4-7 捨てた筈の公爵家の領地は今
プロスパー子爵の館へは、サリオスとアストリア、そしてアニス兄弟で出向いた。
門前で名乗ると、暫し待たされた後は、スムーズに面会が叶う。
サリオスを出迎えた子爵は、目を丸くして驚いていた。
「サリオス殿・・・生きておられたのか・・・いや、失礼。消息不明と聞いていて、もう亡くなっておられると噂になっていたのでな。それにしても、ご立派になられた」
(そう言う事になっていたのか・・・確かに、消息不明のままでいたから、仕方が無いか)
公爵家を出てから、年単位で旅を続けている兄妹なのだ。
「申し訳ありません。色々と事情がありまして・・・それについては、後程ゆっくりと話すことにして、先ずは用件を片付けさせていただきたいと思います」
そしてサリオスは、妹アストリアとアニス兄弟を紹介し、リフト計画を説明する。詳細は兄弟が、模型や地図を見せて話した。
髪に白いものが混じり始めている子爵だが、初めて見る模型を興味深そうに見て、彼らの説明を真剣に聞いてくれる。
「ふむ・・・面白そうだな。試作機を作るところから始めるのだろう?設置場所は、そちらの希望通りで良い。許可を出そう」
プロスパー子爵は、あっさりと許可してくれた。けれどその後、しっかりと付け加える。
「先ほどの説明だと、最初は軽い商品を少しずつという事だったが、本格的に取引をするようになったら、また細かい事を決めないといかんな。こちらの商人たちの意見もあるだろうから、その時はまたこちらに来てもらおう」
勿論それは、想定内である。イオルは深々と頭を下げて、感謝の言葉を述べた。ウィットもそれに倣うが、最後にニッコリと笑って告げた。
「工事や作業の様子は、逐一こちらにお知らせしますので、もしよろしければ様子を見にいらして下さい。上手くいっても失敗しても、かなり面白い見物になると思いますので」
子爵は、磊落に笑って頷いた。
アニス兄弟を先に帰し、サリオスとアストリアは子爵と向き合った。
相手が信頼できる人物だと思っているサリオスは、自分たちが領地を離れることになった経緯から話す。そしてそれ故、今まで公爵家と連絡を取っていなかったことも話した。
「狭くて貧しい土地の領地ですが、両親が静かに暮らすことは出来ると思いましたので」
最後にそう言って話を終えると、子爵は気の毒そうな顔になる。
「そうか・・・ところが、そうはいかなかったんだよ」
あくまでも噂と推測だが、と前置きしてプロスパー子爵は両手を膝の上で組んで話し始めた。
「ノイエルング公爵は、結構頻繁に王都を訪れて、何とか復権を試みていたようだ。賄賂を贈ったりして、随分と金を掛けたらしいと噂になった。私のところへも手紙を寄越して、国王陛下や宮廷に執り成しを頼んでも来たよ。だがそれらは、何の役にも立たなかった。既に終わった事だと、歯牙にもかけられなかったようだ」
その辺りは、兄妹もある程度は予想していたことだ。けれどアストリアは、ふとある事が気になった。
「子爵様、父はどうやって金策したのか、ご存じですか?私たちが家を出た頃は、かなり金銭的に逼迫していたと思うのですが」
だから、両親は急いで自分を嫁に出そうとしていたのだ。金で売る縁談である。
「う~~~ん、多分・・・推測だが、搾り取ったのではないかな。領民から・・・」
他に搾り取れるようなものはない筈で、貧しくとも生活をしている領民がいるなら、無理やりでも出来るだろう。搾りかすからでも、ぎゅうぎゅう締め上げれば、僅かながらも果汁が採れる果物のように。
けれどそれが、人間だったら・・・
アストリアは、ゾッとする。
「前回、王都に行った時に聞いたのだが、ノイエルング公爵夫人は、離縁して実家に帰り、その後再婚したそうだ。公爵自身も、領地に籠って王都には来なくなった。お二人も消息不明だったし、公爵家は断絶するだろうと噂になっている」
サリオスは眉を寄せて、僅かに俯いた。
けれどアストリアは、冷静に考えている。
(お母様なら、再婚してもおかしくないです。沈む泥船に、さっさと見切りをつけたのでしょう。良くも悪くも貴族の女性ですから、裕福な暮らしが最重要事項でしょう。兄さんと私は、死んだものと思っていたでしょうし)
そして最後に、子爵は言いにくそうに口を開く。
「これは、言わなくても良いかとは思ったが・・・もう捨てた公爵家の領地のことは、知りたくも無いかもしれんが・・・現在のノイエルング領は、悲惨なことになっているらしい。詳しくは解らんが、領地から逃亡してきて流民になっている者も、結構いるらしい」
アストリアも、唇を噛み締めて、兄と同じように俯いた。
子爵の館を辞してから、宿で待つ仲間たちの元へ戻る道すがら、サリオスは妹に声を掛ける。
「アストリア、何を考えている?」
彼女は、静かに答えた。
「ノイエルング領のことを」
そうだよな、と彼女の兄は胸の中で呟いた。
そして、もう一度訪ねた。
「どうするつもりだ?」
自分自身は、まだどうするか決めていない。兄として、それはちょっと姑息かもしれないが、先にアストリアの意見を聞きたかった。
「確かめて、どうするかは、それから決める」
アストリアは、静かな低い声で、それでもきっぱりと答えた。
彼女の中では、兄がどう決めたとしても、それに関係なく、自分がどうするかを決めることが確定している。
けれど、それはまだ言わない。領地の正確な情報を得てからで良い。そう思っていた。
2人が宿に戻ると、アニス兄弟は既に旅支度を整えていた。
「何だか、居ても立ってもいられないっていう気分なんです」
ウィットは、目を輝かせて言う。
「着手するのに、早すぎるって言う手は無いですからね」
イオルも、弟と同じように意欲に満ちていた。
「それじゃ、俺たちは直ぐにライトフルへ戻ります。今まで本当に、ありがとうございました。皆さんは命の恩人で、商いのアイデアの神様みたいな存在です。この先も、居所が解ればお手紙を差し上げたいと思っています。もしまた、近くへいらっしゃることがありましたら、あの家を訪ねて下さい。俺たちに出来ることがあるなら、ご恩返しに何でもしますから」
「次に会う時は、俺たちの商会はきっともっと大きくなってるからさ。欲しいものがあったら、手紙に書いてくれよな」
イオルとウィットのアニス兄弟は、意気揚々と出て行った。
彼らはきっと、有言実行で行動するだろう。
そんな2人の背中を見送って、仲間たちは部屋に戻る。
大事な話が、待っていた。




