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その瞳 煌めく時   作者: 甲斐 雫
第4章 海と新しい出会い

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5-1 食が最優先 父親は二の次

 ノイエルング領内に入ると、直ぐに村の入り口に着く、

 そこから真っ直ぐに伸びた道は、館の門前にある広場に続くが、その両脇に並ぶ家屋はどれも崩れ落ちそうなほど荒れ果てていた。


 アストリアたちは、少しだけ馬の速度を落として真っ直ぐに館に向かうが、その姿に驚くような人々はいない。道端に出ていた数人でさえ、顔を上げて虚ろな目で彼らを眺めるだけだ。


 館の門は施錠してあったが、門番はいない。声を掛けても、出て来る者もいなかった。

 サリオスとジェラルディーナは、力づくで錠前を壊し、錆びつきかけた門を開ける。中に入ると、完全に荒れ果てた庭が見えた。

(俺たちが出ていった時は、ここまで酷くは無かったな・・・)

 ろくに手入れもされていなかった庭だったが、それでも歩き回るくらいは出来た。それが今は、生い茂った雑草が邪魔をして、踏み入ることも難しそうだ。


 彼らが馬を降りると、そこでやっと玄関から人が出て来た。

 痩せて年老いた2人は、サリオスとアストリアを見て、驚きの声を上げる。

「サリオス様っ!アストリア様も!」

「・・・あ、足は・・・影は・・・生きておいでですよね?」


 くたびれた衣服の2人に、サリオスが答えようとしたが、それより先にアストリアがきっぱりと言った。

「生きてます。それよりゲルダ、館で一番大きな鍋はどこ?」

 老女は飛び上がって答える。

「厨房の隣の倉庫です。今はもう、使っていないので」

「持って来て!バルクは、水を汲んできて。あるだけの桶にいっぱいに」

 使用人夫婦らしい2人は、大慌てで走って行った。


 アストリアは、仲間たちに向き直った。

「ごめん、協力して下さい。付いて来て貰った上に、いきなりで悪いけど」

 早口で、けれど真剣な顔の彼女に、彼らは大きく頷いてその言葉を聞く。


「ジェラルディーナとフェローは、狩りに行って。兎や鳥なら畑だったところの近くに、きっといっぱいいるから。出来るだけ、沢山」

 するとサリオスが、口を挟む。

「え?・・・俺は?」

 狩りに行かなくて良いのか、と言い換えた彼に、妹は答えた。

「兄さんは、大鍋を持って広場に行って。そこで竈を作って、火を起こして。バルクとゲルダは、その手伝いを」

 大鍋を引きずって来た老女と、井戸から水が入った桶を運んでいる老人に、矢継ぎ早に仕事を言いつける。

「トゥーレとケィティは、食糧庫にある食材を運び出して。どれだけあるか、解らないけど」


「何をするおつもりですか、アストリア様?」

 駆け出しかけて、トゥーレは振り返りながら尋ねる。何となく解ってはいたが、確認のつもりだった。


「炊き出しよ!」

 アストリアは、皆に聞こえるように言う。

「先ずは、そこから。今、暖かい食べ物をお腹に入れることで、助かる命があるかもしれない」


 その場にいた全員が、更にきびきびと動き出す。

 そこにサリオスが、こそっと近寄ってきて、アストリアに囁いた。

「父上に、会うとかは?」

 いくら自分たちの家だからと言って、挨拶も無しに勝手にバタバタと動くのはどうなのだろう。

 けれど兄の言葉に、アストリアは淡々と答えた。


「これだけの騒ぎなのに、部屋から出てこないのよ。呆けているか、現実から逃避してるかのどっちかでしょ。キッツ夫妻がお世話してたみたいだから、今は放っておいても、死にゃしないわよ」


 あくまで優先順位を大事にする、冷静沈着なアストリアだった。親子の情は、とりあえず横に置いておくらしい。領地に戻って来たのは、父を助けるためではないのだ。

「私も手伝うから、さっさと動きましょ」

 温和な雰囲気も、穏やかな笑みもかなぐり捨てて、アストリアはテキパキと動いた。



 広場に大鍋が設置され、湯が沸き始める。

 ジェラルディーナとフェローが獲って来た野兎や野鳥が届くと、アストリアが指示を出す。

「皮を剥いで、羽をむしって、下拵えをよろしく。皮や羽、内臓も捨てずにとっておいて」

 旅の間に野生動物の処理を経験してきた2人は、手際よく作業を始める。

「肉は出来るだけ、小さく切っておいてね。ケィティ、調理は任せたわ。なるべく消化が良いように、作ってね」


「はいっ!お任せください。倉庫にあったジャガイモやニンジンも入れます。量が多いので、皮むきを手伝って下さい」

 手の空いている者は全員、ケィティの指示に従って働き始めた。

 やがて広場には、良い匂いが漂い始める。

 それに誘われて、少しずつ人々が集まり始めた。


「1人1杯ずつ。今日はそれを守って。飢餓状態のところに、いきなりお腹いっぱいに食べたら、大変な事になるから。明日の朝は、もっと沢山用意する」

 アストリアは、村人たちに向かって叫ぶと、館中を探して搔き集めた容器に、レードル1杯分の具沢山スープをよそって差し出す。

「家にいて動けない人には、後で配りに行きます!」

 そう告げて、彼女は再び仲間たちに指示する。

「足りなそうだったら、館の厨房を使って追加を作って。配る分もあるから、よろしく」


 そしてアストリアは、サリオスに向き直って言った。

「お父様に、会いに行きましょ」

 覚悟を決めて父親と対峙する彼女は、兄が今まで見たことも無いほど厳しい顔をしていた。



 兄と妹は、父の私室へ向かった。

 改めて館の中を見ると、家具調度の類は殆ど無い。辛うじてカーペットとカーテンが、薄汚れたまま残っているくらいだ。売れる物は全て、王都での賄賂のために売り払ったのだろう。


 階段を上がったところで、アストリアが咳をした。埃にむせたのだろうと、サリオスが足を止めて声を掛ける。

「大丈夫か? 埃っぽいからな」

「・・・うん、大丈夫」

 咳を治めた彼女の顔色が悪い。これから対面する父に対する、緊張のせいかとサリオスは思う。

 そして兄妹は、公爵の部屋の扉の前に立った。


 コンコン・・・

 軽くノックをするが、それに応じる声は無い。サリオスは、静かにドアを開けて足を踏み出した。


 部屋の中は薄暗かったが、暖炉には火が入り、寝具なども整えられているようだ。

 けれど父親は、パーソナルソファに深々と座り、こちらを向く気配もない。

 サリオスは、静かに声を掛けた。

「父上、戻りました」


 公爵は、ゆっくりと振り向いた。

 その顔には深い皺が刻まれ、頬が緩んで垂れ下がり、目もどんよりと曇っている。

 ややあって、色の無い唇が震えるように動き、掠れた声が漏れた。


「サリオス・・・亡霊か?・・・それでも・・・遅すぎるわ!」

 最後に彼は、悲鳴のように叫んだ。



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