4-8 ノイエルング領からの流民
宿の部屋に集まり、サリオスは仲間たちに話し始めた。
彼とアストリアの事情は全て、彼らは既に知っている。だから話は、子爵から聞いたノイエルング領の事だけで良かった。
「・・・そんな訳で、アストリアと話し合ったんだが、先ずは詳しい状況を調べたいと思っている。ここから北西を目指して、途中の村で話を聞いてみたい」
仲間たちは、あっさりと了承した。
公爵家は捨てたと言っていた兄妹だが、やはり親子の情は捨てきれないのかもしれない。
悲惨な状況と言うが、それがどの程度かも分からないなら、知りたいと思うのは当然だろう。
その結果、サリオスとアストリアが領地に戻って、旅が終わるかもしれないが、それで自分たちがどうするかを決めるのは、2人の決断を聞いてからで良い。
ジェラルディーナやトゥーレは、そんな風に考えていた。
次の日、一行は準備を整えて出発した。
けれど最初の村でも次の村でも、反応は同じだった。
流民の事など、知らないと。
考えてみれば、それは当然の反応だろう。
周辺諸国は皆そうだが、国の民は皆支配者のものであり、言い方は悪いが所有物である。諸侯の領民は、国王から下賜された領地と共に財産となる。当然人口の流出はご法度で、領主の許可なく他の領地へ引っ越すことは出来ない。のっぴきならない事情があったり、婚姻などで領地から出る場合などは、お伺いを立てて許可を得なければならない。
しかし流民とは、領主の許可なく出て行った人間を総称するもので、捕まれば罰則が与えられるのが常だ。流民を匿ったりしても、同様である。
そうなると、関わりを持ちたくないと思う人々は多いし、同情心から流民を助けても知らないとしか言えないのだ。
それでも少しずつ、ノイエルング領内の状況は解って来た。
元々その領地は、深い森に囲まれた狭い土地で、川は1本流れているが、石だらけの土壌はあまり農耕には向かない。何とか作った小さな畑で、細々とジャガイモや豆を作って暮らす農民ばかりだ。
貧しいがそれなりに生活していた領民だが、公爵が来てからは、更に困窮するようになったらしい。
搾り取るように税を取り、最後は人頭税まで課すようになったと言う。
払えない場合は当然厳しい処罰を下し、やがて領民の数は減ってゆく。今では以前の半分ほどにまで、人口が減っているようだ。
しかも今年は、作物の病虫害まで発生し、この冬を越せる領民はいないのではないかという噂まであった。
そんなとんでもない状況を知るたびに、サリオスとアストリアは無口になっていった。
そしてもう直ぐノイエルング領に着くと思われた時、街道の向こうから近づいてくる数人の人影を見つける。
「あれは・・・流民じゃないか?」
どうやら、家族のようだ。
ひょろひょろと痩せた男は、怪我をしているのか、びっこを引いている。ぼさぼさの髪に汚れたスカーフを巻いた女性は、子供の手を引いていた。男の子は俯いたまま、とぼとぼと歩いているが、3人とも服はつぎはぎだらけだ。
ハッと顔を上げて彼らを見たアストリアは、何も言わずマイネレーツェルの腹を蹴る。
ダッと駆け出した鹿毛の馬は、あっと言う間に家族に近づき、その周りを回った。彼らが逃げないように、と考えての事だ。
「ぁ・・・あぁぁ~~~」
女は子供の手を引いて駆け出そうとし、男はよろけながら2人を護るように立ちはだかる。
「危害は加えないから、安心してっ!」
アストリアは、精一杯に声を張り上げた。
威圧するつもりは無いが、とりあえず仲間たちで彼らの周りを取り囲んだ。流民らしい家族は怯えて抱き合っていたが、そこにアストリアは持っていた水筒とパンを少量差し出す。
「これ、どうぞ。話を聞かせて欲しいだけだから。これは、お礼の先渡しよ」
