4-6 リフト計画と山道
リフトを提案した翌日、サリオスは徹夜で作った模型を全員に披露した。
「あの断崖は、ほぼ垂直だろう?だから真っ直ぐに、運び上げたり下ろしたり出来ると思う」
彼はテーブルの端に模型を置いた。
木で作った模型は、台座からアームが伸びていて、細く長い紐が付いている。紐の先には小さな篭が結び付けられていた。
台座を左手で固定し右手で持った紐を緩めると、アームの先に取り付けた滑車が回って籠がするすると降りてゆく。そして床に着くと、今度は紐を引っ張って籠を上げた。
玩具のような代物だが、原理は解る。
そう言えば、兄は昔からこういう物を作るのが好きで、得意だったと思い出すアストリアだ。
けれどそれを見たアニス兄弟は、目を輝かせていた。
「これのビッグサイズを作るっていうことだよな。面白そうじゃないか、兄さん」
「ああ、アームの部分は船のマストを使えば、強度的にも大丈夫そうだ。確か街の西外れに、造船所があったよな。あそこなら他の木材も、都合をつけてくれるかもしれない」
「造船所の親方とは、俺けっこう仲がいいぜ。酒場で知り合ったんだけど、親方相当な酒好きでさ、珍しい酒が手に入ったら買わせてくれって言われてるんだ」
そこにアストリアが、燃料を投下する。
「ゲルチュタールにも、珍しいお酒があるみたいよ。北の方の貴腐ワインとか、東だと馬の乳で作ったお酒とか、ああ南なら多肉植物で作るお酒もあったはず。少量しか作らないみたいだけど、崖の上に上がったら入手できるかも」
「そりゃイイな。その話を持ちかけたら、親方ならノりそうだ。上手くいけば、船大工も借りれるかもしれないし・・・話が具体的になってきたぜ」
ウィットが、朗らかに言うと、イオルもニヤリと笑って言った。
「大事業になりそうだな。最初は小型のリフトで始めて、少しずつ型を大きくしたり数を増やせば・・・ああ、そうなると先ずは、あっちの御領主様に許可を得ないといけないな」
崖の上は他国で、プロスパー子爵の領地だ。小さなリフトとは言え、設置するなら許可を得ないと後々面倒になるだろう。
「それなら、俺も一緒に行こうか?一応プロスパー子爵とは、面識があるんだ。かなり昔の事だけどな」
ノイエルング公爵家が没落する前、父親に連れられて王都に行ったことがあるサリオスである。後継ぎとしての顔見せのような意味合いだったと思うが、多くの貴族たちの中で、プロスパー子爵は記憶に残っていた。穏やかな笑顔が、父親よりも親しみやすかったからかもしれない。
するとアストリアが、兄に言う。
「だったら、皆で行きましょ。どうせまた旅を再開しようって言ってたじゃない?」
ニコニコと穏やかな笑みを浮かべる妹だが、兄は渋面になった。
「その山道、馬は通れないじゃないか」
けれどそこに、ジェラルディーナがお茶のカップに口をつけながら、サラリと反論した。
「いや、意外と大丈夫だぞ」
「え?」
サリオスの怪訝そうな顔をチラリと見て、ジェラルディーナはカップを置くと話し出した。
「以前、フォルテをあの断崖に沿って駆けさせたんだが、その山道を見つけたんだ。話には聞いていたが、どの程度のものかと思って上がってみた。確かに狭いが、フォルテの馬体でも何とか通れたし、足元も注意すれば行けた。ただやはり、乗ったままでは難しいだろうな。人も荷物もナシなら、ヴェルトライゼンテやマイネレーツェルも上がれるだろう。カスターニョとブチは・・・最悪、人海戦術で引っ張り上げなければならないかもしれないが」
フェローは、多分大丈夫だと思いますと答えたが、トゥーレは首を傾げてしまう。漸く普通の馬並みに人を乗せられるようになったブチだが、今一つ信用が出来ない。
けれどこうなったら、やってみる他は無いだろう。
一行は早速旅支度を整えて、アニス兄弟と一緒に細く険しい山道へと向かった。
どのくらい時間が掛かるか予想できなかったので、夜が明けると共に山道に踏み込む。
何度か通った事があるアニス兄弟が先を歩き、続いてサリオスとヴェルトライゼンテ、その後にアストリアとマイネレーツェルが続いた。
フェローの馬カスターニョは、その性格が幸いして、順調に登ってゆく。荷役馬だが、今は何も背負っていないので寧ろ軽々と歩を進めていた。
けれどやはり、思った通りネックはトゥーレの馬、ブチだった。
小岩や石だらけで不安定な足元に加え、狭く曲がりくねった山道に、思い切りビビッてしまう。
何とか騙し騙し先へ進ませようとするが、頑として動かなくなってしまうことが度々だ。その都度、先を進むヴェルトライゼンテとマイネレーツェルが、協力して手綱を引っ張り、殿を務めていたフォルテヴェローチェが後押しする。
ブチはそれを嫌がって後ろ足を蹴り上げようとするが、こんな場所でそれをされては転落の危険もある。
そこでフォルテヴェローチェは、無理やり斑馬の後ろ脚の間に頭を突っ込み、押し上げるようにして進んだ。流石にパワーの化け物だ。
宙に浮いたブチの後ろ足が暴れる度に、フォルテヴェローチェの胴体に当たる。けれど最強軍馬の黒馬は、意にも留めずに続行した。戦場で主と共に戦う時は、そう言う肉弾戦も多いのだ。
そして日が暮れかかる頃、漸く一行は断崖の上へ到着した。
「何だか、普通に登るよりもずっと疲れたな」
サリオスがそう言うと、全員が地面に腰を下ろして、強く頷いた。
ジリジリとしか進まない険しい登山のような進み方は、精神的にも疲れる。しかも今回は、いつも馬たちが運ぶ荷物を人間たちが背負っていたのだから。
これ以上先に進むよりはと、野宿できそうな場所を探して何とか食事を取り、体を休めた人と馬だった。
翌朝になり、彼らは一番近い村へ向かった。
アニス兄弟は、ライトフルの街で地図を入手して来ている。既にその地図には、リフトを据えるのに良さげな場所が記入されていた。昨日、先に上に登っていた兄弟が、辺りを歩き回って探して置いたのである。許可を得るには、具体案があった方が良い。サリオスが作った模型も、しっかりと持って来ていた。
村でしっかりと休み、補充もした一行は、その先にある町を目指した。
ルセル・プロスパー子爵の館がある、バリトンと言う名の町だ。
そして翌日には到着し、子爵の館へ出向く。彼が王都に行っていた不在だったら、と懸念していたが、運良く子爵は館にいた。
そしてサリオスとアストリアは、本当に久しぶりにゲルチュタール貴族と会う事になった。




