ないけど、いつかきっとその気持ちに報います」
深く頭を下げるアストリアに、サリオスは大慌てで妹に倣った。
「すまん、その台詞は俺が言わなきゃならなかった。年長者として・・・」
「あ、ごめん兄さん。台詞、取っちゃって」
兄妹のやり取りに、笑い出す仲間たちだった。