男女はそれを聞いても動かないが、男の子がおずおずと手を伸ばして来た。
「・・・もらっていいの?」
「ええ、どうぞ。慌てないで、食べてね」
男の子は、パンに齧りついたが、その様子を見て男女も漸くアストリアたちを見回した。
「・・・あ、あの・・・捕まるんじゃ?」
「話が聞きたいだけだから。ノイエルング領から来たんでしょ?村や領主のことを、聞かせて欲しいだけよ。貴方達が流民かどうかは、聞くつもりも無いから」
アストリアは、持ち前の穏やかな笑みと静かな声で言った。
ノイエルングの領民は、サリオスとアストリアの顔を知らない。
馬車に揺られて初めて領地へ来た2人だが、その数日後には誰にも見られず家出していたからだ。
この家族も、目の前にしゃがみ込んで話しかけて来る娘が、領主の娘だと気づくはずもない。
「へ、へぇ・・・村はもう・・・まともに働けるヤツはいません。畑も森から来る獣たちに荒らされて、食えるもんが無くて・・・運良く森から何か採って来れた木の実とか、雑草なんかを食べてるくらいで」
「運良く、って? 危険な獣がいるの?」
「それもありますけんど、森に入ると、薪を採って来るのにも税を取られるんで、こっそりと・・・」
季節はもう初冬である。
飢えや凍えで死ぬのを待つくらいなら、運を頼んで逃げ出そうと思うのも無理はないだろう。
アストリアは、静かに立ち上がって街道の先を見る。
少し離れた場所で、黙って聞いていたジェラルディーナは、自分の服の隠しポケットから1枚の金貨を取り出す。
「情報提供料を、支払おう」
そう言って父親の方へ差し出すが、それをアストリアが止めた。
「金貨はダメ。同じ額の銅貨にして。変に疑われてしまうから」
流民が金貨を持っていたら、盗んだと思われるのがオチだ。寧ろ低額貨幣を沢山持っていた方が、使いやすいとアストリアは説明した。
「成程・・・」
ジェラルディーナは、ひとつ勉強になったと心の中で呟いた。そして念押しのように、きっぱりと告げる。
「領地の村へ行くのだろう?付いてゆくからな」
仲間たちも、一斉に頷いた。
サリオスとアストリアは、馬を駆けさせながら、同じことを考えていた。
『これは、自分たちがしてしまったことの結果なのだ』と。
家を飛び出し、両親ごと公爵家を捨てた。
自分の夢を優先して、旅を選んだサリオス。
自分の将来から逃げて、自由を求めたアストリア。
それはある意味、無責任であったと言えるかもしれない。
領地とそこに暮らす人々の事など、何も考えていなかった。
自分たちが居なくなった後、父親である公爵がどうするかは、予想できたことだ。
けれど、何も考えなかった。
夢を叶えることや自由には、責任が付与される。サリオスとアストリアは、公爵家に生まれた時から、望む望まざるに関わらず、背負わされた責任がある。公爵家の家名存続と、領地経営だ。
領地経営には、領民の生活を守ると言う重要項目があるのだ。
旅をして来て、よく解った。
人は皆、与えられた境遇で、精一杯頑張って生きているのだと。
それなのにノイエルングの住人は、自分たちではどうしようもない悲惨な目に遭っている。
サリオスは、考える。
(俺が、もし家を出なければ、父の暴挙を止められたかもしれない。支援者を探すのではなく、金策に奔走すれば、少なくとも今のような状況には、ならなかったのでは無いだろうか)
アストリアが、駆けながら馬を寄せて来た。
「兄さん、私も同じこと、考えてると思う。でも、やってしまったことは今更どうにもならない」
彼女は兄を見ず、真っ直ぐに先を見ている。
「だから、私はこれから、全力で出来ることをする!」
アストリアの緑の瞳は、煌めきを越えて、強い意志の力で貫くように真っ直ぐ、道の先を見つめていた。




